銀河の輝(かがやき)、地上の星 入江和馬


「じゃあ、決まりだな。」
 スノーはとても嬉しそうに微笑むと、ブライトの背中を押した。
「え…、あ、ああ…。」
 自分で言い出したことを彼が納得したというのに、なんとも歯切れの悪い言葉をつないでブライトは答えた。スノーはその心の動きをその表情で解かってしまので、思いっきり笑い出した。
「……そんなに笑わなくてもいいだろ?」
 ふくれっ面のブライトを見て、余計に笑いの衝動がスノーを襲ったが、理性で抑える。これ以上ブライトを怒らすと、この計画も無駄になってしまうからだ。
「まあまあ、そんなに怒らなくても、ブライト中佐。あなたの将来のためですから。」
 にやにやしながら言ってしまうのはスノーの悪い癖だが、その思いはブライトにも伝わってくる。ブライトは機嫌を直したよ、とスノーの背中を思いっきり叩くとスノーの顔を覗きこむ。
「よろしく。」
「おうよ! まかせとけ!」
 視線をかわしあい、笑う姿は、ごく普通の青年のようだった。が、連邦軍の制服を着ていることが周囲にはやや違う印象も与えていた。

 一方、マサキ宅でも同じ光景が展開していた。
「…は? 何で私が…?」
「…だって…その……。」
 困った、という正直な感情を、そのまま表情と視線に出されると、マサキはそれ以上、拒否もできなかった。
「……わかった。ちょうどその日、休みだし…。」
 マサキが言葉を言い終わらないうちに、ミライはマサキに抱きついてきた。
「ちょ…ちょっと、何ごと?」
 しっかり受け止めたマサキは彼女の身体の震えを感じて驚いてしまい、言葉が続けられなくなってしまう。
「だって…マサキがいいって言わなかったら、どうしようかと思って…。」
「なんとかするわよ、親友の頼みだし。」
「…ありがと。」
 マサキの腕の中で、ミライは微笑んだ。マサキと一緒…それだけで心の中に温かいものが広がった。
 一方マサキは、某人物に言われたことを思い出していた。
「…きっと誘われるからさ。よろしくな。」
 そう言われてウィンクされた奴…あいつの策に乗ってしまうのは嫌だが…。
「ま、頑張りますよ。」
 そう言ってミライの背中を子どもをあやすように、ぽんぽんと叩く彼女だった。

 …事の始まりは、某クイズ番組に出たミライ&ブライトカップルがもらった『一泊二日阿寒温泉の旅』の券。それが『ファミリーセット』で四人分であったのが問題であった。ミライもブライトも家族はおらず、かといって二人だけで行くのはまだ気恥ずかしい。話し合いの末、ブライトとミライ、それぞれ友人を一人ずつ連れていくことになったのだ。
 ブライトはスノーを。
 ミライはマサキを。
 それぞれ誘うことになったのは、偶然であったが、その後のことを考えると、必然でもあったかもしれない…。

「初めまして♪」
「…初めまして。」
 一方は嬉しそうに、もう一方は嫌そうに〜というか眠くて挨拶がほとんど、できないような状態での挨拶だった。
「マサキ!? なんで君が!?」
「スノーさん? ミライ・ヤシマです。よろしく。」
 お互い驚きの波が広がる中、四人は飛行機に乗りこんだのだが…それは、最初の試練だった。
「…私、この“雪”のおじさんの隣に座るわ。」
「おい、“雪”ってのはなんだよ。」
「意味は“雪”であっているじゃない? ドイツ語にしようが英語にしようが日本語にしようが変わりはないでしょう、“雪”のおじさん。」
「……。」
 あまりの論理に、黙りこんでしまった彼の隣に座ったマサキは、ブライトと席を交換…というよりもブライトが茫然としていたので、彼の持っていたチケットを勝手に交換して、彼を追い出して座ってしまった。
「ブライトはあっちの席ね。」
「……うん。」
 どういう反応をすればいいか分からなくなってしまっている彼は、茫然としたままミライの隣に座ってしまう。それを見届けてから、マサキは呟いた。
「…ったく、世話が焼けるわ。」
「まったく、まったく。」
「“雪”のおじさんも苦労がたえないわね〜。あら、こんなところに白髪が。」
「何!? どこだ?」
「…こ〜こ。ちょっと待ってね…あら〜白髪じゃないとこ抜いちゃったわ〜。禿げたら、ごめんなさい〜。」
「マ〜サ〜キ〜さ〜ん〜、俺はなあ〜。」
 そんな調子で、隣同士で取っ組み合いのケンカになりそうな会話が続いた後、ブライトとミライの制止の言葉が出て、二人は落ちついた。そのためか、飛行機は無事離陸をした。


ライバル!?


「ぐ〜す〜。」
「………。すぅ……。」
 飛行中の二人は…眠っていた。スノーは書類の処理で徹夜、マサキも徹夜で仕事した後、エアポートに駆けつけるという状態だったのだから、ごく普通の様子なのだが…。
「…二人とも、眠っているわね。」
「ああ。」
 ブライトとミライは二人で話している、という緊張感はどこかへいってしまい、ごく普通の会話をしていた。それだけ今、寝ている二人が心配でこの旅行を続けていいか考えていたのだ。
「この旅行、どうなるのかしら…?」
「…俺たちが頑張ればいいよ。楽しい旅行にしよう、ミライ。」
「そうね。」
 妙な連帯感を感じながらミライとブライトは決心した…この旅行を成功させることを。

「ん……いい空気ね〜。」
「…ああ…。」
「“雪”のおじさん、これからの交通手段は?」
「あ…? 俺だったっけ?」
「……しょうがないなあ…。」
 マサキは携帯を片手にいくつか電話をすると、とある一つの出口を指差した。
「あっちでバスが待っているって。」
「…今、どこにかけたんだ?」
「ん? “雪”のおじさんの彼女のところ♪」
「…そんなもの、いないぞ。」
「自称の子は多いけどね。…それはともかく、連邦軍の事務担当に電話かけて、どっかのおじさんが提出した行動計画表を見てもらったの。」
 軍の決まりで緊急時の連絡のため、休日の予定といえども、軍人である四人は軍に提出しなければならない。スノーは自ら望んで、その用紙を提出したのだが…。
 全員が冷たい視線をスノーに向けるのを感じて、彼はその出口に向かって走り出した。
「スノー、待て!!」
 とブライトが追いかける前に…マサキが走り出していた。
「なにやってんの!?」
 と誰かのセリフをそのまま言いながら、彼を追いかけていく姿は、ブライトよりも悪友の域を高めているようにも思えた。
「…ったく、しようがないな。」
「そうね。ゆっくり行きましょうか、私たちは。」
「そうだな。俺たちが慌てたらいけないんだよな。」
「ええ…。」
 こちらの二人は穏やかに、そして本来の旅行を楽しんでいた。

「…鹿だわ〜。かわいい〜。」
「…おいしそうだな。」
「そんなこと言って…。もう少し動物愛護の気持ちを持ちなさいよ。」
「職業が人殺しの人間に言われたくはないね。」
「…スノ〜さ〜ん〜、もう少し言動は気をつけてね。」
「本当のことだろうが。」
 相変わらずの二人をおいて、ミライとブライトは永遠と続くかと思われる白樺の森を見つめていた。
「こんなところが、この日本にもあるのね。」
「ああ…すごいな。ヨーロッパでは植林して、こんな森を作り上げたんだ。だが、これは違う。自然のすごさを感じるね。」
「ええ…。こんな景色が見られるなんて嬉しいわ…。」
 ブライトと、と言いたかったが、真っ赤になってしまう。そんなミライの表情で何を言いたいか解かってしまったブライトも赤くなってしまった。
 初々しさを醸し出しているこの二人を、さっきまでジャレあっていた(!?)もう一方の二人は、穏やかな表情で見つめていた。
「…なんとかなりそうだな、この二人。」
「…ていうか、特に手出ししなかった気がするんだけど。」
「まあ、いいさ。俺たちにできるだけことはしたなあ…。」
「ん…いいじゃない、それが私たちなんだから。」
「まあ、な…。…ところで、お前さんはどうなんだ?」
「…いいじゃない、そんなこと。…で、アレは用意してくれたんでしょうね?」
「ごまかしたな…まあ、いいか。用意はしたよ。」
「んじゃ、運転はよろしくね。ナビはするから。」
「お前さんのナビで大丈夫か?」
「きっと、あなたよりは確かよ。」
「そうですか。」
 そう言葉をかわし終えると、自然と二人の視線はもう一方の二人の方へ向った。穏やかな雰囲気の中、会話しているようであった。
「…よかった。」
「まあな。」
 その二人は幸せそうに微笑んだ。

 ホテルに到着後は、男女別行動で動いた。それぞれ食事を楽しんだ後、マサキはミライを、スノーはブライトを、夜のドライブへ誘った
「え? 今から?」
「ん。厚着してね。」
「いいけど…。」
 マサキに促されて、ミライは着替えを始める。マサキが言うなら…という気持ちが強く、その言葉に従ってしまったのだった。
「…今からか? 外は寒いんじゃいか?」
「そんな年寄りくさいこと言わないの、ブライトちゃん。」
「…わかったよ。」
 色々、スノーには言いたいことがあったが、それよりミライも一緒だということが気になる。
「どこへ行くんだ?」
「オンネトーってとこ。」
「…任せた。」
 イタズラっ子のような表情をして言われると、ブライトはスノーの性格を嫌というほど知っているので、これ以上、追及しないことにした。

「…星が降るように見えるのよ。衛星も見えるのよね。」
「へえ…そうなのか。マサキは良く知っているな。」
「お誉めに預かり、恐悦至極。…ここよ。そこ左に曲がって駐車場に入って。」
「了解。」
 車が真っ暗な駐車場に入ると、ミライは身震いしてしまった。
「ここ、外灯がないのね。」
「ん…この方がミルキーウェイが良く見えるわよ。」
 その言葉を話し終えると、マサキは車の扉をあけると外に降りた。
「…出ようか、ミライ。」
「うん。」
 ブライトはミライを促すと先に外に出て、ミライが車から降りるのを手伝った。スノーはみんなが降りたのを確認して、車のエンジンを止め、全てのライトを消した。
 その瞬間…。
「銀河が…。」
 ブライトが呟いた言葉が、その場に流れた。他の人間は黙って空…頭上に広がる銀河を見つめていた。まるで銀河に吸いこまれるような感覚を、その上に広がる銀河の輝きがさせる。ミライは思わず隣にいたブライトの腕を掴んでしまった。
「恐い…まるで…。」
「大丈夫。僕がいるから…。」
 そっと、その手に自分の手を重ねて、その温かさを伝える。それだけで、ミライは落ちついてきた。その温かさがブライトの思いを伝えているようで、心まで温かくなり、冷静に自分たちの上に広がる銀河を見ることができた。

 あれが、ミルキーウェイ。
 星座を探すが、わからない。それほど、星が…銀河が輝いている。
 流れ星も、何度も目の前を過ぎてゆく。
 銀河の輝きが、二人を包みこむようで…。



いまはおやすみ


「…ありがとう、マサキ。」
「スノーも、な…。」
 帰りの飛行機でまた眠ってしまった二人に、ブライトとミライは言葉をかける。あの銀河の輝き…それは二人の思い出となり、そして…。
「こいつらが、一番、輝いているよな。」
「そうね。この地上で、一番の星、ね。」
 彼らの親友を、そう表現するのは本人たちが嫌がるかもしれない。だが、その思いはブライトとミライの中で、いつまでもあの銀河の輝きとともに、変えられないものだった。
 その思いを、ブライトとミライは、いつまでも持ち続ける……。
 だからこそ、ブライトはスノーを、ミライはマサキを思い続けた。

 ……マサキとスノー。
 いくつかの日を重ねて、彼らはその二人から離れて独自の路を歩き出していた。
 …が、彼らもその思い出を胸に秘め、いつまでもブライトとミライを思い続けた。その思いは、彼らよりも深く大きなものかもしれない…。それは誰にも分からなかった。本人たちさえも…。
 分かっていたことは、マサキもスノーも、自分たち二人の人生がクロスすることは、もうないことだけ……。
 旅行後、二人でお酒を飲んでいたらしいが、事実は定かではない。


 銀河の輝きは、彼らの思い出に。
 地上の星たちは…思い出とともに何処かに消えていった。
 しかし、その地上の星の輝きは…ブライトとミライはいつまでも憶えていた。
 地上の星たちが、彼らの前に再び現れるのは、いつのことだろう…。

《了》


 てなわけでの入江さんからの頂きものでした☆
 “スノー”なるキャラの生みの親としては、それを他の方がお気に入りの原作キャラと交えて使って下さるともなれば、そのもう一つの『世界』で“彼”が生きているに等しく、嬉しく、何よりも、ありがたい限りです。舞さん版に加え、これで又、スノーの可能性が広がりました。入江さん、本トに大感謝です。
 ちなみにスノーとジャレあうマサキにはやはり、オリ・キャラのシャーリィがダブっちゃいました。役所としては全く同じ──ですよね? ストーリィも個人的に阿寒湖ファン(爆)なもので、自分が訪ねたような思いもありました。Hit☆は“雪”のおじさん「おいしそうだな」発言。動いてるシカから、この連想──どーゆー食生活しとるんだ? と、ついついツッコミ^^
 そして、今後もスノーといわず、“皆”を使って下さったら、楽しい限りです。

2002.03.08.

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