blue sky ふみ


 ──待ち人来たる。
 時間通りにピッタリ。いかにもあの二人らしい。
 クスクスと笑いながら、インターフォンでの確認もせず、玄関を開けた。
 予想通りの二人組。そして、予想通りの驚いた顔。

「ようこそ、いらっしゃい。」
「シャーリィ!?」
 家の住人ではない私が出てきたので、お客たちは驚いていた。
「エヘヘ、お二人さんの婚約パーティだと聞いたから、来ちゃった♪」
 淡いモスグリーンのワンピースを着たミライは、さすが良家の出という上品さを醸し出し、困惑気味に頬を赤らめていた。
 もう一人は、彼女の後ろから呆れ顔でこの家の主《あるじ》に声を掛けてきた。
「スノー! お前は…一体、どんな説明をシャーリィにしたんだ?」
「え? …ええ!? ブライト!?」
 私は、自分が仕掛けた悪戯より驚いてしまった。
 いつもは一分の隙もなく軍服を着こなしている少佐サマが、思いっきりラフな格好をしていらっしゃる。しかも、前髪までも下して…!
 そこにヨチヨチ歩きで登場する、シュネーヴァイス家のお姫様。
「ミリシア、大きくなったな。」
 幼子を優しく抱きかかえるブライト。
 その柔らかい笑顔を見て、私の混乱は大きくなる。
 気が付くと、呆然とした私だけその場に置き去りされていた。

「あ〜の〜なぁ〜!」
 ミリシアをあやしていたブライトは、鬱陶しそうな声で抗議してきた。
 気を取り直し、家の中に入った私は、ブライトの周りをうろついていた。
 目の前にいるブライトは、私の知っている彼とは完全に別人だったから…。
 初めて知ったが、前髪を下したブライトは、かなりの童顔だった。おまけに、私服になるとはっきり分かる軍人とは思えないその線の細さ。それらがあいまって、彼を実年齢より幼く見せていた。
 幼な顔の彼を見ていると、最前線で指揮を執り、その手腕を誰もが認めたという事実の方が信じられなくなる。
 そして、思う。
 あの戦争がなければ…
 あの戦争がなければ、出会えなかっただろうとも思う。
 私たちは…。彼らは…。

 飛びかけた意識を悟られないように、年下の上官を揶揄う。
「ブライト…、軍服以外着るんだ…。」
「オフに軍服着るバカはいないだろ?」
「あなたならありうるかも…?」
「シャ〜リィ〜!!」
 私たちのやり取りが面白いのか、父親と同じ青い空色の瞳を持つ姫君は、ご機嫌モードだった。
 そして、漫才が本格化する前に窓の外から声が掛かる。
『パーティ始めるぞー!』

 ここジャブローでは、士官用家族官舎には、ささやかながら庭が用意されている。
 そこにテーブルを用意して、軽い食事と飲み物を置き、本日の主役たちを祝う。
 ―─ブライトとミライ。
 様々な事を乗り越えて、一緒に生きていくことを決めた二人。
 試練というには辛すぎる、苦難というには酷すぎる過去を乗り越えた二人。
 偽物ではないが、本物でもない青空の下で、明るい未来を信じ、私たちは二人を祝福した。

 しかし…
 現実はそんなに甘くない。そう、明るいだけの未来などありえない。
 だが…



 人類というものは、戦うということを忘れることが出来ない生き物なのだろう。
 あれだけ嫌悪したはずの戦いが、また始まってしまった。

 宇宙に対する憧れと恐れ。地球に対する憧憬と憎悪。
 その埋めることのできない感情《おもい》の対立は、再び戦いを始めさせてしまった。
 しかし、戦いは、叶わぬはずの邂逅も許してくれた。

「シャーリィ…よく…ホントに…。」
「ミライも元気そうで…。本当に…無事でよかった。」
 懐かしい顔に涙が滲む。お互い久しぶりの邂逅で思うように出てこない。
 涙を浮かべ、抱き合う大人たちを、不思議そうに見詰める子どもたち。
 その視線に気付き、ミライは、私の知らない母親の顔で二人を紹介してくれた。
「シャーリィ、私たちの子どもよ。ハサウェイとチェーミン、ご挨拶は?」
「こんにちは。」
「ハサウェイ!? 大きくなって…。」
 最後に会ったのは、ハサウェイがヨチヨチ歩きを始めるころだった。隣の女の子は、まだ母親の胎内だった。
 あれからの年月、早かったのか遅かったのか…。
 急に黙り込んだ私を不思議そうに見詰める二人。
 思い出に浸りそうになる意識を現実に戻し、ニッコリと微笑む。
「おいしいクッキーをもってきたのよ。」
「クッキー!?」
 二人の前に、綺麗にラッピングされた包みを差し出した。
 争うように中身を開け、歓声を上げる二人。
「二人とも、お礼は?」
「ありがとう!」
「手を洗っていらっしゃい。」
「はぁーい!」
 二人は洗面所に駆け込んでいった。

 懐かしさに話が弾み、私は誘われるまま、夕食に招待された。
 自分の知らない父や母の話や、小さいころの自分の話を聞き、嬉しがる兄。それを聞きながら、何故、自分のことは知らないのかと怒り出す妹。それは、笑いが笑いを誘う楽しい時間。
 しかし、時は過ぎ、子どもたちは夢の世界の住人となるべく、部屋を後にした。

「もうぐっすりよ。」
 子供たちを寝かしつけたミライが、部屋に戻ってきた。
「お疲れ様。久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらったわ。」
「こちらこそ。いつも三人で過ごしているから…嬉しかったわ。」
 連邦・ティターンズの両方から身を隠すべく、ルォ商会の庇護を受けているミライ。『庇護』と名は付いているが、その実は監視されているも同然の生活だ。当然、訪れる者など皆無に等しかったに違いない。
 相も変わらず同じことを…。
 だから、わたしは…!
 だが、私より先に口を開いたのは、ミライだった。
「今日は泊まっていってくれるのでしょう?」
「え? あ…でも、良いの?」
「もちろんよ。子供たちも喜ぶし。それに…大切なお話があるみたいだし、ね?」
 ミライの勘の良さに、やはりニュータイプとは、本当にいるのかもしれないと思ってしまった。


☆       ★       ☆       ★       ☆


「―─つまり、私たちに宇宙に上がれ、ということね。」
 ミライは飲んでいた茶器を置き、真っ直ぐに私を見詰めながら静かに結論づける。
 その視線を確り受け止め、私は頷く。
「そう、あなたたちが宇宙に上がるように説得するようにと。それがエゥーゴの要請であり、アナハイム・エレクトニクスのメラニー・ヒュー・カーバイン会長からの要請よ。」
 両者の思惑としては、旗艦の艦長の家族が、いつ人質になるかもしれないか分からない状況にいることは避けたい。そして、同時に彼に恩を売って、ブライトがエゥーゴから離反することがないようにしたいというところだろう。
 そのために彼らは説得役を地球に派遣した。──それが、私だ。
 私が選ばれた理由は、私自身が、かつてミライの部下であり、尚且つブライトとも親交もあるということに加え、夫もエゥーゴに参加していることがその理由だった。
 夫としても、私がこの役を無事務め終えれば、自身の地位の保証となると思ったのだろう。私がこの役を引き受けることに特別には反対はしなかった。
 それぞれの思惑は別にして、私は、彼女たちが宇宙で子供たちを育てたいと願っていることを知っている。
 そして…何よりも家族を一緒にいさせてやりたい、その思いからこの説得役を引き受けた。

「だから、ミライ…。」
「…行けない。」
「そう…。えっ!?」
「私は、宇宙《そら》には行けない。」
 驚く私に、ゆっくりと同じセリフを繰り返すミライ。
「行けないって…!? どういうことなの、ミライ!」
 問い詰めようとする私から視線を逸らし、ミライは席を立った。
「ミライ!!」
「お茶がなくなったわ。入れてくるわね。」

 直ぐにミライは戻ってきた。カップに注がれていく琥珀色のお茶。
「ブライトは──」
 注ぎ終えたお茶を一口飲み、ミライが口を開く。
「ブライトは優しいの。とても優しいの。私にも、子供たちにも本当に…。彼は素晴らしい夫であり、素晴らしい父親よ。」
 茶器を愛おしそうに両手で包み込み、優しい笑みを浮かべて話をするミライ。
 私は黙ってミライを見詰める。
「でも…ね。」
 笑みに少しだけ苦さが加わる。
「でも──決して言わないの。彼は『愛してる』って言わないの。」
 更に加わる哀しみ。
「私にも、子供たちにも。私と二人きりの時も、…そうベッドの中でさえも、ブライトは決して『愛している』とは言わない。」
 笑みを消し、お茶を見詰めるミライ。
「もちろん、『好き』とか『大事だ』とかは言ってくれるわ。だけど、決して言わないの。彼は『愛している』とは言わないの。」
 静かに置かれる茶器。
「その言葉は…『愛してる』という言葉は、『彼女』に捧げられたものだから。」
 上げれられたミライと瞳《め》が合った瞬間、私は息が詰まった。

 自分自身を落ち着けるため、私は少しだけ温くなったお茶を飲む。
 “彼女”……。それは、もうこの世にはいないというブライトのかつての想い人のことだろう。
 “彼女”についての詳しいことは知らない。
 ただ、“彼女”のことで苦しんでいた二人は知っている。
 しかし、ブライトは“彼女”をではなく、ミライを選んだのではなかったのか…?

「でも…ブライトは彼女ではなく、あなたを選んだのでしょう?」
 出すことの出来た声は酷く掠れていた。
「そうよ。」
「だったら…。」
 静かに微笑むミライ。
 そのあまりにも柔らかい笑みに、再び息が詰まった。
「だから――だから、私が理由になる。」
「り…ゆう?」
「そう…。彼が戦う理由に。彼が地球を守る理由に。――彼が生きていく理由に。」
「ミラ…イ?」
 自分たちが地球に残れば、彼はその地球を守るために戦う──と。
 彼女に対しての償いとしてではなく、夫として、父親として、彼が生きていくための理由となれる──と。
「だから――私は宇宙に行くことが出来ない。」
 私に真っ直ぐな視線を向けたまま、ミライは聖母のような笑みを浮かべる。

間違っている

 そう思う。しかし、再びお茶を口にしても、私の咽は干上がったように張り付き、声を出すことが出来なかった。


 翌日、私は宇宙へ戻るために、シャトルに乗っていた。
 窓の外には、雲一つ無い青空が広がる。
 ノア家を辞する際、ミライにもう一度だけ促してみた。
 共に宇宙《そら》へ行こう──と。
 このままでは不幸になる。だから…。
 ミライは、愛おしそうに二人の子供たちを引き寄せながら、首を横に振りながら微笑みながら言った。

でも、共に不幸になれる

 ミライは、昨夜と同じ聖母のような微笑を浮かべて、私にそう言った。

 ガクン―と振動が伝わり、本物の青空の中、シャトルが宇宙へ向かって飛び始めた。
 この青空と同じ青い瞳を持つ友人を思い浮かべる。
 あの時、二人を共に祝福した友人を──。
 私は…私たちは、あの二人の幸福な未来を信じて、彼らを祝福したのに……。
 目を瞑ると、シャトルは漆黒の宇宙へ私を運んでいった。



 あれから、更に幾度かの戦いを経て、少しだけ穏やか時間が訪れていた。
 しかし、完全に戦いが無くなったわけでもなく、地球と宇宙の対立は続いている。
 その証拠に、先日地球でクーデターを起こそうとしたテロリストが処刑された。
 広げられた新聞の一面に躍る記事。

『マフティー処刑される』

 私の知っているあの子は、こんな名前じゃない。
 私の知っているあの子は――!


 地球でミライと会ってから何年が経っただろうか…?
 時折、連絡は取り合っていたが、あれから彼女に会っていない。会う機会がなかった。
 …いや、正確にいうと、お互いその機会を積極的に持たなかっただけだ。
 エゥーゴと連邦軍が再び再統一され、夫はそれを機に軍を退いた。
 だが、ブライトは連邦軍に戻った。彼には戻るしか選択肢がなかった。
 そして、幾度かの戦いの後、ブライトは軍の中枢を担う司令官の一人となり、そうなると流石に家族もいつまでも地球に住み続けるわけもいかず、ミライたちも宇宙に上がってきていた。
 彼らの『理由』がなくなったからではない。ただ状況が許してくれなくなっただけだ。
 本当に何も変わらなかった。変わらなかったはずなのに…。
 積もり積もった年月は、それでも変化を齎していた。
 彼らに―。彼らの子供に―。

 強い父親と優しい母。そして、可愛い妹。
 そんな恵まれた環境の中で育ったあの子は、信じていたのだろう。
 自分の家族を―。『人』という存在を―。
 けれど、真っ直ぐに育った、純粋で優しいあの子は、全てを知ってしまった。
 初めて宇宙に出たあの時、自身が愛した娘《こ》が自分の目の前からいなくなったあの時に。
 そう…初めて人を殺《あや》めたあの時に。
 父の想いを。母の想いを。―奥底に隠していたその秘密を。
 その全てを、理解してしまった。
 だから、急ぎすぎたあの子は、自分自身が愛した娘《こ》が憧れた男と同じ方法を取ろうとした。
 優しすぎたあの子は…。純粋すぎたあの子は…。
 父のような強さも、母のような勁さも持てなかった、ただ優しく純粋なあの子は――。
 自分自身を慈しみ、育ててくれたのは、父であり、母であり、そして地球であるというのに…。
 あの子は、人類全てに絶望してしまっていた。

 広げた新聞を閉じ、窓の外に広がる造られた青空を見遣る。
 ミライは、悲しむだろう。そして、嘆くだろう。
 それでも…
 それでも、彼女は言うのだろうか。

「共に不幸になれる」―と。

「あなたならどう思う?」
 その人工の青空の、その青空と良く似た色の瞳を持った友人に問いかける。
 けれども…
 その答えは、私には何も聞こえてこなかった。

《了》


 ふみさんよりの頂き物小説再び☆ 前作の続きです。
 意外な方がメインとなってます。シャーリィまで使ってもらえるなんて、うちのオリ・キャラはホンに恵まれているね♪
 話の方はそうきたか!? な『閃ハサ』までいきましたが、さて、続きはあるかな(オイオイ)

2006.01.10.

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