『ベスト・セラー?篇』 (お礼SS No.25)

 十七年余り、『影の王国』の支配下にあったデルトラ王国。だが、その軍勢を『デルトラのベルト』の魔力を以って、追い払った世継ぎが即位すると、漸く人々は安堵の息をついた。
『リーフ王が王座におられる限り、心配はないのだと』

 王位に即いても、リーフは変わらなかった。勿論、王としての役目は果たさねばならないが、といって、城に縛り付けるだけでは彼の持ち味が失せてしまうことを、城の側近たちも気付いたのだ。
 リーフは公務の合間を縫って、デルの町に出て、人々と交わった。七部族の領地まで旅することは、さすがに難しかったが、逆に代表者が時折、デル城を訪れた。

「リーフ、ジャスミン、バルダ。久しぶり♪」
「グラ・ソン! 元気かい」
「勿論よ。それに、この子もね」
「皆! 会いたかった〜☆」
 跳ねるように飛び出してきたのは、絶滅危惧種族などと言われてきた幻の種族の子供だ。今では、歴とした冒険の仲間だが。
「やぁ、プリン。あれ、二人だけ? ひょっとして、プリンがグラ・ソンを連れてきたのかい?」
「そうよ。お母さんたちが許してくれたの」
「正直、一寸、怖かったけどね」
「あ、ヒドォ〜イ。グラ・ソン。私、ちゃんと安全飛行してたでしょ」
「……子供だと思っていたら、いつの間にか、もう大人だな」
 感慨深そうにバルダが呟く。ちょーっと前に、プリンはバルダに恋していたりもしたのだが……;;;

 場を移して、会食しつつ、二人の客人はグノメ族やキン族、途中で見てきた町の現状などを伝える。
「何処も人が集まり出して、活気付いている感じだよ」
「そうか。それは良かった」
 今までは影の憲兵団の襲来に怯えて、一つ所に留まることを恐れていた人々も安心して、新たな村や町を作ろうとしていた。
 自分で確かめには行かれないリーフは、時折やってくる仲間たちからの報告を聞くのを、心から楽しみにしていた。

「そうそう。途中で、面白いものを見つけたよ。ホラ」
「「「──ゲッ★」」」
 三人一様に顔を引きつらせる。中々、立派な装幀の本だが、ただの本ではないのを知っている。
「グ、グラ・ソン。それは、まさか……」
「──『物語る本』、題して『ベルト物語』だってさ。中々、ハチャメチャで、おっかしいのよ。見てきたようなウソって、こーゆーのかなぁ」
 『物語る本』とはまぁ、『動く紙芝居』とでも思えばいい。内容は聞かずとも、いや、開かずとも分かっている。三人は以前、その本を見ているからだ。
「それって、その一冊だけ?」
「いや、一部じゃ、それなりに売れてるからね」
「売れてるの!?」
 かなり意外だ。
「うん。余りの馬鹿馬鹿しさというか、ここまでの自己賛美も中々、珍しいからじゃない?」
 売れ線の基準が良く判らなくなる三人だった。





『続ベスト・セラー篇』 (お礼SS No.26)

「あ、ジャスミンにはこれ、あげるわ」
 別の本を取り出し、差し出してくる。『物語る本』ではなく、普通の本のようだ。
「なぁに。悪いけど、私、本読むの好きじゃないんだけど」
 森で生まれ育ったジャスミンだ。一応、幼い頃に父母から文字の手習いも受けてはいたが、その二人が憲兵団に攫われ、一人になってからは殆ど使わなかったので、読み書きは苦手だった。リーフたちと旅する間に、少しは上達もしたが。
「いいから、見てみなさいって」
「? ────!!! んな、ななななっ、何なの、これーーーっっっ!?」
「ジャスミン? どうしたの。何の本なんだい」
「いえっ、何でもないわっ★」
 力いっぱい否定する辺り、どうも怪しい。
 ケラケラとグラ・ソンが笑う。
「隠すことないじゃない。一寸した伝記よ。ジョーカーのね」
「「ジョ、ジョーカー!?」」
 リーフとバルダが仰天したのも無理はない……のかもしれない。

 『物語る本』ばかりでなく、リーフたちの『デルトラのベルト』を巡る冒険譚も随分と本などになって、人々に読まれ、語り継がれようとしているのも知っていたが、まさか、あの!?ジョーカーまでとは。
 尤も、ジョーカー──いや、ジャードこそがデルトラ王国を救うための最初の行動を起こした者なのだから、取り上げられても、何ら不思議ではないが、それでも──……。
「ジョーカーを好き勝手に書くなんて、怖すぎるよ」
「全く」
 うんうん頷かれるのも、娘であるジャスミンにしてみれば、何だか悔しい。いや、物凄く同意するが。
「で、それはどんな話なんだい。見せてよ」
「え? ちょ…、リーフ!!」
 呆けた隙に奪われてしまう。
「…………うわ、これ」
「どうした、リーフ」
「何か、レジスタンスのリーダーのジョーカーの話っていうより、鍛冶屋のジャードと奥さんのアンナさんの話…、かな?」
「そんなの、デタラメよ。そんな昔の話、誰が知ってるって言うのよ。こんなの…、こんなの、ぜーっ対、認めないわっ!」
「ジャスミン?」
「大体、あの男が、こんな科白《こと》とか、あんな科白とか、吐くわけないじゃないっ。況してや、そんな真似なんて、絶対するわけないわよー。あり得ないわーーっ」
 何だか、軽くパニクッているらしい。どうもジャスミンは父親のジョーカーのこととなると、未だに箍が外れやすくなるらしい。
「いや、ジャスミン。ジョーカーだって、昔っから、あぁだったわけじゃないだろう」
 何気に酷いことを言っているぞ、あんた;;;

「いいえ! これは立派にジンケンジューリン、メーヨキソン、チョサクケンシンガイだわ」
「ジャ、ジャスミン? 何言ってんの」
「落ち着け」
「落ち着いてるわよっ。とにかく、断固コーギするべきよ!! こんなんが世に出回るなんて、許さないわっっ」
「……もう、遅いと思うけど」
 苦笑交じりにグラ・ソンが呟く。
 国を救うための第一歩を印した男と、その彼を支えた妻。そして、その二人の子は世継ぎを助けた勇敢なる娘。
 ジャスミンは気付いていないが、その本の後半は彼女のために割かれていた。
 彼女の一家を題材とした本も、この一冊だけではなかった。そして、何れもが中々のベスト・セラー作になっていたのだ。





『続々ベスト・セラー篇』 (お礼SS No.27)

「こんな恥ずかしいもの、回収しなさいよ!!」
 仕事中に、いきなり飛び込んできた娘は訳の分からないことを捲くし立て、最後には一冊の本を突き付けてきた。
 さっぱり了見を得ないジョーカーは一応、冒頭に目を通し、そして、溜息をついた。
「気にするな、こんなもの。というか、気にしても始まらん」
「気にしてよ! 私が嫌なの!! こんな…、こんな──」
 ジョーカーは眉間を押さえ、もう一つ嘆息する。妙なところに引っかかりを覚える娘だ。やはり、森で人と関わることなく、育ったためだろうか。
「回収なんて、無理な話だ。似たような本がどれだけ出回っていると思う」
「そ…、そんなに沢山?」
「まぁな。お前たち三人の冒険譚を扱ったものは数知れず。エンドンとシャーン様、エンドンと俺…、七部族、レジスタンス。枚挙に遑《いとま》がないぞ。規制なんかかけてみろ。今はまだ数少ない娯楽の一つを奪うことになる。それに、これで生計を立てている者もいるんだぞ」
「そんな──」
 顔を曇らせるジャスミンに、ジョーカーは眉を寄せる。
「そんなに嫌か」
「だって…。解かったようなことばかり書いてて……」
「確かにな。あることないこと、というより、ないことないことといった方がいいか」
「やっぱり、そんなんじゃない」
「だが、別に悪意を以って、書かれているわけでもない。これも、アディンの伝説と同じように、いつかは伝説の類になるのかもしれんよ」
「これが…」
「本当に嫌なんだな。何がそんなに──」
 ジョーカーは今一度、手にしていた本を開いてみたが、娘が何を嫌っているのかまでは想像がつかない。
「別に…、だって……。でも、私…、お父さんとお母さんの──」
 続く言葉に、ジョーカーが絶句したのは言うまでもない。


☆       ★       ☆       ★       ☆


「でも、本当にどうして、あんなに嫌がるんだろう。ジャスミンは」
「解かってないねぇ。微妙な乙女の心ってもんが」
 グラ・ソンはそう言うが、あんな規格外の少女の心をどう解かれと?
「要するにさ、恥ずかしいわけよ。自分の両親の、今の自分と変わらない年の頃の恋物語なんてさ。実際に自分が生まれてるわけだから、妙に生々しく感じたりするわけよ」
「そ、そんなもんなの?」
 男どもには、どうにも理解しかねる乙女心なるモンだ。

 そうこうしている内に、飛び出していったジャスミンが戻ってきた。血相変えていたはずだが、何だか機嫌が直っている?
「ジャスミン。嫌なら、返して貰ってもいいわよ。その本」
「ううん、いいわ。本は苦手だけど、ゆっくり読むことにするわ。有難う、グラ・ソン」
 規格外の娘の思わぬ宣言に、グラ・ソンも含めた全員が唖然とした。


『お前は、自分が恥ずかしい存在だとでも思っているのか?』
『人が生まれることが、恥ずかしいことだとでも?』
 一度しか言わないと、父は真正面から告げた。
『いいか、ジャスミン。お前は…、私とアンナの愛する娘だ。何処に出しても恥ずかしくない、自慢の娘だと思っている』
 勇敢な父と優しい母の間に生まれたことを、今は誇りにも思えるのだとジャスミンは気付いたのだ。



 『デルトラ』拍手第三弾☆ 本当にベスト・セラーになっているかは知りません^^;
 本のタイトルは『CONSOLATION』かもしれんということで?
 『沈黙の森』でのアニメ・オリジナル・エピのお陰で、原作よりもより近しい親子がお気に入り☆ 話の切っ掛けとなった『トムの店』の話は──今でも笑える。

2009.01.08.

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