ETERNITY 「デルトラ王国よ、永遠に!」 万感の思いを込めて、リーフは叫んだ。 勿論、国が永遠に存続するなんて、思わない。況してや、何もせずに守れるものなんて、あるはずがない。リーフはそれを旅の中で、学んできた。それでも……!
「リーフ国王、万歳!」 ジョーカーのよく通る声に、人々が唱和する。大広間は大歓声に包まれた。リーフと共に戦った仲間たちを始め、多くの招待客も、式を執り行う城の者たちも皆、昂奮していた。 長い支配と戦いが終わり、やっと平和を迎えたデルトラ王国。だが、『影の大王』は決して、諦めてはいないだろう。 『執着……いや、最早、執念のようでもあるがな』 ジョーカーの直感は正しいのだろう。 だから、気を抜いてはいけない。だが、王たる身が不安を見せてもいけない。 堂々としてみせれば、民も安心して、日々に身を委ねることが叶うのだ。 民は『影の大王』の支配下で、十二分に苦しんだ。だから、これからは明るい日々を、未来を手にして貰いたい。 この先、未だ続くだろう『影の大王』の脅威に対抗し、策を考えるのも王の役目だ。二度と希望を失わせることのないように──。 「リーフ、どうしたの。皆が呼んでいるわ。応えてあげて」 こっそりと促したのは斜め後ろに控えているジャスミンだ。 我に返り、笑顔で歓呼に手を振る。更に歓声は大きくなった。 格式ばった即位式を終えると、祝いの宴に突入だ。この日のために、料理人たちが腕を揮った料理の数々に人々は舌鼓を打ち、酒を楽しみながら、談笑する。 「いやいや、御立派な新王様でございますな」 「うむ。些か、線が細いようにも見えますが」 「何の! あれだけの大事を成し遂げた御方ですぞ。何より、心がお強い」 『影の大王』の支配するデルトラの地に、仲間と共に宝石探しの旅に出た真の世継ぎ。その当時、己が出自を知らなかったとしても、国のため、民のため、世継ぎにベルトを渡すために力を尽くした少年の思いはバラバラになっていた七つの部族を纏め、『影の大王』を撃ち払うに至った。 真の世継ぎの戦う様に、人々は過去の王族たちの過ちへの償いは果たしたと受け取った。そればかりか、信用に足る王になるだろうと、未来に期待をかけ、この日を迎えたのだ。 そして、即位を果たせば、次なる期待は当然──、 「次は婚礼の儀ですな」 「シャーン様にも劣らぬ良き姫御を娶って頂きたいものだ」 「そして、一刻も早く、次のお世継ぎを……!」 多分に、自分の娘や親族、影響下にある街から王妃を挙げたいという考えもあるだろうが、何よりも、次なるベルトの継承者を望む思いが強い。 今、リーフが正式に王となり、『影の大王』の兵力も一応は『影の王国』に去ったが、虎視眈々とこの国を狙っているのは皆、まだ忘れてはいない。 リーフ王の身に何かあれば、忽ち、その脅威は復活することになるのだ。
とはいえ、ようやっと即位を果たした新王様は、まだまだ国の復興やら何やらと為すべきことが多すぎて、そんなことまで考えが及ばない。というより、彼には既に意中の人がいる……のだろう。多分。 彼女との未来に少しくらいは思いを馳せることはあっても、具体的には程遠い。それ以前に、きちんと思いを伝えることさえ、まだしていないのだから! そのリーフの周りには共に戦った仲間たちが集まっている。 「おめでとう、リーフ」 「有り難う。でも、これからが大変だよ」 「そうですね。でも、一人ではありません。皆で協力し合えれば、どんな大事をも成すことができるでしょう」 「ベルトの宝石を集めるよりは楽かもしれないね」 「違いねぇ」 笑い声が弾けた。 張っていたものが少し解けるようなのに、一息つくリーフにジャスミンが飲物を渡す。 「疲れた?」 「うん…。でも、大丈夫」 「私はもう足が痛いわ。早く部屋に戻って、着替えたいくらい」 「そんな──」 思わず、反論しかけたが、今日のジャスミンは眩しすぎる。まともに目も合わせられず、逸らしてしまう。 勿論、そういう態度がジャスミンを逆撫でするのは当たり前だ。 「何よ」 「え、いや、あの…、その」 口籠もるリーフに、グラ・ソン姐さんが悪戯心を出す。 「ハッキリ言ってあげなよ、リーフ。勿体ないから、そんなに早く着替えなくていいって」 「ちょっ…、グラ・ソン!」 「勿体ない?」 「綺麗だから、勿体ないってこと! ね、リーフ」 その瞬間、リーフとジャスミン揃って、真赤になる。 「気付いてないの、ジャスミン。皆が、特に男どもが貴方のこと見てるのに」 「そ、そんなの、物珍しいだけでしょ。揶揄《からか》わないでよ」 お洒落っ気のない野育ちの少女が珍しく着飾っているものだから──実をいえば、ジャスミンは最初から恥ずかしくて仕方がなかった。着替えの時、全身を姿見で見せられ、見立てたシャーンは「とても似合っている」と言ってくれたが、よく解からない。多分、お世辞だろう。 自分の育ちを恥だとは全く思わない。両親の選んだ茨の道を誇りにすら思う今は特に。 とはいえ、こんなに綺麗な上等なドレスを押し付けられても、自分は見劣りするだけだろうと思ってしまう。何しろ、鏡すら持っておらず、小川や池の水面《みなも》でしか自分を見たことがなかったジャスミンだ。そういう意味では自信などあるはずもなかった。 「そんなことありませんよ、ジャスミンさん。とてもよく、お似合いですよ」 「そうだよ、ジャスミン。綺麗だよ」 ゼアンやマナスが口々に褒めてくれても、やはり実感が湧かない。 「いいのよ。そんなに無理に褒めなくても」 頭から、そんなはずがないと信じているジャスミンに、皆、肩を竦め、苦笑いする。これは相当な難問だ。 その時、救い主が現れた。 「あら、ジャスミン。私の見立ては気に入って貰えなかったかしら」 シャーンだった。王太后となったシャーンは忙しい合間を縫って、ジャスミンのためのドレスを用意したのだ。 「いえ! ドレスはとっても素敵ですけど、中味が負けちゃってるなって……」 「そんなことのないように、選んだのですけど?」 「でも……」 シャーンの言葉にさえ、素直に頷けないジャスミンだが、この頑固さも彼女の愛すべき点かもしれないと、皆は苦笑する。 「だったら、一番、目の確かな人に見ても貰いましょう」 「一番?」 「決まってるでしょう、ジョーカーよ」 あらゆる意味で、全員が驚いたのも無理はない。 ジョーカーって、あのジョーカー!? 元レジスタンスのリーダーで、現実的なことにしか興味がなくて、その気になったら、簡単に国だって覆そうな──でも、実は先王の親友で、そのために身を犠牲にしたジャスミンの実の父親で……。 どっからどー見ても、そういうことには疎い、というよりはやはり興味関心が全く全然、なさそうなジョーカーに、何を聞くというのだろう。 そのジョーカーと殆ど唯一、まともに真向から付き合えるだろう勇者様シャーンはジョーカーを連れに離れていった。 その先には、壁に背を預けて、独りでいるジョーカーの姿が。宴が始まったばかりの頃は挨拶回りの人々の相手をしていたようだが、それも一段落ついたのだろう。 記憶が戻ってからのジョーカーはジャードとしての面も見せるので、以前ほど、取っ付き難くはないが、それでも、敬遠する者の方が多い。何の屈託もなく対するのもやはり、シャーンくらいか。 そのシャーンが声をかけるが、何か考え事でもしているのか一瞬、反応が遅れた。それもまた、珍しいことだが。 一言二言言葉を交わすと、連れ立って、こちらに戻ってくる。 「ね、ジョーカー。ジャスミンをどう思う」 「どうとは?」 改めて父親に視線を向けられ、ジャスミンは息を詰めた。この格好での、初顔合わせを思い出す。何故か、ジョーカーは黙りこくってしまったのだ。だから、余計、気後れしてしまったともいえる。 何か言われる前にと、口が勝手に憎まれ口を叩く。 「いいわよ、別に。遠慮しないで言っても。どうせ、お転婆が似合いもしない格好してるとか、いいトコ、馬子にも衣装だとか思ってるんでしょ」 呆気にとられたジョーカーがシャーンを見遣る。 「さっきから、この調子で、全然、信じてくれないのよ。似合ってるし、綺麗だと言っても」 「ハァ。しかし、私が何か言っても、火に油を注ぐだけというか」 「そうでもないわよ。だって、ジョーカー。ジャスミンを見る目が凄く遠いわよ」 「え……」 「アンナのこと、思い出していたのでしょう」 「──……」 目を瞠ったジョーカーだが、何も言い返せず、固まった。 「うわぁ。凄い光景。ジョーカーが無茶苦茶、照れてるわ」 何でも面白がるグラ・ソンの姐さんだけが笑っていたが、他の者は引きまくっている。照れて、赤くなるジョーカーなんて、微笑ましさを通り越して、マジ怖すぎる。 しかし、母の名はジャスミンには効果的だった。 「アンナって、お母さん? 何で」 「何でも何も、貴方がアンナに似てきたからよ。ね、ジョーカー」 「いや…、あの……」 「似てる? 私が、お母さんに」 「えぇ。とっても」 「本当?」 父に詰め寄ると、やっとこちらを向いてくれた。 「……そうだな。大分、似てきたな」 二人きりの時でも、滅多に見せない父親の眼差しは確かに遠い。自分に、母を重ねているから……。トパーズの霊力で一度だけ再会の叶った母の面影を。 そう、とても美しい人だった。 「そ、そうなんだ。私、お母さんに似てるんだ」 「だから、似合わないなんてことはないわ。そうでしょう?」 かなり強引な三段論法だったが、とりあえず、納得してくれたジャスミンは嬉しそうだった。
「引き合いに出して、ごめんなさい」 「……いいえ」 シャーンとジョーカーはその場を離れ、バルコニーに出た。中の騒ぎが嘘のような静けさだった。日が傾き始めていたが、城下の街も今日はお祭り騒ぎのはずだ。風に乗って、微かに声が届いてくる。 今日という日を民も喜んでくれているのなら、亡きエンドンも安堵してくれることだろう。
シャーンは横に立つ夫の親友を窺った。街を見てはいるが、やはり眼差しは遠い。 「怒ったかしら」 「そんなことはありません。ただ、少し思い出しただけです」 「アンナのこと?」 「えぇ。一度でいいから、デル城に行ってみたい。そう言ったことがありましてね。まぁ、会ったばかりの、子どもの頃の話ですが」 「そう……」 「城どころか、私はアンナを、デルトラに連れ帰ってもやれなかった」 沈み込む口調に、言葉を呑み込む。 「そればかりか、彼女のことさえ、ずっと忘れていた……」 「怒ったりはしませんよ。ただただ、貴方やジャスミンのことを案じ続けていたはずですわ」 反応は薄いが、ジョーカーとて、そうだろうとは思っているはずだ。 「それに、今でもね。心はずっと一緒だったのでしょう、ジャード」 今は封じた名に顔を上げたジョーカーが見返してくる。 「ごめんなさい。やっぱり嫌かしら」 「別に…。構いませんよ、今日くらいは」 それでも、今日だけなのかと苦笑したくなる。彼がその名を呼ぶことを許すのはアンナとエンドンだけなのかもしれない。二人とも、既にこの世の者ではないが。 「呼びにくいですか、ジョーカーとは」 「そういうわけでもないですけど」 シャーンにしても、以前に会ったのは城を脱出し、ジャードとアンナが身代りで旅立つまでの極短い期間でしかない。ジャードという名は寧ろ、夫の名だった。 けれど、やはり、この名はジョーカーのものだと思う。 だが、ジョーカーという名に彼が深い思いを込めているのも解かる。恩人の名を受け継いだ思いも──……。 「でも、今日くらいはお言葉に甘えて、ジャードと呼ばせて頂くわ」 「……御随意に」 やっと笑みを浮かべてくれたのに、シャーンも微笑み返した。
宴も進み、大広間では舞踏会まで催されていた。当然、若き新王様には若い娘たちが集まってきた。全く踊らないわけにもいかず、何人か相手にしたが、さすがに付け焼刃では中々、難しい。それでも、体を動かすのは得意なので、何とかボロは出さずに済んだが、気疲れしてしまい、早々に抜け出した。 ご同様だったのがジャスミンだ。グラ・ソンの言うように、着飾ったジャスミンは十分に男どもの目を引いた。踊りに誘われ、断りきれずに三人ばかりと踊ったところで精根尽きた。 バルコニーに出ると、既に日が落ちて久しく、夜風が気持ち良かった。 「あ〜ぁ、本トにもう疲れたぁ」 折角、シャーンが選んでくれたドレスだが、さすがに足が限界に近い。ジャスミンは座り込んでしまった。すると、暗がりの中から、既に慣れ親しんだ声がかけられた。 「ジャスミンかい。大丈夫か?」 「リーフ? どこ」 「こっちだよ」 声の方を見遣ると、隣のバルコニーで手を振るリーフを見つけた。 「主役がこんな処に隠れてて良いの?」 「勘弁してくれよ」 疲れた声に、リーフも慣れないのを無理しているのが解かった。しかも、これからも、長く続くに違いないのだ。 「そっちにいくよ」 言うなり、リーフは手すりを乗り越えてきた。 「一寸、リーフ。そんな格好で」 「大丈夫だよ。待ってて」 リーフも身軽なのは分かっているが、しかし、即位式後の盛装姿で、旅の合間のような真似を平気でするのには頭を抱えてしまう。 「十分、元気ね。リーフ」 「君と一緒だとね、元気でいられるんだ」 「──」 時々リーフは、こちらが恥ずかしくなるようなことを平然と言う。 「な、何言ってるのよ。もう!」 多分、顔が赤くなっているだろうが、夜空の下では見えないことを祈る。
リーフが隣に腰を下ろしてきた。 「服が汚れるわよ」 「ジャスミンだって」 確かに──一頻り笑い合うと、その後は暫くは無言のままだった。中で奏でられている音楽と、人々の楽しそうな声…。 「……平和よね」 「そうだね。平和になったんだよね」 一応は、かもしれないが、それでも、今日くらいは『影の王国』の脅威も忘れて、楽しんでも許されるだろうか。 「ね、ジャスミン。踊らないか」 「止めた方が良いわよ。もう散々だったんだから」 「僕だって、似たようなものさ。でも…、ジャスミンと踊りたいんだ」 「リーフ……」 飾らないリーフの言葉に、マジマジと見返してしまう。星空の下とはいえ、これほど間近であれば、表情は判る。 「踊ろう、ジャスミン」 少し戸惑いながらも、リーフが差し出してきた手を取る。 「ちょっ…。リーフ!?」 立ち上がると、取られた手の甲に軽くだが、口付けられたのだ。さすがにこれには慌ててしまう。舞踏会に於ける儀礼のようなものだとは解かっていても──勝手に心臓までが早鐘を打ち始める。 誰かに見られていないかと周囲を見回してしまったほどだったのに、若き新王様は焦りも慌てもしていない。開いた一方の手が腰に回され、普段では考えられないほどに密着しているのに、体温も急上昇する。 それなのに、リーフの方はやけに落ち着いているのが何だか悔しい。 「さぁ、踊りましょう。お姫様」 「だ、誰がお姫様よ」 「勿論、君だよ。ジャスミン」 聞こえてくる音楽に乗って、二人は踊り始めた。 確かに正式なステップなどには程遠い。相手の足を時々、蹴ったりもしたけれど……。 リーフの視線が胸元に向けられ、嬉しそうな笑みに彩られる。リーフから贈られたこの世に唯一のペンダントが動きに合わせて、揺れていた。 降るような星の下、踊る二人の心はこの日、一番躍っていた。
『アニトラ』──アニメ版『デルトラクエスト』終了記念作。うーん、終わってから、もう一ヶ月半は経つんだよなぁ。 てなわけでの『アニトラ』最終回直後だったりします。今までは一応『小説版』世界を書いていたつもりだったので、キャラ切りかえに少々、苦労。特に『二つの名を持つ』誰かさんね。 とはいえ、『アンナがお城に行きたがっていた』下りは『CONSOLATION』でのこと。まぁ、映像化部分が少なかったから、親世代の過去話は小説もアニメも大きな違いはないですから。
2008.05.17.
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