『デルトラクエスト』 (お礼SS No.7)
「バルダ、ジャスミン。少し休もう」 リーフの言葉に、二人は足を止め、大きく息を吐き出した。そのまま、三人とも、その場に座り込んでしまう。 一度は『影の憲兵団』に捕らえられたものの、辛くも逃れることができた。ただ、それは救いの手があったればこそで、三人とも、少々、警戒を怠っていたことは己に戒めるべきだった。 本当に、誰が敵で誰が味方かも判らない。これからは自分たち以外は全て『敵』と疑ってかからねばならないかもしれなかった。そう、危険を冒してまで三人を救ってくれた、ジョーカーと名乗る男でさえも、だ。 『影の王国』への抵抗運動《レジスタンス》を行っているというのは確かだろう。だが、敵の敵が、完全なる味方とは限らない。 況してや、リーフが腰につけている『デルトラのベルト』は『影の王国』の支配を討ち払い、『デルトラ王国』を再興するためには欠かせない秘宝だ。迂闊に、人の目に触れさせるわけにもいかなかった。 「それにしても、気に食わない男だったわね」 彼の謎めいた男に関しては、ジャスミンの口からは文句や悪口雑言しか出てこない。余程、相性が悪いようだ。 そもそも、三人が捕まる原因となった『リスメア競技大会』決勝で、ジョーカーと対戦し、勝利したジャスミンだが──それが実は八百長だったなどと言われては、腹に据えかねるのも仕方ないだろう。 「まぁまぁ、ジャスミン。余り気にするな」 大男のバルダがどっしりと落ち着き払った態度と声で宥めると、二人の気分も不思議と和らぐのだ。 「しかし、あの男のことは一寸、気になるな」 「何がだい、バルダ」 「あの男とは俺も対戦したが、動きがな…、デル城にいた貴族たちが嗜《たしな》んでいた剣術の動きが幾らか入っているような気がしてな」 残る二人が「何だって?」「何ですって」と異口同音に声を上げる。 「剣を持たせれば、もっとよく判ると思うが……」 「それじゃ、あのジョーカーはデル城を脱出した貴族様だってこと?」 「いや、そうとは限らん。デル城の衛兵も殆どは齧った剣術だ。俺は平民だが、それでも、基本はやはり、あの剣術だからな」 「どちらにせよ、ジョーカーはデル城に繋がる人かもしれないのか」 リーフは冷徹な目を向けてきた頬に傷持つ男を思い返す。 だが、傍らのジャスミンが肩を竦める。それ以上考えるのを放棄したらしい。 「今、考えても仕様がないわよ。とにかく、私たちとは相容れない感じだったわ。偉そうで」 「ジャスミン。決め付けは良くないよ。確かに僕たちには僕たちの目的がある」 『デルトラのベルト』の失われた七つの宝石を集め、デルトラを救う。 「でも、彼だって、影の王国の支配から、デルトラを救おうとしているのは間違いないんだ。道筋は違っても、目指すものは同じだ」 「その先は? 最終的な目的も同じとは限らないわよ。あの男がトムの店で言っていたことを忘れたの」 『影の王国』の侵攻を許し、民が要らぬ苦労をするのも 『デルトラ王国』歴代の王がデル城の外に目を向けなかったからだ。 民を蔑ろにし、苦しめるだけの王など、民には要らない。 「あの男は、ひょっとしたら、自分こそが王になろうとしているのかもしれないわ」 「それは……そうかもしれないけど」 『デルトラのベルト』を渡すべき『王の世継』もまた、彼らは探さねばならない。リーフにベルトを託した父は『宝石を集めれば、自ずと世継は現れる』と言っていたが……。 「とにかく、僕たちの為すべきことも変わらない。全ての宝石を集め、デルトラのベルトの力を復活させ、王の世継に託すんだ」 「後のことは──その時になってみないと、確かに分からんな」 バルダが苦笑しつつも、話を纏めにかかる。進展しそうにない時は年長者の意見が通りやすいことを、経験的に知っているからだ。 「そうだ。今、僕たちが果たすべきは全ての宝石を集めることだ。行こう!」 自分に言い聞かせる意味もあるのだろう。リーフは同じ科白を繰り返し、立ち上がった。 「そうだな。いつ、追手がかかるかも判らん」 「まぁーったく。優雅な旅ってわけにはいかないわね。クリー、頼むわ」 ジャスミンの声に、肩に止まっていた黒い羽の頼もしい仲間が、カァーと一声鳴いて、明けつつある空へと舞い上がった。安全な道を探すために。 『デルトラのベルト』の失われた宝石を求める旅は、まだ続く。
『もうすぐリスメア篇』 (お礼SS No.9)
「リスメアか。久し振りだなぁ」 「ホント、懐かしいなぁ」 「懐かしがるような、良い思い出なんて、ないと思うけど」 溜息付きのジャスミンの突っ込みに、男共二人は苦笑する。相変わらず、活気に満ちた街ではあるが、確かに、記憶の何処をどう引っくり返しても、碌なモンが出てこない街だ。 小鳥の詐欺師に引っかかったのはまだ序の口だった。その小鳥も後には役に立ったしな。 路銀稼ぎに、リスメア競技大会なんてものに出場したのが間違いだった。まさか、その真の目的が『影の王国』での猛獣闘技に送り込む猛者選びだったとは!? 優勝したジャスミンとベスト8に残ったリーフ、バルダは三人纏めて、危うく『影の王国』送りになるところだったのだ。 危機一髪、救われたが、手引きしたのがレジスタンスのリーダー、ジョーカーだった。 思えば、散々な目に遭ったとはいえ、あの競技大会に参加しなければ、ジョーカーと知り合うのは、もっと先のことになっていただろう。 尤も、先方はこちらの三人を噂で知っていたのだが。 「ジャスミンとジョーカーの決勝戦、思い返しても、凄かったよなぁ」 「あぁ。ハラハラしながら、見ていたぞ」 「やめてよ、二人とも」 ジャスミンの御機嫌が急激に傾いていく。なのに、鈍いのか? 男共は話題を変えない。 「しかし、知らなかったとはいえ、生き別れた父娘で決勝戦とはな」 「手加減ナシだったよね、ジャスミンは。もう容赦なく、ジョーカーを──」 「だから、やめてってば! あっちは囮にするために私を勝たせようと、手加減していたのよ。今更、優勝者だの言われても、全然嬉しくないわっ」 「あれ? 本気で勝った気だったんじゃないのか」 全く、どうしようもないほどに、単純だった。尚、ジャスミンの機嫌の気圧は低下する。 「あんなの負け惜しみに決まってるでしょ! だって、あの人、私にリング外に蹴り落とされた時、笑ってたのよ。してやったり! って感じで。あーもうっ、思い出させないでよ。やっぱり、どうにもムカつくわ。あの男は!!」 「ジャスミン…。お父さんのことを、あの男呼ばわりは……」 「そうだぞ。折角、この前、お父さんと呼べるようになったのに」 二人に指摘され、途端にジャスミンの顔が真赤になる。照れているのか、怒っているのか。両方か? 「あっ、あんなの気の迷いよっ!! 沈黙の森だったから、一寸、気が緩んだのよ」 だからこその本音だったんじゃないのか? と思わないでもないが、今回ばかりは火に油を注ぐような鈍感な真似はせず、それこそ沈黙を守ったのだった。
『そしてリスメア篇』 (お礼SS No.10)
「それより、私たちを散々な目に遭わせてくれた、あのマザー・ブライトリーはどうなってるの? もう捕まえたんでしょうね!」 照れ隠しと怒りとで、真赤になっているジャスミンだが、指摘したのは確認しておくべきことだった。ところが、バルダの返答は予想外のものだった。 「あぁ。それが実はまだなんだ」 「何でっ。賞金で人を釣って、影の王国と通じて、人攫いなんて真似……! 私たちを商品呼ばわりしてっ!!」 「だが、決定的な証拠がないんだ」 「証人がいるじゃないっ。生き証人の私たちが! ジョーカーだって、知っているし」 「それだけじゃ、弱いんだ。マザー・ブライトリーはリスメアの名士だ。生き証人《オレたち》の証言だけでは水掛論になるに決まっている」 その中にデルトラの新王がいても、だろうか。だが、確かに「知らない」と言い切られれば、それまでだ。 「それじゃ、放っておくの? 何年も何年も、あの人のせいで、影の王国に送られた人たちがいるのにっ。皆、連中の慰みに、猛獣や怪物と死ぬまで戦わされたんでしょう」 そんな過酷な地から生還したのはジャスミンの父ジョーカーだけだ。但し、無傷には程遠く、それ以前の記憶を十年間、失うこととなったが……。 「解ってるよ、ジャスミン。放っているわけじゃない。ただ、少し考えがあるんだ。ジョーカーがもう少し様子を見ると言ってね」 「どんな考えよ。私には言えないこと?」 「そんなことはない。ジョーカーはマザー・ブライトリーを泳がせて、尻尾を掴むつもりだ。リスメア競技大会は次の大会も行われるだろう。そして、賞金も金貨千枚と、例年と同じにするしかない。さて、その賞金だが──前回優勝者殿。今、持っているか?」 「持ってるわけないでしょ。影の憲兵に取られたんだから……。あっ、そういうこと! 影の王国との繋がりが切れたら、賞金の使い回しもできなくなるのね」 「そうだ。だが、賞金は必ず用意しなくてはならん。しかも、名士といえども、簡単には揃えられん大金だ。では、どうする?」 その金を作るために、無理なことをする可能性が高い、と。 「別件で捕まえるってこと? それで、ちゃんと裁けるわけ」 「ジョーカーは、それまでに他の証拠を掻き集めるつもりだ。彼のことだ。やると言ったら、やるだろう」 レジスタンス時代の情報網も駆使して、必ず果たすだろう。 ポンと肩を叩かれ、膨れ面をしてみせながらも、ジャスミンは頷いた。 「にしても、気の長い話ね」 「でも、長くても、三年で片をつけると、ジョーカーは言っていたぞ」 「三年? ……解るけど、苛々するわ。怒鳴り込んでやりたいくらいなのに」 「ジャスミンは短気だな。ジョーカーと違って」 リーフが苦笑すると、同い年の少女は更に頬を膨らませる。 「ジョーカーだって、十分、短気だったじゃない。そりゃ、記憶が戻る前はだけど」 「そうだったな。しかし、本来の彼は、いや、ジャードは恐ろしく気が長い。というより、根気よく我慢強い。いつ来るとも知れないエンドン国王からの合図を、ひたすら待ち続けたんだからな」 「結果として、七年だったけど、きっと十年でも二十年でも待ったんだろうね」 「そうね。私とは大違い」 父エンドンとジョーカー──ジャードのことを思うと、リーフは今でも胸が熱くなるのを覚えた。リーフが無事に生まれ、成長できたのも全て、そのための場所を与えてくれたジャードのお陰といっても過言ではないのだ。 逆に、ジャードやその娘であるジャスミンたちは、過酷な道を歩むこととなった。今、こうして、何事もなかったように、笑って、並んで歩けることは奇蹟に等しい。 〈本当に、奇蹟だ。ジャスミンに出逢えたことは……〉 両親と生き別れ、孤独で淋しい過去を感じさせない明るい笑顔。時には烈しい感情のままに怒ったりもするけど──それさえも、愛おしく思える。 「何、リーフ。私の顔に、何かついてる?」 「いやっ、別に。けど、バルダ。その前に僕らがリスメアに現れるのはマズくないかな」 「逆に焦って、尻尾を出すかもしれん。ジョーカーもリスメアに寄るな、とは言わなかったしな」 「元レジスタンスのメンバーがその辺を歩いてるってことね。それじゃ、適当に楽しみましょう。前は、そんな場合じゃなかったものね」 そうして、三人はリスメアに入ったが──全く別の騒動に巻き込まれるのは次の話☆
『デルトラ』拍手を纏めてみました。初期三作は全てリスメアと関わりがあるので『リスメア三部作』と銘打ってみたりして★ 一作目はわりとシリアスだけど、その後はギャグチックな物ばかり。アニメ版第二部を題材にしてるせいかなぁ。でも、マザー・ブライトリーの下りはアニメ再登場前だったので、輝版オリジナルだけんどね。あれはあれで……;;;;;
2008.03.11. |