『プリンセストヨトミ 〜 DVD発売記念☆』 (お礼SS No.125)
「ところで、副長。その怪我のこと、皆には何て説明するんですか」 鳥居が尋ねたのは、新幹線が東京に到着する直前だった。負傷した上司の松平は痛み止めを飲んでいた。 その松平の怪我は銃創だ。本当のことなど、とても言えるわけがない。三人で、口裏を合わせておくべきだった。 「捻挫とかにしておきます? 階段から落ちたとか」 「鳥居さんじゃあるまいし。副長がそんなドジを踏むわけがないでしょう。誰も信じませんよ」 「あ、酷い、旭君。私なら、ありうるって言うの?」 相変わらず、放っておくと、漫才になってしまう二人の部下を松平は見返した。 「……そうだな。本当のことを言うか」 「「──はい?」」 二人が漫才をピタリと止め、疑問詞をハモらせつつ、上司を凝視したのは無理からぬことだった。 松平は第六局の副長だ。“鬼の松平”と評され、関係各所から畏怖《おそ》れられているが、それは検査先に限ったことではない。会計検査院内でも、厳しい上司と見られている。勿論、嫌われているという意味ではないが、彼がいるといないとでは、院内、局内の雰囲気がガラリと変わるほどだ。 その松平が大阪出張から帰ってみれば、何があったのか、左腕を吊るような怪我をしている。誰もが驚き、好奇心を掻き立てられるのも当然だった。 そして、問うのだが──松平は特に答えず、黙ったまま、質問者を見返すのみだ。怪我をしていても、相も変らぬ圧迫感に、皆が「すみません、いいです」とか引き下がってしまう。 となると、質問の矛先は鳥居と旭に向けられるのだが、旭は上司と同じく、何も答えない。上司とは違って、薄く怜悧な笑みを浮かべながら……。 ただ一人、答えてくれるのは鳥居だけだった。顔を寄せ、声を潜め、 「実はですね。……ここだけの話ですよ。撃たれちゃったんですよ」 相手が揃いも揃って、顔を引きつらせて、絶句したのは言うまでもない。 会計検査院のオフィスに戻り、局長に報告に行った松平を待つ間、鳥居と旭は茶飲みしながら、時間を潰していた。ただ、鳥居は何だか、ヘコんでいる。 「なーんか、釈然としないなぁ」 「何がですか」 「だって、誰も信じてくれないんだもの」 「副長の読み通りでしたね」 新幹線で、松平が「本当のことを言うか」などと言った時には、さすがの“鬼の松平”もやはり、怪我のショックに苛まれているのかと疑ったものだが、珍しくも初めてお目にかかるような微かな笑みすら浮かべて、「鳥居だけが言うんだ。それで、大丈夫だ」と断言するので従ってみれば、全くその通りとなった。 『銃で撃たれた』なんてことは非日常的過ぎて、誰も取り合わなかったのだ。それどころか、中には「フザけたことを言うな」と怒る者もいて、散々だった。 「何度か、そんな遣り取りを続ければ、直ぐに誰も何も聞いてこなくなる」 それが狙いだったとしても、自分の言うことを信じてもらえないというのは悲しくもあるし、ショックでもある──狼少年の気分を味わって、鳥居は一寸ばかり、泣きたくなった。 「いいじゃないですか。鳥居さんじゃなきゃ、できないことでしたよ」 「それ、褒めてないから」 ブーたれつつも、お茶をズズッと啜ると、軽く嘆息した。 「でも、副長。本当に大丈夫かな」 誰にも信じてもらえなくとも、松平が銃撃され、負傷したことは紛れもない事実だ。 怪我をおして、報告に行っているが、痛み止めや解熱剤は飲んでいても、やはり、きついはずだった。 「真田さんから、こっちの医者を紹介されたそうですから、心配いりませんよ」 そこに、戻ってくるのが見え、二人は立ち上がった。常と変わらず、姿勢のいい姿だが、やはり顔色は悪い。 「副長、局長は何て」 「──鳥居、旭。大阪関連の申報書の作成は頼む」 「え? 二人でってことですか」 「あぁ。……院長から、十日ほど、出てくるなと言われた」 その一言で、局長だけでなく、院長にも会ってきたことが解った。それに恐らくは上層部だけはさすがに大阪で何があったのかということを知っているのだということも。 当然、松平の怪我が実は立っているのも辛いだろうというほどのものだとも、既に報告を受けているのかもしれない。 「悪いな。何かあったら、携帯に連絡してくれ」 「いいですけど。ちゃんと持っててくださいよ。また、どっかに置き忘れたりしないで」 「解っている」 苦笑するのに、鳥居は目を瞬かせた。新幹線内でもそうだったが、これまでは全く見たことがないような表情を見せるようになっているような気もする。 タクシーを待つ間に、今の内に確認できることだけは済ませておく。 「でも、仕事人間の副長がいきなり、十日も休んだら、皆に変に思われないですかね」 『撃たれた』なんつー信じがたい話までが俄然、信憑性を得そうだと不安に思ったのだが、 「上が適当な理由を考えてくれる。心配するな」 「あ、なるほど」 別の仕事を振られた──そういうことになるのかもしれない。 「ところで、休みの間、何してるんですか」 「何してるも何も、このまま、病院に直行だ」 周囲に聞かれないように、声を潜めているので、鳥居もつられて、小声で尋ねる。 「え、そうなんですか。どこの病院です?」 何やら、小さな紙切れを取り出し、松平は一つの病院名を告げた。 「家からも近いからな。とりあえず、此処に行ってみる」 「やっぱり、入院ですかね」 「二、三日は覚悟してる」 その時、電話が鳴り、タクシーが到着したことを報せてきた。 「それじゃ、後は頼むぞ」 「あ、荷物、運びます」 松平が断る前に旭がキャリーバッグを取り、歩き出してしまった。自分のせいで、松平に負傷させたと気にかけているようだ。 付いてきそうな鳥居には残るように言い、松平はオフィスを後にしたのだった。 五分としない内に、旭が戻ってきた。終業まではまだ時間がある。少しでも、仕事を進めておくべきだった。上司がいない時だからこそ、きっちりと……。 「じゃ、旭君。これ、お願いね」 「──解りました」 特に反論することもなく、ファイルを受け取ると、出来過ぎの後輩は仕事を始めた。
『プリンセストヨトミ 大阪国総理大臣side』 (お礼SS No.127)
「こんにちは、お久し振りです」 お昼時に現れたお客はただの客ではなかった。何と言って、迎えればいいものか、お好み焼き屋『太閤』の主人、真田幸一は迷ったものだ。 「あぁ…、お久し振りです。いらっしゃい」 ちゃんと、客として来ているのだろう。スーツ姿の女性は嬉しそうに、正面のカウンター席に座ると、メニューも見ずに、「豚玉、お願いします」と注文した。 焼き上げた豚玉を提供すると、彼女は本当に嬉しそうに、美味しそうに食べ始めた。例の事件の際も長いこと、ここに陣取っては色々と食べていたものだ。監視のために、仕方なくかと最初は思っていたが、実は本当に食べることが好きなのだということも、その内に解った。 美味しそうに楽しんで、食べてくれることは、食物屋としては有り難いことだと思う。 だが、一方では気になることもある。少し、手が空いた時に尋ねてみた。 「ところで、鳥居さん。今回もお仕事ですか」 「はい、そうです」 「松平さんは御一緒ではないんですか」 彼女──鳥居忠子は会計検査院の調査官で、半年以上も前に、この地にやってきた。色々と起こり、特に最大の事件は勿論、『大阪国』の将来に関わることだったが、何とか乗り越えることもできた。 ただ、その際に、彼女の上司である松平元調査官が負傷する破目にもなってしまったのだ。それは自分に責任のあることだと気にかけていた。彼が東京に帰り、向こうの病院に通っているとの報告もちゃんと受けていた。もう、心配はない。仕事に復帰しているということもだ。 それ以来、彼に関する情報は特にはない。通院しなくても済むようになったことに、安心するべきだろうが、彼がどんな思いで、仕事を続けているのかはやはり、気になるところだった。 一度、携帯に連絡したことがあるが、番号が変わったらしく、繋がらなかった。調べてまで、という気にはならなかったので、それきりだが、ここで彼の部下がまた現れたのは何らかの天啓かもしれない。そんなことすら、考えたものだ。だが、 「副長は来ていません。というか、当分、大阪には来ないと思いますよ」 「え…。どうして、ですか?」 「そりゃ──あ、いか玉、お願いします」 「あぁ、はい」 注文を受けながらも、鳥居を見返すと、最後の一口を食べ終わったところで、一寸だけ声を潜めた。 「あんな怪我して、帰ってきたもんだから、上が認めないんですよ。副長が大阪近辺に行くことを。アレは当然、秘密ですけど、検査院の上層部はちゃんと知ってますからね」 「怪我のせい……」 「何せ、副長は検査院《うち》のエース級ですからね。何れは局長や、もしかしたら、院長にだってなるかもしれない人なんです。それが結構な重傷を負わされたなんて──あ、済みません」 「いえ。本当に申し訳ないと思っていますから」 「とにかく、それで、暫くは大阪方面には出張しないと思います」 「……そうですか。あぁ、携帯の番号も変わったんですか」 「そうなんですよね。何で、わざわざ変えたんだか。仕事でしか、使わない人なのに。今でも、しょっちゅう忘れてくるんですよ。あ、ところで、大輔君は元気ですか。茶子ちゃんは」 話を息子たちのことに変えられてしまったので、それ以上、松平のことを尋ねるのは憚られた。部下の彼女なら、新しい番号も知っているはずだが、そこまで聞くだけの理由があるのだろうかと、自分自身に対して、疑問を覚えたのだ。 その後も二品ほど、注文し、すっかり平らげた鳥居は支払いを済ませ、店を出て行った。「また来ます」と笑顔で言いながら……。 何となく、落ち着かない気分のまま、仕事を続ける。書き入れ時の昼を過ぎると、客足は途切れるが、夕方、また忙しくなるまでの間に、仕込みでできることを済ませておく。 そうこうしている内に、息子が帰ってきた。相変わらず、セーラー服を着ているが、それほど、板についているようには見えないのは当然か。 「ただいまー。お父ちゃん、これ」 「お帰り。何や」 「鳥居さんが学校まで来て、お父ちゃんに渡してくれって」 「鳥居さんが? 昼時にも店に来たけどな」 「校門トコで、待ってたよ。何? まさか、ラブレターとか」 渡されたのは簡単なメモだった。「アホなこと言うんやない」と窘めつつ、開くと、一つの番号が記してあった。 「……これもミラクルかな。案外、よく気がつく人なんやな」 などと、結構、失礼なことを思ったりもした。 それは勿論、松平調査官の新しい携帯の番号だった。 ただ、この番号にかけるべきかどうかで、また少し、悩むことになる。
『プリンセストヨトミ 会計検査院第六局副長side』 (お礼SS No.129)
「ただいま、戻りました」 鳥居の声はいつも明るい。彼女がオフィスに入ると、途端に賑やかな雰囲気になる。あれは一応、ムードメーカーという存在《やつ》なのかもしれない。 ニコニコと同僚たちに挨拶をしながら、松平のデスクまで、やってくる。 「副長。戻りました」 「あぁ、ご苦労。どうだった」 それもまた挨拶みたいなものだ。検査結果は申報書も出されるのだから、それを読んだ方が確実だ。 ところが、鳥居は大袈裟なくらいに溜息をついた。 「もう大変でしたよー」 「何か、問題でもあったのか」 「問題大アリでしたよ。何せ、行く先々で聞かれるんですから」 「……何をだ?」 どうも、仕事の話ではないようだが、松平は書類を捲る手を止めていた。 「検査が終わった後、皆さん、判を捺したように周りを窺いながら、声も潜めて、聞いてくるんですよ。松平調査官はどうしてますかって」 松平は微かに目を瞠ったが、それ以外の反応は控えた。 「怪我はちゃんと治ったのか、とか。仕事には復帰しているのか、とか。今日は大阪には来ていないのか、とか。色々と。もう、どれだけ聞かれたか」 「……それで、何と答えたんだ」 顔どころか、声からも表情が消えていくのが自分でも判る。しかし、鳥居は気付いていないようだ。 「そりゃ、もう完治して、前みたいにバリバリ仕事してますって。ただ、大阪の担当は外れちゃったけどって、誤魔化しときましたけど」 担当云々ではなく、例の銃撃のせいなのは明らかなのだが、鳥居なりに気を遣ったようだ。 「その内、休暇でも取って、顔見せに大阪、行ってきたら、どうですか」 「入院で、纏めて取ったばかりだぞ。無理を言うな」 「もう半年以上、経ってるじゃないですか。それに、真田さんも気にかけていましたよ」 「──お前、また太閤にも行ったのか」 「はい。まだ食べてないお好みもあったし」 ああいう事件《こと》があったというのに、強心臓の持ち主だ。自分以上かもしれないと、感心さえする。 今現在、松平は仕事の上では大阪方面行きを止められている身だが、解禁されたとして、あのお好み焼き屋に顔を出す気になるかは甚だ疑問だった。別れ際に、その主人である真田幸一には「また寄って下さい」と言われはしたが、松平は返事できなかったのだ。 前回の大阪騒動で、松平が負傷させられたことは──大っぴらにはできないからこそ、検査院の上つ方々は相当に怒ったのだ。 院長は「二度と松平を大阪にやるな」と厳命し、その命令は目下のところ、有効中だし、局長は同行していた二人の部下に大目玉を食らわせたのだ。……あれはさすがに、二人が気の毒だった。 いつかは命も解かれるかもしれないが、当分は仕事上の大阪訪問はなさそうだ。 「でも、真田さんにだけでも、直接、話してあげた方がいいんじゃないですか? 前のケータイにもかけたらしいですよ」 意外な言葉に、松平は部下を見返す。 「番号、変わったこと知ってましたから」 それで、もう繋がらなくなっていたと聞いたのだろう。 「──教えたのか?」 「え? 番号ですか。あ、はい。あの…、もしかして、ダメでしたか?」 「………別に、そんなことはない」 短い言葉で、話を終わらせ、手元の書類に目を戻す。 その所作で、長年、部下をやっている鳥居は「仕事に戻れ」との意味だと察したようだ。ちょこんと一つ頭を下げ、自分のデスクに向かった。 仕事に復帰してから、松平は携帯を変えた。仕事で使うのみで、機種に拘りがあるでもないのに、番号まで変えてしまったことに、同僚たちは面倒だと不満すら漏らした。 当然、理由を尋ねる者もいたが、松平は特に語らぬまま、『番号を変えずに済むとは知らなかった』などとボケたことを言ってのけた。携帯が好きではなく、よく忘れたりもすると知られているので、それもアリか──などと結構、信じられてしまったが。 ともかく、必要な相手に新たな番号を送るだけで済ませていたが、それは逆に言えば、前の携帯の繋がりを一度、断ち切りたかった……ということなのだろう。そして、そんな相手の中には、真田幸一もいた。 ……いや、言葉を弄しても仕方がない。松平が繋がりを断ちたかった相手は誰よりも真田幸一だったのだと、今更のように気付かされたのだ。
『プリンセストヨトミ』DVD&Blu-ray発売記念作。最初はAmazonで予約したけど、ポストカード欲しさに、新星堂の通販に鞍替え^^ 『大阪国編』と『会計検査院編』は二つで一つのような作品ですが、元々は『大阪国編』は映画『RAILWAYS』を見て、幸一さんの話を書きたくなっちゃいました♪ んで、対になるように副長の話もと。 あの後、松平さんが大阪に来ることはあったのか? あったとして、幸一さんと会ったりもするのか? てな感じでの、その後予想を色々していたら、こんな感じになりました。 暫くは来られないだろうし、その後もどうなんだろう? 個人的にも、まだまだ、完全に受け容れたようには見えないかな……と。幸一さんも、いざとなると何を話していいものかと悩んでいるようです。 それに副長の内面に、やっとこ手を出せるかな? という気にもなってきました。でも、ちょいラストは濁した感じなので、まだ流動的ですが、うまく纏まったら、続きも書けるかも。
2011.12.12 .
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