『プリンセストヨトミ 〜 アイス天国・海外渡航編?』 (お礼SS No.151)

「ねぇ、旭君。副長だけど、なーんか、いつもと違うと思わない?」
「そうですか」
 旭は先輩の言葉など、さして気にすることもなく、鞄を持ち直した。先輩──鳥居は素っ気ない後輩の反応に、頬を膨らませた。
 そんな二人の前を歩く直属の上司の広い背中は別段、常と変わらない。遠目にも際立つ美しい姿勢で、人混みの中を進む。

「判んないかなぁ。絶対、違うって。ちょっとだけ、嬉しそうな感じしない?」
「さぁ。まさか、副長が海外行きだからって、ハシャいだりするとは思いませんけど。あぁ、鳥居さんなら、いざ知らず」
「むー。何気にまた、人のこと、バカにしてー」
 いつもと同じようなやり取りが続く。だが、彼らが先を急いでいるのは成田空港内だった。
「でも、私、北欧は初めてだから、やっぱり、ちょっとは楽しみだな。旭君は?」
「僕も初めてですけど、何にせよ、仕事ですから」
「真面目っていうか、堅いなぁ。あ、副長。副長はどうですか」
 前にどっかで、聞いたことのあるようなやり取りはさておき、先を急ぎつつも部下たちの話は聞いていた上司──松平は短く答えた。
「あぁ、俺も初めてだ」
 この時、旭もおや? と引っかかった。確かに松平の声が僅かばかり、上擦っているような印象を受けたのだ。

「ね、なーんか、違うでしょ」
「そ、そうですね」
 疑問は湧いたが、直接に松平に尋ねるのも当然、憚られる。
 大体、飛行機の搭乗時間も迫っていた。のんびりと話している暇などなかった。搭乗手続きをするために、急ぎ足で、チェックインカウンターに向かった。


 程なく、彼らは機上の人となる。目的地は──フィンランド。海外の政府開発援助《ODA》の担当が回ってきたためだ。
 鳥居は仕事の合間に、食事に行けそうな美味しい店を既にリストアップしているらしく、検討中。旭はいつもと同じく、英語版ペーパーバックを読んでいた。
 そして、松平は書類に目を通していた──が、注意深く見れば、確かに、その表情が普段よりも柔らかで、楽しげなものだったかもしれない。
 尤も、長く組んでいる鳥居だからこそ、気付けたともいえるだろう。

 松平は確かに少しばかり、浮かれていた。普段とは違い、フィンランド行きが楽しみだと感じていた。
 何故なら──彼の国が知る人ぞ知る『ジェラード大国』だからだ♪
 たとえば、スーパーのアイス売場ときたら、日本の比ではない。とんでもない種類と量のアイスたちが待ち構えている……定番のバニラ系が一番のお気に入りの松平だが、他の味も勿論、好きだ。きっと選び甲斐があるに違いない。
 となれば、“鬼の松平”の頬も心なしか、緩むのも当然なのだろう。

 そんな彼らを乗せた飛行機は一路、北欧へと向かっていった。





『プリンセストヨトミ 〜 アイス天国・文明開化?篇』 (お礼SS No.152)

 本日の検査先は──横浜也。
 スケジュールを立てたのはミラクル鳥居。どれほど、天然娘に見えても、それなりに経験は積んでいる。案外、スムーズに事が運ぶように予定が組まれている。
 万事、鳥居の評価が辛い旭でも、その点は認めざるを得なかった。
 尤も、スケジュール調整の要点は、仕事という一点だけでもなかったが。

 さて、昼時の到来。
「副長。お昼に寄りたい店があるんですけど。すぐ近くなんですよ」
「また、美味しい店仲間からの情報ですか。本トに鳥居さんは、その辺は全く手を抜きませんよね」
 少しばかり、嫌味を練り込んでみたが、天真爛漫娘には全く通じない。
「どうせなら、より美味しいものを食べた方が幸せじゃなーい♪ 午後の仕事もバリバリやるぞって、気にならない? 旭君」
「……別に昼食の内容に左右されたりはしませんよ。ですよね、副長」
「ま…、人夫々だろうがな」
 頼みの綱の上司はサラリと当たり障りのないコメントを発した。多分、こんな論争に参加する気が全くないのだろう。

 ともかく、鳥居の案内で、その店とやらに向かう。確かに近く、ものの数分で着いた。
「ここですか?」
「うん♪ 今なら、ランチメニューがお得よ」
「……チェックは完璧ですか。本トに仕事もこれくらい、身を入れてくれたらいいのに」
 嘆息した旭だが、ふと上司の横顔が視界に入った。看板を眺める上司の表情に、顔が引きつる思いを味わった。
 さほど、表情が変わらない松平は何があっても終始、無表情の無愛想と思われがちだが、その下に従って、一緒《とも》に行動する内に、僅かな変化を読み取れるようになってきた。
 勿論、絶対の自信があるというほどではないが──今回は、かなり確度が高い。何やら、期待しているような表情……全開の嫌な予感に襲われる。
「あの…、副長?」
「やっぱり、副長。知ってるんですね」
「相生《あいおい》、か。まぁな」
「ちょ…、なんなんですか」
 置いてけぼりを食いそうな旭が辛うじて、話に割り込む。
 すると、食い気を常に忘れない女──鳥居は何故か、自慢げに知識を披露する。
「ここはね、日本で最初に売り出されたアイスを再現した横浜馬車道あいすを売ってるのよー☆ 食べたことあります?」
「いや、実はまだ……」
 アイス好きの松平でも未踏の地、もとい、未踏の店とは──どうにも、抵抗のしようがないような気がした。
 案の定、
「今、四種類あるんですよ。それじゃ、行きましょ〜♪」
 勇躍するが如く、スキップで鳥居は店へと入っていく。心なしか、上司までか足取りも軽やかに、その後に続いた。

「………………コラ、ちょっと、待てよ」
 さすがに、別行動を取るべきかと迷う旭だった。





『プリンセストヨトミ〜アイス天国・ダブルでトリプル篇』 (お礼SS No.154)

 とあるアイス・スタンド専門店。客層は若い女の子やカップルなどが圧倒的に多い。そんな中に、スーツ姿の男が混じっていれば、それはそれは人目を引く。しかも、長身で中々に強面の、イイ年の男ともなれば──尤も、当の本人は全く意を介した様子もなく、注文の番が回ってくると、澱みなく、ジェラードの種類を選んだ。
 只今、ダブルがトリプルになるサービスが好調に客を呼んでいるのだ。
 妙な圧迫感を店員に与える男は照れも見せずに、平然とテイク・アウトしていった。

「そういえば、あの人。何だか、妙に緊張しちゃいましたよ」
 仕事上がりのバイト君は着替えをしながら、思い出したように言うと、先輩が笑った。
「あー、あの人ね。結構、イイ感じに渋い、かっちりとした公務員タイプの人」
「とても、うちの店には来そうにない感じなのに……。家族へのお土産ですかね。あれ」
「いーや、あれは自分のために買ってるね」
 先輩が自信たっぷりに言うのに、入ったばかりのバイト君は目を瞬かせた。
「え、マジですか」
「多ければ、週の半分は来るし、暫くは注文が被らないからね。家族のためなら、そこまで覚えてないっしょ♪」
「はー、なるほど。でも、あの顔で、アイス好きですか」
「いーじゃないの。個人の嗜好なんだから。大体、週三も来てくれるんなら、もう大御得意様よ。大事にしなきゃね。次にまた来たら、顔引きつらせてないで、ちゃんとスマイルで応じてよね」
「あ…、は、はい。」
 先輩の言うように、大御得意様はその後も結構、頻繁に現れた。





『プリンセストヨトミ〜アイス天国・最初の最初篇』 (お礼SS No.156)

 新幹線が動き出すと、副長は早速、買い込んできていたカップアイスを開け、食べ始めた。
 通路を通り過ぎていく人が、その光景に気付くと、後ろを気にかけながら、離れていくのだ。無論、副長自身は全く気にした様子もない。
 今更、気にしないのは二人の連れである部下も同様だ。思い思いの弁当やオヤツ^^を手に、東京までの数時間を過ごすわけだ。
 旭はポッキーを摘みながら、読みかけのペーパーバックを開いた。

 不意に、旭の隣に座る鳥居が上司に話しかける。
「でも、副長。そんなに好きなら、もう、人気のアイスは殆ど食べてるんじゃないですか?」
「そんなことはない。食べたことのない物なら、幾らでもある」
 大の大人──それも国家公務員たる者が真面目な顔でする会話ではないと、旭は一人、嘆息する。
 だが、少しばかり物悲しさまで覚える旭の気持ちなぞ、お構いなしに二人は会話を進める。それも、どうにも、旭が入っていけない『世界』なのが癪に障る。
「それじゃあ、副長が今一番、食べてみたいアイスは何ですか?」
 副長は僅かに思案顔を見せたが、さして、悩むようでもなく、答えを導き出したらしい。
「やはり、ゾルド渓谷のジェラード…、かな」
「ゾルド渓谷? 有名どころの名産なんですか」
「だろうな。何せ、世界の全てのジェラード発祥の地と言われているからな」
「発祥? つまり、その地方で、作り始められなければ、今、私たちが美味しいアイスを楽しめることもなかったってことですか。スゴーい」
 それは確かに凄いかもしれない。たかがアイスと云うなかれ。この世に、アイスという存在《もの》が生まれなかった可能性もあるというのは中々、大したことのはずだ。一つの存在の有無がかかっているのだから。
 ……それにしても、もし、アイスが存在していなかったら、副長は一体、何を好んだのだろうか?

 どうでもいいような疑問をヨソに、ミラクルな先輩がかなり盛り上がっている。
「私も食べてみたいです。そのゾルド渓谷って、何処にあるんですか」
「アルプスだ。イタリア北部のな」
 静かな返答に、ミラクルな先輩は大きな溜息をついた。
「遠いなぁ。それじゃ、なかなか、行けそうにありませんね」
「そうだな。さすがに仕事で行くということもなさそうだしな」
 副長が珍しく──でも、最近は時たま見せるようになったが苦笑を浮かべた。
「だから、全てを食べたなんてことはないわけだ。ま、定年退職でもしたら、一度は行こうと思っているがな」
 とんでもない科白に、旭は吹き出しかけた。第六局の副長で、何れは局長──更には会計検査院の院長も夢ではないと言われるバリバリの現役エリート調査官の口から、「定年退職」なんつー単語が飛び出すとは!?
 つーか、そんな視野にまで入れてるなんて、副長のアイスに対する情熱?の静かなる激しさを侮っていた;;;
 だが、さして、動揺することもなく、同調する輩が約一名……。
「あ、そん時は私も一緒に行きたいです。まだ定年じゃないから、有給で♪」
 あっけらかんとしていて、脳天気すぎる言いようにカチンと来る。そんな羨ましい^^科白、旭には逆立ちしても、無理なので、嫉妬しているのかもしれないが……。
 ところが、次の瞬間、
「ねーねー、旭君。そん時は旭君も一緒に行かない? きっと楽しいわよ」
「………………」
 どう考えても、現実味のないお誘いだった。それをサラッと言える辺り、叶わないな、と思えることが少し増えてきたのは確かだった。
 とはいえ、あっさり頷けるはずがない。
「まぁ、アルプスには行ってみたいですけど、鳥居さん…、二十年後も無事に、検査院に在職していればいいんですけどね」
 精々、冷ややかに言ってやると、案の定、ミラクルな先輩は「ヒドーい、旭君」とプンプン頬を膨らませた。
 その間に、副長はカップアイスを一つ、平らげてしまっていた。その心の目がアルプスの──ゾルド渓谷に伝わる発祥のジェラードに飛んでいるか否かは分からなかった。



 『アイス天国』シリーズを纏めてみました。四本中、三本の元ネタはTVでした。フィンランド・ネタは『世界番付』、日本初のアイスは昼の情報番組で、世界アイス発祥の地は『世界ふしぎ発見』からと、情報に事欠きませんね。
 サイト開設十一周年も過ぎてるんですが、PCも新兵器?ポメラまでが調子が悪いと、散々です。暫くはこんなもんかも。

2012.10.05.

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