隠されたもの
ここ数日の騒ぎが嘘のように、いつもと変わらない日だった。 騒ぎをも経て、腹が据わったらしい息子はセーラー服姿で、幼馴染みの少女と登校していった。変わったことといえば、そのくらいだろうか。 しかし、表面上はともかくとして、内なる深いところの変化は誰の心にもあったとも思う。 彼もまた、その一人だろうか……。
空堀商店街に構えるお好み焼き屋『太閤』で、真田幸一は常なる日々と変わらぬ仕込み作業に専念していた。ただ、その目は時折、開け放たれた戸口の向こうに向けられていた。 通りを挟んだ向かいの細い路地の奥にひっそりと立つ、幾分、古びた赤レンガ造りのビルは、実はこの大阪の地に秘された『国』の重要な場所に行くための入口──“門”といえる場所だった。 普段は人の出入りが少なく、予定外の客など、殆どいないが、観光客やら地元の人間でも、迷い込む者がいないとは限らない。 幸一は常に仕事をしつつも、“門”を見張ってもいる。それは『大阪国総理大臣』としても、真田家の男としても重要な役目だった。 その“門”が今は開けられている。今現在、一人の男が“門”の先の、あの長い廊下を歩いているはずだった。独りで……。 本来なら、父と息子と二人以上で通るべき『道』だが、彼は独りきりだった。 それとも、心の中に残る父親の記憶を辿りながら……二人で、歩いているのだろうか?
「どうかしたん? 手、止まってる」 「あ? あぁ、スマン」 つい、意識が逸れてしまう。包丁を握っているというのに──妻の竹子のお小言に神妙な顔をしてみせながら、実のところ、聞き流していた。 そろそろ、出てきてもいい頃合いだろう。そんな見込みから、余計に集中力が切れる。頻繁に目を上げるのに、竹子も気付いてはいたが、肩を竦めて、自分の作業を続けていた。 あのビルに“何”があるのかを、男たちは隠しているつもりでも、女もちゃんと知っているのだ。 「あ…。スマン、竹子。ちょっと頼む」 ビルから出てくる人影に、幸一は小走りで、店を出た。見送った竹子がやれやれと首を振っていた。 「──松平さん!」 向かいのビルまで、30秒とかからない。呼びかけに顔を上げた男は階段を降りきったところで、足を止めた。 「真田さん……」 その声は、騒ぎの前に聞いていたものより心なしか弱い。それも当然だ。彼──松平元調査官は左腕を吊っており、ノーネクタイのワイシャツの襟元からは肩口から胸まで巻かれた包帯が覗いている。決して、軽くはない傷を負っているのだ。 「もう済みましたか」 済んだから、出てきたに違いないが、尋ねてみたくなる。気持ちの上での折り合いをつけられたのかどうかを知りたかったのかもしれない。 「はい…。無理を聞いていただいて、有り難うございます」 「いいえ。無理だなんて」 かなりの特例であるには違いない。 途切れた“伝承”を思いもかけない形で知ることになった松平調査官は全てを知った上で、父と息子が秘密を伝え、伝えられるあの廊下を歩むことを望んだ。 まだ、整理しきれていないようにも見えたが、だからこそ、幸一の一存で許可した。 会計検査院の仕事を終え、東京に帰る松平が果たして、大阪に戻ることがあるかは判らないが、これも流れとでもいうべきものだろう。 幼い頃に大阪を離れ、長じても、たまに仕事で訪れるだけだったという彼が、こうして、その“伝承”を知ったことも含めて……。 「傷は…、大丈夫なんですか? もう少し、休まれていかれた方がよいのでは」 医者から、できるなら、二、三日は安静にしていた方がいいと聞いていた。自分の足で歩けるようだが、それも痛み止めと解熱剤が効いているからだ。無理をしていないはずがない。 それでも、松平は傍目には全く平然とした様子で答えるのだ。「大丈夫」だと…。 「今日中に、東京に帰らなければなりませんから」 「……そうですか」 『大阪国』120万人の男たちの圧力を前に、独りで立ち続け、対峙した精神力はやはり半端なものではない。自分など、この調査官の足下どころか、影も踏めないと思う。 気持ちを切り替え、前掛けのポケットから取り出した紙切れを差し出した。 「あの、これを」 「何でしょう?」 「東京で開業医をしている大阪国《こちら》の者のリストです。訪ねて下さい。話は通してありますので」 何しろ、松平の怪我は銃創だ。見る者が見れば、一発で露見《バレ》る。挙げ句に警察にでも通報されては面倒だ。対処《さく》は講じておかなければならない。 受け取ったリストをザッと見し、ポケットに納めた松平は幸一を見返し、ほんの僅かに笑みを浮かべた。 「有り難うございます。助かります」 「当然のことです。本当に、申し訳なくて……」 大阪国国民の最後の暴発を抑えきれなかったのは総理大臣としての自分の力不足にあると幸一は信じて、疑っていない。 剰え、松平が銃撃されるなど!? その結果、下手をすれば、日本国との『戦争』になっていたかもしれないのだ。 引鉄《ひきがね》を引いた者は、彼なりの義憤に駆られてのことで、そんな可能性など微塵も考えてもいなかっただろう。 また、会計検査院の結論次第では、それこそ、彼の地に集っていた『大阪国』の男たちはそのまま決起してたことも考えられる。 『大阪国』の強い意思を示すためにと多くの人を集めたのは三十五年前に、成功している手段だったからだが、今回の相手は何しろ、“鬼”とまで称される一徹な調査官であり、容易には揺るがなかった。 その心を動かしたのが何だったのか──幸一も必死に語りかけ、幾らかは考え込むような表情を見せたが、決定的な影響を与えたと思うほど、己に自信があるわけでもない。 ただ、『大阪国』に銃まで持ち出すような者がいることが明らかになったのが問題だ。幸一たち『大阪国』幹部も強い危機感を抱いている。 何より恐ろしいのは一線も二線も越えた人間が大多数を占めた時、仮に総理大臣であっても自分には、暴走する『国民』を制御できないかもしれない、ということだった。 そして、松平も同様に判断したのかも……。 「暴力には決して、訴えない」と、多くの人の意思を纏めることで、対抗すると──対抗できると信じていたが、それが脆くも崩れる理想に過ぎないことを今回の件では思い知らされた。『大阪国』の『国民』一人一人にもまた、夫々の考えがあるのは当然のことだ。 だからといって、一人一人の思惑だけに走ることを許すようでは、そもそも、“国”として、最低限の器すら保っていないとしか言わざるを得ない。上の者が──その認識が『大阪国』では希薄であるが故に起こるのだろうが、しかし、ある程度までは『国民』を束ねることが出来なければ、どんなに口で説いたところで、砂上の楼閣にも等しい不安定なものでしかないのだ。 こんな様子《ざま》で、果たして、本当に“国”と呼べるのか? 疑わしいものだ。 自分がどんなにか、名ばかりの総理大臣であったかと……痛烈に思い知った。確かに、『大阪国』に於いては選挙によらず、順番でなるようなものだが──それでも、その役目を負うだけの覚悟は持ち合わせておくべきだった。 その覚悟の無さが、今回の事態を引き起こしたのではないか、と。そして、松平調査官も、そう結論付けた可能性もあった。 『大阪国』の存在を取り敢えずは受け容れ、あの激しいまでの追及から引き下がった。 その結論に至ったのは勿論、彼の亡き父親のこともあるだろうが、それだけとも思えない。 今の幸一には『大阪国』を纏めきれないと見たのではないか、と……。 本当に『大阪国国民』たる男たちが決起し、力に訴える──それが現実となった時は、日本国も黙っていないだろう。 手始めに、大阪府警に鎮圧させようとするかもしれない。自衛隊を出動させるかもしれない。その全てが日本国に従うかどうかは判らないが──或いは内部分裂を起こし、もっと悲惨な事態に発展するかもしれない。 どのような帰結に至ろうと、血を見ずには終わらないと……容易に想像できる。 そうなれば、四百年に渡り守り続けてきた“大切な存在《もの》”を、これからも守る──ささやかであるはずの願いも叶うことはなくなるのだ。 だが、そんな凄惨な近未来を松平調査官の判断が回避させてくれた。幸一は、そう感謝しているのだ。 「真田さん?」 我に返ると、黙り込んでしまった幸一を松平が窺っている。そして、 「そう、何度も謝らないで下さい。この怪我のことも、貴方が気に病む必要はありません。原因は確かに、我々にもあるのですから」 逆に気遣わせてしまっている。銃撃による負傷に責任を感じて、沈んでいると思ったらしい。“鬼の松平”の勘も負傷のために、多少は鈍っているのかもしれない。勿論、それも一つの理由ではあるが。 松平の言う原因とは部下の鳥居のことだろうが、彼女が“王女”を拉致した──!! その情報が舞い込んできたのが全ての始まりだった。 しかし、後になって、判明したところでは、かなり乱暴な手段だったとはいえ、鳥居は“王女”である少女の無謀な行為を止めさせようとしただけだった。寧ろ、感謝せねばならないほどだったのだ。 ただ、それらの事態が同時多発的に生じた時、人というものは冷静に、客観的に判断することが出来なくなるという証左のような顛末でもあった。 幾人もの人間の思惑が重なり、事態が複雑化したようにも見えた。しかし、実のところは、それほど複雑でもなかったというのは全てが終わったからこそ、いえることでしかないのかもしれない。 松平調査官にしても、忘れることの出来なかった幼い頃の『夢か現かも曖昧な記憶』が眼前に現実のものとして蘇った時──確かめずにはいられなかったのだ。 この冷静沈着で、どこまでも理性的と見える人物が、言葉を尽くして、誤解を解くことより、その『現実』の先にあるものを、『記憶』の先にあっただろうものを、どうしても、知らぬままでは終われなかったのだ。 そう考えると、少しだけ安堵できるような気持ちになるのが不思議だ。冷徹な調査官と評されてはいるが、その心の奥底には幸一などとも変わらない普通の人としての情が隠れているのだと。
「……真田さん。それでは、私は、これで失礼します」 思考に埋没して、返事をしなかったことに、軽く嘆息したらしい松平調査官の言葉に、幸一は少しだけ慌てた。 「あ、送ります」 「大丈夫です。商店街の入り口で、部下が待っているはずですから」 「そうはいきません」 そういえば、荷物の一つも持っていない。 とはいえ、怪我人を人通りの多い商店街の直中に、独りきりで歩かせるわけにもいかない。せっかちな大阪人がせかせかと歩いて、ぶつかりでもしたら、傷口が開いてしまう恐れもある。 僅かに、強い視線を向けてきたが、幸一が絶対に引く気はないと感じたのか、一つ息をつき、松平調査官は歩き出した。 直ぐに後を追った幸一に、それ以上、断ろうとはしなかった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
商店街を抜けたところで、松平を呼ぶ声が飛んだ。人波の向こうで手を上げているのは松平調査官の部下だ。旭ゲーンズブールという名のハーフの青年もまた、実は『大阪国』の一員だということを、今は幸一も知っている。連想しにくいが、親の事情から、そうなる可能性もあるのだろう。 青年は幸一に気付き、軽く会釈だけをした。その向こうにはタクシーが待っていた。 足を止め、気が殺がれた瞬間──チリチリンとけたたましいベルの音が、それも思いの外、至近距離で鳴った。自転車《チャリンコ》が、かなりのスピードで迫っていたのだ。前を横切ろうとする気だが、松平の反応が遅れた。 「危ないっ!!」 手を引こうとして、怪我をしているのを思い出し、体ごと抱え込むようにして庇う。それでも、松平が呻いたのには気にかける余裕もなかった。 「邪魔やっ! 気ィつけんか、ボケがっっ」 「危ないんは、そっちやっ!!」 罵声を浴びせながら、スレスレで走り去っていくチャリに、幸一も負けじと叫んだが、チャリの親父は恐らく、気にも留めていないだろう。幸一にしても、戻るはずのないチャリなど、それ以上、構ってもいられない。
「副長っ、真田さん! 大丈夫ですかっ」 若い調査官が慌てて、駆け寄ってくる。 「松平さん、傷は──」 「…………」 俯いたまま、顔を上げようとしない。息を詰めたような様子に、やはり傷に障ったかと不安も募る。痛みを堪えているのかと、幸一も青年調査官も顔を覗き込もうとする。 だが、僅かに窺えたのは──どこか茫然としたような、沈毅な調査官らしからぬ頼りなさげな表情だったことに、幸一は言葉をなくした。 青年の方は気付いていないのか、強く声をかける。 「副長! 怪我は」 「……いや、何ともない」 幾分、掠れ声なので、そうとも思えないが、どうにも素直に認める性格でもないようだ。何度、尋ねたところで、「大丈夫」「平気だ」としか言わないだろう。 軽く息を整え、立ち上がるのを支えてやるくらいしか出来ることはない。 部下に向き直った松平調査官の表情も至って、平静なものだ。先刻の一瞬の表情は見間違いだろうか? 戸惑う幸一は置き去りにされていく。 「鳥居は?」 「大阪城公園で待ち合わせをしています。今頃、タコヤキをがっついているんじゃないですか」 然もありなんと苦笑する松平に、幸一もつい、つられて、独り言ちた。 「そういや、うちのメニューも殆ど食い尽くす勢いやったなぁ」 見張りも兼ねて、居座っていたにしても、よく食べられるものだと、ほとほと、感心してしまったほどだった。 「……あの人のミラクルって、実は胃袋のことじゃないでしょうね」 「どうだかな」 放っておくと、大阪城公園に出ている屋台も制覇するかもしれない。 「副長、タクシーも捕まえておきました。そろそろ、行きましょう。鳥居さんも早いところ、捕獲?しないと」 先輩を珍獣扱いである。気持ちは解らないでもないが;;; 「真田さん……」 その時、何故、彼は呼びかけたのだろう? 一瞬、過ぎった表情が先刻、見間違いかとも疑ったものに似ているように思えた。だが、それ以上、彼は何も語らない。 「松平さん?」 「いえ…。では、失礼します」 短い挨拶を最後に、今度こそ、離れていく彼を──今度は幸一が呼び止めた。もう一度だけ、振り向くのに、 「また、大阪にいらしたら、是非、店に寄って下さい」 松平は答えず、ただ、黙礼をしただけで、背を向けた。タクシーに乗り込むまで、もう振り返ることはなかった。
調査官たちを乗せたタクシーが走り去り、見えなくなっても、幸一は暫く、その場に立ち尽くしていた。 数時間後には彼らは東京へ向かう新幹線の中だ。これで、今回の『大阪国』の危機も、完全に終息したことになるだろう。『大阪国総理大臣』としては、安堵してもよいはずだった。 それにしても、東京の人間にしか見えない松平調査官が実は大阪に縁のあった人物だとは思いもしなかった。後で調べたが、彼の父親は大阪で亡くなっており、墓もこちらにあるようだ。 “伝承”はその父親の死によって、途切れていた。 そういった事態は決して、珍しいことではない。父親が急死したり、息子の年齢が十四歳に達していなかったり……ただ、それを拾い上げる方法もあるにはあった。 それでも尚、零れ落ちる者もいる。松平はそういった者の一人だったわけだ。
もし、彼が三十五年前に、赤く染まる大阪城や大通りをも埋め尽くす人波を見ていなかったら、それを覚えていなかったら──事態はまた、変わっていたかもしれない。 可能性は可能性としても、今回の危機は去った。また、いつか、新たな危機に見舞われるかもしれないが、今日のところは良い夢を見てもいいだろう。 チリン…、また背後で鳴るベルに反射的に体が強張る。さっきとは違い、オバちゃんがのんびりと幸一を抜いていった。 つい、息を漏らし、苦笑する。さっきのチャリンコは本当に危険運転も甚だしかったのだ。 そこで、幸一はふと思い出した。昔…、かなりの昔、同じようなことがあった……? だが、 「おーい、幸ちゃん。何やってんの。竹子さん、怒ってんぞ。糸切れた凧かいなって」 「え゛? あぁっ」 商店街から出てきた顔見知りの声に、幸一は慌てて、戻っていく。思い出しかけたことは、その瞬間には忘れていた。
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左腕を吊った状態でシートベルトをするのは中々、骨が折れるようだ。僅かに顔を顰めつつ、車窓に目をやる上司に旭も気が気でない。 「やっぱり、痛みますか」 「……」 何かを考えているのか、心ここにあらずといった様子だ。多分、景色など全く見ていないに違いない。いっそ、無防備にも見える表情を曝すことなど、この上司には十年に一度くらいの珍事かもしれない。 運転手も怪我人だとは明らかなので、安全運転を心掛けてくれている。 「副長?」 やっと、呼びかけられたと気付いたかのように、旭を見返す。 「──何だ」 「いえ、傷が痛むのかと」 「大したことはない。……少し休む」 「でも、直ぐに着きますよ」 「それでもいい」 そのまま、目を瞑ってしまった。 常に構えることなく、泰然としていたこの上司が──揺らいでいる。その実、余程、堪えているのだろうか。退院する直前の病室でも、そんな気配があったが……。 本当に眠るほどの時間はないだろうが、こうなっては何も答えない。 旭は反対の車窓から、大阪の街並みを眺めた。
抜けるような真青な空が頭上に広がっている。そんな青空の下を少年が独り、駆けていく。 今年、小学校に上がり、子供なりに活動範囲も広まった。 友だちと待ち合わせをしている図書館に到着。集合場所の入口にはまだ、誰も来ていない。 「いっちばんのりや〜♪」 それだけでも、気分がいい。
背後で、扉が開く音がした。トコトコと出てきたのは絵本を抱えた三、四歳くらいの男の子だった。独り…、なわけはないよな。何となしに、目で追っていたら──その前に自転車が乗り入れてきた。駐輪場へと続く道筋は、図書館前の歩道と交差している。 自転車はもう大した速度ではなかったが、その子に気付くのが遅れたようだ。甲高いブレーキ音が響いた。 「だ、大丈夫っ?」 自転車から降りた幾らか年嵩の少女も慌てている。 咄嗟に少年は、その子の腕を掴み、抱き込んでいた。 「へーきへーき。ちょい、焦ったけど」 「その子は? 弟なん」 「ちゃうちゃう。知らん子やけど…。あ、お前、何もないか?」 さすがにビックリしたのか、腕の中の男の子は黙ったまま、こっくりと頷いた。 無事なようなのに、一息ついて、男の子が落とした絵本を拾い上げた。 「……め? はじめ、何処におんの。──どないしたん!?」 館内から出てきた、この子のお祖母さんらしき女性が驚いて、少年から男の子を引き取る。 「スンマセン。危うく、引っかけそうに……。けど、こっちの子が庇ったから」 これからは降りて、入ってくると、自転車の少女は頭を下げた。 孫の体を上から下にと確かめたお祖母さんは少年を見返し、微笑んだ。 「ありがとうね。はじめ、だから、独りで出ちゃ、ダメやと言うたやろ。ホラ、ちゃんと、お兄ちゃんにお礼、言うて」 「……アリガト」 「何もなくて、よかった」 自分より更に小さな子の頭をポンポンと撫でる。そして、持っていた絵本を差し出す。 すると、男の子は嬉しそうに笑って、受け取った。 「おーい、幸ちゃ〜ん。待ったぁ?」 待ち合わせている二人の友だちが駆けてくるのが見えた。 「あ、来た。ゼェンゼン。じゃ、行くから」 「ホンマに、ありがとうね」 行きかけた少年はもう一度だけ、振り向き、ブンブンと手を振った。 お祖母さんに肩を抱かれた男の子も、絵本を大事そうに抱えながらも、控えめに手を振り返した。
「……長。副長? 着きましたよ」 ほんの数分だろうが、確かに松平は眠っていた。何か夢を見ていたような気もしたが、目覚めた瞬間にはもう思い出せなかった。ただ、妙に温かい印象だけが残っていた。 旭が支払いと領収書を貰う間に、シートベルトを外す。傷に障らないように、ゆっくりと移動していく。 そして、降りようとした時、運転手が声をかけてきた。 「兄ちゃん、お大事にな」 「──おおきに」 余り意識せずに、言葉を返した。 タクシーが走り去った後に、運転手が首を傾げたことも知ることはなかった。 「あれ〜。あの兄ちゃん、大阪の人間やったんか? 東京モンとばっかり思っとったけど」 たった一言ではあったが、綺麗な大阪弁の響きだったと……。
「……好い天気だな」 向こうに聳える大阪城と、その上には真青な空が広がっている。普段、空を見上げることなど、殆どないように思う。 それでも、あの城も、この空も──特には変わることはないものなのかもしれない。 これまでも、これからも、ただ、そこに在る。その下に在る存在《もの》も……。 何も、変わることなく、在り続けるだろう。
『スミマセンでした』 偶然なのか、必然なのか──真田幸一の息子と行き会った。当たり前のようにセーラー服姿の少年の横には…、彼女がいた。“彼ら”が何よりも守りたいと望んでいる“王女”が……。 しかし、彼女は何も知らない。これまでも、これからも、知ることはないはずだ。 それもまた、何も変わることない。 ただただ、“象徴”として、連綿と受け継がれていくに違いない。 「副長? 大丈夫ですか。やっぱり、荷物持ちましょうか」 考え事をしていたためもあり、歩みが遅くなったのを鳥居が別の意味に取ったようだ。 痛みがないわけではないが、松平は肩を竦めた。 「二つは引けないだろう。そんなに重傷患者扱いするな」 「十分、重傷だと思いますけど」 「大袈裟だな」 それでも、キャリーバックの持ち手を握り直すと、少しばかり歩みを速めた。 《了》
記念すべきサイト開設十周年記念作は『プリンセストヨトミ』と相成りました。もう十年も経ったこともビックリですけど、あれこれ、手を出しながら、よくも続いているものです☆ さての本作ですが、最初は拍手ネタだったんですが──書いてみたら、微妙に長いので、めでたくも記念作にしよう♪ と書き込んだら、もっと長くなったと……。 視点はほぼ真田幸一固定。別れてからは視点も飛びましたが、松平さん視点にはしないようにと意識しました。(最後の最後のシーンだけは別ですが) というのも、映画での松平さんの心変わりシーンが少し解かりにくいとは輝も思ったし、「撃たれてビビっただけじゃん」とかゆー感想も見かけたので、それだけじゃないだろう、と補完してみたくなったと。 なので、輝の見解を幸一さんの想像ということで、展開したわけです。松平さんの視点を入れると断定的になっちゃうので。 三回見たとはいえ、映画設定をちゃんと覚えているとは限らないので、部分的には小説『プリンセス・トヨトミ』の設定を取り入れています。松平さんは子供の頃、母と祖母と大阪に住んでいた、とか。父親の設定が大きく違うので、いつ、大阪から東京に移ったのか、とか判りにくいんですがね。早くDVDをチェックしたいな→ 11/16発売♪ 何にせよ、小説設定の『五歳まで在住』だとしても、三つ子の魂百まで、てな感じで、結構、大阪人気質が巣食っていそう。少なくとも、『秘密のケンミンSHOW』登場のナニワKIDSを見る限りは^^ 大阪弁も『秘密の〜』を参考に、頑張って書きましたが、違うぞ★ との御指摘は随時お受けしますので、ヨロシクどうぞ。関西在住の方;;; 松平さんと真田さんが子供の頃に会っていたというベタ話──勿論、二人とも覚えていません。同じ状況下で、似たようなことがあったな、と朧げに思い出した程度です。お互いが相手だったとも想像もしていません。
ところで、原作は小説で、映画化もされましたが、その間に『ラジオドラマ』も存在します。彼の『青春アドベンチャー』で放送されていましたが、ネット上での聴視も可能です。個人の有志の方なので、直リンはできませんが、『プリンセス・トヨトミ 青春アドベンチャー ラジオドラマ』で、ググると上の方に出てきます。まずは話の大筋を、と思われたら、聴いてみるのもいいかも。一応は期間限定(実は過ぎてますけど)なので、消される可能性もあります。 因みに“鬼の松平”役は利重剛さん。最近では『チーム・バチスタ』に出演。三船事務長が出る度に、「おおっ、松平さん。声色、一寸違うけど」とか内心、騒いでいたのは日本中で、多分、輝だけでしょう^^; 『HERO特別編』では映画版“鬼の松平”の堤真一さんともワン・シーンだけ共演していて、「おおおっ、松平さんが二人っ」とか大受けしてたのも、きっと輝だけ;;; 『HERO特別編』には大阪国総理大臣な中井貴一さん及びミラクルな綾瀬はるかさんも出ているし、色々おいしい♪ 2011.09.30
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