『鋼の錬金術師I』 (お礼SS No.51)

 士官学校──軍人たる未来を臨む若人たちが集う学び舎。若人たちは命すら、国に捧げる覚悟を定めたはずであるため、普通の学校とは異なる雰囲気が漂う。
 そうでありながら、やはり年若い少年たち特有の明るさと力に溢れた空間でもあった。
 アメストリスは軍事国家であり、軍部が政権も担う。将来の担い手の一人となるべき士官候補生たちはアメストリス全土から集められ、各方面軍が有する士官学校に入る。中でも、中央司令部管轄下の首都セントラルシティ校は特に選り抜かれた優秀な未来の軍人が送られる。

 マース・ヒューズもその一人だった。しかも、新入年次では入試の首席を取っている。将来有望株の只今筆頭というところだ。しかし、肩肘を張ることも偉ぶることもなく、上から下まで慕われる人柄で、後には当たり前のように学年総長も務めることになる。
 ともかく、今はまだ、パリパリの新しい制服が似合わぬ雛の一匹でもあるが……。
 新入の一年次は一室四人部屋に入寮する。名前順ではなく、入試の成績順だ。同室の者が最高の競争相手ともなるということだ。学年前期の成績次第では入れ替え──引越しが行われる。当然、一つでも席次を上げることが現在の彼らの目標となる。
 首席のヒューズは一号室第一席だ。部屋に入った時、既に二人の同居人にして級友、ライバルがいた。簡単に自己紹介を済ませ、鞄一つ分の私物を整理する。大した量でもないので、すぐに済んでしまったが。
 することがなくなった三人は雑談を始めた。そして、話題はまだ現れない残る一人の同居人へと移っていった。
「次席の奴──名前、何だっけ? 遅いな」
「よく言う。覚えてるくせに。ロイ・マスタングだよ」
「あぁ、そうそう。あのマスタング大佐のな」
「あのって?」
 有名人なんだろうか。ヒューズは単に疑問を発しただけだが、二人に意外そうな顔をされた。
「何だよ、ヒューズ。知らないのか」
「マスタング大佐。“氷炎の錬金術師”だよ。超がつくほど、有名だぜ」
 つまり、“二つ名”を持つということは国家錬金術師なのだろうが、
「いやぁ、俺あんまし錬金術師には詳しくなくてさ」
 頭を掻き、苦笑すると、「首席さんでも知らないことはあるのか」と笑われる。

「んじゃ、同姓というからには当然、こいつはその“氷炎の錬金術師”の?」
 空いている机をトントンと叩き、尋ねると、答えは予想通り、
「息子だってよ。っても、実の息子じゃないらしいけどな」
「養子だろ? 錬金術の弟子を養子に取ったとかいう話だぜ」
「んじゃ、こいつも錬金術師なわけだ」
「ま、弟子なんだし、少なくとも、基本はとっくに修めてるんじゃないか?」
「ゆくゆくはマスタング大佐の錬金術《わざ》も伝授されるのかもな」
「そういや、“氷炎”だなんて、エラく矛盾した二つ名じゃないか。どんな錬金術師なんだ」
「あぁ、それはな──」

 ガチャン……

 ノックもなく、扉が開き、最後の一人が現れた。つまり、噂のロイ・マスタングなのだろうが──三人は話題にしていたためもあり、言葉を呑み込み、相手を凝視してしまった。
 黒い髪に黒い瞳──ヒューズも黒髪だが、もっと深い……。正に漆黒の取り合わせはセントラルでは、いや、アメストリスでは珍しい。
 漆黒の少年は一言も発さず、スタスタと入ってくると、空いた机に荷物を置いた。ヒューズたちに比べても、見るからに少ない荷物だった。しかも、何も言わずに荷を解き始める。
 生活必需品は軍から支給される。実をいえば、士官候補生も既に軍の一員と見做され、給料も出るのだ。
 マスタングの手元を見ると、殆どが錬金術師に関する本のようだった。
 呆気に取られていたヒューズたちだが、我に返り、席を立ち、一歩、彼に歩み寄った。
「よぉ、ロイ・マスタング君だよな。俺はマース・ヒューズだ。とりあえず、半年は同部屋だ。宜しくな」
 差し出した手は、だが、見返されることすらなかった。ヒューズの呼びかけも聞こえていないかのように無視される。
「あのぉ…、マスタング?」
「煩い」
「へ?」
「煩いと言っている。自己紹介などしなくても、席で名前は判る」
 にべもない態度とはこのことか。目も合わせずに言い放つと、椅子に座り、本を開いた。ヒューズたちには、とても理解できないないだろう内容に没頭し始める。

 沈黙はどれほど続いただろう。
「おいおい」
「そんな言い方はないだろう。これから、最低半年、同部屋で一緒にやっていくんだぞ。もう少し──」
「同室だから、何だ」
 初めて、視線が振り向けられた。怜悧ともいえる漆黒の瞳は余りに感情が薄く……ヒューズは息を詰めた。感じ取れるのはただただ、強い拒絶のみだ。
「狎れ合うつもりはない」
 そして、本に目を戻す。

 一人が椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「このっ!」
「うわ、よせ。初日から、問題起こしてくれるなよ」
「でも、ヒューズ!」
「いいから、いいから。今日のトコは、な?」
 何とか収めるが、二人とも苛立っているのは明らかだった。
 これは先が思いやられる──ヒューズは人知れず嘆息したが、苛立ちの源となった少年は周囲など気にも留めずに、本の世界に埋没しているようだった。
 そんなマスタングに、ヒューズは危機感を覚えた。





『鋼の錬金術師II』 (お礼SS No.53)

「なぁ、マスタング。次の講義な」
「……」
「なぁなぁ」
「………」
「人が話かけてんのに、無視すんなって、ロイ〜☆」
「──っ!」
「あ、ちゃんと聞こえてんじゃん。ロ〜イ君」
 パンッと読んでいた本を閉じると、ロイ・マスタングは『絡んでくる』相手を睨みつけた。
「喧しい。いい加減にしろ。構うなと言っているだろうが」
「え〜、でも、同部屋の誼だし」
「──貴様の頭は鳥頭か。何度言えば、理解するっ。構うな、と言っているんだ」
「でも、構いたいんだな、これが」
「〜〜〜っ、フザケるなっ!!」
 遂にマスタングは叫んだ。感情薄いと言われる彼に、唯一、声を荒げさせることができるのはマース・ヒューズだけだった。

 いつものやり取り──だが、段々とマスタングの方も反論の言葉が増えているようだ。以前はヒューズが何を話しかけても、全く反応せず、正しく『けんもほろろ』という態だったのだ。それと比べれば、随分と進歩したものだ?
「しっかし、ヒューズも頑張るよな」
「ったく、構うなってんだから、構わなきゃいいのに」
 初日に冷淡なまでにあしらわれたにも関わらず、めげずにマスタングに声をかけている。勿論、当初は玉砕一方だったが……。
 『何故、構うのか』とヒューズに尋ねたことがある。
 同室の者ばかりか、全ての者に平等に距離を置く──好奇心から近付こうとしても、返ってくるのは冷たい視線だけだ。今では完全に孤立している。
 養父が高名な軍人にして国家錬金術師であるのを鼻にかけているのだと専らの評判だ。今では誰も必要でなければ、声をかけない。
 ヒューズを除いては……。

 だが、ここは士官学校だ。何れ彼らは正規の軍人となる。それは『軍』という組織で生きるということでもある。
 気に食わない奴、気に入らない奴が上官・同僚・部下となることもあるだろう。だからといって、『付き合っていられない』とは言えないのだ。どんなに嫌な奴でも関わらなければならないこともある。
 だから、放っておくわけにはいかない。どうにか、円滑に事が進むようにしなければならない。
 それがヒューズの返答でもあった。

 ただ、全てでもなかった。放っておけないと思うのは、マスタングが故意に孤立しようと仕向けているように感じてならなかったからだ。
 だが、何故なのか? 何のために? 彼とて、組織の中で生きていかなければならないはずなのに、敢えて、不利になるようなことを何故?
 それは勿論、ヒューズの勝手な推測に過ぎないし、疑問を質すべく、ズカズカと相手の内に踏み込むような真似もできなかった。ただ、鎧っている氷を少しずつ溶かしていくように、ひたすら話しかけていた。
 マスタングにしてみれば、ヒューズのような根気強い、もしくは打たれ強い? 或いは鈍感;;;なタイプは初めてだったのかもしれない。正直、根負けしつつあるという感じで、最後には言い合いになる。その時点で、負けたも同然かもしれない。
 どんな内容であれ、マスタングと一定以上の会話が成り立っているのはヒューズだけだった。

 マスタングはヒューズから目を離すと、改めて本を開いた。
「とにかく、邪魔をするな」
「なー、何、読んでんだ」
「…………」
「ロ〜イく〜ん☆」
「変な節をつけるなっ! 大体、講義がどうのという話ではなかったのか」
「あ、やっぱし、ちゃんと聞いてたんじゃん」
 ガックリとマスタングが頭を垂れた。どうやら、根負けしたようだ。





『鋼の錬金術師III』 (お礼SS No.54)

 国家錬金術師──アメストリス国に於いて、国家資格を与えられた錬金術師。当然、その資格は並の錬金術師では得ることは適わない。難関中の難関だ。
 様々な特権を持ち、その見返りとして、時には軍属として、従軍することを強いられる。
 それでも尚、見合う以上の特権を求め、国家資格を目指す錬金術師《もの》は多い。
 国家錬金術師は軍属となるが、中には正規の国軍軍人でありながら、国家資格を持つ者もいる。その殆どが戦闘に特化した能力を有する。
 そして、今現在、その中でも最強と称される軍人国家錬金術師は数人いるが、まず名が挙げられるのが“氷炎の錬金術師”クリストファー・マスタング大佐だった。
 “氷炎”──氷と炎という矛盾した銘を有する男の赴く先にも後にも、残るのは純白の灰燼のみ──……。

「それで、“氷炎”?」
「とにかく、凄まじいらしいぜ。本当に何から何まで、跡形もなく灼き尽くすんだと。真っ白な灰が降り積もって、雪原のようになっちまうから、“氷の炎”という銘を授かったんだと」
「はぁ〜、想像できないなぁ」
 ヒューズはただただ、溜息をつく。彼にとって、錬金術師は遠い存在だ。錬金術師自体が、そこらに転がっているような代物ではない。石を投げれば、当たるようなものでもないのだ。それが国家錬金術師ともなれば、尚のことだ。
「で、その最強国家錬金術師の弟子が、このロイ君なわけだ」
 今は無人の机を見遣る。自由時間に、ロイ・マスタングがこの部屋にいることは殆どない。図書室で自習しているか、外の図書館に行っているかだ。
「弟子なんだから、当然、師匠の炎の術も受け継ぐんだろうな」
「軍はそれも見越してるな。錬金術の勉強もさせるために、あいつには外出許可が簡単に下りるんだからさ」
「何せ、“氷炎の錬金術師”自らが選んだ弟子だもんな。国家錬金術師の将来が約束されているのも同然ってか」
 『軍の狗』とも称される国家錬金術師だ。それは『人間兵器』となることに他ならないので、羨む気にはならない。勿論、自分たちとて、士官学校を修了すれば、戦場に出ることもあるだろう。それでも、『人間兵器』などと括られることはない。
 級友とさえ、距離を置こうとするマスタングの気持ちが、何となくではあるが、解るような気もした。勿論、勝手な推測でしかないのは百も承知だが……。

「しっかし、錬金術師自身が弟子を選ぶのは当たり前のことじゃないのか?」
「まぁ、当たり前といえば、当たり前だがさ。マスタング大佐は今まで、まともに弟子を採ったことがなかったんだよ。推薦された奴もいたけど、長続きしなかったんだと。炎の錬金術は人を選ぶんだよ」
 錬金術師の資質・能力以前の問題だそうだ。
 炎で焼く、爆発で吹き飛ばす──明らかな破壊行動を、本来は『創造の手段』であるはずの錬金術で行う。その乖離に耐えかね、制御できなくなってしま術師《もの》が殆どだったらしい。
 錬金術は練成陣に力を循環させつつ、理解・分解・再構築によって、練成を行う。誰でも使えるわけでないのは、その過程を錬金術師の内面世界での『作業』によって、成していることに他ならない。
 特に『炎の錬金術』のような破壊をも招く術の場合、術師の精神状況は術に大きく反映される。だから、これまでは“氷炎の錬金術師”の眼鏡に適うほどの術師はいなかったのだろう。

 一時期、クリストファー・マスタングは後継者を諦めた節もあったらしい。
 だが、何時か、何処からか彼は見出したのだ。一つの才を。一人の少年を……。
 それがロイ・マスタング──いや、ロイ・マスタングとなった者だった。弟子と認めたばかりか、養子にまでしてしまったのだ。
 これには反対も多かったと聞く。マスタング家は確かに、数多くの錬金術師を輩出してきた名家といえなくもなかったが、現当主でもあるクリストファー自身は、家柄など、全く留意することのない人物だった。自分の代で絶えても、構わないと思っていたのだ。
 そんな彼が認めた後継者も、どこか変わっていた。才能はともかく、出自も明らかでない少年は、養父の希望に従い、士官学校にも進み、入試では次席を取り、今に至る。

 軍人であり、国家錬金術師でもある──用意された将来を、十分に自力でも手に掴めるだろう少年が優秀なのは確かだが、それは才だけのこと。
 今も部屋を空けているように、必要以上どころか、最低限以下の関わりしか周囲とは持とうともしない。それがもし……何れ、人間兵器と呼ばれる時のためだとするなら、酷く悲哀《かな》しい思いではないか。

 自由時間が終わるギリギリの頃合に、マスタングが帰ってきた。
 勿論、ヒューズたちに挨拶するわけでもなく、抱えていた本やノートを机に置くと、さっさとまた部屋を出ていった。向かうのは食堂だろう。
「あ、おい、ヒューズ!」
「俺たちも、飯に行こうぜ」
 ヒューズも部屋を飛び出すと、マスタングを追った。
「おーい、マスタング。待てよ。待てってば、ロ〜イ君」
「…………」
 どうやら、既に学習したらしいマスタングは何の反論もしなかった。



 アニメ新シリーズ開始お祝い? の『鋼の錬金術師』拍手バージョンです。っても、昔の捏造過去話をやってみよっかなっと☆ だもんで、当然、原作やらアニメやらとも設定は全く違いますので、アシカラズ^^
 しっかし、原作にも『養子設定』がきた時はマジにオノロいた★ 『変わらぬ背』にチラッと出した“氷炎の錬金術師”もやっとこ、ちゃんと書くことができました♪
 大佐はよく「消し炭にする」と言いますが、“氷炎”の彼は消し炭通り越して、「灰にする」ということで★
 実はファースト・ネームは考えてなかったんだけど、原作設定の大佐の養母がマダム・クリスマスことクリス・マスタングなので、クリスの男性名で、クリストファーにしました^^

2009.07.30.

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