暁に至る 永き因縁というものがある。空蝉丸とあの“怒り戦騎”もそうだが、イアンと“哀しみの戦騎”──それに、ノブハルと“喜びの戦騎”も関係《かたち》は違えども、同じなのかもしれない。
大きく肩で息をする、変身したままのキョウリュウブラック・イアンの表情はもちろん、見えない。だが、因縁の相手《テキ》に正しく止めの一撃を与えたイアンの背は震えていた。それは仇を討った喜び故とは思えなかった。 倒れ伏した“哀しみの戦騎”アイガロンは、そのままイアンの肩を掴んだ。 「キョウリュウ……ブラック…、悪かったなぁ」 「な…、に?」 正に思いもかけない言葉が耳朶を打つのに、イアンが掴まれた肩を揺らせた。 「お前の、友達のこと…、悪かったよ」 「何、言ってやがる」 イアンの動揺が手に取るように解る。それは彼らのものでもあったからだ。 「オレはさぁ。哀しみの感情を集める“戦騎”だけど、哀しみってモンがどんなモンか、全然、解ってなかったんだなぁ」 震える手で、近くに咲いていた小さな花を摘み取り、向こうに座り込んでいる“喜びの戦騎”へと差し出すように手を伸ばした。 「キャンデリラちゃんが、始末されるって聞いて、オレさま…、気が気じゃなくなって──。もし…、もし、ホントにキャンデリラちゃんが消されたら……そう考えたら、胸が…、張り裂けそうになってよ。……どうしても、それだけは、させたくないってよ」 「お前……」 「キョウリュウブラック、お前も、こんな気持ちだったんだなぁ。もっともっと…、悲しかったんだよな。あの友達が、死んで……、殺しちまって、ホントにオレ…、オレ……」 イアンの戸惑いが次第に違うものへと変わっていく。 「なぁ、キョウリュウブラック。どうせ、オレさまも潮時だなんて、言われちまったしよ。反乱だろうが、オレは…、キャンデリラちゃんやラッキューロを、守りたいんだ、……だから、デーボス様…、いいや! デーボスやカオスを倒してくれよっ」 「アイガロン……」 キャンデリラが「アイガロン、何言ってんのよ!」と悲鳴を上げた。 「キャンデリラちゃん…。逃げてくれよぉ。この星にはいられないだろうけど、他の、星でもいいから、逃げて…、生きてくれよ。俺の、分まで──!!」 アイガロンは深手を負わせた自身の武器の柄を握りしめた。その手に力が集中していくのが判る。皆が警戒し、駆けつけようとしたが、イアンが「動くな!」と叫んだので、その場に踏み止まる。 「何をする気だっ」 「こいつに、オレさまの力の全てを籠める。純粋な…、哀しみの力って奴だ。あんな新顔より、遥かに永く、時を超えてきたオレの、全力だ。こいつを…、あいつに叩き付けろ。ナメてくれるぜ。あんな奴に受け止められるもんかっ」 「アイガロンッッ」 「キャンデリラちゃん…、元気でな。オレ、嬉しかったよ。楽しかった──……」 次の瞬間、花が舞い上がり、キャンデリラの元へと飛んでいった。 アイガロンの全身が輝き、光はトホホークに収斂していく。 「──……」 支えを失い、地に落ちたトホホークは仄かに光を発していたが、そこにはもう、“哀しみの戦騎”の姿はなかった。 結果的には因縁の仇敵を討ったことになったイアンには、しかし、大望を果たしたという歓喜も感じられなかった。ただただ、黙したまま、トホホークを拾い上げ、握り締めた。 だが、疾風の如く、斬撃が迫った。ガキン! と鈍い音が鳴り響く。 「ノッさん!!」 「イアンッ、下がって! うおおおぉぉぉぉっっっ」 ノブハル──キョウリュウブルーが力任せの前進をかける。ステゴシールドで受け止めたキャハハルバートを弾き飛ばす。攻撃を仕掛けたのはキャンデリラだ。 「キャンデリラッ、止めるんだっっ」 「そうはいかないわ。アイガロンの仇を討つのよ」 「そんなこと、そのアイガロンが望んでなんか、いないだろうっ」 これまでの“喜びの戦騎”とは思えぬほどの烈しい攻撃に、ノブハルは防戦一方になる。 「アイガロンじゃないわ。これは、私の意思よ」 「君のモットーは、キープスマイリングじゃなかったのかっ」 「もちろん、そうよ。でもね、仲間が失われれば、喜べるわけないじゃない」 「だから、君も戦うのか」 「私も、戦騎だからね。戦えないと言うのなら、下がりなさい、キョウリュウブルー!」 その気迫に、本気だと伝わってくる。今まではどこか、遊んでいるような雰囲気があったが、そんなものは微塵にも感じられない。本気で──!! 「……僕だって、鎧の勇者が守りから、退くわけにはいかないんだよ!」 ノブハルのブレイブが高まる。彼も本気になったのだと、誰もが察した。 「ノッさん殿っ」 「手を出さないで!」 本気になった“喜びの戦騎”は確かに強かった。もしかしたら、一番、強いのかもしれないなどと、“怨みの戦騎”が言っていたが、そうかもしれないと思わせた。 だが、ノブハルも一歩も引かない。防御に徹することの多いキョウリュウブルーが今回ばかりはガブリカリバーも振るい、戦っている。
喜びの感情を集めるためとはいえ、人を喜ばせることにキャンデリラが生き甲斐を感じているのは嘘ではないはずだ。敵でありながらも、多少なりともノブハルと心を通わすことさえもあった。 敵なのだから、信じるべきではないと、案じていたイアンたちの遥か先を行くように、敵でも信じたいと──そして、そんな垣根を越えてみせたのだ。 確かに歩み寄りも可能か? と光明が射した瞬間があったのは間違いない。 ……それなのに、その二人が今、戦っている。全力で、全身全霊を傾けるかの如く。
「何て…、何て、哀しい光景なの」 「止められないのか」 「止められない……。もう、二人とも覚悟している」 トホホークを握り締めたまま、小さく呟くイアンの言葉は重い。二人の覚悟とは──つまり! 「キョウリュウブルーッッッ!!」 「うわあああぁぁぁぁっっっ!!」 燃え上がるような相対する力が激突。周囲に拡散し、仲間たちをも吹き飛ばした。 「各々方、御無事でござるか」 「私は、大丈夫。ソウジ君!?」 「ここにいるよ。イアンはっ」 「こっちだ。ノッさんは……。ノッさん!!」 「ノッさん殿っ」 「返事してよー」 爆風に巻き上げられた土砂や粉塵が薄れていく中に、一つの影が揺らめく。 一瞬、身構えたが、影はやがて、青を伴った。 「ノッさん!!」 「ノッさん殿っ」 ヨロヨロしていたが、間違いなくノブハルだった。そして、その手には──“喜びの戦騎”のキャハハルバートがあった。イアンが持つ“哀しみの戦騎”の武器同様、仄かな輝きに包まれているのに、息を呑む。 「──キョウリュウブルー!! キャンデリラ様はっ。キャンデリラ様はどうしたんだよっっ」 横合いから、子供じみた声が突き刺さる。同じように吹き飛ばされ、ボロボロになった“楽しみの密偵”だった。だが、楽しみには程遠い悲痛な声ばかりが響く。 変身は解いていないのに、ノブハルが唇を噛みしめているのがヒシヒシと伝わってくる。その心も、悲痛にのたうっているのが……。 「何で……、何でだよ、キョウリュウブルー! 何で、お前がっ。何で……」 ポカポカとノブハルを叩きながら、ワァワァ、泣き出した。 「……彼女の、意思だ。これも」 そうして、手にしていたキャハハルバートを構えた。“喜びの戦騎”の力を全て託された、この武器は新たな“喜びの戦騎”とやらを討つことが叶うはずだった。 それでも、ノブハルの気持ちが晴れるはずはないのだ。ただ、 「キャンデリラに頼まれた。ラッキューロだけは、どうあっても、助けてやってほしいって」 「そんなの…、そんなの勝手だよ、キャンデリラさまぁ。アイガロンさまぁ。僕だけ、残ったって、どうすりゃいいんですかぁ」 “戦騎”に準ずる彼も寿命は人間を遥かに超える。仮に、彼らキョウリュウジャーがデーボス軍を討ち、一人だけ助かったとして、彼らに匿われたとしても、何時かはまた、独りだけ取り残される。しかし、そんな“楽しみ”の欠片もないような未来を孤独に生きることなど、想像もできない。 「僕はお前たちの賢神ほど、強くないんだ。独りでなんて、独りでなんて……」 泣き崩れる“楽しみの密偵”を、キョウリュウジャーたちはただ、見下ろすばかりだった。
「スクスクジョイロー!」 最後の復元水を注がれた二つの“戦騎”の武器は、見事に巨大化した。それをキョウリュウジンが掴む。 「行っけーっ、やっちゃえー、キョウリュウジャー!!」 不用になったジョイロを放り出し、ラッキューロが飛び跳ねながら、手を振り上げる。自棄になったようにも、覚悟を決めたようにも見える。 キョウリュウジンの前には巨大化した新たな“哀しみの戦騎”と“喜びの戦騎”が立ち塞がっていた。その二体を相手取り、しかし、キョウリュウジンの方が圧している。二つの“武器”が発する“力”が圧倒しているのだ。
「見るがいい、ドゴルド。アイガロンとキャンデリラの意思の…、思いの力を。貴様は何とも思わぬか。何も感じぬのか」」 独り、キョウリュウジンには乗らずに戦う空蝉丸──キョウリュウゴールドはザンダーサンダーを突きつけた。その相手は残された“怒りの戦騎”ドゴルドに他ならない。 「貴様はエンドルフに良いように扱われ…、真に、その誇り、地に墜ちたかっ!!」 「うるせいっっ」 怒りが湧き上がり、喧嘩上等が雷撃を纏う。 同じくキョウリュウゴールドのザンダーサンダーも雷《イカヅチ》を発し、その一撃を真向から受け止める。瞬間、凄まじい稲妻が周囲を奔り抜ける。 「アイガロンもキャンデリラも、己が存在を懸けた! 貴様はどうなのだっ!?」 「うるせぇってんだろうがっっ!!」 「そんなモノ一つで、操られるなぞ」 ドゴルドの角に取り付けられ、妖しく輝く縛め《いましめ》の輪──“怨みの戦騎”エンドルフによるものだ。 「黙れーっっ!!」 「それほど、消されるのが、消えるのが怖いかっ」 「っつ。黙れと言って──」 「それでも、貴様は“怒りの戦騎”かっっ。雷電残光!!!」 キョウリュウゴールドの力がドゴルドを圧しきる。派手に吹き飛ばされ、大地に叩き付けられたドゴルドは直ぐには立ち上がれなかった。 だが、そのまま止めを刺すかと思いきや、一度、剣を引いた。
カラン… 何かが地に落ちた。何とか、首だけを巡らせたドゴルドが見たのは忌まわしき縛めの欠片だった。 「な……」 雷電残光の力の殆どが、その縛めの輪に向けられたのだ。ひとまずは“怨みの戦騎”の支配下からは逃れたことになろうか。だが、永き因縁を持つ宿敵ともいえる相手から情けをかけられたと感じ、激昂する。 「……空蝉丸。テメェ、何考えてやがる。何で、オレを解放したっっ!?」 「何故、怒る。地に墜ちた誇りが今更、傷つくか」 「ぐ…うっ」 「どうする、縛めは解けた。再び、拙者と刃を交えるか」 今一度、ザンダーサンダーを突きつけ、構えを取る。 ギリギリと音が聞こえるほどに噛みしめ、取り落としていた喧嘩上等を引き寄せる。フラフラしながら、立ち上がると、同じように剣を向けた──が、 「チッ…。礼は言わねぇぞ!」 「期待など、しておらぬ」 「フンッ」 ドゴルドは身を翻し、駆け去っていった。今や、真の敵と呼べるべき存在の元へと。 その背を見送ったキョウリュウゴールド、空蝉丸は空を振り仰いだ。“相棒”たるプテラゴードンがキョウリュウジンの援護をしている。その雷撃が二体の巨大“戦騎”の動きを止めたところに、キョウリュウジンが突撃する。 その一撃は、狙い違わず、二体に致命傷を負わせた。更に籠められていた純粋なる“哀しみ”と“喜び”の“力”が一気に注ぎ込まれる。耐え切れずに、二体の“戦騎”は断末魔の叫びを上げ、爆散した。
「やったー、キョウリュウジャー! やったやったー。やったよ……、アイガロンさま。キャンデリラさまぁ」 狂喜乱舞したラッキューロだが、次第に大人しくなり、ペタンと座り込んでしまった。そして、シクシクと嗚咽を漏らした。楽しみを信条とするはずが、哀しみに囚われていた。 だからだろうか、サクサクと落ち葉を踏みしめる足音に、気付かなかった。 「哀しいなぁ、おい。そんなに泣いてる奴を見るのが、こんなに哀しいなんて、初めてだぜ」 「……え?」 ポンと肩を叩かれ、慌てて、顔を上げる──仰天しすぎて、声も出なかった。 「ほらぁ、何て顔してるの。キープスマイリングよ♪」 「ア…、アッ、アイガロンさま。キャンデリラさまっ。な、何で」 そこにいたのは散ったはずの二人の“戦騎”だった。 「さぁて、何ででしょう」 「オレさまたちにも良く解らないんだよな。ただ、こう、フワッと体が浮き上がったみたいになってよ。力に溢れたかと思ったら、ここにいたんだ」 「私も〜☆ もう、真っ暗なサミしいトコだったわー。アイガロンが一緒だったから、心は寂しくなかったけどね」 「何ででもいいです! ボク…、ボク、嬉しいですぅ」 またしても、ワーワー泣き出したが、それは二人を失った時のような悲哀しみに満ちたものではなかった。 「もー、ホラ、泣かないの。さ、行きましょ」 「どこ行くんですか」 「どこにしましょうか。でも、その前にやることがまだあるわ」 「もう一矢くらいは、報いねぇとな」 そうして、三人は駆け出した。行先は──氷結城だった。 滅ぼしてしまった恐竜をはじめとした数多《あまた》の命と、苦しめた人間たちへの償いの気持ちが強かったからだ。既に、デーボスそのものでもあるのに、“戦騎”如きが立ち向かえるわけもないのかもしれないが、それでも、少しでも、キョウリュウジャーたちの力になれたら、それで良い。
そう、心から、信じて──……。 《了》
シブでは前後編で上げました。予告のチラチラから、湧いたけど、とりあえず、放送前に前半だけはと☆ 少なくとも、イアンとアイガロンの決着はつきそうだったので、何かもう、哀しそうだったなぁ、と。 でもって、46話と、その次回予告を見てしまうと、迷走しそうだったので、こんな感じに纏まりました。この展開で、ハッピーエンドになるのかどうかは解りませんけどね。ドゴルドとエンドルフの決着も本編とは別の形なんだけど。 次回予告といえば、どうにもならないほどに気になるのがウッチーでしが、当時の『VS』映画の対談にもあったように、『語れない』展開……だったんだな、と。どうにか、最終回までは登場してほしいと願っていたように、1年後の『特急』との『VS』にもちゃんと、出てくれたし。 同様に、お待ちしてます状態だったのが真也さん&優子さん(だよね?←当時の声)の変身☆ グレーは勿論、シアン。ラミレスがあのまま、有働家に居候してたようなのは、このための振りだったのかー☆
2015.02.25. (Pixiv投稿:2014.01.26.)
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