カオスなカオス様
“氷結城”――世を混乱と破滅へ導かんとするデーボス軍の本拠地。正しく、『悪の巣窟』である。 その主は無論、デーボス様だが、未だ完全復活はならず、最高幹部たる“百面神官”カオスの右手に宿っている。故に、先頭に立ち、世に災厄を撒き散らさんと邁進している――はずだが、最近は軍の指揮権も“怒りの戦騎”に預け、表には出てこない。 どうやら、デーボス様を身に宿すために消耗も激しいようで、休養を強いられているらしい。 “喜びの戦騎”も心配しているが、その配下の“楽しみの密偵”ラッキューロは圧迫感が弱まることを密かに喜んでいた。 特にカオス様が厳しすぎるということはないはずだが、それでも、やはり、楽しいことを何より是とするラッキューロにとっては怖い存在だ。ついつい楽しさの余りに与えられた任務から、外れてしまい、お仕置きを食らったことは一度や二度ではない。 それでも、常に堂々としているカオス様が窶《やつ》れた様子で、自分の前などに現れるとビックリしてしまう。 「カ、カオス様。大丈夫ですか? まだ休んでいた方が」 ラッキューロでも、そんな風に気遣いの言葉が出るほどに、カオス様はフラフラしていた。 「ラッキューロ、君に頼みがある」 「ハ、ハイ! 何なりと」 反射的にプラスティック教鞭などを思い浮かべてしまい、自然にピンと背が伸びる。 しかし、それきりカオス様は黙り込んでしまい、待てと暮らせど、口を開こうとしない。 「……あのぉ、カオス様? 頼みとはぁ〜」 恐る恐る促してみると、重々しい溜息が吐き出され、そんなに大変なことなのかと、ラッキューロは唾を飲み込んだ。 果たして! 「ラッキューロ。君は…、この星の“文化”とやらに興味を持っていたな」 「え…、ええっ!? い、いえ、それは。あの、その、つまり――」 言い訳しようとしたが、どうにもならない。“怒りの戦騎”ドゴルドも知っていて、何故か――変化させたゾーリ魔にでも入手させたのか、その“文化”を貰ったことはある。 “氷結城”の中でもジワジワと知られるようになっているようだが、さすがにカオス様の耳にも入ったとなると、 〈ひえ〜★ また、怒られる〜〜TT〉 プラスティック教鞭の電撃は勘弁してほしいけど、平謝りするよりないかもしれない。 とか、考えていたのだが、事態はラッキューロの予想を星々の果てまで吹っ飛ばすほどに、意外なものだった。 「実はな、ラッキューロ。君の持つその“文化”とやらを…、私に見せてもらいたいのだ」 「は…………、はひ?」 衝撃的すぎるほどに驚きすぎて、酷く間の抜けた声しか出ない。 「手始めにまず…、っら……」 「ら?」 「っら、ら…、ぶ」 「……らぶ??」 まさかと思うけど──ラッキューロの持っている“文化”で、「らぶ」って言えば──でもでも、カオス様の口からは絶対に飛び出しそうもない単語じゃないかと。あり得ないくらいに珍しいから、聞いてみたい気がしないでもないけど、聞いたら聞いたで、スッゴく、怖いような気もするしぃ。 ス〜ッと、深呼吸したかと思うと、カオス様が決定的なセリフを厳かに口にした。 「“らぶたっち”とやらを、貸してほしいのだ。持っているのであろう」
「……………………でえぇぇぇぇぇっっっっっっ!!?? カッ、カオス様、いっ今、何てっ。あー、違う違う。違いますよね。ボクの聞き間違いに決まってますよね〜〜〜〜★」 絶叫しつつ、現実逃避を狙ってみたが、残念ながら、成功しなかった。 「落ち着きたまえ、ラッキューロ。聞き間違いではない。“らぶたっち”とやらを、貸してほしい」 「…………あのぉ、つかぬことをお尋ねしますが、どうして、また、“らぶタッチ”を?」 衝撃醒めやらぬ状態とはいえ、聞かないではいられない。多分、まともな状態でも、どんな方向から考えてもカオス様とは結び付かない。 何しろ、“らぶタッチ”とはこの星の“文化”──殊に日本の少女コミックの傑作作品の略称だよ!! それを貸してくれって、つまり、カオス様が読む気でいるってこと? どう頑張っても、想像できないシチュエーション。もしかして、勘違いでもしてるのかな?? ううん、きっとそうだよ。てか、そうであってほしいね、うん。
「うむ、ここ暫く、ずっと考えていたのだ。私とあやつの違いとは何かということを」 「はぁ、あやつとは?」 「……無論、トリンだ」 キョウリュウジャーを組織した賢神で、カオス様の宿敵と聞いていたのに、実は実はカオス様の弟だったと知った時もかーなりビックリだった。 おまけに、自分たちと同じどころか、カオス様と最初にデーボス様に生み出された特別な存在のはずなのに、“強き竜の者”にまでなってしまったんだから、もう驚きも通り越している。 初めて、賢神が“閃光の勇者”キョウリュウシルバーに変身した時はラッキューロも居合わせてしまっていた。“氷結城”の住まう者には眩しすぎる上に、振るう剣といったら、同じ剣士の“雷鳴の勇者”キョウリュウゴールドや“斬撃の勇者”キョウリュウグリーンの剣も凌ぐくらいの威力で、とてもじゃないけど、近付きたくはないと身震いした。 としてもだよ。どうして、この星の、あの“文化”を知ることと結びつくんだろうか? 幾ら考えても、さっぱり解らない。 すると、尋ねるまでもなく、カオス様は重々しく語り始めた。といっても、超々低音ボイスが紡ぎ出すのが「らぶたっち」とか「こずみっく」とかだったりするのを耳にする度に、クラクラ目眩がする。 「私とあやつの違いとは、即ち、この星の“文化”を解していることではないかとの考えに至ったのだ」 何て、アクロバティック過ぎる発想だろう。どーゆー筋道を辿れば、そーゆー結論に至るんだか。捻りに捻りを加えて、とんでもないところに着地……つーか、着地しようとしたら、底なし沼だった、みたいな? 「というわけで、ラッキューロ。まずは“らぶたっち”を……。さぁ、持ってきてくれたまえ」 いや、何が「というわけ」なのか、全然さっぱり全く理解不能です、カオス様。 しかし、どうやら、選択肢はないようだった。カオス様は少しだけ目が据わっているような感じで、とても断れそうにない。多分、もの凄い名案を思いついた!! ような気でいるんだろうなー。 それこそ、キョウリュウレッドが良く「ブレイブだぜっ」とか言うような感じ? ……本トは全然、解んないけど★ 何つーか、カオス様。デーボスが「ブレイブ」を理解できるようになったら、オシマイのような気がするんですけど;;;
結局、とりあえず、“らぶタッチ”既刊全巻とまだ雑誌連載の“少女コズミック”を渡す羽目になってしまった。トホホだよ。 「……フフフフ、待っておれ、トリンよ。これで、貴様のブレイブの秘密を解き明かしてみせる」 解き明かされたら、是非、教えてほしいな。んなわけないだろうけど、とか考えて、ボーッとしていたら、カオス様はまた、話しかけてきた。もうとっくにアウト・オブ・眼中と思っていたので、ドキドキハラハラしてしまう。 「な、なんですか、カオス様」 「君は、でぃー・ぶい・でぃーなる物も持っているのかね」 「えぇっ!? いやぁ、それはその……」 エラい片言だけど、DVDのことを言っているのは直ぐに解った。でも、さすがにこれは――プレイヤーを動かす電力に変換するのに、“氷結城”のエネルギーをクスネているので、認めるのはマズいようなぁ。 でも、正面に構えられて、ドスの利いた声で聞かれれば、あっさり降伏する。 「どうなのだ」 「はいっ、持ってます。観てます。エネルギーの無駄遣いをしています。お許しください〜★」 エネルギーといっても、微々たるものだけど、『塵も積もれば、何とやら』てなもんで、最近、モンスターを作れなくなってるのかなぁ。そんなことがドゴルド様の耳にでも入ったら、マジに殺されるかも。その前に、もう、カオス様に知られちゃって、“楽しみの密偵”の命も『風前の灯火』てなもんだけど。 「ごめんなさい、カオス様〜。もう二度と、致しませ〜ん。だから、許してくださぁいTT」 「…………何を謝っておるのだ、ラッキューロ。早とちりをするでない。これを読んだら、次はそのでぃー・ぶい・でぃーとやらも見せてほしい。トリン奴…、いつまでも、私の先を行けるなどと思わぬことだ」 「フフフフフ」とか地を這うような声で、笑っているけど、何やら、実は弟な賢神改め“閃光の勇者”へのねじ曲がった対抗心が垣間見えた瞬間だった。
そんなこんなで、読書に没頭し始めたカオス様……。想像を絶する光景って奴は見なかったことにするのが一番だと思う。っても、忘れられそうにもないけど;;; アックムーンもいないのに、悪夢にでも出てそうだよ。 それにしても、いきなり、こんなことを言い出すなんて――本トに賢神は“らぶタッチ”も読んでるのかなぁ。 敵になっても、兄弟は兄弟だから、実は何処か繋がっていて、カオス様には伝わったりするもんなのかなぁ。確かめようもないけど。 とにかく、早いところ、返してほしいTT 間違っても処分なんて、されませんように、とラッキューロは青柳先生直筆サイン色紙に向かって、拝むのだった。
《了》
色々とショックの余りか、『カオス様壊れる』の光景でした☆ いやぁ、「なるほど」とか「らぶタッチ」を読んでるだけでなく、独りスピリットベースに残って、暇を持て余してか、DVD観賞をしてしまうトリンをカオス様が知ったら、どんな反応をするのかなぁ、とか。負けじとラッキューロの隠し持っている(?)本を取り上げて、読んでる姿を思い浮かべてしまいました。 これで、トリンと同じく、カンペもなしに滔々と説明できるようになったら――ブレイブだぜ、カオス様っ♪(デーボス軍がブレイブじゃ、まずいかな)
2014.08.18. (Pixiv投稿:2013.12.16.)
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