雷 神


『女子《おなご》独りを危機に曝すとは、何とも不甲斐無い奴らよ』

 “喜びの戦騎”キャンデリラの術中に嵌まり、アミィを危険な目に遭わせてしまったキョウリュウジャーの男どもは、さすがに落ち込んだ。空蝉丸の援護で何とか事なきを得たが、前述のようなキツい一言まで食らったのだ。
 その強さ故に、彼ら獣電戦隊を未熟と断じ、加わる気にもなれない、などと居丈高な態度を崩さない。
 当然、反感を生んだが、今回ばかりは反論のしようもなく、反省しきりだ。

「しっかし、本ト、あいつは強ェよなぁ。さっすが、戦国時代、たった独りでデーボス軍と渡り合っただけのことはあるぜ」
 元々、反感は大して持たないダイゴはあっけらかんと言ったが、他の者は微妙な表情だ。
「……まぁ、実力は疑いようがないけどな」
 イアンが嘆息し、ガブリボルバーをクルクルと回した。カシャンと手中に収め、
「あ〜、やっぱ、解ってても、ムカつくぜ」
「……会ったばかりの頃のイアンも相当、だったけど」
 ソウジがボソリと呟く。無論、「相当、嫌な奴だったけど」という意味だ。
 口にしなかったところも聞こえたような……。
「何か言ったか? Boy」
「別に。気のせいだろ」
 冷たい戦いが勃発しそうではあったが、いつものことというか、レクリエーションじみているので、最年長者なノブハルも苦笑するだけで、放っておいている。
 それより、とダイゴに向き直る。
「そういえば、キング。ソウジ君の家で、空蝉丸のことが書かれた文献を見つけたんだよね」
「あぁ、ソウジの親父さんが見つけてくれたぜ。雷電剣って、実演もしてくれてさ。あっさり再現できるなんて、あの親父さんもかーなり、ブレイブだよなぁ」
「え? てことは、獣電池を使わないでも、雷撃が打てるってこと? 確かに凄いね」
 その上、雷の竜《プテラゴードン》の力をも乗せれば、凄まじい破壊力を生むのも当然だ。
「マジにあいつ、伝説なんだよなぁ。他にも、ちょっと記述があったしな」
「へぇ、どんなの?」
「あー、ちょっと待ってくれ。親父さんに訳してもらったのを写してきたんだ」
 ここで、冷戦中だった二人も興味を引かれ、停戦に入ったようだ。
「えーと、“降臨せし菅公《カンコウ》と称せられ、畏れられてもいた”だってさ。でも、カンコウって何だろ?」
「聞いてこなかったのかよ」
 呆れ口調のイアンに、ダイゴは軽快に笑う。
「聞いたけど、良く解んなかったんだよなぁ。日本人っぽい名前ではあったんだけどよ」
「だったら、それも書いてこいよ」
「んー、書いたんだけど……」
「けど?」
「自分でも読めないっつーか^^」
「…ッ。ちょっと、見せてみろ。…………Oh My★ お前、ひらがなから、練習しなおせ!」
 イアンも読み書きは得意とはいえないが、ここまで、酷くはないと自信を持って、言えるほどだ。
 一応は日本人のダイゴだが、父親とともに世界を放浪してきたせいか、常識的知識もどこか欠けているし、とにかく大雑把すぎる。
 が、話がここで脱線する。何故か、ダイゴが吹き出し、
「オ〜マイ、お前って……チョット酷すぎ♪」
「んなっ。バカ野郎ッ、偶然だっ。狙ったわけじゃねぇ!」
 言いたいことを察し、真赤になって、否定するイアンだが、更に油を注ぐ。
「だって、ノッさん並みじゃん」
「ちょっと! 何で、僕が引き合いに出されるのっ」
 ノブハルまでが加わるのに、ソウジが密かに嘆息するが、
「何の話?」
 先刻から、誰かと通話かメールをしていたアミィが戻ってきたので、正直、助かったと思う。
「僕の家の蔵にあった文献の話だよ。空蝉丸のことが書いてあったんだ」
「へぇ、スゴいのね。本当に有名だったんだ。ウッ…;;; つせみ丸って」
 妙なところで、言葉を躓かせ、咳き込むのに注目を集めてしまう。
「どうしたの、アミィちゃん」
「な、何でも。大丈夫よ。で、何が書いてあったの?」
「あぁ、それか。“コーリンせしカンコウ”とかって――何のことか、解るか、アミィ」
「かんこう…。観光とか? sightseeing」
「ダジャレにもなってねぇし。ノッさん以下とかって、かなりザンネン?」
「何よ、キング」
「だーから、何でまた、そこで僕が出てくるのかなー。もう、いいけど」
 一応、大人の度量の大きさを示すということで、ノブハルはそれ以上、問い質さないことにした。
「キングとアミィは解らない。んじゃ、イアン。君はどうかな? カンコウの正体とは何ぞや」
 最年長者の余裕なのか、教師のような口調になっている。
「い゛! いやぁ、それは…。ハハハ、俺、士郎のお陰で、日本語も話すのは不自由してないけど、住んでたわけじゃないから、そんなに詳しくは――」
 それだけ話せるだけでも、十分に大したものだと思います☆
「最後にソウジ君は、どう?」
「……いや、知らない。ただ、降臨というからには神様の類だよね。ノッさんは解ってるんだ?」
「大人をナメるなよ〜★ カンコウはね、いわゆる、天神様のことだよ」
「「「テンジンサマ???」」」
 外国育ちの三人には、それでも、通じなかったようだ。たった一人、日本の古風な家育ちの現役高校生だけが、あっと声を上げた。
「菅原道真? そっか、菅を“かん”と読むから、菅公なんだ」
「ま、そういうことだね」
 一人だけでも正解を導き出した生徒がいるのに、ノブハルは幾らか満足そうだ。

 とはいえ、一つ疑問が解ければ、次の疑問が生じる。
「でも、菅原道真がどうして、空蝉丸と繋がるわけ? 天神様は確か、学問の神様だったんじゃ」
「あ、思い出した。友達が天神様の学業御守、持ってたわ」
 天神様――菅原道真といえば、天満宮に祀られている。実在の人物で、生前は学者だったので、学問の神とされている。
 それが何故、戦国時代に名を馳せた剣豪と重ねられているのか、どうにも結びつかない。
「う〜ん。そこはチョットした事情があってね。天神様には別の側面《カオ》があるんだ。雷神というカオがね」
「ライジン…。雷か。なーる、そこで、あいつと繋がるわけか」
「でも、何で、学問の神様がカミナリ様でもあるの?」
「いや、アミィ。カミナリ様だと、微妙に違うというか、別のものになっちゃうっていうか……。あ、まぁ、いいか」
 変に突っ込むと、話が横道逸れるだけだと、ノブハルは咳払いで誤魔化す。
 しかし、菅公と雷神、ひいては空蝉丸との関わりについては皆、興味津々で説明を聞きたがっているようなので、掻い摘んで説明することにした。


☆        ★        ☆        ★        ☆


「菅原道真公は平安時代の優秀な学者で、時の帝の信任を受けて、右大臣にまでなったんだ。でも、それが気に食わなかったのが――」
「藤原氏だね。貴族の中で、一番、力を持っていた」
「はい、正解。さすが、現役高校生。目障りだと陥れられ、道真公は九州の太宰府に流された。そして、そこで寂しく生涯を終えたんだ」
「悲劇によって、物語はオシマイ…、ってわけじゃないな。日本の場合、人間が神にまで祀り上げられるってのは祖先神としてか…、もしくは――タタリ神か」
「はい、イアンも御明答。丁度、道真公が亡くなった直後から、京は立て続けに災厄に見舞われたんだ。特に落雷が凄くてね。御所までが焼け落ち、死者も大勢、出た。その中には、道真公を追い落とした藤原家の者もいたんだ」
「なるほどな。だから、怨霊と化したミチザネが雷神の力を得て、暴れていると、人々は畏れおののいたわけだ。特に脛に傷持つ貴族様たちが」
 世界のあちこちで、多様な民族性を見知ってきたイアンは納得したように頷いていたが、アミィの価値観ではそれは難しいようだ。
「随分、短絡的な発想じゃない? 大体、カミナリが死者の仕業だなんて、考えられないわ」
「そりゃ、アミィ。現代の発達した科学のお陰だよ。気象学も進んで、天気予報じゃ、雷の発生だって、かなりの確度で的中させられるようになってる。何より、雷が自然現象だって、皆、知ってるからね」
 勿論、それでも注意は必要だが、無用に恐れる者は少ない。
 だが、その自然現象を予測しようもない、古き時代。雷も嵐も、神の怒りにも等しい脅威だった。一度《ひとたび》、猛威を振るえば、逃れる術などない。神の怒りが鎮まるまで、息を潜め、ただただ、この身に降り懸からぬことを祈るよりない……。
「そう…、正に“神鳴”は神の“怒槌”ってことさ。あ、これはマジにダジャレじゃないからね。日本人が古くから信じる言霊《コトダマ》って奴さ」
「うーん。そこまで言われると、まぁ、解らないでもないけど」
「もう一つ、他にも理由はあるんだ」
 道真公が生前、治めていた領地にだけは落雷がなかった。怨霊となっても尚、己が民を慈しみ、危害を加えることはなかったのだと、人々は信じた。
「因みに、桑原ってトコなんだけど」
「あ。もしかして、くわばらくわばらって言うの」
「へぇ、ソウジ君。その年代《とし》で、よく知ってるね。最近じゃ、使ってるの聞かないのに」
「まぁ、家がさ、古いから。父さんはたまに使うよ」
「そりゃ、面白いな。あんなに強い親父さんが自然には、ちゃんと畏れを持ってるってことか。確かに、自然って奴はナメちゃいけないからな」
 その言い方からすると、ダイゴは自然の中で過ごす内には結構、大変な目にも遭ってきたのかもしれない。

「だから、人々は、殊に貴族は道真公を神として祀るようになったんだ。どうか、荒ぶる御霊《ミタマ》をお鎮めくださいってね。それが天満宮なんだよ」
「効果はあったの?」
 信じられないという表情のアミィに、ノブハルは苦笑する。
「そりゃもう、覿面に。落雷の被害も少なくなって、人々は願いが届いたと信じた。道真公は祟りをなす怨霊から御霊《ゴリョウ》に変わったんだとね。まぁ、その後も天災やら疫病やらが起こる度に、菅公の仕業だと考えられて、ますます、天神様として信仰するようになったんだけどね」
 その死より、千百年以上を経た今尚、道真公は学問の神として崇められている。一方で、雷神でもあるとの認知度は些か、低いかもしれないが。

「ふーん。テンジンサマはともかくとして、何となく解ったな」
 また、ガブリボルバーを回し始めたイアンの面白くもなさそうな言葉に、全員の視線が集中する。
「何が解ったの、イアン」
「あいつが、あんなに傲慢な理由《わけ》さ。神様扱いされてたのなら、当然だよな」
 吐き捨てるような言い方に、皆、顔を顰《しか》める。イアンに同調しているのか、言い過ぎだと思っているのかは定かではないが。
 ただ、アミィだけはこのまま、黙っているわけにはいかなかった。

 彼女は空蝉丸の素顔を知っている。過去故に、己自身に厳しくあろうとしている姿を知っている。本当は優しくて、人を気遣い――厳しい言葉の裏には、皆を案じる思いも隠されていることも知っている。
 だから――……。
「イアン、言い過ぎよ」
「なに? アミィちゃん。妙に庇うじゃない」
「そういうことじゃなくて。……あの人の厳しさを傲慢なだけなんて、受け取るのは間違ってるわ。私たちの力が彼に及ばないのは事実だし、認めてもらえないのは、そのせいじゃない」
「そりゃ……」
「まぁ、確かに。今回ばかりは反論のしようもないって、反省したばっかりだよねー」
「…………本トに、ダジャレにもなってないな」
「いや、だから、これは違うってば。あのね、僕だって、年柄年中、ダジャレばっかり言ってるわけじゃないんだよ」
 全く、説得力のないセリフだった^^;;;

「ま、とにかく、空蝉丸のことは、もうちっと様子見ってことにしとこうぜ」
 よっと立ち上がると、ダイゴはガブリボルバーを取り、チャージが完了していた獣電池の二本だけをポケットに突っ込んだ。
「あいつに認めてもらえるように、もっと鍛えねぇとな」
 ニカッと全開の笑顔を残し、レリーフの前に立つと、ガブリボルバーを足下に撃ち放つ。目映い光に包まれ、忽ち、その姿は掻き消えた。
 見送ったノブハルは癖ッ毛を掻き回し、苦笑いを浮かべる。
「さすがに前向きだねぇ」
「バカなだけってことだろう。大全開にさ」
 何となく、面白くなさそうなイアンに全員が苦笑する。先刻より幾らか雰囲気が和らいでいる。疾うにダイゴをリーダーだと認めているくせに、妙なところで、子供じみているのだから。



 その後、三々五々、皆はスピリットベースを後にした。
 アミィは帰宅する前に、空蝉丸を探した。当然、家など持たないので、雨露を凌げる場所で、野宿同様に過ごしている。
 ただ、余り一ヶ所に留まっていると、周囲から怪しまれ、下手をすれば、通報されかねない昨今だ。何ヶ所か、適当な場所を見つけているようだ。
 門限とはいわないまでも、余り遅くなると、ジェントルのお小言が発生しかねないので、モバックルを取り出す。唯一の連絡相手だろうアミィの呼び出しに、彼は直ぐに出てくれた。
『アミィ殿? 如何なされた』
「うん…。どうしてるかな、と思って。どこにいるの?」
『何処と言われても……。あぁ、空が広く見えるでござる』
 この町に不案内の彼には正確な場所など、説明できるはずもない。
 しかし、都会の真ん中で、空が広く見えるというと、高い場所だろう。どこかのビルの屋上にでも入り込んでいるのだろうか。
『それより、アミィ殿。お怪我など、されてはおられぬでござるか』
「え? う、うん。大丈夫よ。どこも何ともないわ。ウッチーのお陰。アリガト」
『とんでもない。それより、方々は如何でござろうか』
「キングたち? 全然、平気よ。でも、今日はちょっと、ヘコんでるかも」
『へこ…?』
 首を傾げている様が目に浮かぶようだ。
「落ち込んでるってこと。ウッチーにキツく言われて、反省しきりよ」
『ハハ…。また、嫌われてしまったでござるかな』
 それを承知で、厳しい態度で臨むのだと決意している空蝉丸に、アミィは協力すると、『ツンツン指導』までしたが、その実、彼が無理をしているようにも思えて、時に心が揺れる。
 自分に向けるような笑顔を皆にも見せてほしい。先刻のように、本当は気遣っているのだと、皆に気付いてもらいたい。
 心から仲間として信頼し、ともに肩を並べ、力を尽くし――戦っていきたい。
 そして、生きていきたい――……。

『――アミィ殿? 聞いておられるか』
「あ…、ゴメンね。ね、ウッチー。やっぱり私ン家に来ない? 毎日、野宿じゃ」
『拙者にとっては別に珍しくもないことでござるよ。ひとたび、行軍に出れば、野営など、当然の日々でござった』
「それはそうだろうけど……」
 戦場の理《ことわり》はアミィにとっては、それこそ、四百年という永き刻以上に隔たりを覚えるものだった。
 そんな僅かな空白を、空蝉丸は会話の終わりと捉えたらしい。
『アミィ殿。日も大分、傾いてきた故、早々に戻られるが宜しかろう。では、また何れ、戦いの場にて』
 通話は、切れた。
 アミィは肩を落とした。空蝉丸の決意は固い。最初から、こうなるような気がしていた。
 それでも、いつかは――自分が彼の素顔を知るようになったのは偶然かもしれない。だが、これは確かに起きたことだ。
 ならば、空蝉丸とダイゴたちの間にも起きることかもしれない。
「よしっ、焦っても仕方がないわよね。じっくり、いきましょう」
 モバックルを仕舞うと、早く家に戻らなければと、軽快な足取りで駆けだした。

 物陰から、腕を組みながら、見送る姿があることに、アミィは気付かなかった。
 さほど、隠れるつもりはないらしい真赤なジャンパーを羽織った青年は軽く頬を掻き、肩を竦めると踵《きびす》を返した。



 ちょいと調子に乗っての『獣電戦隊キョウリュウジャー』第二弾でございます♪
 今更のように、クールなウッチー時代で、11話直後です。
 いやぁ、クールなウッチーが懐かしい……てなくらいに、現在進行形の“雷鳴の勇者”は日常と戦闘時のギャップが凄まじいですね。声まで、別人に聞こえてくるから不思議です。
 頑張って、クールを気取っていたのはたった数話でしたが、物語中の時間としてはどの程度だったんでしょう。もうちっと、色んなやり取りを見たかった気もします。

 現在進行形で吹っ飛んでいた“雷鳴の勇者”な33話☆ どこまで、はっちゃけちゃうんでしょうか。マジに、戦国の豪剣士の面影が…^^;;;
 それはともかく、その33話のウッチーとイアンの『ガブリチェンジャー&ガブリボルバー擦り合わせ変身』『ボウケンジャー』みたいで、ちょい懐かしかったです。『ボウケン』で、輝はスーパー戦隊に舞い戻ったもので♪

2013.10.16.
(Pixiv投稿:2013.10.17.)

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