無重力気分


「あれはやり過ぎだったのではないか」
「あれって?」
「さっき、艦橋《ブリッジ》で、チューブを落としただろうが」
「あー、あれね……」
 操舵席に着いている俺に、どういうわけだか、飲物の差し入れをしてくれたのは目の前にいる副長だったが……。手渡されたドリンク・チューブを宇宙にいた時の感覚で手放したのだ。
 天体の強大な重力の影響圏外では物体はエネルギーを与えない限りは、そこらにフヨフヨと浮いているので、無重量帯では物置感覚で浮かせておく。
 だが、勿論、この地球上では物を浮かせることなどできない。

 バジルールが怪訝な顔を見せた。
「まさか、本気で落としたわけではないだろうな。それは問題だぞ」
「いや、さすがにそれはないけど」
 地球でも月でもコロニーでも、重力を感じるようになれば、相応の対応をすべく自然と切り替わる。これは思考の問題ではなく、そう訓練されている。
 そうでなければ、慌てて高所からダイビング! なんて真似もしかねないからだ。
 アークエンジェルのクルーはそれなりに訓練された者たちが殆どだから、心配はないだろうが、あの子供たちは──元々はスペース・コロニー『ヘリオポリス』の住人だ。本国の『オーブ』は地球にあるが、これまで聞いたところでは、殆どが『ヘリオポリス』出身で地球を知らない様子だった。
 艦橋には大した高所などないが、例えば、モビル・スーツ・デッキなどで、そんな間違いを犯せば、とんでない結果《こと》になる。
 一寸した反面教師のつもりだった。勿論、最初から狙っていたわけでもなく、たまたま、バジルールにチューブを渡されたので、思いついた。俺も他の作業をしていて、注意が疎かになっていた……という言い訳もできたからだ。
 案の定、子供たちは俺の細やかなドジに笑いを弾けさせながらも、注意をするようにはなった。しかし、子供たちはともかく、チャンドラやトノムラたちにまで「意外とドジですねぇ」とか「気をつけて下さいよ〜」とか、したり顔で揶揄われるのには些か辟易した。

 それでも、この長年の友人だけは解ってくれている。解りすぎていて、「やり過ぎ」と評されてしまったが。
「誰かが怪我をするよりはいいだろう?」
「それは、な」
 珍しく、肩を竦めて同意する。そして、ふと何か思いついたらしく、腕を組んだ。
「まさかとは思うが、マードック曹長たちにも徹底しておいた方がいいかもしれんな」
 確かに……。万一、億が一にも、モビル・スーツ・デッキでダイビングする整備士が出ないとも限らないのだから。

☆        ★        ☆        ★        ☆


 それから暫く後、太平洋上にて、アークエンジェルは艦長の指示するところのバレル・ロール(操舵手曰くは、ただの宙返り)敢行。艦内に於いては一瞬、局地的に無重力気分を味わえたとか何とか……;;;
 勿論、苦情が殺到したことはいうまでもない☆



 リハビリ続行。『無重力気分』といえば、やはり、このシチュしかないでしょう☆
 ノイナタ好きにとっては結構、意味深なシーンでした。『何故、ナタルはノイマンにしか、ドリンクの差し入れをしなかったのか!?』という永遠の疑問が……。

2007.01.22.

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