猫 「笑うな」 「笑っていません」 暫しの沈黙。エレベータの前で立ち止まる。 「だから、笑うな」 「……笑ってなど」 ドアが開き、二人は中へ──。ドアが、閉じる。 「だから、笑うなと言っている!」 「笑って、ないって……」 「笑ってるじゃないかっ」 確かに、ノイマンは笑っていた。正確には必死に笑いを堪えていた。というか、ドアが閉じた瞬間に吹き出した。 「き、君がしつこいから。蒸し返すから、笑いたくなるんじゃないか」 上官に対する口調ではないが、今は抑えられそうにない。閉ざされた空間では周囲を気にする必要もない。 ナタルが珍しくも頬を膨らませたように見えたのも、それ故だろうか。 「しかし、君も変わらないってことだね」 「知らん」 「またまた。覚えているくせに」 少しだけ意地悪く笑ってやると、膨らんだ頬が赤く染まったようだ。
事の起こりは『プラントの歌姫』をアークエンジェルが救助したことに始まる。 場違いというか、場を弁えていないというのか、単によく理解していないのか? フワフワと掴み所のないイメージの少女だった。 「ああいうのが、蝶よ華よって感じなのかしらね」 艦橋に戻り、学生組の一人ミリアリアがそんなことを言い出した。 艦長も副長も、おまけにフラガ大尉までが『歌姫』の尋問に立ち会っているため、幹部クルーが誰もいない。一応、下士官組では唯一の曹長であるノイマンが一時的に艦橋を預かることになってしまうのも、アークエンジェルの人手不足を如実に表している。 そういうわけで、幾らか綱紀が緩むのも仕方がない。 ミリアリアが件の『歌姫』のイメージを『蝶と華』と評したものの、何となく、しっくりこなかったらしい。動物に喩えてみたり、学生組の仲間のサイやカズイにまで意見を求めていた。 挙句にはトノムラやチャンドラといった歴とした正規軍人であるCICクルーまで巻き込んだ。彼女の勢いに負けたというべきだろうか。 少しくらいならば、と操舵席についていたノイマンも知らぬ振りをしていた。緊張を強いられる艦橋の任務に、慣れないながらも、必死に向き会っている学生組にはこんな時間も必要かもしれない、と思えたからだ。 尤も、それならば、艦橋ではなく休憩時にしろ、と言われそうだが。 とはいえ、大目に見るにも程がある。喩えが彼らの身近な、艦長や大尉、副長に及ぶに至り、さすがにノイマンも止め時だと思った。 「こら、いい加減に──」 シートごと振り向きつつ、注意しかけたが、そこで後方のドアが開いた。艦長達が戻ってきたのだ。 ノイマンは立ち上がり、敬礼で迎える──が、下のCICの連中は気付いていない。 「副長は猫ね。それもシャム猫!」 「シャム猫って、どんなんだったっけ?」 「さぁ」 「スッゴく、綺麗なのよ。しなやかで、高貴で孤高なイメージがピッタリ」 ……冷汗も乾く思いだった。敬礼したまま、硬直してしまったではないか。 当の副長からは騒いでいたCICの面々ばかりか『上官』たるノイマンも、きっちりとお小言を食らった。勿論、その時は神妙にしていたのだが……。 直明けで、艦橋を退出したのが同時だったのは偶然だが、副長にとっては有り難くなかったかもしれない。 しかし、自分から蒸し返してしまったのは失敗だったろう。 「バジルールのイメージはシャム猫か。昔もそんな風に言われてたことあったよな」 だから、変わっていないということだ。吹き出してしまうのも、その連想があったからだ。 「知らん知らん」 「照れることはないじゃないか。割りと良いイメージだと思うけど?」 「そうかな」 そっぽを向きながら、ナタルは軽く息をついた。 「猫なんて、自分勝手で、人には狎れない生き物だろう。まるで、お前は高慢だと言われているようなものだ」 「深く考えすぎだって。ハウも言ってたけど、しなやかなイメージが強いんだよ、きっと」 慰め口調ではないのが有り難い。この友人は嘘を言ってはいない。こんな自分でも微笑ましく思ってくれている。 性分は変えられない。変えようとも思わない。そう信じて、進んでいけるのは信じられる友人がいるからだ。本当に孤独なだけでは、彷徨うだけで、前へなど進めないのかもしれない。 軽い反動を残し、エレベータが止まった。隣に立つ友人が改めて、姿勢を正した。友人がまた、部下へと変わる一瞬だ。 細やかな時間もまた、終わってしまったのだ。 そして、ナタルもアークエンジェル副長として、心身を身構える。 ドアが開き、緊張を呼び覚ます日常へと、しなやかな猫は踏み出していく……。
祝☆『ノイマン再登場in種2』つーわけではないけど、ちと間が開いてのノイナタです。 んでもって、『猫祭』第2弾☆ 最初はマリューさんとかにも結構、喋らせようかとも思ったけど、短く纏めました。かなり、説明とかも削ぎ落としたけど、解るだろうか?
2005.01.19.
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