嫉妬


 自分が殆どのクルーに煙たがられているのは知っていた。
 艦のために良かれと思い、艦長に異を唱えることもしばしばで、軍規によって理論武装していると、煙たがられるのは些か納得いかないが、人とは…、組織とはそういうものなのだとも、疾うに知っていた。別に、この艦でだけでなく、嫌というほどに同じことはあった。どこでも、人はそんなものだ。そして、人の集合体である組織もまた……。
 だが、私のような者もいなければ、きっと組織は成り立たない。
 そう信じられたのは「それで、いいんじゃないか」と言ってくれる人がいたからだ。今も、そう言ってくれるから……。
 彼は──彼だけは解ってくれている。いつしか、そう自らに言い聞かせるようになっていたが、ふと疑問に思う。

何を? 私の何を解ってくれていると?

 そんなことを考えるようになったのは明らかな異分子が艦に紛れ込んできたからだ。
 元は中立国国籍の学生──今でこそ、志願兵ではあるが、碌な教練を受けているわけでもない、根は甘っちょろい学生のままの民間人でしかない。
 それが現実……。
 そして、今一つの現実はそんな甘ちゃんたちの手を借りなければならないほど、艦の人手不足は深刻だということだ。
 第八艦隊と接触しても、クルーの補充までは適わなかったし、連合本部基地《アラスカ》に下りるという目論みはザフトの勢力圏に下りざるを得なかったことから、脆くも崩れた。
 返す返すも、『あの時』艦を移動させなければ──とはいえ、確かに艦長の言葉通り、ストライクを失うわけにはいかなかったし、大気圏突入直前に出撃させてしまったのは私の独断だった。時間内に戻れなかったパイロットを──あんな状況下で奮闘した者を責めるほど、私も冷酷無比ではないつもりだ。
 それにしても、一つ狂うと、全てが狂う。深刻化する現状打破のための方策を巡り、艦長と私の間の溝は深まる一方だ。あの彼すらが、時折、やりすぎだと言いたげな目を向けてくるので、ますます苛立つ。
 そう…、私だって、苛立っているのだ。なのに、子供らは碌に事態も知らぬまま──尤も、最近では私には余程のことがない限り、近付いてこない。

 そんな子供らの相談相手にもなっているのが彼だった。
 下士官連の中では最高位の纏め役でもあったためか。それとも、子供らの中で一番、人懐こいケーニヒが隣のコ・パイ席に座っているためか。……とにかく彼の面倒見の良さもあって、気が付くと、艦橋でも食堂でも子供らが彼の周囲にいることが多くなった。
 他のクルーも、やはりその辺に集まり、良いコミュニケーションの場になっているようだ。
 そんな時、私は素知らぬ顔で通り抜ける。声をかけずとも、彼が気付かぬはずもなく、敬礼だけはしてくる。右に倣えで子供らも。
 答礼だけして、その場を去ると、背後では笑いがまた弾ける。少しだけチリッとした痛みを感じたりもしたが…、無視した。
「全く、あいつまでが……ダレなければいいが」
 だが、それは些か思い違いであった。

 ある日、子供らが食堂に入るところに行き合った。彼はいなかったが、子供らはビシッと敬礼してきたのだ。いつの間にか、様になっているのに驚き、答礼した。
 すると、子供らは何故か驚いた顔をしていた。私は余り気にしなかったが、離れていく時、背後でヒソヒソ話が聞こえてきた。それは悪口などではなく……。
「今、中尉、笑ったよね」
「う、うん。俺も見た」
「ビックリしたな、正直」
「何言ってんのよ。中尉だって、笑う時もあるわよ」
「あぁ、ノイマンさんの言った通りだ。やっぱ笑った方が良いな。美人だし」
「もう、トールったら」
 私は少し可笑しくなった。今、自分が笑ったという意識はなかったが、笑顔一つで印象が変わるとは……。
 といって、意味なく笑顔を振り撒いたりはしない。そんなことで、兵を統括しても仕方がない。
 ……あいつは、笑顔や人当たりの良さだけで、子供らやクルーに頼られているわけではないのだ。それに、様になっていた敬礼──日々、接していると気付かぬこともあるが、少しずつではあっても、確実に成長しているということか。

 だが!
「 ! ノイマンさん、だと? やはり少々、ダレているようだな」
 直接に、階級ではなく呼んでいるわけではないとは思うが……それだけ、慕われているということか。
 チリッ… また、微かに感じる痛みのようなもの……日に日に強くなっていく『痛み』の正体に、私は中々、気付くことができなかった。



 それが『嫉妬』というものです? しかし、『嫉妬』のお題が全くベタな恋バナに結び付かないのは何故だ!? それが輝クオリティ(爆) 久々のノイナタでした〜☆

2007.07.18.

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