『八周年記念拍手II〜鋼の錬金術師』 お礼SS No.62

「おう、ロイ。飲もうぜ♪」
 いきなり、酒と肴を持参で押しかけてきた男は士官学校以来の腐れ縁男だった。こいつは「親友だ」と言って、譲らないが──まぁ、悪友であることはマスタングも認めていた。
「飲みたい気分じゃない」
「──いつまで、そうやって、塞ぎ込んでいるつもりだ」
「別に塞ぎ込んでなど──」
「まんまだろ。お前が塞いでいたからって、消えた命が甦るってか?」
「…………」
「死んでいった連中が生き返るとでも?」
「ヒューズ」
 唸りながら、睨みつけるが、眼鏡の腐れ縁男は動じない。最早、こいつはあの乾いた大地での戦いも、全て噛み砕き、消化してしまったかのようだ。そして、マスタングにも求めてくるのだ。
「それくらいなら、あの戦場に立ち続けたりはしなかっただろう。焔の錬金術師」
 まだまだ、生々しい記憶だ。狂気の宿る炎熱地獄の如き戦場。それほど、昔のことではない。

 だが、ヒューズの言う通りではある。全てを厭うて、痛みに負け、投げ出すこともできた。放り出してしまうことは容易く…、寧ろ、楽な道であるはずだった。
 それでも、彼は戦場に立つことを選んだ。
 自分一人が投げ出したところで、何も状況は変わらないからだ。他の錬金術師への負担が大きくなるだけで、あの殲滅戦は完結しただろう。
 そして、投げ出した自分には最早、何事かを言うことも為すことも叶わず、その全ての資格を失うだけ……。
 あの戦いが始まり、国家錬金術師として、戦線に投入された時点で、自分が如何に無力な人間であるか、マスタングは嫌というほどに思い知らされた。
 希少なる国家錬金術師であるとというだけでなく、それなりの実績を示し、若くして少佐にまで昇ったのだ。軍人として、錬金術師としての能力にも自負があった。国を護りたい、混乱を鎮めたいという意志も……。
 だが、大総統という大きな意志の前には、その他大勢の中の駒の一つでしかない。いや、寧ろ、だからこそ、有用な駒として、扱われたのだ。
 そして、戦場への国家錬金術師の投入という事態は、この先も幾度でも起こり得るのだ。あのキング・ブラッドレイが大総統の地位にある限りは。
 国土と民をも傷付け、何を得ようとするかも解らぬ空虚なる勝利だけが手に残るなど──誰が望んだと言うのだ? キング・ブラッドレイ大総統だろうか。
 だとしたら──国や民を護るために、何ができるのか。何をすれば良いのかと考えた時、マスタングが選び得る道も多くはなかった。
 そして、中でも困難な道を彼は選んだのだ。

 更に上を目指すと──あの時、決意した。

 それでも、痛みは痛みとして残る。走り出す前に、休息が必要なほどに。
 一緒《とも》に戦場にあったヒューズにも、それは解っているはずだ。だから、押しかけてきたのだろう。ある意味、発破をかけにきたのかもしれない。

「とにかく、飲もうぜ。今日は記念日だからな」
「ハァ? 何の??」
 全く心当たりのないマスタングは首を捻る。追い返すのも、最初から諦めていた。
「何だよ、ロイ。俺たちが会って、今日で八年目なんだぜ。記念日だろうが」
「〜〜〜〜」
 脱力したマスタングは何も言い返さなかった。言ったところで、まともな反応なぞ、あるわけがない。
 嬉嬉とした『親友』がグイッと突き出してきたコップには並々と酒が注がれていた。
「ハイ、カンパ〜イ☆」
 キィンとガラスの擦れ合う澄んだ音が響いた。
 ……今はそれほど、沈んだ気分ではなくなっていた。

 その年以降、ヒューズは毎年、『記念日』とやらを祝うために押しかけてきた。
 二人の任地が中央と東方に分かれてしまっても──唐突に終わりを迎えるまでの六年間、必ず、ヒューズはマスタングを訪ねてきた。
 ただ、祝うためだけでなく、互いの覚悟を確認するための儀式のようなものだったのかもしれなかったが……。





『八周年記念拍手IV〜デルトラクエスト』 お礼SS No.64

 幼い子供たちの歓声が聞こえてくる。中庭の方だ。明るい笑い声……懐かしい記憶にあるように、満ち溢れている。そして…、
「こらっ、エンドン、ジャード! 芝生には入っちゃダメって、言ったでしょ!」
「うわ〜いっ」
「逃げろーっ」
 何だか、その昔、同じようなことがあったようだと苦笑したくなる。
「二人とも、悪いことばっかしてると、怖〜いおジイちゃんが帰ってくるわよ」
 ……をひ;;; 我が娘ながら、酷い言い草だな。
 だが、

「いいも〜ん、おジイちゃん、好きだも〜ん」
「いっぱい、外のお話してくれるから、早く帰ってきてほしいも〜ん」
 さすがに双子だ。話し方の癖がそっくりだ。それに、少し見ぬ間に本当に大きくなった。
 中庭の光景に気を取られていたジョーカーは近寄ってくる人影に気付かなかった。
「おじい様? お帰りなられていたのですか」
「──あぁ、アンナ。ただいま」
 双子たちの姉のアンナだ。妻の名を貰った娘は初めて会った頃の妻に、この子にとっては祖母と同じ年頃か。生き別れた頃のジャスミンとも……。どうしても、ダブってしまう。
「やだ。本当に帰ってきてた」
 感傷気分が台無しだな。
「随分な言い方だな。王妃様」
「……お帰りなさい」
「…………ただいま」
 言外に「お帰りもなしか」と含ませたわけだが、結構あっさりと、真正面から言われると、照れるものだ。軽く咳払いをして、話を変える。
「変わりはなかったか」
「まぁね。平和なものよ」
「あ、おジイちゃんだー」
「お帰りなさーい。ねェねェ、今度はどこに行ってきたの?」
「お話して。ねェ、お話いっぱい聞かせて」
 双子が纏わりついてくる。大抵の子供には恐れられてきたが、この子たちだけは全く、怯えも見せない。純粋な好意が眩しいほどだ。
「解った解った。だが、少し待ってくれ。まずはお前たちのお父上に、挨拶してこないといけないからな」
 「えーっ」と不満そうな双子を、ジャスミンが言い含めて、諭していた。何だかんだで、しっかり母親になっていると安堵した。

 双子は姉に任せ、ジャスミンと共に『王の間』に向かう。
「ね、ジョーカー。また、旅に出る気なの?」
「何だ? 心配でもしてくれているのか」
「そりゃあ、あんただって、もういいトシなんだから」
「確かにな。お前が三人の子供の母親になるくらいだ」
 軽く笑い声を立てると、立ち止まったジャスミンに腕を取られた。
 自然、足を止め、ジャスミンを見返す。
「はぐらかさないでよ。旅に出るようになって、もう八年よ。そろそろ、落ち着いたら、どう? リーフもシャーン様も気にしているわ。私だって……。娘の私が王妃になったから、政《まつりごと》から身を引いたんでしょ。外戚が力を持ちすぎないようにするために」
「ないとは言わんが、今の俺には城暮らしは性に合わん。それだけだ」
「私だって、性になんて、合わないわよ! 今だって、森の方が好きよ。でも──」
 今のジャスミンは王妃だ。その責任というものを、きちんと弁えている。出るところに出れば、立ち居振る舞いや言葉遣いとて、美しいものに切り替わるのだろう。
 だから…、こちらも心配などする必要はない。

「まぁ、何れは落ち着くさ。だが、次は海に出るつもりでな」
「海? 北の方には前に行ったでしょ」
 デルトラ王国と地続きの他国は、あの『影の王国』だけだ。外洋に突き出した半島の先端がデルトラなのだ。『影の大王』が執拗にデルトラを狙い続けるのはアディンに敗れた悔しさだけではない。豊かな南部地方と南洋に出る港を欲しているのだ。
 その更に北方にも幾つかの国がある。ただ、長い冬に苛まれる名ばかりの小国だった。『影の大王』も然程、旨みを覚えないらしく、支配してはいない。
 ジョーカーは以前、海路で、それら北方の地も訪ねていたのだ。

 だが、南の海の向こうの実情《こと》はよくは判っていない。デルトラ王国建国以来、外洋を越えたことはなかったのだ。
 ただ、『影の大王』が港を欲するのなら、その意味もあるだろうと推測される。恐らくは島や別の大陸があるのだ。
「……本気なの? 大体、船はどうするのよ」
「命知らずな冒険者は意外といるものだ。半ば、海賊のような連中だがな。そんな顔をするな。大丈夫だ」
「そんなの分かんない──!」
 詰め寄ろうとする娘の肩をポンと叩く。
「大丈夫だ。双子たちに土産話をたくさん、持ち帰ってやるさ」
 軽快に笑うと、再び歩き出す。慌てて、ジャスミンが追ってきた。


 潮騒の音が優しい。勿論、優しいばかりではないのが海であることをジョーカーは知っている。知ることができた。
 後にしてきた陸地は次第に遠退き、水平線の彼方に消えようとしている。故郷の王国。
 色々なことがあった──一つ一つを辿るように思い出すには長い時間が必要なほど多くのことが……。
 それでも、どこかの陸地に辿りつくまでは、そんな時間もあるだろう。
 そうして、新しく語るべきことを、この旅で得るのだ。

 いつか、亡き親友に語り伝える物語を……。





『八周年記念拍手V〜ガンダムSEED』 お礼SS No.65

「少しばかり、はしゃぎ過ぎではないのか」
「ん? あぁ、ハイタッチのことかい」
 思わず、苦笑が漏れる。なるほど、確かに「はしゃいでいる」と称されても仕方がない。
「でも、第八艦隊と接触すれば、一息つける」
「だが、それで、終わりだと思うか?」
「うーん、一息、かな。これで、逃避行も終了だったら、いいんだけどな」
「ならば、やはり、はしゃぎ過ぎだ。お前らしくもない」
 第八艦隊が近くまで来ていると、通信を受けた時、ノイマンは操舵席から通信席まで跳び、パルとハイタッチをして、喜びを表した。
 それが作戦以前からの友人であるバシルールの目には『彼』らしくないと映ったのも無理からぬことだった。
「でも、アーノルド・ノイマンらしい、とは思わないか」
 この任務に着くに当たり、彼は『アーノルド・ノイマン』という人物を半ば、演じている。しかし、全く別の人間というわけでもない。本来の彼もかなり反映されている。
 だから、バジルールも違和感を覚えるのだろう。全くの別人ではないからこそ……。

「それはともかく、第八艦隊経由で、当局からの連絡はあるだろうか」
 先の見えない状況下で、少しでも指針が欲しい、という心理が働くのだろう。
「どうかな。ハルバートン提督は一筋縄ではいかない方だからね。その御膝元に潜り込ませるのは中々、難しいんじゃないかな」
「……当の実験部隊には、お前が潜り込んでいるのにか?」
「だって、ホラ。ここは御膝元じゃないから」
 微妙な表情で、黙り込むバシルールに、また苦笑してみせる。
「尤も、疾うに気付いているかもしれないけどね。ま、一下士官に過ぎない俺が提督に目通りすることはないだろうけど、一応、気をつけておいた方がいいかもしれないな」
「…………そうだな」
「それより、君の方が心配だ。副長として、艦長に同席するかもしれないだろう。余計なことは言うなよ」
「余計なこととは何だ?」
「皆まで、言わせる気かい」
 少しばかり、意地が悪かっただろうか。顔を顰める友人に、ノイマンはもう一つ、苦笑を零した。



 『八周年記念拍手』纏め其の二です。
 『鋼の錬金術師』はイシュヴァール戦終了後というイメージっス☆ アニメ版+原作設定+オリジナルの『デルトラクエスト』 えぇ、ジョーカーもいいオトシです^^ 『SEED』のノイマンのハイタッチの相手……映像確認していないので、ちーとばかし自信ナシです^^; 

2009.12.25.

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