Personal Color 狂想曲

 宇宙要塞ソロモン──いわずと知れたジオン公国軍の要衝であり、ドズル・ザビ中将指揮下の宇宙攻撃軍が駐留している。むろん、その要はモビル・スーツ隊である。


 自機のコックピットに潜りこみ、シミュレートを行い、記録を見返していたところ、ひょいと覗きこんできた顔がある。
「おー、新米。精が出るな」
「新米《それ》はやめて下さい、少尉」
 ムダと承知しつつ、一応は言ってみる。実際、ムダだったが。少尉は可笑しそうに笑った。俺の反応を楽しんでいるとしか思えない。揶揄われていると解っていても、ついマトモに応じてしまう俺も俺だ。
 実は階級なら、俺も同じ少尉なのだが、任官したばかりの俺を「新米」と子ども扱いする彼は下士官から、パイロットとしての能力と実績を評価され、尉官に進んだ先任だ。確かにヒヨッコの俺は足下にも及ばない。
 俺は中枢コンピュータを眠らせると、コックピットから飛び降りた。ゆっくりと着床し、自機を見上げる。我がジオン軍が誇る主力モビル・スーツ『ザク』──晴れて、そのパイロットに選ばれ、当初は感激に浮ついていた気分も緊張に刷りかわっていった。
「どうだ。少しは死ぬ回数が減ったか」
 声をかけられて、小隊長もいたことに気づく。
「今日は三回、死にました」
「フゥン。もう少しかな」
 まだ、出撃許可は貰えない。MSという貴重な機体を預かるのだから、評価が厳しくなるのも仕方がない。
 二人の隣に腰を下ろし、チューブを口に含む。ふと視線を上げると、一機のザクが目に入る。居並ぶザクの中で、他とは微妙な違いを持っている。頭部に角のような飾りがついている。俺たちの小隊を含む中隊隊長機の証だ。ただし、それ以外は他の機体と変わるところはない。
「中尉。隊長って、エースなんですよね?」
「あぁ? まぁ、一応な」
「一応ってことはないでしょ」
 小隊長の言い様に、少尉がまた笑った。
「なのに、何で、デフォルトのザクを使ってるんですか?」
「いや、機能面ではカスタム機といってもいいぞ」
「中味はそうでも、外見が──何で、パーソナル・カラーにしないんですかね」
 エース──目覚ましい戦果を上げたパイロットが得る“撃墜王”の称号。誰もが憧憬を抱く一握りのエリートたちには様々な特典も付随する。さらに能力を引き出せる専用機を与えられ、その力量と存在を誇示するための特別色“パーソナル・カラー”を使えるようになる。そして、誰もが畏怖と尊敬をこめて、呼ぶ異名。
 なのに、うちの中隊長は、一目で専用カスタム機と判別できる機体を使っていない。また、異名も持っておらず、エースでありながら、目立たない存在だった。
「何でって、そりゃ──」
「単に面倒なだけさ」
「──隊長っ」
 降り注ぐ声に、俺は反射的に立ち上がっていた。勢いをつけすぎたので、バランスを崩した。靴底の磁石が働いているお陰で、体が浮き上がらずに済んだが、フラつくのを誰かが支えてくれた。
「あ、ありがとう・・・ござい、ま・・・・・・」
 声も顔も引きつった。
「はっ、白狼──マツナガ大尉!?」
 又もや、勢いよく飛びすさったので、今度こそ、尻もちをついてしまった。パイロットとしてはバランス感覚が悪すぎる、と小隊長たちが呆れた溜息をついたのも気づけない。気づく余裕などあるわけがない。支えてくれた腕の持ち主は押しも押されもせぬエース・パイロット“白狼”ことシン・マツナガ大尉だったのだから!
「おー、さすが、まっくん。有名人だねぇ♪」
「・・・・誰がまっくんだ」
「んじゃ、まっちゃん☆」
「──尚のこと悪いわっっ」
 まっ・・・・聞かなかったことにしよう;;; それより、
「あのぉ。お二人はお知り合いなのですか」
「んー? まぁな。いわゆる、同期とゆー奴だ」
「どっ、同期!?」
「なぜ、そこで驚く」
「いえ、あの・・・・」
 何て説明したものか。同期というからには多分、同い年──にはパッと見では信じられない。別に隊長に貫禄がないというわけではないが、マツナガ大尉にはありすぎる。何せ、
「まぁ、解らんでもないがな」
 隊長がニヤリと笑う。つい、腰が引けてしまう『肉食獣の笑み』という感じだ。
「しかし、お前。見事にダマされているぞ」
「ハ・・・何がですか?」
「こいつのヒゲ面に。実はなぁ、こいつはなぁ」
「!? おいっ、余計なことを──!!」
「ありがちな話だが、ヒゲ剃っちまうと、ムチャクチャ、童顔なんだ。この白狼殿はな〜」
「貴様・・・っ、言うに事欠いて!」
「事実だろうが」
 隊長の襟首を掴み上げたマツナガ大尉が一部ヒゲに隠れているが、顔を真赤にして、唸り声を上げる。この反応からして、どうも事実らしい。・・・・見てみたいような気がしないでもない。想像はとてもできないので──というか、やめた方が無難か。
 そんなマツナガ大尉は隊長を軽く突き放すと、俺なら竦み上がるような一瞥を向ける。ただし、当の隊長は平然としている。やはり、“白狼”とも肩を並べられる隠れたエース・パイロットなんだな。
「そんなことより、さっきの話だが──お前もいい加減に特別色を選んだら、どうだ」
「あー? だから、面倒だっての」
「自分で塗りかえるわけでもあるまいに。どうせ、上からも、やいの催促がきているのだろうが」
「きてますね。やいのやいのと煩いくらいに」
 口を挟んだ小隊長が肩を竦める。
「色如きに何で、そこまで騒ぐのかが理解できんよ。大体、宇宙空間での高速戦闘で、色の識別なんてできるわけないだろうが」
「解ってるくせに、よく言う。戦闘時の識別が問題なのではない。特別色を持つエースがいると示すためのものだ。それでこそ、敵に与えるプレッシャーも倍加する」
 珍しく隊長が小さく溜息をついた。パーソナル・カラーを自機に配するのは名誉なことだと思うが、そんなにイヤなんだろうか。色を決めるくらいは言うほどに面倒でもないだろうに。
「なら、テキトーにお前らで決めろよ」
 ムチャ言うなぁ。投げやりな隊長の態度の方が俺には理解できない。
「しかし、マジメな話、隊長にはどんな色が似合いますかね」
「そうだなぁ、ドンピッタシなのはやっぱり──」
「やっぱし──」
 『黒★』と小隊長と少尉の声が見事にハモる。マツナガ大尉までが吹き出した。同感だったらしい。案外、考えていることが表に出やすい人だ。尤も、笑ってる場合でもない。
 苦笑に紛らせているくせにミョ〜に冷たい、名無しの“エース”の視線を覚え、俺は顔を引きつらせたが、二人は笑い飛ばしている。
「でもまぁ、黒はもう使われてますからねぇ」
「黒い三連星、な」
 ルウム戦役で、敵の指揮官レビル将軍を捕らえた三人チームだ。
 俺はふと疑問を投げかける。
「あの、他に使われているのはダメなんですか」
 “赤い彗星”と“真紅の稲妻”なんて、同じではない! ・・・とはいえないとも思うし。
「パクっても、気にする人じゃないが、どうせなら、唯一無二の色にしたいじゃないか」
 そして、有名どころから次々と候補を消していく。ここにいるマツナガ大尉の白に始まり、赤(紅)・黒・青・・・・。
「ハデなところで、紫は?」
「ダメダメ、サビ家のプリンスが好きなんだよ」
「そうなんですか?」
 などと騒いでいる内に、他の仲間も寄ってきていた。夫々が知っているエース・カラーを上げていくと、銀や灰などの宇宙では明るめの色から、茶や紺といった沈みこむ色まで、案外、多岐に渡っていると判明。
「・・・・めぼしい色は使われちまってますね」
「だーから、さっさと選んどけばよかったのに」
「だーから、別に今のままでもいいとゆーとろうが」
 隊長が呆れ顔で突っこむ。そうかもしれないけど、せっかくだから、決めてほしい。俺たちの隊長が“エース”であるのは、やはり誇らしいことだから。
「こうなったら、ハデハデに黄色なんて、どうです?」
「いやいや、いっそのこと、ドハデに金ピカに塗りたぐったら?」
「──をひ、遊ぶなよな」
「テキトーに決めろ、と言ったはずだな」
 どことなく楽しそうなマツナガ大尉。隊長が言い返せないのが小気味いいのだろう。
「よぉ、新米。お前さんは何色がいいと思う」
「へ?」
 いきなり話を振られて、戸惑い、焦った。全く考えていなかった。
「え、えーと・・・あ、緑なんてのはどうでしょう」
 隊長に合う合わないとは関係なく、ふっと頭に浮かんだ色だったのだが──何でか、全員が夫々の表情で沈黙する。理由も解らず、俺は不安に駆られる。
 やがて、少尉がフーッと長い溜息をつき、俺の背後を指さしつつ、
「お前さん、あれは何色だ」
「え? ・・・あ、あれ??」
 振り向いた先にドンと佇立しているのは、ミドリの波。中隊のザク全機だったりする。デフォルトの緑の機体。単に見慣れているから、浮かんだのかもしれない。何にせよ、笑うしかない。それもとっても乾いた笑い。
「どうやら、今のままでよさそうだな」
「隊長〜」
「まぁ、部下のあったか〜い心づかいは参考にさせてもらうさ」
「そんな気ないくせに」
 だが、隊長が何やら思いついたらしく、意味深な笑みを浮かべたのには誰も気づかなかった。そう、数日後までは・・・ 。

文句あっか★ば〜いArk☆


 それを聞いたとき、俺たちは耳を疑った。
「パーソナル・カラーを決めた? あの隊長が?? 本当ですか???」
「あんなに面倒だ、何だと嫌がってたのに」
「まぁ、気まぐれな人だからな」
 ともかく、MS格納庫へと向かう。んが、
「・・・・それらしいの、ありませんよね」
「ん〜、あれが隊長の機体だ──が、変わった様子はないなぁ」
「また、担がれたのかねぇ」
 やりかねない。あの人は・・・。入隊し、日が経つにつれ、その辺も解ってきた。同様に話を聞きつけた他の小隊連中も三々五々、集まってきている。そして、似たような反応と会話が交わされていた。
「ほー、あれが奴のパーソナル・カラーか」
 中隊所属ではないパイロットの声。その主はマツナガ大尉だった。やはり、噂を耳にして、立ち寄ったのか? 意外と好奇心が強いのか、旧知の隊長を気にかけているのかもしれない。
「パーソナル・カラーといっても、前と変わってないんですけど」
「フ…ン、確かに、一見はな」
 意味深な言葉を聞いた全員が首を捻る。そこに、隊長が姿を見せた。
「あ、隊・・・」
「よぉ、緑のペテン師殿」
 ・・・・水を打ったような静けさ。ミ、ミドリノぺてんしぃ〜;;; 何じゃら、そりゃあ。
「おや、白狼殿。もう知ってるのか」
「全く、らしいといえば、この上なく、らしいが」
「煩く言うから、パーソナル・カラーも決めたんだ。文句ないだろうが」
 腕を組み、ふんぞり返る隊長。全員の視線が隊長機に向く。・・・・代わりばえのしない、緑の機体色にしか見えない。
「・・・・・・何を、決めたって?」
「全っ然! 変わってないじゃないですかぁ〜っ!!」
 何人かが美事なまでのハーモニーを興じてみせた。気持ちは解るよ。よ〜く解る。
「変わってるだろうが。ちゃんと、地球圏共通カラーコードで指定してまで、塗り直したんだぞ」
「って、言ったって・・・・」
 塗り直したのか、本当に? どー見ても前と同じだぞ。エースの搭乗機とは思われない、外見はフツーのザクそのもの。それでいて、機能《なかみ》は尋常ではないカスタム機なんだから、敵には絶対に回したくない。
「このビョ〜な色具合が判別らんのか」
「お前自身は判別できとるのか」
 冷静なマツナガ大尉のツッコミを隊長は完璧に無視した。・・・・できてないんだな、きっと。とは大尉のようには突っこめないけど。
「それはともかく、何なんですか。緑のペテン師とかってのは」
「二つ名。合ってるだろ」
 合いすぎだよ。やっぱり、口にはできないけど。ドキッパリと言っちゃった人もいたけど。
「いやぁ、それしかないって感じですね」
「ホント、卑怯でいいですねぇ」
「なぁ、いいだろう」
 そんなんで表面的にも和むなんて、うちの小隊って・・・。俺、ついていけないかも。
「どこまで、マジなんだろう」
 ボソッと呟くと、ポンと誰かが肩を叩いた。気の毒そうに慰め顔を向けてくれたのはマツナガ大尉だった。
「諦めろ。あれで、あいつは冗談は言わん。どんなに冗談としか聞こえなくても、むしろ、そうであって欲しいと願っても──どこまでも、果てしなく本気なんだ」
「・・・・・・そ、ですか」
 昔馴染みの“白狼”が断言するのだから、間違いないのだろう。まるで、慰めにもならないが。
 そんな『真面目』なペテン師が相手では──敵も堪ったもんじゃないだろうな、と少しばかり同情したくなる。
「エースがいようといまいと、戦場で気を抜けば、やられるのさ。我々とて、同じだ。せいぜい、反面教師にでもしていけよ」
 などと説教臭く言うけど、“緑”の顔をしたペテンに引っかかって、墜されるのでは浮かばれないよなぁ。あぁ、さっきから、どうもいかん。敵に同情するなんて、こんなの気の迷いだ。



 この日以降、上の方も含めて、誰も隊長に「パーソナル・カラーを決めろ」とはせっつかなくなり、中隊の人間は“緑のペテン師”なるフザケた異名は絶対に口にしなかった。ただ、他部隊の連中は面白がって、呼んでいた。
 やがては悲しいことに、敵である地球連邦軍にも飛び火したらしい。
 『パーソナル・カラーを持たないエース』として、隊長の名は連邦軍将兵に恐れられるようになった。むろん、“緑のペテン師”の名とともに・・・・。

《おわし^^》


 輝にはお珍しい『ジオン側』の話でした。それも幾らかギャグっぽく☆
 名無しさんばっかなのは2chの影響・・・ではない。ある意味、実験的な部分もありますかね。階級と立場、セリフ回しで、混乱しない程度に書けるかな? と☆(どうです?)
 『珍しジオン話』ですが、キャラでは既存のオリ・キャラも登場してます。判る人には判るでしょう、“緑のペテン師^^”こと中隊長です。初登場作品が『BSC』で『WBC3』にも顔を出しているので、うちではかなり古いキャラです。
 で、以前からも名無しで通してます。あえて、名前をつけなかったのが成功したので、今回も^^ 因に一部ではスノーに並ぶくらいに妙な気に入られ方をしてます。話の中ではブライトやシャアにも嫌われているのに^^;;;
 今回、名前のある唯一のキャラ、まっちゃん^^ことシン・マツナガ大尉はMSV出身キャラです。えのきさんに捧げましょう♪(相方?は出てないけど)

2002.09.16.

トップ 小説