曙  光


宇宙世紀0050年《ユニヴァーサル・センチュリー・ダブルオー・フィフティ》1月
ヨーロッパ某所にて、華やかなるパーティが催されていた
新年会《ニュー・イヤー・パーティ》と、何よりも
地球連邦政府樹立より、丁度、半世紀という節目の年を祝う記念パーティである



 シュウジ・ヤシマは前に立っている父と母に気付かれないように息をついた。どうも、こういう場は苦手だった。
 広い会場を多くの人々が忙しなく動いている。次から次へと相手を変えては、気のないくせに熱心な挨拶を交わしている。
 大したものだと半ばは感心してしまうほどだが、中でもヤシマ一家は集中攻撃(としか思えない挨拶)を受けていた。
 何しろ、ヤシマは現在、外に向けては最も顔が受けており、内に対しても多大な影響力を持つ連邦政府の政治家の一人だからである。要するに、御機嫌伺いに来ているわけだ。
 確かに全てに豪胆で決断力にも優れ、強力な統率力を示し、安定した政治手腕を誇る父であり、他人ならば尊敬するだけだが、シュウジはその後を嗣がなければならない身である。これはかなり、しんどい立場なのだ。
 今、このようなパーティの場にいるのも、今年二〇歳を迎えるともあって、ヤシマの後継者としての御披露目の意味もあるのだ。
 今後はこういう場にも度々、顔を出さねばならないのだろうが、どうにも慣れそうにない。慣れなければいけないのだと解ってもいるし、幾人かの同世代の集団に加わってもみたが、それだけだ。楽しくもないし、得るものとて殆どない。
 尤も、最初から別に楽しみを求めるような場でもないともいえようが……。

だが、そんな中で、彼に会ったのだ。

「ほぅ…、ミスター・ノア。これはお珍しい」
 シュウジは驚いた。父の声には明らかに純粋な親愛のニュアンスが含まれていたからだ。それこそが珍しいことだ。
 ……が、それが周囲の空気を変える。
 ノアと呼ばれた壮年の紳士(正にピッタリとくる!)はそんな気配を完璧に無視し、端正な会釈をした。
「御無沙汰をしておりました、ヤシマ閣下。この度はこのような盛大な記念的な催しにお招き頂きまして、光栄に存じます」
「それにしては、お見えになるのが随分と遅かったようですが」
 口を挟んだ男の口調には暗い翳が感じられる。
 だが、ノア氏は平然と受け流した。
「申し訳ありません。どうも、妻の体調が優れないものでして……」
 傍らの夫人は確かに気丈さを装ってはいるが、辛そうに見えた。
「それはいかんな。早く帰られて、休まれた方がいいのではないかな」
「えぇ、そのつもりです」
 さり気なく夫人を支えながら、紳士は満面笑みで答えたものだ。さすがに声を失い、一同は鼻白む。
 シュウジは思わず吹き出しそうになったが、辛うじて堪えた。それは父も同様だったらしく、肩が小さく揺れた。
 が、そんな中で殆ど表情を変えない者がいた。ノア氏の背後に控えている少年──シュウジより更に若い。いや、幼いというべきか。一五歳前後に見える少年は神妙な態度で、こちらを窺っている。
 少年が何者かを父が確認してみせた。
「そちらは御子息ですかな」
「はい、長男のカイルです。カイル、御挨拶なさい」
 ノア氏の促しに、だが、カイル少年は全身を強張らせたまま、頭を深々と下げただけだった。気後れしているのだろうか。
「これ。いや、とんだ無作法で申し訳ありません。このような格式ある場に出すのは初めてなものでして」
「いやいや、最初は誰でも気後れしてしまうものです。情けない話ですが、私も父に初めて引っ張り出された時はそれこそ、雲の上を歩いているような気分でした」
 あの父がそんなことを笑って言うとは!? 何とも、かなり意外な光景だ。
「しかし、噂には聞いておりますよ。中々の俊秀であると」
「そう誉めすぎないで下さい。若い内から、増長されては困りますから。まだまだ、無分別な子供です。閣下こそ、素晴らしい継嗣に恵まれたと評判ではありませんか。正しく後顧の憂いなし、というものでしょう」
 穏やかな視線を向けられ、たが、シュウジは息を詰めた。柔和な輝きに包まれた鋭利な“色”は確かにある。ただし、負の感情を伝えるものではなかった。
 口にした言葉は紛れもない本心と窺えるが、だからこそ、重みを伴って、後々まで記憶に残るのだった……。
「とんでもない。これも不勉強者に過ぎません。学ばねばならないことが山ほどある」
 不意に父は少々、悪戯小僧めいた笑みを浮かべた。何事かを思いついたらしいが、今日は父の意外な面に随分とお目にかかれるのに、今度は面食らっていた。これはノア氏の影響なんだろうか?
「しかし、そう……例えば将来、カイル君がこれを補佐してくれるようにでもなってくれれば、心強いのですが」
 取り巻きが石のようになり、警戒心を露にした。気付いていないはずはないが、二人は会話を続けている。
「如何です、ミスター・ノア。貴方もまだ、お若い。有望な御子息もいる。となれば、いよいよ、出馬とはなりませんかな?」
 本気半分、冗談半分といった口調だが、窺い見た父の目は真剣そのものだ。それだけ、この人物を買っているのだろう。だが、当の相手は軽快に笑い、手を振った。
「御評価頂き、恐縮ですが、生憎と私は根っからの商売人に過ぎません。お役に立つにしても、援助の申し出程度が精一杯です」
 シュウジも後で知るが、ノア家はイギリスに居を構える資本家である。堅実かつ時には豪胆な事業主として名を知られ、ノアの世話になっている地方政治家も少なくはない……そうだ。
 ヤシマは直接には関係はなく、昵懇というほどでもないが、その意味では非常に狭い世界である。況してや、この二人、シュウジが見たところ、妙に気が合いそうである。事実、そうなのだろう。
「これはまた、振られましたな。いや、残念だ」
 冗談に紛らわせながらも、満更戯れでもなさそうな気配が滲んでいる。少なくとも、ほんの思い付きではないようだ。
 そんなやり取りに、周囲の雰囲気も幾分は和らいだかに見えた。それでも、不可解な警戒は解かれていない。或いは畏れ、だろうか? この父が認める──とはそういう意味なのだ。
 それだけの力を父は持っている。当然ながら、そのような偉大な父の存在は若いシュウジには相当な重圧となってもいた。

 ……この会場でも、最少年であろう少年の口許が微かに、本当に微かに笑ったのには誰も気付かなかった。

☆      ★      ☆      ★      ☆


 宴酣《たけなわ》──パーティも時間とともに、挨拶回りも区切りがつき、少しは伸びやかな雰囲気が自由な会話の輪の中に生まれていた。
 そして、シュウジ・ヤシマも漸く、お務めから解放された。
 疲れを覚えた母は部屋に戻り、父は一人になれるはずがない。
「若い者は若い者同士で、楽しむと宜しかろう」
 云々との某氏のお言葉には脱力してしまった。
「仲人のつもりですかね。実は見合いをしていたとは知らなかったな」
 明らかに揶揄を含んだ明朗な声に振り返り、目を丸くする他ない。咄嗟に声の主と結びつかなかったのも仕方がない。
 初めて聞く声だったためもあるが、それは確か先刻までは緊張のあまりか、顔の筋肉さえ強張らせていたはずの少年のものだったからだ。
 ……が、少年には緊張の欠片どころか残滓すら見えない。首を回したり、胸を反らし、軽く伸びをしたりと体を解している。
 大人達が消えて、清々した、という素振りもありありだが、その実、緊張して見せていただけのような気がした。
 そういえば、ノア氏は父とは一緒ではなかった。先刻は取り巻きを揶揄っている気配さえあったが、一線は心得ているらしい。
 しかし、夫人共々その姿は見えず、少年は今、一人きりだった。
「あの、御両親は?」
「母をちょっと、休ませてから帰ることにしましたから、父は付き添ってます。せっかくだから、その間に腹ごしらえでもしておけって──あれ、食べても構いませんよね」
「あー、勿論……」
「それじゃ、遠慮なく♪」
 本当に遠慮の欠片もなく、少年は大して手もつけられずに、テーブルを埋め尽くしている料理を片っ端から皿に盛り上げていく。さすがに成長期である。
 半ば感心しながら、何となく脇で眺めていたところ、視線に気付いた少年は「あ、どうぞ」とニッコリ笑って、山盛りの皿を差し出してきた。
「ど、どうも有り難う」
 屈託のない笑顔につい、受け取ってしまったが──しまった、と思ったのも後の祭り。食べ盛り育ち盛りを過ぎているシュウジには些か、量が多すぎる。
 しかし、カイル少年は新たな皿に自分の分の料理を素晴らしい速さで盛っている。今更、返すわけにもいかないか。
 そして、食べる速さも素晴らしかった。
「こんなにあると、結構、残されたりするんでしょうね」
「そう、だね……」
 食べ盛りなど、疾うの昔、数十年以上も過去の客ばかりなのだから……。食べ残しがどうなるのかはシュウジも知らない。それでも、何となくは想像がついた。
「勿体ないなぁ。お土産に持って帰りたいくらいだ」
 などと言いながら、皿が空になることはない。次から次へと見ていて、気持ちがよくなるくらいの食べっぷりだ。尤も、余りに豪快なので、シュウジ自身は大して口にしてもいないのに食べた気になってしまう。証拠にシュウジの皿は殆ど減っていない。
 と、少年の手がグラスの一つに伸びる。
「!? ちょっ、ノア君!」
「うっまぁい♪ あ、カイルでいいですよ、ヤシマさん。何ですか?」
 淡い茶色の瞳が笑みを含んでいる。その“色”は父親そっくりだ。四、五歳は年下だと思うが、妙に年齢差を感じさせないのも、その大人びた視線のためだろうか?
「いや……それじゃ、僕もシュウジで構わないが──」
 さて、今更、何と言ったものか。大体、カイルも解っているはずだが、どうも楽しんでいる節がある。年下に遊ばれるのは幾分、おっとりとした性格のシュウジでも面白くはないはずだが。
「あー、ところで、カイル君。幾歳《いくつ》なんだい」
「一四です。誕生日は当分、先ですしね」
 この年代にありがちな高くサバを読んだりと、背伸びをしたがるような心理とは、この少年は無縁らしい。そのくせ、平気な顔で、アルコールを飲んでいるのだ。
「それなら、程々にした方がいいと思うよ。成長期なんだし」
「そうですね。明日からはそうしますよ」
 我ながら、妙な注意をしているが、少年の方が上手のようだ。
 だが、五歳年少の少年に半分、揶揄われていても、不思議と不愉快にはならない。随分とお得な性格ではないだろうか? ただし、それが誰に対しても有効とは限らないのをシュウジは失念していた。
 黒っぽい髪を掻き回したシュウジだが、何故か、苦笑が零れていた。気付いたカイルも無邪気そうに笑い返す。
 どうやら、父親達同様、息子達も意気投合したらしい。

「政界に出る気なんて、親父にはこれっぽっちもありませんよ」
「でも、うちの父は期待しているみたいだったけど? まぁ、危惧している方も多そうだったけど」
「それがうざったいんですよ。余計な気を回して、敵意剥き出しでしょう。まっ、解ってて、揶揄う親父も親父ですけどね。半分、遊んでるんですから」
 短時間で親しくなったものの、その会話内容は普通の一五前の少年と二〇前の青年のものとは遠いように思われる。
「あんまし度が過ぎると、商売取引なんかにも影響が出ると思うんですけどね。まぁ、あの親父がその辺の計算してないはずがないから、それこそ、余計な心配かな」
「ふぅん。それじゃ、君の代になってもかい?」
 何気ない質問だった。幾ら明敏でも、一四歳の少年に対する命題としては早すぎる。だが、
「政治ですか? 興味がないわけじゃありませんけどね……でも、どっちにしたって、俺は家は嗣ぎませんから」
「………………え?」
 余りにもさらりと言われたので、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

──家を継嗣がない!?

「あ、あの、でも、跡嗣ぎなんだろう」
「今はね。でも、長男が絶対に嗣がなきゃいけないってものでもないでしょう。才能がある奴の方が家のためにもなりますよ。だから、家は弟に任せます。あいつの方が向いてるみたいだし」
「弟さん、て……幾歳違い?」
「二歳《ふたつ》ですけど」
 どんな意味合いの問いなのか、とキョトンとした顔を向けてくる。この辺は年相応に見えるくせに……。大体、一二歳の弟にしても、向いているかなどと判断できるものなのか?
 それ以前に、後嗣は長兄(或いは地域によっては末弟)などとの傾向は、どこに行ってもあるものだ。能力重視を言い出したら、『お家騒動』に発展し、下手をすれば、家そのものが傷を負うのは必至だからだ。無用の争いを招かぬためにも、その前例を作らぬためにも、余程の問題が起こらぬ限りは定められた法則に則って、受け継がれていくものだ。
 ノア家というのは、その種の法則を外れた家なのだろうか、と漠然と思う。
「──それで、君はどうするつもりなんだい。その、将来は」
「宇宙に上がります」
「…………そ、ら? 宇宙かい?」
「えぇ、サイドのコロニーに。あ、でも、内緒にしといて下さいね、これ。まだ、誰にも話してないんですから」
 これも実は明確な返答を期待していなかったのだが、あっさりと即座に返ってきたのに驚きは隠せない。内容は無論だが、それは少年の中に疾うに確立された答えであると解ったからだ。
 カイル少年が多少は芝居がかった仕種で声を潜めたので、つられて、シュウジも声のトーンを落とした。
「お父さんにも?」
「とーんでもない! ……ま、案外、とっくに気付いているかもしれませんけどね」
 おどけたように身震いし、手を振ったが、ほんの半瞬ほど、真摯な表情が閃いて見えたような気がした。
 だが、再び皿に盛った料理の消化に取りかかり始めた食欲旺盛な姿は、当たり前の一四歳の少年にしか見えなかった。



出会いというものは、偶然だろうか、必然だろうか

ただ、間違いなく、ここで、この刻

──彼らは出会ったのだ……

その出会いが、未来に何を齎すかは──……

《了》

初出『SHORT!』 2002年8月9日発行


 とーちゃんズ物語。ブライト&ミライの父上方──カイル・ノア&シュウジ・ヤシマ若かりし頃のお話でした。実をいえば、輝版Gワールドを最も遡った物語『GENERATIONS』の序章でもあって、何度か書こうかとチャレンジしたものの、余りの壁の高さに挫折を繰り返したのでしたTT
 今もって、輝の知識と力量では太刀打ちできないネタだったと^^;;; でもって、辛うじて『始まりの物語』としての体裁だけを整えて、『SHORT!』に組み込んだのでした。……いや、マジに短いよねぇ。

2005.02.15.

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