『鋼殻のレギオス〜ファースト・ステップ』 (お礼SS No.43)

 自立型移動都市《レギオス》──恐るべき汚染獣の跋扈する世界に於ける人類の唯一の寄る辺。
 レギオスは汚染獣を避けながら、世界を放浪するが、それでも、遭遇してしまうこともある。その時、都市を守るのが武芸者たちだ。
 己が身に宿る剄《けい》を己が錬金鋼《ダイト》を介し、戦う力へと転化する。
 錬金鋼は武芸者が夫々に選んだ様々な形態を持つ。剣、刀、槍、銃などが一般的な中、彼のような武器を扱う者は珍しい。
 鋼糸──目にも見えないほどに細い錬金鋼の糸を操る姿は一見、空手にも見えるが、しかし、剄を纏わせた見えない糸はあらゆるモノを切り裂くのだ。武器らしい武器でもないのに、その威力は凄まじく、他の武芸者から見れば、どこまでも異様な存在だ。どの都市でも、近付く者も殆どなかった。
 尤も、それで困ることも全くなかったが。
 彼の戦いに他者は必要ない。求めたのはその戦いそのものであり、鋼糸の技を更に極めること──それしか、興味はなかった。
 だからこそ、この都市にやってきたのだ。都市そのものが戦いを求めるが如く、汚染獣と接触する“槍殻都市グレンダン”に──……。


 普通、何処の都市も外来者の出入りには神経質になるものだが、グレンダンに於いてはその限りではなかった。実力ある武芸者を一人でも多く受け入れたいという狙いがあるためだろうか。
 ただ、見極めをされる時間をある程度、要するのは、それだけグレンダンが過酷な環境にあるという証左だろうか。彼もグレンダンに入ったその日の内に、武芸者としての登録を済ませたが、汚染獣の来襲があっても、直ぐには迎撃隊に加わることを認められなかったのだ。それほどに畏れ、恐るべき相手なのだ。汚染獣とは……。
 大体、汚染獣との接触が多いといっても、数年に一、二回の他都市に比べてというだけで、別に毎日毎日、遭遇、戦っているわけではない。彼は武芸者による試合やらで、勝利を収め、その資格を得て、ひたすらに待った。
 そして、遂にグレンダンは汚染獣を『捉まえた』のだ。

 相手は複数の汚染獣の雄性体だった。彼にとってはそれでも、恐れるほどの敵ではなかったのだが、逃げるどころか、汚染獣の巣でも目指しているかのような噂通りの奇妙な都市だ。
 とはいえ、戦いを求める彼には願ったり叶ったりの舞台でもあった。
 鋼糸は満を持したかの如く、解き放たれ、獰猛なる巨体をも切り刻んでいった。
 ……この都市にいれば、尚、この技を研ぎ澄ませていくことができるかもしれない。
 そう確信した、その時だった。
「へぇ、大したものね。初めて見たわ。そんな錬金鋼の使い方。自分で考えたわけ?」
 余りに場違いな声に、彼はギョッとして、振り向いた。寸前まで、気配も感じなかった。鋼糸を扱っている時は剄も上がっている。鋼糸も目の代わりに情報を伝えるというのに!?
 眼前に立っていたのは、あどけない笑顔の少女……。十歳くらいだろうか。正しく場違いだ。いや、大体、都市外に出ているというのに、防護服すら着けていない。皮膚を焼くはずの汚染物質を物ともしていない……。それは、つまり!
〈剄で、身を護っているのか〉
 それは膨大な剄の持ち主であれば、不可能ではない。今は抑えているが、彼とて、本気を出せば、防護服なしでも、一定時間は都市外で活動できるのだ。
 つまり、この少女も──。
「ね、お兄さん。汚染獣も片付いちゃったみたいだし、ちょっと、遊んでよ」
「何?」
 疑問を発する間に、少女の姿が掻き消えた。半瞬後には重い衝撃を腹に食らった。
 少女の小柄な体から受けたとは信じられない威力だった。剄でもって、力を上乗せしているにしても!
 吹っ飛ばされても、自身の剄を高め、相手の動きを捉えようとする。だが、鋼糸は少女の存在を掴めずにいる。次の衝撃がきた。
「ガハッ」
 乾いた大地に叩き付けられるが、辛うじて、剄を防御に回し、衝撃を和らげることはできた。しかし、防御服がどこまで保つだろうか。

 遊んで、ではない。完璧に遊ばれている。
 だが、遊ばれっ放しというのは堪らない。一瞬、捉えた標的目掛けて、鋼糸を放つ。なのに、捕らえられない!? 更に一瞬後にはもう位置が掴めない。それどころか、
「本ト、不思議ね。これで、あんなに見事に切り刻めるなんてさ。何本あるの、これ」
 あるべからず光景だった。放った鋼糸の全てを掴むなど!? 剄を纏わせ、奔《はし》らせることで鋼糸は凶器となる。少女は素手で、その凶器を、ナイフを握っているのも同然なのだ。
 だが、柔らかい掌を傷付けることもないのは、少女の剄が彼のそれを上回っているからに他ならない。逆に少女は力任せに鋼糸を引いた。
 地に転がされながら、彼は屈辱に震えた。頭に血が上るという体験は初めてだった。怒りの余り、一気に剄を高め、掴まれていないもう一方の手から鋼糸を放つが──鋼糸は少女に届くことはなかった。
「しまった…!」
 一気に流れ込んだ自身の剄に耐え切れず、鋼糸が千切れ飛んだのだ。
 その隙を、少女も見逃さなかった。最後の一撃が顔面に入る。
「残念だったね、お兄さん。そんな柔な錬金鋼じゃなければ、この指の一本くらいは飛ばせたかもしれないのに」
 慰みにもならない言葉だ。さすがに抵抗する気力などなくなった。痛みすら、遠いものになっていた。
 こんな存在が、この世には在るのか、と。

「でも、ちょっとは楽しめたわ。もう退屈で仕方なかったの。アリガトね、お兄さん」
 どうやら、殺されることはないらしい。剄を高め、何とか体を起こすと、少女は目の前に立った。
 凄まじい剄が美しい。柄にもなく、彼は見惚れた。その力の在り様に……。
 そんな彼を、「この都市に留まりなさいな」と少女は誘った。
「──付き合ってくれたら、お兄さんに相応しい戦場と錬金鋼を用意してあげる」
 考えるまでもなく、彼は了承した。戦いを得られるのなら、それでいい。今までのように騙し騙しではなく、全力を出せる錬金鋼があるのなら、手にしたい。

 何より、認めたくないことではあるが──目の前の少女の輝きに魅せられたのかもしれない。


「あ、ね、お兄さん。名前は? わたしはアルシェイラよ。アルシェイラ・アルモニス」
 それが最近、即位したばかりのグレンダン女王の名であるという程度は新参者でも知っていたが、特に驚きはしなかった。そうでもなければ、あの凄まじい剄を、しかも、完璧に制御しているのだ。他に答えがあるはずがない。
「……リンテンスだ。リンテンス・ハーデン」
「ふーん、じゃ、リンって、呼ぶね」
「………………」
 面倒がって、却下しなかったことを、後々まで彼──リンテンスは後悔することになる。
 尤も、却下したところで、受理されたかは怪しいものでもあったが。





『鋼殻のレギオス〜セカンド・ステージ』 (お礼SS No.44)

 歓声に包まれる闘技場の中心だけが別世界だった。ジリジリと高まる緊迫感は「始め!」のコールによって、弾けた。
 男は手にした錬金鋼を構えつつ、復元させる──はずだった。
「レスト……!?」

 ピシッ… 

 その瞬間、空気までもが切り裂かれたようだった。
 手の中の錬金鋼は武器としての形を取ることなく、バラバラと切断され、足元に転がった。呆然と立ち竦む男は動きを取れなかった。
 己が武器を瞬時に破壊されたためもあるが、見えない力に拘束されたようで、動けなかったのだ。下手に抵抗すれば、次には己が錬金鋼と同じように我が身が切断されかねなかったからだ。

 観客たちはどよめき、沸き上がるが、影では溜息が漏れる。
「くそっ! また、あいつか」
「まぁ、順当か。出てきてからっていうもの、全戦全勝だしな」
「これじゃ、賭けにならねぇよ」
 圧倒的な勝利を収めた男は当然のような顔で引っ込んだ。
「また、あいつが優勝を攫っていくのか」
「いや、次の相手は銃衝剄の使い手、しかも抜撃ちの名手だぜ。さすがに、あの鋼糸では防げないんじゃないか」
 試合では銃使いは実弾は使えないが、衝剄を弾のように撃てるので、問題ではない。でなければ、そもそも、試合にならない。
 だからこその期待でもあるが、それが希望的観測に過ぎないことを、彼らも承知していた。だが、結果の判りきった試合ほど、つまらないものはない。何より、賭けが成立しない。
 勿論、試合そのものは正規のものだが、裏では半ば、公然と賭けが行われている。

 勝者となっても高揚も見せず、無表情で押し通す男、リンテンス・ハーデン──彼が初めて、このグレンダンの武芸者試合に現れた時、誰もが笑った。試合開始前に公表された情報によれば、彼の武器は鋼糸とされていたからだ。
 錬金鋼を鋼糸などに成して、戦う武芸者なぞ、聞いたことがない。鋼糸そのものは古くより存在する武器ではあるが、所謂、暗器の類なのだ。元来、補助として使うものなのに、現在の剄という力を持つ武芸者の戦いで、主要武器になり得るとは誰も思わなかった。
 リンテンスはグレンダンが如何なる都市か知らないのではないか。幾つかの都市を流れてきたようだが、よほど、温い戦いしか経験していないのではないか、などと軽んじ、笑ったのだ。
 ……そう、彼の戦いを見るまでは。

 影で何を言われようと、リンテンスは気にする様子もなく──全てをただの一戦で覆してしまったのだ。
 彼の操る鋼糸は一本きりではなかった。無数ともいえる錬金鋼の糸を自在に操り、初撃で相手の錬金鋼を切断してのけると、武器を失った相手を絡め取り、動きを封じた。
 鋼糸は剄の量を調節することで、相手を傷付けることなく、拘束することができるかと思えば、ただの鉄の塊ではない錬金鋼を易々と細切れにしてしまうのだ。
 そして、試合に顔を出せば、全戦全勝。危なげもないどころか、毎回、十秒以内でケリを着けてしまっている。必勝の男などと呼ばれているが、出場すれば必ず勝つのでは賭けなぞ成り立たない。つまり、つまらない、ということだ。
 そして、一部では期待された次の組み合わせ、銃の使い手との戦いでも──蓋を開けてみれば、呆気なく終わった。当然の如く、リンテンスの勝利で……。

 「始め」のコールがかかるや否や、銃使いは噂通りの見事な抜撃ちを見せた。
 その初弾を交わし、体勢を崩したリンテンスを更に連射された衝剄が襲う。
 これは決まるか、大番狂わせかと観客は湧いたが、次の瞬間、リンテンスの眼前で、衝剄すらも弾け飛んだ。
 リンテンスの前に、彼を護るような仄かな輝きがキラキラと浮遊している。目には見えないほどの鋼糸に剄が奔ることで、時折、視認することも叶う。つまり、それは──……、
「……鋼糸を、盾状に?」
 それこそ、縦横無尽に絡み合わせ、剄を奔らせ、結界のような役割を持たせた正しく盾だった。そんなことまで、可能だとは!?
 試合とはいえ、これも戦い。その最中、自失することがどれほど、危険で愚かしいことであるか。
 リンテンスの左手が動く。静かに見えない凶器が宙を走る。
 意志に逆らい、四肢があらぬ方向に引っ張られる。次には手にした錬金鋼が銃身から両断された。
「──!?」
 この身を絡め取りながら、同時に同じ鋼糸で、錬金鋼まで切断する。剄のコントロールに優れていなければ、できない芸当だ。それはつまり、その気になれば、この身も瞬時に切り刻めるということに他ならない。
 その想像は猛者であるはずの武芸者ですら震え上がらせ、身を竦ませた。いや、寧ろ、観客たちよりも武芸者の方が、その恐ろしさを実感するだろう。

 結局、この大会もリンテンスは無敗のまま終えた。尤も、記録更新など興味もなく、優勝とて、目的のための一過程に過ぎない。
 相変わらず、笑顔の一つも見せない彼に、
「本ト、つまんねぇよな」
 大穴狙いを狙ったらしい観客が毒づいたものだ。
 ただし、表面上はどうあれ、リンテンスはそれなりに満足はしていた。一過程に過ぎないが、勝利は確実に目指すものに一歩、彼を近付けた。
 一つ一つの勝利の積み重ね──それが何よりも重要なのだ。





『鋼殻のレギオス〜期間限定ホワイトディ?編』 (お礼SS No.46)

「リン、あんた、私に渡すものはないの」
 いきなり押しかけてくるのは何時ものことだが、こんな問いが飛び出したのは初めてだ。リンテンスは胡乱な目付きで、押しかけ女王を見遣った。
「何のことだ」
「何の? 忘れっぽいわね。もう年? 丁度一ヶ月前、バンアレン・ディにお菓子あげたでしょ。それも手作りの! 今日はそのお返しの日よ」
「……ぐっ」
 いやぁ〜な汗が吹き出してきた。鋼糸でバラバラに刻んで、ゴミ箱に放り込んだはずの記憶が甦ってきた。
「アレのどこが菓子だ。怪しげなモンを無理矢理、食わせやがって。後が大変だったんだぞ」

 (気になる)異性に菓子を贈るとかいう何処ぞの都市の風習を聞きつけたアルシェイラが手作り菓子とやら?をリンテンスに食え、と強要したのが一ヶ月前。
 無論、断固拒絶したら、何と実力行使に出やがった。天剣授受者でも最強と、名を上げられるリンテンスを実力で黙らせられるのは唯一、女王たるアルシェイラだけだ。
 そして、その怪しげな代物は何と、天剣授受者の剄脈を狂わせたのだ、並の剄脈加速薬など効かないはずの天剣授受者だが、アルシェイラの手作り菓子とやらは何を配合したのか、医療師や錬金術師も仰天なことをしてのけた。
 剄脈が影響を受け、コントロールが酷く不安定になったのだ。武芸者にとっての剄脈は急所に等しく、余りに大きな打撃を被ると、機能不全を起こし、死亡する場合もあるというのに!
 だが、アルシェイラはあっけらかんとしている。
「何言ってんのよ。お陰で、その後の汚染獣戦だって、楽勝だったでしょうが」
「んなもんなくても、楽勝だ。大体、力を出せばいいってもんじゃないだろうが」
 そも、天剣授受者が出るような戦いは対汚染獣戦でも単独が原則なので、他の武芸者などに被害が出るわけでもなかったが、鋼糸から発する剄が強すぎる余り、汚染獣ばかりか、大地まで相当に、抉ったので、グレンダンが針路変更したほどだった;;;
 とはいえ、アルシェイラが恐れ入るはずもなく、寧ろ踏ん反り返っている。
「何でもいいわよ。とにかく、お返ししなさいよ」
「……大体、強要するようなものなのか。イベントに参加しないと損した気になるとか、訳の解らん理由で、俺を巻き込むな」
「いいじゃない。どうせ、王宮との行き来以外はこんなトコに籠もってるばっかなんだから。たまには外の空気を吸わないと根が生えちゃうわよ」
 ……力ばかりか、口で敵うはずもない。
 結局、リンテンスは引っ張り出され、昼食を奢らされた。



 『鋼殻のレギオス』拍手纏めです。主役そっちのけで、グレンダン・コンビ?にばかり、関心が……。最新刊でも、本当にコンビとしか思えない活躍ぶりに大満足☆ いや、その分、主役が気の毒すぎましたが……相手が悪いよ;;;
 とりあえず、グレンダン・コンビ──アルシェイラとリンテンスの出会い捏造と。最新刊で、きっちり書かれましたからね。ギリギリで先に書いといて、良かった♪
 原作では都市外ではなく、外縁部。だから、防護服もナシ。だから、鼻血……。その辺は輝版ではカット★つーことで^^

2009.04.02.

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