私 服 「なぁ、ガラン。リトスの奴。いっつも同じ服、着てねーか」 「おや。アイオリア様も少しはそういったことにも気が回るようになられたのですね。いや、感心感心」 「うっせェぞ、ガラン。んなコトより、リトスだよ」 「そうですね。確かに服の持ち合わせは少ないようですね」 最近、獅子宮の従者に召抱えられたリトスだが、父も家も失い、身一つで転がり込んだようなものだ。それに従者としての服は質素なものと決められて、多少は与えられている。ちゃんと着回してはいるが、同じデザインのものであれば、アイオリアの目には『いつも同じ』と映っても仕方がない。 「んなら、買ってやれよ。宮の財布から出してやりゃ、幾らでも」 「幾らでもというわけにはいきませんよ」 その財布を握るガランが呆れたように言ったが、全っ然、気にした様子はない。 「ケチなコト言うなよ。宮付きの従者がいっつも同じよーな、みすぼらしい風体《ナリ》してたら、沽券に関わるんだろう?」 俺は別に気にしないけど、と付け加えるアイオリアは凡そ、聖域の名誉やら黄金聖闘士の面子やらに拘る質ではない。 「まぁ、しかし、幾らかは余裕がありますから……。そうですね。次の休みにでも買いに出ましょうか」 やりくり上手のガランにアイオリアは完全に宮の運営を任せてある。彼が大丈夫といえば、大丈夫なのだ。 「そうしてくれ。もちっと華のある明るい服にしてやれよ。ちゃんと可愛い女の子に見えるよーにさ。そーだ。色つけて、ついでにアクセサリーなんかも──」
初対面から暫くは男の子だとばかり思っていて、うっかり一緒に風呂にまで入りかけてしまったアイオリアの言葉には苦笑する。構いたがりな、世話好きなお兄ちゃんのようでもある。 「それなら、アイオリア様も御一緒しませんか」 「はぁ?」 「リトスに服を見てあげて下さい」 アイオリアが顔を歪めて、手を振る。 「いーよ。つか、俺に服なんて、解るかよ」 「それでもいいじゃないですか。きっと、リトスも喜びますよ」 「リトスの好きな服にしてやればいいだろ」 「ですが、あのリトスのことですから、遠慮してしまうんじゃないですか?」 確かに、それはあり得そうだ。 「アイオリア様からのプレゼントということにすれば──」 「んなら、ガランでもいいだろ。俺は行かない」 こうなると、主は本当に頑なだ。ガランは少しだけ表情を曇らせる。実をいえば、他にも目論見があったわけで──。 「そうですか……。でも、アイオリア様もそろそろ、新しい服を──」 「俺のはいいの。まだ着られっから」 「……裾下ろししてですか」 「悪いかよ」 「いえ…。ですが、獅子座の黄金聖闘士とともあろう御人が、チマチマと針仕事など」 「お前に迷惑かけてるわけでもないだろ。それに──」 背を向けてしまったのは陰りを帯びた顔を見せたくなかったからだろうか。 「知ってるだろ。俺は自分のコトで、聖域の金はなるべく使いたくねェんだよ」 そう知っていた。聖域《サンクチュアリ》に、獅子座の黄金聖闘士としては必要とされ、此処に在るしかないアイオリアは、だが、個人としては聖域中から忌み嫌われた存在なのだ。それも彼個人の過ち故でもなく、唯一点に於いて──『謀反人射手座のアイオロスの実弟』であるという所以のみにより…。 だから、アイオリアは必要以上に、いや、必要なことですら、獅子宮の財には手をつけようとはしなかった。 ガランが最低限のことにだけは回しているが、それさえも時には良い顔をしないのだから。 「まっ、俺のことはいいから、二人で気晴らしがてらに行ってこいよ」 そんなアイオリアに仕える従者もまた、ガランとリトスの二人しかいない。リトスが最近、宮に入るまでは全てをガラン一人で勤め上げていた。 『禁忌の獅子宮』とまで呼ばれ、そこに仕える従者までが白い目で見られるのだ。 だが、アイオリアが受けてきた──そして、これからも受け続けるだろう苦難を思えば、従者達に向けられる中傷なぞ、如何ほどのことか。 それはともかくとして、 「アイオリア様も頑固だからなぁ」 ついつい、フゥと嘆息する。だからといって、アイオリアが折れてくれるわけでもないのだが。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
「ガランさん。食料の手配が済みました」 まだまだ幼いといっても、差し支えのない少女が駆け寄ってきた。 「御苦労様。リトスが色々と請け負ってくれるようになって、私も本当に助かっているよ」 「いいえ。私なんて、まだまだです。もっともっと、色々と教えて下さい。私、アイオリア様のお役に立てるようになりたいんです」 「……リトスは十分に、アイオリア様の役に立っていると思うよ」 リトスが来てから、獅子宮の雰囲気は別世界の如く明るくなった。普通の年相応の少年のようなアイオリアの笑顔など、ガランでさえ、何年も見ていなかったものだ。 だから、これは感謝の標でもある。 「それじゃ、リトス。次に行きましょうか」 「ハイ! 今度は何の買い出しですか?」
何も知らないリトスは、ブティックとやらに初めて連れて行かれ、 「キャー、可愛い〜☆」 「本ト、お人形さんみたーい」 「勿体ないわぁ。あんな、男の子みたいな格好をしてたなんて」 「でも、ボーイッシュなのも合わせてみたら、いいんじゃない?」 「じゃ、今度はコレコレ」 などと店員に囲まれ、着せ替え人形宜しく、遊ばれた☆ 「ガ、ガランさん。こんなの私には──」 「中々、似合っていますよ。リトス」 「で、でも、スッゴく高そうだし……私には、とても買えません」 「それほどでもありませんよ。それに、今日は支払いの心配はしなくても大丈夫ですよ」 そこで、初めて『獅子宮の財務から出される』のだと知ったリトスが「そんなわけにはいかない」と慌てたのは言うまでもない。 「大袈裟に考えないでもいいんですよ。これはね、日頃、よく働いてくれるリトスへの御褒美なんですから。アイオリア様からのね」 「アイオリア様が?」 アイオリアにはそういう気分はないかもしれないが、「女の子らしい可愛い服を選べ」と、そう言ったのは間違いない。 逆にリトスは少し顔を赤らめた。獅子宮に来たばかりの頃の自分は本当に無頓着すぎた。アイオリアが男の子だと思い込んでいたのも仕方がないほどだった。さすがに今、思い返すのは恥ずかしい。 「さぁ、どれがいい? どれも似合っているよ。好きなものを選んで。そうだね。とりあえずは二、三着くらい」 「そんなにして貰ったら、申し訳が」 とはいえ、従者の仕事としてはアテナ市街に出る機会《こと》も多い。聖域の者だと悟られぬような普段着は必要だった。今日も今日とて、男の子のような格好だが、毎度これというのも、どうかとは思う。 「じゃ、じゃあ…、今着ているのと、これと…これ、をお願いします」 消え入りそうな声で選ぶと、嬉しそうに笑んだ年長の従者が店員を振り向いた。 「では、これに合いそうなアクセサリーも適当に見繕って下さい」 「ガ、ガランさん!?」 黄色い声を上げる定員に囲まれ、着せ替え人形はまだ続く。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
「つ、疲れた」 包みを、それでも、大事そうに抱えている。何しろ、これはアイオリア様とガランさんからの御褒美なのだ。従者としての役目はリトスの『仕事』なのだから、本当ならば、果たしたところで、当然のはずなのだ。 支払いを済ませてきたガランを窺い見る。 「あ、あのぉ。幾らぐらいだったんですか?」 「ん? まぁ、そこそこ。機密費で十分に賄える程度だよ」 「機密費!? それ、手をつけちゃ、マズいんじゃ──」 「大丈夫。名前は大袈裟だけど、要はいざという時のためのヘソクリだからね。獅子宮《うち》は他が質素もいいところなので、結構、浮くんだよ。で、残金は機密費にプールしてあるんだけど、これが中々、大した額でね」 たまには使わないと、金も腐るよ、と笑う。…笑うところ? 「ガランさんは、服とかは……」 「私は適当に持っているから、リトスほど、急を要するわけでもないよ」 「……私って、そんなに?」 「いや、まぁ……。落ち込むほどでは。普段着の持ち合わせが少ないといえば、アイオリア様も人のことは全く言えないしね」 今回も序でに、と目論んだのだが、あえなく撃退された。 「買う時は大き目の服を買って、裾やら丈やらを詰めて、着ているんだよ。伸びてきたら、戻して──」 「え? 裾上げとか裾下ろしとかするんですか? ガランさん、大変なんじゃ」 「……いや、私がやるわけじゃ。アイオリア様は御自分でなさるよ。針仕事」 「…………;;; えぇーーっ!? あっ、あのっ、アイオリア様が!!? 針仕事〜〜っっ」 声が裏っ返るのも無理はないか。行き交う人々の好奇の目が向けられるが気にしてはいられない。
ガランはフゥと心から嘆息する。 「そうなんだよ。あれで意外と手先が器用でね。チマチマと」 リトスはもう驚く以外に、どんなリアクションをしてよいものやら見当もつかない。 「しかし、これからはアイオリア様も本格的な成長期に入るだろうし……。そんなものでは追いつかなくなるだろうなぁ」 アイオリアは今、十四歳。これまでは他の黄金聖闘士に比べると、成長が遅い方だったが、急に伸び始めても不思議ではない。何といっても、彼の兄も年齢の割には相当に良い体格をしていた。ならば、同じ血を享けたアイオリアも……。 ふと、ガランは遠い目をしたが、リトスには気付けなかった。 「そうなったら、さすがに諦めるんじゃないんですか。……ガランさん?」 「あぁ…、かもね。でも、諦めないかもしれない。何しろ、頑固だから」 何となく、納得はできるリトスだが、首を捻る。 「どうして、そこまで嫌がるんでしょう」 「獅子宮の財務といっても、聖域から出ている管理費だからね。詰まるところ、できるだけ聖域の世話にはなりたくない、ということだよ」 その辺の事情は獅子宮に入ってから、リトスも多少は知ることになった。アイオリアの兄が女神《アテナ》への謀反人だという……。 だが、アイオリアと接し、アイオリアを知るほどに、その彼を育て、鍛えた師でもあったというその兄が、悪鬼の如き謀反人だとは想像ができなかった。 ただ、その件に関してはリトスは部外者もいいところだ。アイオリアはリトスを「妹」と呼んでくれるが、といっても、まだ踏み越えていい境界ではないと感じていた。 「でしたら、買ったもの勝ちというのは?」 「それは前に試したことあるけどね」 アイオリアの返答は「返してこい」と一言だけ。返さずにいても、絶対に着てくれない。だから、一度で懲りた。 「他に良い方法があればいいんですけどね」 包みをしっかりと抱えて、考え込むリトスを見遣り──ふと閃くものがあった。 「あぁ…、そうか。一度しか使えないかもしれないけど」 「ガランさん?」 「いい手があった」 ニッコリと笑うと、リトスがキョトンと見返してきた。
夕刻、獅子宮のたった二人の従者は聖域は十二宮へと戻った。階段を登るリトスは少しだけ緊張している。 「ガランさん。本当に上手くいきますかね」 「大丈夫。それはリトスから、渡して下さいね」 第五宮『獅子宮』──主は丁度、風呂から出てきたところだった。朱に染めていた髪の色が地毛の金色に戻っている。 「よぉ、お帰り──」 「只今、戻りました。御自分で、風呂の用意をされたのですか」 「あぁ。汗かいちまったから、テキトーに」 「申しわけありません。お手数をおかけして」 「んなコトくらい、いいっての。俺は何にもできないプーじゃないんだぜ。お、リトス。ちゃんと服買ってきたか」 「ハ、ハイ。アイオリア様、有り難うございます」 「俺は何もしてないだろ。後で着たとこ、見せろよ。女の子に見えるよーになったか」 「アイオリア様…!」 本人に面と向かって言うには失礼すぎるだろーが、とりあえず、会話は弾んでいる。しかし、リトスにすれば、どうもタイミングが合わない。 目でガランに助けを求めるが、「頑張れ」と目での応援しかしてこない。当てにするのは諦めて、心を決める。んで、突撃^^;
「あ、あの、アイオリア様!」 「うおっ! って、何だよ、リトス。ビックリすんじゃ」 「ス、スミマセン。じゃなくて、あのっ、これを──」 「何だ?」 差し出されたのはリトスが大事そうに抱えていた包みの一つだ。 「アイオリア様に、その…、服を」 「はぁ? おい、ガラン。俺のはいらないって、言っただろうが」 「知りませんよ。というか、ちゃんとリトスの話を聞いてあげて下さい」 静かだが、強い口調と妙な気迫に圧され、アイオリアはリトスを見返す。 その視線を受けて、リトスも深呼吸をする。 「あの…。私、この前、初めてお給金を頂いたんです」 「へぇ? そうなのか」 だから、何だ、という顔をするアイオリアに、もう一度、深呼吸。 「そ、それで、アイオリア様にお礼をしたくて──だから、お礼に服を……」 「お前な……寄越せよ」 何かを言いかけて、盛大に溜息を吐き出し、リトスが差し出した包みを引ったくるように奪うと、あっという間に包みを解く。流行などは知らぬが、ガランが一緒だったのだから、きっとイイセンいっているに違いない。アイオリア自身はまーったくといって良いほどに、外見なぞには拘らないが。 とはいえ、可愛い『妹』もできたことだ。どうせなら、格好好い『兄貴』でいたいものだと思い直す。それに、 「フーン。初めての給金でねぇ」 繁々と二人だけの従者を見遣る。どう低く見積もっても、リトスの給金一月分で済むような代物には思えなかった。……が、 ニッコリと……二人の従者が面食らうほどの満面の笑顔を浮かべると、リトスの髪をクシャクシャに掻き回す。 「サンキューな、リトス。大事に着ッからな」 「ハ…、ハイッ!!」 少し離れた所で、ガランが軽く息をつき、フワリと笑んだ。 「んじゃ、夕飯の準備、頼むな。俺もー、ハラ減ってさぁ。目ェ回りそうだぜ」 「ハイッ、直ぐに!」 軽やかに駆けていく。アイオリアが受け取ってくれて、安心した上に喜ぶ気分のままに……。 その姿が見えなくなると、こちらを見返しもせずに、 「ガラン、今日だけだからな」 「アイオリア様…。ですが、そろそろ成長期ですよ。仕方がないと割り切って下さいませんか」 「フン…。なら、成長止めてやる」 「馬鹿なことを仰らないで下さい」 どこまでも天邪鬼な主に、またもや嘆息する。 「とにかく、それは受け取って下さるのですね」 「妹の心遣いを無下にはできねェだろ」 口は悪いが、それでも、嬉しそうだった。アイオリアがガラン以外の誰かに何かを贈られるのも又、酷く久し振りのことだったからだ。 先刻の満面の笑顔にしても、カランとて久々に見たのがその証だった。 クシュン…ッ アイオリアのクシャミにガランはハッとする。風呂上りのアイオリアは上半身は裸で、タオルを肩に引っかけているだけだ。 「いつまでも、そんな格好でいないで下さい」 「そうだな。まーた髪、染めなくっちゃなー。あ、染料、買ってきてくれたか?」 何となく、聖域にはそぐわないようなスプレー缶を手に、風呂場に戻っていく。 些か面倒がっているのは確かだが、アイオリアはその見事な金髪を常に鮮血の如き朱に染め抜いている。 衣服を纏うように…… 別の姿にと擬態するように…… だが、 「魂の輝きまで、染め変えることはできないな」 日ごと似てくるの容貌や雰囲気だけではない。あの射手座の高潔な魂は、確かに若き獅子に受け継がれているのだ。
完全な『エピソードG』物でした。つーか、元々の『星矢』の聖域で『私服』といわれても、全然ピンとこないもので、アテネの人々に密かに協力者がいる『エピG』でと。 この『エピG』はねぇ。衝撃でしたねぇ。たまたま、掲載誌の創刊号を手にして、その巻頭カラーだった覚えが。『聖闘士聖矢』とは銘打ってあるのに、明らかに『車田先生画』ではないので、「今流行の派生作品かなー」などと思いながら、読んでいたら……いきなし、少年漫画誌なのに少女漫画チックな『黙っていれば女の子な、デカ目の少年』が『獅子座のアイオリア』とか名乗ったもんだから……!? 「え゛★」とか本屋で声上げたよーな覚えも……^^;;; 「…………アイオリア!? あれ、アイオリアって、あれーっ!? こんな女の子っぽくはなかったよーな」 それどころか誰よりも『所謂、男らしい』感じだったよな!? オマケに、次号以降のアイオリアと黄金聖闘士全てとの険悪な関係やら、無茶苦茶な口の悪さやら──衝撃以外の何物でもありませんでしたね。……もう、慣れたけど★ しかし、古の神々と対決し、何れは誰一人欠けることなく勝利するはずの黄金聖闘士に勝ってしまった聖矢(アイオリアに負けじと女の子みたいだった^^; 二十歳のエピ・リアも美人さんだったな〜☆)たちは……何なの??? とはいえ、エピ・リアが車田アイオリアに繋がるとは到底、思えん★
2007.04.11. |