初めてのおつかい


「……よしっ」
 人馬宮の前に佇む人影が一大決心をしたかのように頷いた。そして、人馬宮へと立ち入る。
〈えっと…、通過を請うんじゃなくて、教皇宮からの使者なんだから──〉
 頭の中で、告げるべきことを必死に整理していると、あっという間に居住エリアへの扉の前に着いてしまった。
〈あれ? でも、最初に立ち入る時はやっぱり許可を請わなければいけなかったかな。えっと、今からでも大丈夫かな〉
 整理するどころか、混乱し始めてしまったようだ。それも仕方がない。何しろ──。
〈と、とにかく! アイオロスに、これを直接お渡しする。それが肝心〉
 一度深呼吸をして、主を呼ばわる。
「あ、あの、アイオロス様! 教皇宮からの使いで参りました。お開き頂けませんか」
 些か、たどたどしい口上を唱える声は何とも愛らしいもの。発したのは三、四歳と見ゆる幼子だった。
 とりあえず、口上を述べた幼子は、その小さな胸をドキドキさせ、扉が開くのを待った。
 口上は本当に、今ので良かっただろうか?
 アイオロスに渡すべき書類を収めた袋を抱え込み、待つ時間は酷く長く感じられたが、実際にはホンの一分ほどだったろう。

ガチャン…

 重そうに扉が軋みを上げながら、開き始めた。
「アイオロス、様。あの──!!」
 扉の向こうに最近、やっと感知できるようになってきた小宇宙を感じる。それでも、知っている者でなければ、まだ判別は難しいが。だが、これはアイオロスに違いない。
 だが、扉が開ききった時、幼子は続けるべき言葉を飲み込んだ。

「なぁに?」
 返ってきたのはトントンな舌足らずな口調。アイオロスだと思い、見上げていた先には誰もおらず、声に引かれて、目線を下げると、同じくらいのところで目が合った。
〈……天使?〉
 フワフワの柔らかそうな金の巻き毛に透き通った翠の宝石のような瞳…。
 少し前に、神学の授業で学んだ存在。愛の神エロスがキリスト教に取り入れられ、神と人とを繋ぐ使者へと変じた『天使』そのものに思えた。
 つまり、出迎えた相手も、自分と変わらぬ幼子だったのだ。

「……だぁれ?」
 微かに首を傾げ、尋ねられ、我に返る。
 羽があっても不思議ではないが、本当に天使なわけがない。しかし、何故、人馬宮にこんな『女の子』がいるのだろう? 予備知識もなく、混乱してしまった。
「え…、っと。あの、シオン様からアイオロスにお渡しするように言われたものがあって」
 気をつけて、様付けで呼んでいたのに、見事に吹っ飛んでいた。
 だが、相手は特に意に介さなかったようだ。とにかく、十二宮の宮に独りでいるのだから、相応の者であることは間違いない。それは数瞬の差はあっても、互いに気付いたことだった。

「シオン様って?」
「あ…」
 しまった。師のお名前はくれぐれも他の者には明かさないようにと、普段から注意されていたのに──慌てて、口を滑らせてしまったが、もう遅い。
 どうしよう。困り果て、更に混乱に拍車がかかり──遂には泣きそうになってしまう。
 目に涙を溜め始めたのに、女の子も慌てた。
「大丈夫? あ、もしかして、シオン様って、教皇様のこと? さっき、教皇宮からの使いって言ってたし」
 ブワッ… 堪えきれずに涙が溢れ出た。
「えっと。ねっ、大丈夫だよ。あっ、知らないから。何にも聞かなかったからさ」
 思いがけない言葉に顔を上げると、弾みで涙が頬を伝った。
「……本当?」
「うん。言っちゃ、いけなかったんでしょ。だったら、ボクなーんにも聞かなかったよ。うん、知らない」
 ゴシゴシと涙を擦る。その約束がどの程度、当てになるかなど、分かったものではないが、とりあえず、安心したので、落ち着いてきた。
 すると、使いのことを思い出す。
「あの、アイオロス…様は?」
「兄ちゃんなら、今いないよ。修練に出てるから」
 またしても、思わぬ言葉にマジマジと女の子を見直す。気付いてみれば、髪の色も瞳の色も、殆どアイオロスと同じで、顔も何となく似ていた。
〈アイオロスって、妹もいたんだぁ〉
 初耳だったので、本当に驚いた。弟がいるとは聞いていたのに……。

『その内、会わせるから、弟と仲良くしてくれ』

 なのに何故、妹もいることは教えてくれなかったのだろう。不思議ではあったけど、といって、大して疑うこともなかった。弟の方はアイオロス一緒に出ているのかとストンと納得してしまったほどだ。傍から見れば、何とも都合良く解釈しているのが笑えるのだが。
「いつ帰ってくるの」
「昼には一度、一緒にご飯食べにね。入って、待ってたら?」
「でも、いいのかな」
「いいって。人馬宮の主は兄ちゃんだけど、今、留守を預かってるのはボクなんだからさ。教皇様からのお使いじゃ、直接渡さないといけないんでしょ」
「う、うん。だと思う」
「じゃあ、どーぞ。遠慮しないで」
「うん。あ…、お邪魔します」
 成行に近いが、初めて、教皇宮と未来の自宮以外の宮に入った。
 トコトコと前を歩いていたアイオロスの妹が、あっ、と振り向いた。
「そういや、名前まだだったよね。ボクはアイオリアだよ」
「アイオリア……」
 風の神の名を冠した兄を持つ妹らしい名前だった。
「あの、ムウです。よろしく」
「ムウかぁ。何だか不思議な響きだね」
「そ、そう?」
 それが彼らの出会いだった──大いなる勘違いをしながらではあったが^^;;;


☆        ★        ☆        ★        ☆


「どーぞ、座って」
「う、うん。ありがとう」
 ついつい物珍しさもあって、部屋を見回してしまう。

「ムウよ。此処が白羊宮。何れはお前が主となる。嘗ては私も守護した、牡羊座《アリエス》のための宮だ」
 師に白羊宮を一通り見せて貰ったことはあるが、まだ聖衣を得てもいないどころか、小宇宙の扱い方も学び始めたばかりだ。師が教皇であるため、当然のように、教皇宮に同居状態だが、それが尋常ではないことを最近、やっとムウは理解するようになった。

 十二宮──聖域の中心といっても過言ではない。降臨すれば、アテナの御座すアテナ神殿への道筋を守る究極の聖闘士たち。黄道十二星座をその身に冠した十二人の黄金聖闘士が守護する十二の宮。
 だが、まだ任命を受けた黄金聖闘士は二人だけ(もう一人いるにはいるが、聖域には長らく──二百年以上も不在である)で、その一人が射手座《サジタリアス》のアイオロス。つまり、この人馬宮の主だ。
 ムウに聖闘士としての体術の基本を教えるよう、教皇シオンから命じられており、既に何度か会っていた。
 聖域に来る前は度々、暴走させていたESPも大分、制御できるようになり、漸く聖闘士への道を一歩、踏み出そうとしていたところだった。
 そして、聖域には他にも、そのような未来の聖闘士を目指す子どもが大勢いることにも気付かされた。日々、修行に修練にのみ、明け暮れている子どもたちに比べれば、教皇を師とする自分は如何に恵まれていることか。
 更には他の黄金聖闘士の候補者もいると察しており、どのように過ごしているのかは常々、関心があった。銘を得ていない以上、十二宮にはいないはずだが……。
 なのに、まさか、この十二宮に、自分以外にも子供がいるとは思ってもみなかった──それも女の子とは!?
〈まさか、アイオリアも聖闘士を目指してるのかな〉
 女聖闘士も少数ながら、存在することは知識としては知っていた。確か、戦士であるために、女を封じる意味もあって、仮面を被らなければならないとか。人目の殆どない十二宮にいるからか、今は着けていないが、いつかはアイオリアも……。
 そうなると、この溌剌とした明るい緑色を見られなくなってしまう。とても勿体ないと思う。

 と、その緑色の瞳が目の前に飛び出してきた。
「──!」
「ムウ、どうしたの。座ってよ。ハイ、お茶」
「ゴ、ゴメン。ありがとう」
 出されたのは少し温くなったお茶(の類)だった。留守番の妹のために、アイオロスが用意しておいたものだろう。
「ね、ムウ。聞いてもいい」
「なに?」
「なんで、教皇様からのお使いをムウがしてるの。それも独りで」
 確かに普通では考えられないことだ。弟子とはいえ、まだ四歳の幼子を──人馬宮は比較的、教皇宮に近いとはいえ、それでも、幼子の足で階段を下りてくるのは大変なことだ。
「う…ん。いつもお忙しそうだから、お手伝いしたかったんだ。何でもいいから」
「だから、兄ちゃんへのお使い?」
「うん。アイオロスなら、会ったことあるし、途中の宮も無人で、誰にも会わないだろうから、頼むって」
「フウン。教皇様のお使いなんて、ムウって、エラいんだね」
 ニッコリと笑いかけられた上に褒められて、ムウは幼子ながらにも赤くなった。
「でも、兄ちゃんが今、いないことは知らなかったのかなぁ」
 アイオリアがいなければ、ムウは無人の人馬宮で、アイオロスが戻るまで、待ちぼうけを食わされ、途方にくれるところだった。
 尤も、それも師たる教皇シオンの思惑の内だということはムウは知る由もない。

 その頃の教皇宮にて、ふと執務の手を止めたシオンは仮面の下で、微笑を浮かべた。
「そろそろ、ムウにも同じ年頃の友がおっても、良い頃……。いや、遅いくらいだからな」
 一寸ばかし、勘違いしていることまでは、さすがな教皇様も思いもよらなかったが。


「教皇様がお師様だなんて、ムウ、スゴいねぇ」
 幼い子どもで、ボキャブラリーにはかなり限りがある。とにかく、アイオリアは何でも「スゴい」と褒めた。勿論、褒められて、悪い気はしないムウだが、気になることを尋ねてみた。
「あの…さ。その、アイオリアも聖闘士になるの?」
 すると、アイオリアは笑顔を更に輝かせ、大きく頷いた。
「うん! ボクはね、兄ちゃんがお師様になるんだ。いっぱいいっぱい、教えてくれるって約束したんだ。それで、ぜーったい聖闘士になって、兄ちゃんと一緒にアテナ様をお助けするんだ!」
「そ、そうなんだ」
 とても兄が大好きで、尊敬しているのも解かる。だから、いつか、その兄と一緒に──それがアイオリアの目標に違いない。
 ムウとて、今は少しでもシオン様のお役に立ちたいと思っているのだ。それと全く同じだろう。
 それでも、そのいつか──聖闘士となった時、アイオリアが仮面で、明るい笑顔を隠してしまうのは、やっぱり残念だとも思ってしまう。

 ムウの心中など知らぬアイオリアが続ける。
「早く一緒に修練に出たいなぁ」
「アイオロスがいない間は、いつも人馬宮《ここ》で待ってるの」
「たまには出ることもあるけど。ミロと一緒に遊んだり、勉強したり」
「ミロ?」
 知らない名前に首を傾げるが、気にしないまま、
「そうだ。今度、兄ちゃんに頼んで、ムウも一緒に出ようよ。そうすれば、ミロにも会えるよ」
「う…ん。それはシオン様がいいって言わないと」
 度々、外に出ては他の候補生の子どもと修行の真似事で遊んでいるらしいアイオリアと違い、ムウは滅多に教皇宮を出たことがなかった。それは暴走させがちなESPのためでもあったが、シオンが今、アイオリアと会うことが分かっていて、人馬宮にムウを向かわせたのは、最初の一人目にアイオリアを選んだからでもあったのだ。
 その辺の思惑をアイオリアが知っているはずはないが、幼子なりに論理展開してみせる。
「大丈夫だよ。もうボクとは会ってるんだし、一緒なら。頼んでみようよ。ムウだって、つまんないでしょ」
「う、うん」
 今まではそれが当たり前だと思っていたから、どうということはなかったが、こうして、アイオリアと過ごして、楽しいと感じると、やはりずっと独りでいたくはない。
「あ、お茶、まだ飲む? 持ってくるね」
 返事も聞かずに、コップを持っていってしまう。
 ムウは少し、フゥと息をつきながらも、他の子どもにも会えるかもしれない、またアイオリアとも話せるかもしれないという次の機会に期待を膨らませていた。


★        ☆        ★        ☆        ★


「あれ?」
 手持ち無沙汰で待っている間、部屋を見回したムウは近くのテーブルの上に開かれたままの分厚い本を見つけた。気になって、寄っていったところに、アイオリアが戻ってきた。
「どうしたの」
「あの、これ……」
「それ? 兄ちゃんが今日はそれを読んでなさいって」
 閉じれば、かーなり立派な装飾の表紙──四歳ほどの子どもには不釣合いのものだ。一目見て、目を丸くした。
「アイオロスがこれを読めって?」
「うん。でも、難しくって、よく解かんないよ」
 それはそうだ。その本は教皇所蔵の神学書だった。ギリシャ神話を纏めたもので、しかも、相当に古い書だ。門外不出のはずで、教皇宮内ですら、閲覧できる者は限られている。
 ムウは、見たことがある。師たる教皇から、直接、教えを受けてもいた。

 その書が何故、人馬宮に──いや、黄金聖闘士であるアイオロスならば、見る資格はある。だが、持ち出しまで認められるとは。教皇の特別の許可がない限りはあり得ない。況してや、幾ら兄が黄金聖闘士だからといって、その妹に独りきりで読ませるなど……。
「神官様が兄ちゃんに御教授下さる時に一緒に聞いたりもするけど、チンプンカンプンでさ。えっと、ゼウ…スはぜん……ぜん──何とかの神にして」
「全能の神」
「え、ムウも読めるの?」
「う…ん。シオン様に教わっているよ」
「だったら、ここ、解る?」
 感心したように、印象的な明るい瞳を輝かせながら、質問攻めにしてくる。
 尤も、ムウも所詮は四歳児。教えられることなど、高が知れている。
 その内、二人揃って唸るようになった。最近、異国たるギリシャに来たムウは会話はテレパシーで補いもするので、余り困らないが、それでも、細かいニュアンスにはまだ疎い。そして、読み書きはまだまだ苦手だった。
 その上、古い神学書は些か修飾過多な古語なので、大人でも手を焼く代物なのだ。
「やっぱり神官様じゃないと、ダメかぁ。でも、神官様に質問しても、あんまり、いい顔をなさらないんだ……。本当はいけないのかもしれないな。聖闘士のための教授なのに、ボクは聖闘士じゃないからさ。ムウはいいね。教皇様から直に教わることができて」
 顔を上げたムウはアイオリアをマジマジと見返した。この本がどれだけ貴重か知らないのか。普通なら、教皇宮から持ち出せないのに──ムウは気になっていたことを尋ねた。
「あの、さ、アイオリア。アイオリアは宿星のこと、聞いたりしてる?」
「宿星? えっと、聖闘士たる運命の星だっけ」
 それは決まり文句だったが、アイオリアの反応からは何ともいえない。
「それじゃ、守護星座は。教えてもらってる?」
 守護星座は人ならば、誰しもが持つものだ。そこに宿星が伴わなければ、聖闘士とはなれない。
「うん、それなら、聞いてる」
「何の星座」
「獅子座《レオ》だよ」
「……レオ?」
 紛れもない黄道十二星座《ゾディアック》の一つ。八十八人の聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士たる運命の星座。これで、アイオリアが宿星も持っていれば──……。

「ムウは?」
「え…」
「ムウの守護星座は何なの」
「あ…、えと、牡羊座《アリエス》だけど」
「じゃ、兄ちゃんと同じ黄金聖闘士だね。ムウは教皇様がお師様なんだから、きっと聖闘士になれるね。ボクも頑張んないとな」
 宿星は知らずとも、兄と同じ聖闘士になる──それがアイオリアの目標なのだろう。
 普通、宿星のあるなしは本人には伝えられないものだ。但し、黄金聖闘士はその限りではない。聖闘士の中でも黄金聖闘士は宿星が幼い内から、はっきり出ることが多い。
 隔絶した力を持つが故に、心構えも作りながら、育てられ、導かれるものなのだと聞いた。
 アイオリアの師はアイオロスが務めるという。アイオロスとて、まだ少年だが、既に黄金聖闘士である身の前では年齢など意味をなさない。宿星の有無を伝えていないのは、アイオロスに何か考えがあるのだろう。
 この書を持ち出した上で見ることも許されているアイオリアに、獅子座の宿星がないとは考えにくい。


★        ☆        ★        ☆        ★


「あ、兄ちゃんが帰ってきた!」
 いきなり立ち上がったかと思うと、アイオリアがパタパタと走っていく。
 遅れて、ムウも気付く。アイオロスの小宇宙が人馬宮に入ってきたことに。

「お、誰かと思ったら、ムウか。どうしたんだ」
 輝くばかりの笑顔の妹を纏わりつかせながら、帰ってきたアイオロスが笑いかけてくれる。
「独りで来たのか」
「は、はい。あの、シオン様…教皇様からのお使いで」
「教皇様のお手伝いだって。スゴいよねぇ。兄ちゃん」
「そうだな。大したものだ。それで、使いとは?」
 慌てて、傍らに置いてあった書類袋を引き寄せ、アイオロスに差し出す。
「教皇様からです。アイオロス…様に、お渡しするようにと」
「どれ?」
 早速、中を検分するアイオロスが微かに眉を上げたことまでは気付けなかった。ただ、やっと使いの役目を果たせたという安堵で一杯だった。

「……確かにお預かりしたと、教皇様にお伝えしてくれるか」
「は、はいっ」
 きっと、シオン様にも喜んでいただける──そう思うと胸が躍った。
 だが、役目が終わったからには教皇宮に戻らなければならない。楽しい一時も終わりかと思うと、何故か先刻の昂揚感が萎んでしまった。それが淋しいという感情だと、ムウは暫く気付けなかったほどだ。
 だが、仕方がない。
「あの…、それでは失礼します」
 深々とお辞儀をして、扉へと向かいかけるが、
「ムウ、昼を食べていかないか」
「え?」
「あ、それ、いい。そうしていきなよ、ムウ。一緒に食べよう。その方が楽しいよ」
 誰かと共に──第一は兄アイオロスだろうが、その楽しさを知っているに違いないアイオリアも嬉しそうに勧めてきた。
 少し途惑い、けれど、コクンと頷くと、アイオリアは益々笑顔を輝かせた。本当に嬉しそうに……。

 三人での昼食は確かに楽しかった。特別な食事というわけではない。けれど、三人で準備をして、囲む食卓は今までになく、ウキウキした。
 それも何れは終わりを迎える。二人の兄妹に見送られ、人馬宮を後にしなければならなくなると、また気持ちが沈む。
 楽しさも淋しさも、ムウは初めて味わうもので、まだ理解はできなかったのだ。

「じゃあね、ムウ。また遊びにおいでよ」
「う、うん…」
「教皇様に、これをお渡ししてくれ。それと、アイオリアと遊んでくれて、ありがとう」
「い、いいえ」
 受け取った文らしき書を空になった袋に入れる。
「これからも、弟と仲良くしてくれな」
「は……い?」
 今、何と? 幼いムウは混乱を極めた。弟? 確かに前に、弟がいることは聞いていた。その内、会わせるとも。けれど、人馬宮にいたのは女の子で──だから、妹もいるのだとばかり! あぁ、でも、弟はいなくて、てっきりアイオロスと一緒に出ているものとばかり。だけど、帰ってきたのはアイオロス一人だった。ということは!?
 思わず、アイオリアを見返してしまう。
 気付いたアイオリアがまたニッコリと笑った。太陽のような笑顔……弟って、アイオリアのこと!?



「またねぇ〜」
 手を振るアイオリアに、振り返しながらも、その後のことはあんまり覚えていなかった。ただ、物凄いショックだったということだけは確かで……。
「おぉ、お帰り、ムウ」
「…………アイオロス様から、これを」
「おぉ、よくやった。御苦労だったな」
 顔を綻ばせるシオンの顔を見た途端、堪えていたものが脆くも崩れた。
 いきなり泣き出したムウにシオンも慌てふためく。
「ど、どうしたのじゃ、ムウ。何があった。アイオロスに何か言われたか。それとも、アイオリアと喧嘩でもしたか」
 アイオリア──その名に益々、胸を衝かれてしまう。自分が何故、泣いているのかも、まだムウには解からなかった。
 とてもとても、楽しい時だったのに、どうして、こんなに悲しいのか。解からなかったのだ。



 『初めてのおつかい』──最過去のお話になりました。リアムウ話。でも……また、外してるよねぇ。仔猫ちゃんの如く、チビリアは多分、マジにどー見ても、女の子だったと何故か、信じて疑わない輝です^^; 何か、間違ってる?
 ただ、この話には裏話というか、チビリア視点の話もあるのですが……それもどこかで書きたいもんです。

2008.05.11.

トップ 小宇宙な部屋