BACOOOOON! 闇に疾る閃光。 天空を彩るべき稲妻が地上より、天へと突き立てられる。 神鳴る叫びに、世界が震撼する。 だが……、
「動きが、悪ィな」 俺は『戦場』から離れた所から、『戦況』を見据えていた。などといえば、聞こえはいいのか? 要するに、孤軍奮闘する奴を傍観しているだけだ。 「手を出すな、か。そんなにあいつが目障りかねぇ」 誰に聞くともなく呟くが、そりゃあ、目障りに決まってる。あれ程……長じるにつれ、ああも“彼”に似てくる奴には誰もが様々な思いを抱く。勿論、その殆どが負の感情ってもんだがな。 “逆賊”射手座の黄金聖闘士アイオロスの弟、獅子座のアイオリア 既に亡兄の年をも越したアイオリアは記憶にあるアイオロスに瓜二つとしか言いようがない。 「まるで、忘れるなって言ってるみたいだよなぁ」 愚かなる罪を、忘れるな。だが、その罪ってのは誰のもんだ? 「あいつが狂乱しちまうのも無理はないか」 何故、今、教皇を名乗る彼があれ程、アイオロスを憎んだのか、どうもよく解からない。罪を着せ、命まで奪ってもまだ足りないと言わんばかりに、残された弟を追い詰め、痛めつける。余りにも、亡きアイオロスそっくりに成長しているからなのか。 そして、口では「兄の罪を雪ぐために尽くせ」と任を与えちゃいるが、どれもこれも、単独任務にはしないような代物ばかり。殊に、あのキマイラを斃してからというもの、魔獣討伐の任は大抵、アイオリアに任されるようになった。 「俺たちは楽になったがな」 口にしてみても、気分的にはちっとも楽じゃないしな。俺なんかより、気を揉んでいる奴らもいるし……。 更なる雷鳴が轟き、光が縦横無尽に弾け飛んだ。一気に勝負を決めたか。 いや! 闇の中から、何かが飛び出してくる。マンティコア!? 傷だらけだが、辛うじて獅子の牙から逃れてきたのか。 「チッ、しょーがねェなぁ」 俺に気付いたマンティコアが足を止め、唸り声を上げた。威嚇のつもりか? 意味ねェよ。手を出すなとは言われちゃいるけどなぁ。 「積尸気冥界波!」 魂の所在をも操る蟹座の拳。別に有効なのは人間相手だけじゃない。 手強い魔獣とはいえ、既に傷ついた相手なぞ、外しようのない的だ。指先から発した燐光は狙い違わず、マンティコアを捉えた。 荒い足音が追いついてきた。 「よぉ、アイオリア」 「デスマスク……。どういうつもりだ」 アイオリアの目は俺の足元に倒れている魔獣の成れの果てに向けられている。当然だが、もう死んでいる。俺が魂を引っぺがして、あの世に送っちまったからな。 ただ、それは俺がアイオリアの任務を邪魔したことにもなる。あいつからも、絶対に手を出すなと釘を刺されていたし、これまでも、そうしてきた。 だから、アイオリアにとっても意外なことだったろう。 「別に。俺の方に向かってきたから、片付けたまでさ」 「…………なるほど」 それ以上、文句を言うこともなく、獅子座の黄金聖闘士は背を向けた。 「おい、どこに」 「後始末が残っている。肝心の任務には失敗したがな。あんたは帰って、好きに報告すればいい」 相変わらず、人には──数少ない例外を除いては興味も見せずに動く奴だ。昔──アイオロスが生きていた頃はそんなこともなかったってのに、環境がこうも人を変えるとはな。
「好きにな。あぁ、お前は見事に魔獣討伐を果たした。そう伝えとくわ」 「何だと? それは──」 「あそこまで、傷を負わせたのはお前だしな。俺は最後の一匹に、ちょいとトドメを刺しただけだ」 「だから──」 「だ・か・ら! 手ェ出したことがバレちまうだろうが。まーた、グダグダネチネチと何か言われるのもゴメンだからな」 黙り込むアイオリアに俺は近寄る。暗がりの中では判りにくかったが、やはり少しばかり、顔色が悪い。 「あんま、無茶すんじゃねェぞ」 擦れ違い様に、腕を取る。利き腕の右腕を。普段なら、仮に掴めたとしても、直ぐ様振り払うはずだってのに、体を硬直させ、小さく呻き声を上げた。 そりゃ、そうだろう。拳を主体に戦う奴が拳を潰していたんじゃな。 少しだけヒーリングをかけてやると、我に返ったように、手を振り払った。顔を痛みに顰めながら。 「余計なことをするな。ヒーリングくらい、自分でやる」 アイオリアが自分の傷をも簡単に癒すこともできるほどのヒーリングの使い手なのは知っているが、それでも効力は落ちる。 利き腕の拳に傷を負ってるなんざ、致命的だ。勿論、『聖闘士たる者、両利きの如くに両手で戦えねばならない』ってのは、師匠からも教えられる。俺たち黄金聖闘士ともなれば、本当に両手を普通に使えるもんだ。 それでも、利き腕が使えなかったら、どうしたって、戦闘力は落ちる。 自分で治すより、人にやって貰った方が治りは早いってのに、どうしても、手は借りない気か? これで聖域に戻れば、あいつから、また無理難題を振られるかもしれないってのに。 俺は小さく溜息をつき、肩をポンと叩いた。 「じゃーな、先に帰ってるわ」 本当は最後まで影で見届けてやらなきゃならんのだろうが、主任務を終わったところで俺が引き上げちまうのは、いつものことだ。あいつも、その点に今まで文句を言ったことはない。 そして、アイオリアも俺に関心を示したことはない。 だが、今日はその視線を背中に感じた。何を考えているかまでは解かりようもないがな。 獅子座のアイオリアは任務を果たした。それはそれでいい。 で、この結果をあいつはどう思うかね。どこまで本気かは知らないが、死地に追い込むような命を下し続ける真意って奴はどこにあるのか。本当に、本気でアイオリアを死なせたがっているのか? 「黄金聖闘士は貴重だが、それこそ、本当にいつ牙を剥くか判らん相手じゃな」 それとも、そういったことを全て吹っ飛ばして、ただ単に、アイオロスを思い出させるから、目障りなだけなのか? 「判らんなぁ」 まぁ、考えても始まらんというか、俺が気にする必要もないことだろうしな。 そうだとしても、アイオリアはこれまで確実に任務を果たしてきた。かなりヤバい事態になったことも少なくはなかったが、あいつの魔の手を掻い潜り、生き延びてきた。 獅子座の黄金聖闘士なのだから、当たり前だ。そう簡単に、やられては困るってもんだ。何せ、この俺や、それにあいつとだって、並び立てるはずの奴なんだからな。 俺は気持ちを切りかえ、一気に移動にかかる。瞬きする間に、聖域に到着した。
直ぐに十二宮に上がり、教皇の間に向かう。報告のためだ。だが、その直前の双魚宮に、少しばかり寄り道をさせられた。 「おんや、二人ともお揃いで」 多分、友人といっても差し支えはない程度の腐れ縁の二人が待ち構えていた。 「シュラ、磨羯宮にいなくて、いいのかよ」 俺のざーとらしさに顔を顰めるシュラに、隣のアフロディーテが可笑しそうに笑い、睨まれたもんだ。 「で、あの子はどうしたのかな? やっぱし、置いてきちゃったのかい」 「いつものことだろ。手を繋がなきゃ、帰れないような、お子様じゃあるまいし」 「……任務の方は」 言葉少なにシュラが尋ねてくる。余計な話に付き合う気はないと言わんばかりだ。 「あぁ、きっちり熟してたぜ」 「今回の魔獣って、何だったんだい」 「あー、メインはマンティコアな。他にも何匹か、いたようだが」 細かい数までは把握していない。シュラがいい加減だと責めるような顔をしたが、僅かに嘆息しただけで、何も口にはしなかった。 「アイオリアは…、怪我の方は」 「心配かよ、シュラ」 「……」 さすがに、ざーとらし過ぎるか。 「大丈夫だろ。確かに、ちょい苦戦してたがな」 最後のマンティコアだって、俺の手出しは実は余計だった。多分、俺がトドメを刺さなくても、あの後、絶命していたに違いなかった。 「それにしても、利き腕の拳を潰して、任務に出るなんてね」 「出す方がどうかしている。……本当に何を考えているんだ。彼は」 「それを言っちゃ、お終いだよ。シュラ」 「下手なこと言うと、お前でも罰せられかねないぜ」 幾ら、大罪人、逆賊アイオロスを誅した英雄様でもな。 大体がして、利き腕を負傷することこそ、アイオリアの不注意──と言い切れたら、話は簡単なんだが。 いや、まぁ、その話そのものは割かし、よくある、簡単なもんだ。あれは今回の魔獣討伐の命がアイオリアに下る直前のことだった。いや、案外に、あれがあったからこそ、その命が下されたのかもしれない。
☆ ★ ☆ ★ ☆
アイオリアは普段、獅子宮にはいない。獅子座の黄金聖闘士であることも隠して、十二宮下で過ごしている。 “逆賊の弟”はまず無視されるものだが、馬鹿な連中はいるもんで、やたらと絡む。ただの鬱憤晴らしの癖に、制裁や鷹懲《ようちょう》気取りのところが笑える。況してや、実は黄金聖闘士のアイオリアは小宇宙でガードしちまって、大した実害はなかったりするんだからな。 尤も、この日はさすがに笑えない状況になった。例によって、徒党を組んで、アイオリアを囲んだ連中は殴る蹴るでは気が済まなかったらしい。
「おい、押さえろ。腕を折ってやる」 「そいつは良い。聖闘士を目指すなんて、馬鹿なことも考えなくなるだろうよ」 「早く引導を渡してやれ」 「感謝しろよ。これで、聖域を出られるぜ。死体になってかもしれないけどな」 下卑た笑い声に囲まれ、さすがにアイオリアも顔色を変えた。殴られるのも蹴られるのも大したことではないが、腕を折られるのはマズい。この場で、連中を跳ね返すことは容易だが、可能なことと、出来ることはこの場合、同義ではなかった。 〈……仕方が、ない〉 次の瞬間、バキッと鈍い音が響いた。 「グッ…!」 「へ?」 今まで、声一つ上げなかったアイオリアが呻き、周囲では喝采が上がった。だが、腕を折ろうとしていた男は拍子抜けした顔で、思わず力を緩めた。手応えを余り感じられなかったのだ。 その隙に、アイオリアは腕を引き抜き、痛みを堪えるように体を丸めた。 「ハハッ、やったな」 「おい、死にたくなかったら、聖域を出て行けよ」 「そりゃいい。尤も、脱走は極刑だけどな」 一応、気が済んだらしい男たちは笑い声を残し、去っていった。蹲ったままのアイオリアに唾を吐きかけ、蹴りを加えながら……。
「痛ゥ…」 蹴りの痛みなど、蚊に刺されたほどのものでもない。 丸めた体の内に隠した右腕に左手を翳し、ヒーリングを始める。だが、己が身へのヒーリングは酷く効力が落ちる。 それでも、何とか、平静を保てる程度には痛みを抑えることができると、立ち上がり、人気のない場へと向かおうと踏み出しかけた。──が、その足が止まる。 「承知…、しました」 刹那な瞬間、強い小宇宙が発せられたのに、近くにいた者たちは驚き、辺りを見回した。だが、誰一人、その正体を掴むことはできなかった。無論、アイオリアの姿はなかった。 ★ ☆ ★ ☆ ★
「待ちたまえ。素通りとは良い度胸だな。帰りには寄れ、と言ったはずだが」 「──先を急ぐんだ」 「少しぐらい、時間はあろう」 「シャカ……」 だが、シャカに腕を掴まれたアイオリアはさすがに呻き声を上げた。 「自分で手首を砕くなぞ、馬鹿な真似をしたものだ」 「……腕を折られるよりは、マシだ」 そう、実はアイオリアは自ら、サイコキネシスで右手首を折ったのだ。それで、誤魔化される程度の連中が相手だったのは幸いだったが、しかし、確かに無茶ではある。 しかも、狙い済ましたように直後に教皇からの呼び出しを受け、アイオリアは教皇宮まで上がっていったところだった。当然、傷を癒している暇などない。歩きながら、多少はヒーリングを試みたが、安静にしていなければ、大して効果はない。しかも、今回は骨折だ。
「顔色が悪いのではないか? 如何した」 「いえ、何でもありません」 多分、全て承知の上だろう教皇より命を受け、無論、アイオリアは何一つ抗することなく拝命した。 そして、聖衣を纏うために獅子宮に向かうが、手前の処女宮でシャカに捕まったのだ。 痛みを堪えることはできるが、それも痛みを感じるからこそだ。況してや、シャカも乙女座の黄金聖闘士だ。今の状態では振り払うことはできない。 勝手にヒーリングが始められる。 「それで、任務の内容は?」 「……魔獣討伐」 「またかね。殆ど君に回されるようになったな」 「そうだったか? シャカ。もういい」 適当に誤魔化し、シャカの手を外そうとする。 「後五分、待ちたまえ。それで、完治させられる」 「いや、これ以上の長居はできん。シャカ……」 「この怪我で、出るつもりかね」 「断れとでも言うのか? 勅命を」 教皇による勅命は絶対。如何なる理由があろうとも、遂行を求められる。 「俺は…、今更、叛逆罪なぞに問われるつもりはないぞ」 「しかし──」 尚も食い下がろうとして、言い止す。これ以上、議論になるはずもない。そう、勅命──それが全てだ。 渋々だが、手が離されるのに、アイオリアは微かに笑みを浮かべた。 「大分、楽になった。礼を言う。後は自分で何とかする」 楽になった、としても、完治には至っていない。これがアイオリアならば、他人の傷ならば、骨折でも完全治癒させられていただろうに。 「……意外と、悔しいものだな」 環境が能力を育てたとはいうが、今や、アイオリアのヒーリング能力はシャカをも上回っていた。 そうして、アイオリアは魔獣討伐へと向かい、見事成し遂げた。 尤も、利き腕の傷は更なる深手となり、拳をも潰すこととなった。 傷ついたまま、最大の拳を振るったためだ。小宇宙の高まりを受け、部分的には治癒していく傍から、骨組織や体組織を破壊していった。健常時なら、腕全体で逃がす尋常ならざる力が折れた手首で、拳に跳ね返ったのだ。
「あの馬鹿」 「あの子らしいね。それなのに、置いてきちゃったのかい」 「全身で、帰れって、威嚇してたぞ」 一応、ヒーリングもしてやろうとしたのは黙っておいた。 「さて、そろそろ報告に行くわ。あいつが痺れ切らしたりしたら、メンドイからさ」 「あ〜、ヨロシク言っといてね♪」 「へいへい」 シュラが呆れ顔で嘆息した。
俺は教皇宮への最後の階段を登っていく。その先の教皇の間に、あいつが──教皇猊下が待っている。形の上では礼を尽くす。 「蟹座のデスマスク、戻りました」 「早かったな。アイオリアはどうした──聞くまでもないか」 「えぇ、まぁ。後始末に奔走してますよ。仔猫ちゃんなら」 少しばかり、冗談めかして言ってみる。その反応で、今の彼が“どちら”なのか大体、判る。 「それで、任務は」 うわ、サラリと躱したな。前言撤回、今日は判りにくいな。 「無論、きっちりと果たしたことを御報告致します」 「……一匹、マンティコアを仕留め損なったのではなかったか」 げ、露見《バレ》てる。やっぱ、こいつ、自分でも監視してやがるのか。異次元で空間を繋げば、簡単だろうしな。 つまり、俺たちを監視役として付ける必要もないわけで──要は俺たちを信頼しているわけじゃないってことか。本当に監視したいのはアイオリアよりも、俺たちなんだな。あいつが望むままに、俺たちが行動するかどうかを。
「あー、あの一匹ね。言い訳しても、宜しいので?」 「フ…、では。弁明してみるがいい」 「必要のない駄目押しのようなものでして、俺がトドメを刺さなくても、片はついたでしょう」 「では、何故、手を出した」 「そりゃ、俺に向かってきたからですよ。御存知のように、優しくはないんですよ。俺は」 「……今までは、そういう機会がなかっただけ、ということか」 「まぁね。今日はアイオリアも万全じゃなかったですからね。あの怪我で、一匹くらいチョロッと逃がした……っても、大した問題じゃないでしょう。実際、勝負はついてたんですからね」 「デスマスク。それは私への非難か」 仮面の下の視線が鋭くなったのを感じる。さすがに背筋に冷たいものを覚えるぜ、この威圧感は。 もし、そうだと言ったら、あんたはどうするのかね。 「まさか! 単なる事実。それだけっスよ」 それをどう受け止めるかは、あんたの問題。あんたの心の在り方一つだ。 幾らか響くものがあったのか、黙り込まれては些か、心臓に悪い。 「まぁ、良い。デスマスク、御苦労だった。下がってよい。詳しくは報告書にするように」 「ハハッ。では、失礼を。教皇猊下」 発する威圧感が更に強くなった。力ある者《あんた》に、逆らったりはしねェよ。 お許しも出たし、直ぐに下がる。すると、教皇宮を出る前に、獅子座の小宇宙が戻ったことに気付いた。 「おや、意外とお早い、お帰りで」 あの怪我で、後始末も即行で済ませたのかよ。ったく、優等生な奴だ。俺がちょーっと、双魚宮に引っかかって寄り道している間に、追いついてきやがったのか。そーいや、アイオリアの奴は、何時もの所に寄り道してこなかったのか? 俺の些細な疑問をよそに、アイオリアは怪我は治っていないだろうに、平然とした顔で、教皇宮に入っていく。当然、聖衣は着けていない。獅子宮に置いてきたんだろう。 教皇宮にも警備の兵や神官はいる。そんな連中に、獅子座の黄金聖闘士の正体を知らせないためだ。 “逆賊”の兄の罪を贖うために、アイオリアが教皇から某かの任務を与えられているのは既に周知の事実だ。恐らくは聖闘士に準ずる立場だろうとも察せられている。 だが、あの“逆賊の弟”が誉れある聖闘士であるなどと、認めたがらない連中が馬鹿みたいに多い。だから、アイオリアに絡む奴らは必要以上に、アイオリアを貶め、雑兵以下の立場で扱うわけだ。 俺は気が変わり、教皇の間の入口まで戻り、様子を窺った。 「獅子座のアイオリア。只今、帰陣致しました」 「御苦労だったな、アイオリアよ。既に、デスマスクより大方の報告は受けておる」 「ハ…、申し訳ありません。魔獣討伐の任、完遂したとは言い難く……」 あの馬鹿。言うなって──ありゃ、言わなかったっけ? けど、どの路、バレてんだったな。多分、アイオリアは知らんだろうが──それとも、想像はついてるかな? どちらにせよ、嘘で誤魔化すなんて、アイオリアの柄じゃないか。 「ほぅ、どういうことか。デスマスクは獅子座のアイオリアは見事、任を果たしたと申したぞ」 「……過大です。私は討伐すべき魔獣マンティコアを一匹、逃しました」 「それも聞いた。己に向かってきたために、手を下したが、本当は必要なかったとな」 アイオリアの全身が強張ったのが判った。自ら落ち度だと告白するような奴が、自分の身を気にするはずがない。 「本ト、馬鹿な奴……」 あれだけの目に遭っていて、何だって、あそこまで『他人』を案ずることができるんだ? 全く、矛盾の塊だな。 任務先でも、聖域でも、数少ない例外の他には全く興味も関心も示さないが、こと命が関われば、そんな無関心さなど忘れたかのように守ろうとする。それが自分を貶め、傷つけるような連中でもだ。 「……下がってよいぞ。獅子座のアイオリア。今後とも、聖域のため、女神のため、力を尽くせ」 アイオリアは跪いたまま、ただ深く頭を垂れた。 「それとアイオリアよ。帰りに処女宮に寄っていくといい」 「ハ?」 「その傷、シャカに癒して貰うがいい。シャカには私から伝えておく」 今度こそ、ハッキリとアイオリアが困惑を露にする。教皇の、いや、あいつの、それこそ矛盾した言動に惑わされている。 怪我をしたのを見計らったかに、困難な命に与えた張本人が見せるのは本物としか思えない労わり……。ギャップに戸惑うのは当然だ。客観的に、傍で見ている俺にもよく判らん。 あいつなのか、彼なのか──命を下した時と今と、同じなのか、そうでないのか? そもそも、本当に別なのかも確かなことは言えない。二重人格だとはいうし、互いにそれを認めてもいるが、時々、感触が──判別しにくい。 実のところは、どうなんだろうな。牽制し合い、相手を呑み込もうとする完全に独立した人格同士なのか。それとも、共存しているような部分もあるのか? 「……御厚情、感謝致します」 どう受け取ったか、とにかく今一度、礼を述べ、アイオリアは立ち上がった。
あいつが何を望んでいるのかは俺たちにも判らない。 教皇を殺し、成りすました。俺たち聖闘士が奉じるべきとされる降臨した女神を手にかけようとし、アイオロスに阻まれると、そのアイオロスに罪を着せ、躊躇うことなく殺させた。 にしても、何のために? そこまでして、あいつは何を望んでいる? 何をしようとしているんだ。 今一人の彼には解かっているのか? 止めようとしているのか。
次第に真黒な雲が立ち込めていくようだ。聖域は暗闇の中に閉ざされようとしているのかもしれない。 それでも、俺たちは……シュラもアフロディーテも、あいつに従う。支えて、聖域の崩壊を少しでも先延ばししなけりゃならん。 「ロス兄よぉ。あんたも本ト、罪作りな奴だぜ」 とんでもないことを押し付けてくれたもんだ。はっきし言って、先に逝っちまった方が楽ってもんだぜ。 いつか、あんたが逃がした女神が帰ってくるまで、ギリギリだろうが何だろうが、聖域を機能させとかなけりゃならん。その後のことは、もう丸投げしたい気分だがな。 「テメェらっ、いい加減にしろ! アイオリアに何てこと、しやがるっ!!」 またぞろ、アイオリアにチョッカイをかける連中に、今日は果敢にも一人、食ってかかるガキがいた。聖域には割りかし珍しい日本人の候補生だ。確か、師匠も日本人で、鷲座の白銀聖闘士だったな。 やたらと周囲と衝突する──つーか、周囲も「日本人出て行け」コールで、喧嘩を吹っかけてるだけだが──もんで、騒々しくて、覚えていた。名前までは知らんが。 「星矢、止めろ」 「だって、アイオリア!」 あー、セイヤってのか、あのガキ。でも、明日には忘れてっだろうなぁ。 何をされても言われても、反応すら示さないアイオリアの代わりに、怒りを爆発させている。よくもまぁ、懐いたもんだな。
バッコーン★ おっと、止めるのも聞かずに手を出したぞ。地面に大穴明けるなんざ、中々、やるじゃねーね。火事場の馬鹿力か? 「止めるんだ、星矢。ホラ、行くんだ。魔鈴が待っているんだろう」 だが、アイオリアは無理矢理、ガキの背中を押しやり、その場を離れた。嘲笑と罵声を背に受けながら……。 いつまで、続くんだろうな。この状況は。あれから、もう十年以上が過ぎた。女神が生きているのなら、十歳ほどのはずだ。 何も知らずに、どこかで普通の娘として、暮らしているのか。それとも、女神なる運命を、その身に受けていることを当然のように、悟っているのか。
女神は聖域に在るべき存在。聖域は女神のために在る存在。だとしたら──……。 俺は教皇宮を振り仰いだ。下からじゃ、目視することもできねェが、それでも、そこにいるのは判る。 「あんたは、本トに何をする気なんだ?」 正面切って、尋ねたら、答えをくれるんだろうか? あー、何だか、最近、疑問ばかりが増えていくなぁ。何にも考えずに、『いつか』を迎えるまで、ただ日々の任務と割り切っていけば、簡単だってのは解かってんだけどな。 それでも、問わずにいられなくなる。 『いつか』か、その日も近いのかもしれん。海界や冥界との『聖戦』も恐らくは……。 その時を俺たちは、どういう形で迎えるのか? 「考えたって、始まらねェな」 結局、そこに落ち着くだけ。何度、繰り返したことか。 そんな自分を嘲笑《わら》い、十二宮に戻るために、俺はその場を後にした。
う〜〜ん、大分、お題から、かけ離れたというか。無理矢理、星矢でもって絡めた感じになりました。それも、片仮名にしたのは、無理矢理感を薄めたかったから? 何にしてもの、年中組第三弾『デスマスク編』と相成りました。書いてみると、掴み切れていないキャラの割にはサクサク書けたかな? っと。尤も、あんまりアイオリアとの絡みということにはなりませんでしたが。 『シュラ編』は三人称で、『アフロディーテ編』は一人称だったので、今回は二人称──はムリなので、一人称と三人称混合でやってみました^^ アイオリアが腕折られそうになったトコ、別にデスマスクは見ていたわけじゃないんですよ。だから、一人称では表現しきれなくて;;; 未熟★
2008.06.15. |