千日戦争 麗らかな春。陽射しは柔らかく、万物が眩く美しく、照らし出されている。 聖域も同じく──女神と従う聖闘士たちの存在が全てに輝きを齎す。
「あ、ミロ様」 「お帰りなさいっ」 「おぅ、お前たち。しっかり修練しているか」 駆け寄る聖闘士候補生たちに、気さくに応じるのは蠍座の黄金聖闘士ミロだ。任務帰りでもあり、目も眩むような聖衣を身に纏っている。 黄金聖衣を纏った黄金聖闘士を、その目で間近に見られる機会は今でも少ないため、候補生たちは興奮している。正しく憧憬が具現化した姿なのだ。 いや、彼らばかりではない。面倒見が良く、公正さを以って、対処するミロは兵たちにも人気があった。 「御無事で何よりです」 「馬鹿を言え。ミロ様が後れをとる敵など、いるはずがない」 ここまでくるとミロだけでなく、黄金聖闘士に対する信仰に近いものもあるが、『事実』ばかりが必要というわけでもない。 黄金聖闘士は最強でなければならない。それはミロ自身が信じていることでもある。 「どんな相手でも全力に対する。それが私の信条だ」 「は、はい」 「お前たちも何事にも全力で臨めよ」 些か、説教じみているが、兵たちは大きく頷いた。こうして、彼らの結束もまた、強まるのだ。 任務帰りならば、直ぐにでも報告に上がらなければならない。黄金聖闘士たちの中には十二宮の入口まで、テレポートで一気に跳んでしまう者もいるが、ミロは歩いていくことを好んだ。黄金聖闘士なる存在が与える影響力というものを、よく理解しているのだ。 候補生たちも頬を紅潮させながら、訓練に戻っていく。指導役の白銀聖闘士が向こうで一礼し、訓練は再開された。 「今日は、二人ともいないか」 黄金聖闘士でありながら、よく候補生たちの訓練を見ているのは牡牛座のアルデバランと獅子座のアイオリアだ。二人とも十二宮にいるのだろう。 「そういえば、アイオリアは相変わらず、聖域じゃ、滅多に聖衣を着けないよな」 訓練指導の時は特に──自らも一緒になって、体を動かすためだろうか。無論、聖衣が動きを阻害することはあり得ないが、候補生たちの感覚により近付けるためかもしれない。 尤も、アイオリアの場合、習慣もあるのかもしれないが。そんな彼が聖衣姿を余人に見せるのは、よほど差し迫った事態という場合でもある。 「それは勘弁願いたいな」 呟きながら、十二宮を上っていった。 途中の宮は何れも無人だった。どうやら、教皇宮に招集されているらしい。 最近では教皇宮での執務でも聖衣を着けないので、ミロも天蠍宮に置いてきた。そして、教皇宮に入るや否や、妙な圧迫感が漂っているのに気付く。 「何だぁ」 教皇の間に向かいつつも、その圧迫感の源を辿ると──黄金聖闘士が招集される会議に使われる部屋に行き当たる。しかも、その外には現在、聖域に留まる黄金聖闘士が数人、屯《たむろ》している。 「……お前ら、何やってんだよ」 「あぁ、ミロ。今、帰ったのか」 室内《なか》の様子に集中していて、気付かなかったのか? 突っ込みたかったが、カミュに軽く手を上げただけで応じる。 「で、何やってるんだ」 「いや、それが……」 「丁度いいところに帰ってきた。ミロ、あいつらを何とかしろ」 突然のデスマスクの言葉に、目を瞬かせる。 「あいつらって、アイオリアとムウ?」 ザッと面子を見渡し、中からの小宇宙から判断すると同時に、ほぼ納得する。 「また、やってんのか。千日戦争」 「あんなものは千日戦争ではない。だが、いい加減、迷惑だ。会議が進むようで進まぬ。即刻、何とかしたまえ」 デスマスク以上に強硬に、命令同然に言うシャカに辟易する。 「とりあえず、話を終わらせろ。でないと、会議も終わらねぇ。夕方から、大事な用があんだよ。何とかしろ」 「何で、俺が」 デスマスクの『大事な用』とやらの察しもつくが、今、帰ったばかりで、状況も碌に判らない自分にお鉢が回ってくる理由も不明だ。 「大体、シオン様やアイオロスはどうしたんだよ。こういう時は師匠が出張れば、一発だろうに」 「好きなだけ、やらせておけ、だそうだ」 「とっくに行ってしまったよ。私も早く宮に戻って、薔薇たちに水をやりたいんだけどね」 ミロは少しばかり脱力した。見れば、サガもいない。教皇と両教皇補佐が既に退出してしまっているのなら、会議は終わったも同然だろうに。 「なら、放っておきゃいいのに」 「──あんな激突が繰り返されている教皇宮で、残りの執務をしろってのか」 「気にしなきゃ、いいだろうが」 「繊細な俺様は気になるんだよ。だから、何とかしろ」 どこが繊細だよ、と口の中でブツブツ言いつつも、カミュや黙ってはいるが、頼むと言いたげなアルデバランの視線に、盛大に嘆息し、扉を開けた。 そこは千日戦争の真最中。途端に猛烈な小宇宙渦く戦場の如き気配が増大する。 背後で、バタンと扉が閉まった。 「あいつら〜〜★」 色々言うが、要するに外の連中は『火中の栗を拾いたくない』ということだ。それでも、黄金聖闘士かっ! と心中で罵る。 さて、同じ黄金聖闘士をも怯えさせてしまった?牡羊と獅子はといえば、舌戦を繰り広げていた。それこそが現代の!?『千日戦争』である。 「理屈ばかりを言うな!」 「理屈とは何です。理論的に事実を積み上げているだけです。貴方こそ、直感的な物言いが多すぎる」 「経験からの判断だ。理論がどうのと言うが、現実に幾つも対処してきたのは俺だぞ」 議題は異なるだろうが、大体の流れはいつもと全く変わらない。いつの頃からか、この二人の噛み付き合うような論戦を『千日戦争』と呼ぶようになった。 「本ト、好きなだけ、やらせときゃいいのに」 それでも、毎度、何だかんだで丸く収まるのだから──外の連中は案外、短気だ。 迷惑とは言うが、こんなにも言いたいことを言うアイオリアはムウ相手以外では見られない。あぁ、本当に変わったよなぁ、と一寸だけ遠い目。 「──何、笑ってるんですか。ミロ」 「今、帰ったところか。報告は済ませたのか?」 気付けば、議論を戦わせていたはずの二人が揃って、こちらを見ている。 「いや、まだ。これからだ」 「寄り道していて、いいんですか。シオンにドツかれますよ」 「直ぐ行くよ。その前に──デスマスクに、一寸な」 「そういえば、他の連中……。外にいるのか。何やってるんだ」 「さぁ、息抜きでしょうかね」 本気かどうかはさておき、また始まる前に『何とかする』よりない。 「んで、今日は何で、揉めてるんだ」 ミロはアイオリアが握り締めていた書類を引ったくるように奪い、シワを伸ばし、ザッと目を通す。 「揉めてなどいませんよ。ただ、折角、私が問題点を指摘しているのに、アイオリアが聞き入れないのです」 「押し付けがましいことを言うな。お前の意見は意見として聞く。だが、理論に走りすぎだ」 こんな具合に、またまた発展、延々と繰り返されるのだ。 普段は寡黙な方で、自分を前面に出すことが殆どないアイオリアに、ここまで言わせるとは──ムウって、本トに対した奴だよなぁ〜、などとノンビリと感心しながら、ミロは観戦していた。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
「どうなってる?」 「ム〜、よく判らん。静かになったか?」 「ミロを放り込むと、案外、纏まるんだけどな。ったく、何をどうしてるのか、一度、教授して貰いたいもんだぜ」 「それほど、ミロが纏めようとか意識しているとは思えないが……」 カミュの言葉に、他の者は顔を見合わせる。如何にもありそうなことだ。 不意に扉が開いた。耳をそばたてて、中の様子を窺っていたデスマスクがコケかける。 「っと」 「何だよ、皆。まだ、いたのか」 「──かっ、会議はまだ終わってねぇからな」 感電でもしたかのように下がって、あたふたと言い訳するデスマスクに、ミロは笑った。その後ろではムウが嘆息していたが。 「変なトコで杓子定規だな。もう終わりにして、大丈夫だぞ。こいつらも一緒に報告に行くからな」 こいつらとは無論、アイオリアとムウだろうが、部屋を覗き込むと、その二人が書類を揃えていた。そこに、『千日戦争』の名残は見えない。 「アイオリア、ムウ?」 「ん? 皆。何をしているのだ」 「サボりですか。感心しませんね」 「…………あのね」 ミロを除く全員が、夫々に脱力したのも仕方がない。「んじゃ」と出ていくミロに、アイオリアとムウも続いていく。
しかし、結局、『何とかして』しまった辺り、 「ミロって、意外と大した奴かもな」 デスマスクの感慨に、全員が頷いた。 「やっぱり、伝授して貰おうかね」 「……それは、難しいのではないか」 ポツリとした呟きに、シミジミさを綯い交ぜにするようなアルデバランを全員が見遣る。 「その心は?」 「ミロにしか出来んだろう。恐らくな」 「フム。なるほどな」 納得したかにシャカが頷き、他の者にも異論はなさそうだ。 「やっぱし、コキュートスに揃って、落とされた仲だからかねぇ」 極一部では『コキュートストリオ』などと呼ばれているとか、いないとか? 因みに、カミュはここにはいないサガ、シュラと共に、 「慟哭トリオ、だよな」 「…………デスマスク〜」 地を這うような声は勿論、氷点下。巻き添えを食っては堪らぬと他の者はすっ飛んで、退散した。 デスマスクがどうなったかは──御想像にお任せする。とりあえず、夕方の約束はキャンセルになったらしいとか。 ★ ☆ ★ ☆ ★
「御苦労だったな、ミロ」 先触れの報告を受け、教皇シオンは『教皇の間』の玉座に座し、蠍座の黄金聖闘士ミロを迎えた。 これはある意味、儀礼的なものだ。教皇も四六時中、『教皇の間』にいるわけではなく、普段は執務室に籠もり、必要に応じて、出てくるのだ。 「もう一つ、苦労をさせたようだな」 簡単な口頭報告を受け、労った後、シオンは外見上はともかくの年齢《とし》にそぐわぬ悪戯っ子めいた笑みを浮かべた。 「いやぁ、別に苦労ってほどでも」 豪奢な金髪を掻き回しながら、あっさりと答えるのが本音だとは良く判る。涼しい顔をしていても、意外と気難しい弟子をサラリと躱《かわ》すのだから、大したものだ。 「というか、苦労の種になりそうなもんを、人に押し付けんで下さい」 少しばかり口調が変わったが、シオンは気にしなかった。 「たわけ。若い内の苦労は買ってでもしろ、というだろうが」 「……本トに面倒なんスね」 わざとらしい諺を持ち出したからか、本心もスケスケ☆ しかし、若造にあっさり看破されるのは面白くない。ペコッと軽くだが、額を叩《はた》いた。 「ッテェ。何すんですか」 「喧しい。人聞きの悪いことを言うな。考えナシにポンポン物を言う辺りは、ちぃ〜っとも変わっとらん」 「〜〜どうせ、俺は成長しておりませんよ」 不貞腐れ、更にぞんざいな物言いになると、若造というより、本当に子孺だ。また叩かれるかもしれない、と少しだけ身構えているところが笑える。 いや、本当に笑った。教皇の高笑いに、今度は顔を引きつらせていたが。 「莫迦を申すな。お主も立派に成長してくれたわ。だが、変わっておらぬところもあるというだけだ。──自分くらいは、できるだけ変わらないでいようと思ったのか」 「──……」 驚愕に目を瞠るのは図星というところだろう。少しだけ目が泳ぎ、行き場に迷った手がまた、頭を掻いた。 「え〜と…。まぁ……」 「フッ…。お主には感謝しなくてはならんな」 「は…? あの、いきなり、何スか」 「平和を迎えたとはいえ、全てを忘れられるはずもない。ムウもアイオリアも、私が知っている笑顔を見せなくなった」 「シオン様……」 「だが、お主と一緒にいる時は、少しは昔のように笑ってくれる」 常には厳しい表情を崩し、優しい眼差しをミロに向ける。 「いや、あの二人ばかりではない。他の者たちもお主が加わると、途端に場が明るくなる。戻れるはずのないあの頃に、戻ったかのようにな」 「〜〜俺って、そんなに進歩がないっスか?」 「阿呆★ 素直に褒められたと喜ばんか」 「いや、だって! シオン様が、んな素直に褒めてくれるなんて、とても考えられな──」 バコッ★ 先の一発より、威力を増した一発が炸裂。 「う〜」 「どういう意味じゃ、この唐変木」 「だってだって、ムウのお師匠様じゃ、一筋縄でいくわけないし」 ……彼らが理解し合える日は、遠いようだ。
コンコンと、一応はノックをするが、返事を待たずに扉を開ける。 「お邪魔」 「おー、ミロ。お帰り。報告は済んだのか」 迎えたのはアイオロスとサガ──ここは教皇補佐の執務室だ。報告に来ていたアイオリアとムウが振り向く。 「あぁ。何だか、シオン様、機嫌が良かったな。その癖、何度もドツかれるのは納得いかんけど」 「叩かれるようなことを言ったんじゃないんですか」 一応は師匠を庇うように言うムウに、ミロは肩を竦める。先刻のシオンの言葉が頭を掠めていく。 「まぁ、いいや。で、こっちも報告し終えたか?」 「あぁ。たった今な」 アイオリアの視線を受け、アイオロスが受け取った書類をパンと弾く。 「よく纏められたな。俺たちが出た時はどちらも引かない感じだったから、今日は無理だと思っていたんだが」 「つーか、アイオロス。あんたといい、シオン様といい、放任主義もいいとこだぜ」 「今更、師匠面してもなぁ」 頬を掻きながら、目を向ける兄に、弟も小さく頷く。歴戦の勇士であるアイオリアに今更、アイオロスがくどくどと指示をすることは殆どない。寧ろ、奔放すぎる兄の方が弟に説教されていたりするくらいだ。 「しかし、纏められたのはミロのお陰かな」 「ホウ。何かアドバイスでもしたのか」 サガまでが幾らか興味深そうに聞いてくる。それほどに、この二人の『千日戦争』は凄まじかったのだろう。 「いや、別に大したことしてないって。それより、報告終えたんなら、飯にいかないか。俺はもう腹ペコだぜ」 「そうだな」 「いいですよ。お付き合いします」 午前中は殆ど『千日戦争』に──もとい、会議に費やしていた二人も言われて、空腹を覚えたらしい。だが、元気よく椅子を立ち上がったのがもう一人。 「よぉ〜し! んじゃ、行こっか〜♪」 「待たんかっ! 何を当たり前のように、くっ付いていこうとしている? お前には仕事があるだろうがっ」 ニコニコしているアイオロスの首根っこを捕まえたのは無論、サガだ。 「え〜。でも、息抜きも時には必要……」 「そーゆー科白は、きっちりと仕事をする奴にだけ許されるものだ」 ゴゴゴゴ…と高まる威圧感に、さしもの、慣れている^^;アイオロスも後ずさった。 その隙に、三人の年少者たちは扉に直行。 「兄さん、頑張って、仕事をちゃんと片付けたら、一緒に食べよう☆」 「──リアッ。兄ちゃんを見捨てるのか〜〜ッッ!?」 無情にも閉められた扉の向こうで、教皇補佐たちの熾烈な戦いが繰り広げられた……らしい。
☆ ★ ☆ ★ ☆
盛大に嘆息し、アイオリアが呟く。 「兄さんも仕方がないな」 「半分、わざとやっているような気がしますけど」 「だな。お陰で、サガがよく噴き上がる。……昔は全部、呑み込んで、笑っていたけど、今はよく怒る」 ある意味では彼らが何も知らずにいた幼き頃、幸せの一つの象《かたち》を確かに示していた頃……。 「でも、今の方が断然、生き生きしていますよね。あの人も昔は溜め込むばかりで──今は言いたいことをストレートに言うようになった」 「仲間なんだからな。溜め込むより、ずっといい」 シミジミと言うアイオリアに、ムウが目を瞬かせ、ヤレヤレとでも言いたげに肩を竦める。言いたい放題に程遠いのはアイオリアも同じだ。 だが、そんなに急に変わらなくてもいいとも思う。大体、そんなことは無理な話だ。十三年分の重みは一朝一夕に取り除けるものではない。同じだけ、いや、それ以上の時間がかかっても仕方がない。 だが、今は──アイオリアにもムウにも、ミロにだって、時間はあるはずだった。
「なぁ、ロス兄が昼食に間に合うと思うか」 「無理じゃないかな。サガが出さないと思うぞ。暫くはカンヅメだろう」 「んじゃ、賭けるか? 俺は間に合うに一票だな。リアに『頑張れ』なんて言われて、発奮しないわけがない」 「それより、賭けるのはいいですけど、何を賭けるのですか」 「そりゃ、食後のデザートとか」 「……別に賭けなくても、欲しいんなら、やってもいいぞ」 「お子様、ですよねぇ。ミロって、相変わらず、甘いもの大好きで」 「なッ、お子様言うなっ」 戦士たる者、高カロリー物は戦闘エネルギーに転化するのにも必要、とか何とか。一生懸命、言い訳するミロに、同い年だが、何ヶ月かは年長の二人は苦笑した。世話好きで兄貴ぶるくせに、やはり、黄金聖闘士の末弟と思わせるところもある。 「だーから、笑うなっての!!」 顔を真赤にして、怒鳴るミロと笑いを堪えきれないアイオリアとムウ──擦れ違う神官や警護兵たちが礼をしつつも、珍しいものを見るように見送っていることに、彼らは気付かなかった。 『お主と一緒にいる時は、少しは昔のように笑ってくれる』 細やかな願いは、苦しい時代をも乗り越えて、成就されている。
倫さんへの本宅66666キリリク作品です。大分、お待たせしてしまった上に、『お題』タイトルを拝借してしまいましたが──何というか、ピッタリ?だったもので^^ リク内容は『アイオリア、ムウ、ミロのコキュートストリオ(笑)で聖戦後の話』とのことでした。『コキュートストリオ』──極一部(当サイト?)でのみ、通用する呼び方です。いや、普及してくれたら、面白いけど♪ で、『平和な?千日戦争』展開中☆ キリリク作品なので、『お題』統一背景とは変えてみました。
2009.04.30. |