秋空に響け 視線が痛い……。微かに溜息を漏らすと、傍らの星矢に肘で小突かれた。 「何だよ、アイオリア。ひょっとして、緊張してんのかぁ」 「え? いや、そういうわけでもないが……」 「外野なんて、気にすんなよ。いつもみたいに走れば良いんだからさ」 いや、いつもみたいに、つーわけにはいかないだろう。と心の中で突っ込んだ。 すると、反対側に立っている兄がフフフと、不敵な笑みを零す。 「そんなことでは、勝ちはこのアイオロスに決まったも同然だな。フ…、アイオリアよ。勝負は勝負。どんな時でも、全力を尽くせ!」 「……兄さん」 こんな時、兄がやる気になればなるほど、妙な不安を掻き立てられるのは何故だろう。 「あの、アイオロス。全力全開は止めて下さい。お願いですから」 アイオリアに同調したのだろうか? コソッと耳打ちしたのは氷河だったが、アイオロスが聞いているとも思えない。 ハァともう一つ嘆息。彼らの周囲には、揃いのTシャツ短パン姿の星矢たちと同年代の少年たちが並び、漏れなく世代の違うオジさんオバさん方と組んでいる。 そんな中で、思いッきしアイオロス・アイオリア兄弟は浮いており、周囲の視線を集めまくっている。
ピイィィ〜〜 甲高い笛が鳴り響き、注意を引いた。 「それではこれより、二年生男子、保護者参加による“蝶々の戯れ”を始めます」 ワアァァァ〜〜 歓声に鳴り物までが派手に重なる。 はためき、翻る紅白の大旗。真青な高い空の下、本日、グラード学園中等部大運動会であった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
そも、射手座獅子座の黄金兄弟は任務で訪日していたのだが、二人揃ってというのは意外に珍しい。そして、 「明日は我が学園の運動会ですから、二人とも、お休みして下さっても大丈夫ですよ」 女神様こと城戸沙織嬢のお言葉により、二人は一日だけの休暇を得たわけだが、急なことで、予定などない。 それに、聖域純粋培養の兄弟は『運動会』なる代物が想像できず、星矢に尋ね、「じゃ、明日、見にくれば」と誘われたわけだ。 思えば、この時、星矢にはある魂胆があったのだ──つまり、保護者参加種目に参加して貰おうという。黄金聖闘士が幾ら聖衣ナシ、小宇宙も封じたとしても、鍛え抜かれた彼らに、そこらの親父が対抗できるわけがない。しかし、沙織も止めたりはしなかった。
「アイオリア、俺と組んでくれよ」 早い者勝ちとばかりに、星矢がアイオリアに頼むのも当然の選択か。それに、瞬たちが異を唱えるのもまた当然。 「ズルいよ、星矢」 「アイオリアは俺の兄貴分だぜ。俺と組むのは当ったり前だろう。なっ、アイオリア」 「え? あぁ、まぁ」 とりあえず、頷くのは確かに弟のように面倒を見てきたからだろうが、否定もしないアイオリアに、その実の兄は冷たく燃え盛る炎を背負っている。 「星矢よ! リアはこのアイオロスの弟だっ。お前の兄ではないっっ」 全開で主張したかったが、「だから、兄貴分だってば」とか返ってきそうなので、辛うじて口に出すのは堪えた。 葛藤するアイオロスに縋ってきたのは瞬だった。 「だったら、アイオロスが僕たちの組に来て下さい」 「え、瞬たちの組って──」 見れば、紅い帽子を被っている。瞬は紅組なのだ。そして、アイオリアは星矢に渡された白いハチマキを、頭に巻いていた。……元々、紅いバンダナをしているアイオロスとは一層、双子チックになる。 「アイオロス! お願いします。まさか、アイオロスまでが白組に行ってしまうなんてことありませんよね。そしたら、もう紅組《ぼくら》の勝ち目はありません。そんなの不公平じゃありませんか」 ウルッとした上目遣いに敵う者は数少ない。兄馬鹿一直線弟(バカ)一筋のアイオロスでさえ、グラリと来た。とはいえ、その手に握られた紅のハチマキ──これをつけたら、アイオリアとは敵同士!? ガガンガン★と特大ショックに見舞われているというのに、その弟ときたら! 「兄さん。悩むことなんてないだろう。引き受ければいいじゃないか」 兄の気持ちも知らずに、こんの弟はっ!? 一寸ばかしイラッとしたが、ふと思いつく。 どうも最近、兄を兄とも思っていない節がある。昔は兄ちゃん兄ちゃんって、くっついて来たというのに──今じゃ、こっちが追いかけている始末。その上、時々、迷惑そうな顔までする。 あんなに可愛かったのに、こんなにスレてしまってTT くそっ、サガの奴ッ★ いやいや、サガをシメるのは(!?)聖域に帰ってからにして、ここは一つ、アイオリアに兄の偉大さを改めて、見せ付けてやる必要がある!! ビシィッ☆ と決めて、鮮やかに勝利すれば、「さすが兄さん。まだまだ敵わないな」と尊敬の眼差し大復活間違いナシ♪ 見事なまでの三段論法で、アイオロスは結論付けた。 奪うようにハチマキを取り、バンダナとの二重巻き敢行。 「よし、瞬! このアイオロス、惜しみなく力になるぞ。そして、見事、紅組を勝利に導いてやろう」 「ハイッ、宜しくお願いします」 とか言ったことを瞬が後悔するのに、大した時間は要さなかった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
アイオリアは星矢と足を結び、肩を抱いた。隣にはメラメラと熱い炎を纏わせるアイオロスと引き気味の氷河がスタートの合図を待っている。 多分、双子(知らなきゃ、そうとしか思えない)な見た目はイケメン金髪碧眼兄弟に、場違いな溜息が観客席の其処彼処から漏れ聞こえる。上着を脱いだ上半身のシャツの下には鍛えられた筋肉が浮き上がり、ギリシャ彫刻の如き美しさを想起させる。 女性の皆様方が陶然と溜息を零すような野郎など、世の男どもの敵でしかないはずだが、この兄弟の体は男にとっても、理想的なものだ。 「見てる見てる。ヘヘッ、気分良いなぁ」 星矢にとって、アイオリアは正しく自慢の格好良い兄貴同然だった。聖域では未だに柵《しがらみ》も多いが、ここでは純粋な憧憬が心地好い。そして、
よぉーい、ドン☆ 高らかに響き渡るピストルの音に、一斉スタート。 「一二、一二」 リズミカルに、タイミングとバランスを取るように腕を振りながら、駆ける。夫々に空いた手を振る様が、ひらひらと飛ぶ蝶の如く見えるので『蝶々の戯れ』と^^ つまりは『二人三脚』だった。 アイオリアと星矢は息もぴったりで、危なげもなく、スピードを上げる。ダントツに一位をキープし、ゴールを目指す。 その後にアイオロスと氷河の組が続く。 「待て、アイオリア! うおおぉぉっ」 「え? ちょっ…、アイオロス!?」 いきなりダッシュをかけたアイオロスについていけず、氷河がバランスを崩す。 「あー。氷河ッ」 「アイオロス! 自分だけ突っ走らないでくれ」 観客席の瞬と紫龍の制止の声も、熱血アイオロスの耳に届くはずもなく……;;; パーン…… ブッチギリの強さで、アイオリアと星矢がゴールする。 「やったぁ、アイオリア! 俺たち、一着だぜ!!」 大喜びの星矢に頷きながら、後ろを振り向く。また、兄が何かやらかしたはずで……。 「氷河、大丈夫か」 「これしきのこと、大したことはない。う…」 「ス、済まん、氷河。つい、熱くなってしまって」 頭をかき、さすがに申し訳そうなアイオロス。氷河をコケさせただけでなく、軽く十メートルは引きずったのだ。お陰で、擦り傷だらけだ。 「どれ、ヒーリングしてやろう」 気軽に引き受ければいいなどと言ったアイオリアは密かに後悔しつつ、氷河の怪我を治してやる。 全く、射手座のアイオロスは皆をグイグイと牽引していく正しくリーダー・タイプ。人をその気にさせて、実力以上の力を引き出させたりもするが、自分が人に合わせるのは大変に苦手としていた。 おまけに、自由奔放なる射手座の矢そのまんまだし……。黄金聖闘士連中ならば、アイオロスの無茶さ加減にも慣れているし、何とか合わせられるが、青銅の少年たちに、そこまで求めるのはまだ難しいだろう。 「アイオリア、もう大丈夫ですよ」 「そうか」 学校では他の大多数は一般人たちだ。全て完治させると、怪しまれてしまう。元々、星矢たちの傷の治りは早いと評判なのだ。それもまた、小宇宙のお陰だ。とはいえ、 「兄さん、少しは──」 「解かっている! グダグダ言うな」 「グダ…。本当に解かっているのか?」 「クドいぞ、アイオリア! 同じ過ちを繰り返す兄だと思っているのかっ」 「……二度も氷河に無駄な傷を拵《こさ》えたら、氷の彫像を一つ作ってやろう」 いきなり背後から凄まじい冷気を伴った冷え切った科白に仰天する一同。見事に、アイオロスの背後を取ったのは、 「我が師カミュ! 何故、ここに」 「アテナにお招き戴いたのだ。お前の勇姿を見にきてやって欲しいと……。少し遅れたばかりに、アイオロスなどに付き合わさせて……。済まなかった」 (「おいおい、何て言い草だよ」←無視) 言われ放題のアイオロスに、口を差し挟む隙など全くない。 「そんな。とても嬉しいです、先生!」 ガッシと抱き合う氷の師弟。その後ろには何とミロまでが。 「俺は付き添いな。舞い上がったカミュが無茶やらんようにって、お目付け」 英雄の誰かさんもクールが信条の誰かさんも、その実、黄金聖闘士熱血筆頭な二人より、よっぽど、熱い奴らだ。何とも言えないアイオリアだった。 「心配するな、氷河よ。これより後は、私がお前と組もう」 「本当ですか、先生」 「アイオロスになど任せておけぬからな」 感動の余り、保護者参加種目は各学年に一種目しかないことを奇麗さっぱりと忘れているらしい氷河だった。 「まさか、老師も来ておられるのだろうか」 何処かに隠れているのではないかと、辺りを見回す紫龍だが、小宇宙を封じられれば、まず察知はできない。 「ダイタロス先生も」 「あー、瞬。残念だが、ケフェウスは所用で来られないらしい。応援メッセージを預かってきたぞ」 世話好き人間の本領発揮か。ミロの渡した師のメッセージに瞬の顔も全開に輝く。 「有難うございます、ミロ」 「あー、一輝の師匠も来られないって」 「ミロ、兄さんはもう中等部じゃないので、来ても応援になりませんよ」 「あ、そうなの」 それでなくとも、浮いてしまう一団は遙か高みまで吹っ飛んだ空間を為していた。 その後も運動会は滞りなく進み、午前の部が終了した。 組分け関係なく、皆が集まり、広げたシートの上で、昼食を取る。聖域組の黄金聖闘士たちには初めての体験だ。城戸家から持たされた弁当を囲み、わいわいと騒ぎながら、食べるというのは実に楽しいものだった。 周囲の目を引きまくる集団に、近寄ってくる者もいる。 「お一つ、如何ですか」 「有難う、戴きます。うん、これは美味しい」 如才なく、アイオロスが応じたりしている。十四歳の誕生日を迎える前に、一度死んだ割には、豪く社交的なのが不思議だった。 他にも星矢たちの同級生などがやってくる。城戸家所縁の少年たちだというのは知られているが、それにしても、イケてる外国人のお兄さん方(しかも、日本語はペラペラ)が四人も保護者代わりというのに、好奇心を抑えられずに質問攻めにもあう。 尤も、それは「グラード財団の関係者」の一言で、あっさり納得させられてしまったが。 腹ごしらえが済んだ後は、午後の部突入である。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「フッ、今度こそ、快勝してやろう」 廻ってきた再戦の機会に、やる気満々のアイオロスである。 「アイオリア、負けんなよ」 「うむ、全力は尽くす」 「程々になぁ」 「ミロは参加しないのか?」 「俺はお目付けだって言ったろ」 「でも、白組《こっち》はアイオリア一人。紅組《むこう》はアイオロスとカミュの二人じゃ、やっぱし不公平だよ。何の競技でもいいから、ミロも白組についてくれよ」 「っても、ロス兄は全然、役に立ってないじゃん」 いつにも増して、砕けた調子のミロだが、それも解放的な雰囲気のためだろうか。言ってる内容にも苦笑させられるくらい、アイオロスのやる気は空回りしているが。 「とりあえず、この綱引きはあの兄弟だけを出せばいいんじゃないか。おーい、カミュ。引き上げろ」 「ム、仕方あるまい。聖闘士の戦いは一対一が基本」 「いや、聖闘士の戦いじゃないから」 ともかく、『運命の大綱引き』(まんまだ)参加は黄金兄弟と決まった。
大人向きに生徒用よりは二回りほど、太い綱が運動場の中央に置かれている。 「アイオリア! アンカーだぞ」 叫ぶ星矢の指示に首を捻るアイオリアに隣にいたオジさんが「一番後ろのことだよ」と教えてくれた。錨の如く、体に綱を巻き付けて、重心を低く──と言われるままに準備をする。 それを見たのか、反対側のアンカーもアイオロスが買って出ていた。 「それでは、よぉい、始め!」 両方から綱が引かれ、ピンと張る。 「ぐ…っ」 「何の!」 幾らオジさん方が主戦力とはいえ、大人が集まって、引き合うのだ。その力は中々に強いものがあり、アンカーの二人にもかかってくる。 とはいえ、何しろ、人知れず、世界の平安を護る聖闘士──それも筆頭黄金聖闘士の二人だ。すぐに対応し、ビクとも動かない。一進一退どころか、綱がまるで凍りついたかのようで、オジさんたちはゼェゼェハァハァしながらも、引き合っている。 応援する観客にも力が入る。拮抗した名勝負のように思われたが、その実、 「ありゃ、膠着したな。あの二人が疲れるまで、終わらないぞ」 つまり、永遠に終わらないということだ。綱引きぐらいで、黄金聖闘士が息を上げるはずがない。 「仕方ありませんね。タイムテーブルというものがありますから」 突如、現れたとしか思えない我らが女神様に、皆が驚くが、次には絶句する──何と、沙織も体操着姿だったのだ。 「ア…、いや、総帥。そのお姿は」 「あら、私も一応、この学園に籍を置いておりますのよ。午前中は急な会議が入って、参加できませんでしたけど。これから、頑張りますわ」 言われてみれば、別に不思議でも何でもないのだが、颯爽と走る女神の姿を想像しようとして、全員が失敗した。 「ともかく、早いところ、決着をつけて貰いませんとね」 沙織はニコリと微笑んだ。 『アイオロス、アイオリア。聞こえますか』 『『──!? アテナ?』』 『素晴らしい勝負ですが、綱引きで、千日戦争に陥られても困ります。小宇宙を使っても構いませんから、早く勝負をつけて下さい』 『小宇宙って──』 『いや、しかし、アテナ。小宇宙はさすがに』 『ほんの一瞬ですよ。私が合図したら、綱を通して、小宇宙をぶつけ合いなさい。勿論、十分にセーブしてね』 『綱が保ちません』 『当然ですね。切れた箇所で勝敗を決します。用意』 『『アテナ!!』』 『今です!』 黄金兄弟の困惑など無視しての指示に、だが、彼らは即、応じていた。 次の瞬間、それなりに太い綱が真ん中辺りで見事にブチ切れ、引っ張っていたオジさんたちも勢いよく尻餅をついてしまったのだ。 「き、切れた?」 「嘘……」 皆が呆然としたのも当たり前だ。普通では綱引きの綱が切れるはずがない。その犯人たちは一番後ろで、何食わぬ顔で綱を体から外している。 沙織の指示で、切れた綱の長さが比べられた。その結果、 「綱の長さが同じため、この勝負は引き分けとします。紅組白組、得点は双方に──」 状況や理屈はともかく、ワッと観客は盛り上がる。勿論、力を尽くした参加者たちも肩を叩き合い、喜んでいた。
同じ方向に戻ってくる黄金兄弟はといえば、弟と引き分けたことに、兄は大層、不服そうな様子だ。弟の方は一仕事片付けた上に、得点も得られたので、十分に満足している。 「星矢! 次は? 次の保護者参加の競技は何だっ」 「アイオロス…。まだ、やる気?」 「当たり前だっ。このまま、終われるかっっ」 「えーと、後は借り物競争かな。一年生保護者参加」 「よしっ、今度こそ」 「でも、一年生は瞬だけだから、紅組に一人しか出られないよ」 「何ッ、それじゃ、リアは出られないのか」 「いいじゃないか、別に。俺と競争しているわけじゃないだろう?」 「ムムム〜〜」 呆れ顔の弟に、兄は唸るだけで、何も言い返せなかった。 その時、星矢の同級生の少年が近付いてきた。 「なぁ、星矢。一寸、頼まれてくれないか」 「あ、何?」 「その、うちの親さ、仕事で来られなくて……。俺はいいけど、妹がね。口では我慢するって言ってるけど、やっぱり寂しそうでさ。だから、その、星矢んとこのお兄さんたちの誰かに、妹の保護者として、次のレースに出て貰えないかなって。同じ白組だし」 「何だ、そんなことか。お安い御用だぜ。な、アイオリア」 「え? 俺か」 「出るんだ、アイオリア。今度こそ、決着をつけるぞ」 「兄さん……」 アイオリアより、アイオロスの方が乗り気やる気だった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
その頃にはすっかり、人気者になっていた兄弟だ。姿を見せると、あちこちで歓声が沸くが、「おー、あの面白い兄ちゃんたちだ。頑張れよ〜☆」と、何だかオジさんたちにまで受けている。 面白いなどと、兄と一括りにされていることがアイオリアには納得いかなかったりもするが、兄はといえば、手を振って、声援に応えている。 「では、一年生保護者参加、“愛の伝達使”を始めます」 アナウンスが開始を知らせる。それに対し、素朴な疑問も。 「……それにしても、あの競技名は何なんだ」 「昔ながらの言い方なんだそうです」 日本で運動会が始まったばかりの頃は、直接的表現ではなく、比喩的で、何となく詩的な呼び方をしていたそうだ。グラード学園は伝統的呼び方を使い続けているという。 何組かが競技を終え、愈々、黄金兄弟の出番だ。弥が上もなく、盛り上がる。 スタートラインに着き、ドンッ、とピストルの音に弾き出される。少し走ったところに、人数分の封筒が置いてある。殆ど同時に先頭で、達したアイオロスとアイオリアは急いで、引き出した中の紙を読む。 アイオリアの手元には『青のケータイ』とあった。生徒が今、持っているはずがない。即座に観客席前へと駆けていく。 一方のアイオロスは紙をジーッと凝視したまま、何故か、立ち尽くしている。その間にも、他の参加者たちが指示に従い、散っていく。 「アイオロスの奴、どうしたのだ」 「妙ちきりんなモンでも書いてあんのかな」 「アイオロス! 急いで!!」 瞬の声に我に返ったのか、顔を上げたアイオロスは辺りを見回し──そして、観客席に向けて、ダッシュした。 「青い携帯電話を持っている人はいませんか」 「私、持ってますよ」 「済みません、貸して下さい」 手を振る女性に駆け寄り、何とか『青のケータイ』GET☆ と思われた瞬間だった。 「アイオリア!!」 「え?」 「一緒に来てくれっ」 「んなっ、ちょっ…、兄さん!?」 アイオロスに引きずられ、というか、引っ立てられていくアイオリア……。 渡し損ねた携帯を手にした女性をはじめ、観客は呆然と二人の兄弟を見送った。 「うおおおぉぉぉっっっ!!!」 全力疾走の聖闘士たちは何人かの先行走者を抜き去り、一着でゴールする。尤も、借り物競争の場合、持っていった物と指示の内容が一致しなければならない。 「か、紙を見せて下さい」 引き気味の判定役の教師に、自信満々で紙を差し出すアイオロス。引きずられていったアイオリアは既に文句を言う気すら失せている。 「……えっと、貴方の大事な、もの?」 「ハイ、弟です。大事な者」 「…………」 「アイオロス。弟を物扱いですか」 一生徒としての顔ではなく、沙織が口を挟む。教師では相手にならないと判断して、出てきたのだろう。 だが、沙織の言葉に、アイオロスも心外そうに力一杯、反論する。 「とんでもない。しかし、今、この場で“大事なもの”と言われたら、アイオリア以外ありません!」 「兄さん、あのな……」 「いや、この場でなくても、俺の一番、大事なものはお前だぞ。安心しろ」 「そーじゃないだろうっ。だからって、俺の邪魔をするなよ。お陰で、こっちはケータイを借り損ねて、ドンケツじゃないかっ」 「え? あ、いや。済まん。悪気は全然、ないぞ;;;」 そんなことは解かりきっている。だからこそ、却って、救いようもない。 ここまで来ると、漫才のようだ。案の定、観客には受けている。「いいぞぉ、兄ちゃ〜ん。面白ェぞ」「もっとやれ〜☆」などなど、場違いな声援が飛ぶ。 「何やってんだか」 「もう、アイオロスってばー」 「アイオリアがビリかよ。そんなの、ねぇよな」 身内から見ると、黄金の二人には見慣れたことで苦笑するしかない。青銅少年たちにすれば、噂には聞いていても、その実、疑っていたほどだったのだが、 「本当に、兄馬鹿だったのだな。あのアイオロスが」 ポツリと呟く紫龍の言葉は少年たちの内心を全て代弁していた。 「とにかく、アイオロス。貴方は失格ですよ」 「な、何故ですか、アテ…、総帥っ!?」 危うく普段のように呼びそうになったのを堪えたが、それこそ、納得いかないアイオロスに、隣のアイオリアがこめかみを押さえる。 「何故も何も、貴方は他の競争者の妨害をしたのですよ。失格は当然です」 「う…、そんなっ」 「諦めろ、兄さん。俺だって、失格同然なんだぞ」 一応、ビリ相応の得点だけは貰えることになったが──それだけでも救済された方だろう。 悄然と肩を落としながら、観客席に戻る二人だが、その観客席では拍手が起こっていた。 「ワハハハ、兄ちゃんたち、面白かったぞ」 「イケメン兄弟漫才コンビでデビューしろよ。きっと、人気出るぞ」 何だか、勘違いされているとしか思えなかった声援まで貰う始末だ。 「済まん、星矢」 「アイオリアが悪いわけじゃないよ。……多分」 慰める星矢も自信がなさげだった。全ては英雄様の行い次第。おまけに、この先も、改まる可能性は低いだろう。……多分;;;
とにもかくにも、保護者参加競技は全て終了し、後は観戦応援するだけとなった。「……アイオリア、怒ってるか?」 暫く落ち込んでいたアイオロスだが、やっと口を開いたかと思えば、窺うように訊ねてくる。普段もそうだが、弟大事の余りに突っ走って、当の弟を怒らせて、慌てふためくわりには学習しない。何故、そこで踏み止まれない? だが、アイオリアは今までの競技を思い返し、フッと口元に微笑を浮かべた。 「でも、楽しかったな」 「え?」 思いもかけない言葉に、その兄は怖々ではあったが、見返してくる。 「楽しくなかったか、兄さんは。こういうのって、初めてだったじゃないか」 聖闘士たる彼らが体を動かすことといえば、修行が全てだ。世界の安寧を護るための、戦いに備えて……。どれほど、辛かろうと、苦しかろうと、自らの生死にも係わってくるため、手を抜いたりはしない。聖闘士たる身には義務にも等しいことだ。 だが、今日は──競争といっても、別に生き死になど関係はない。それでも、応援されれば、応えたいと思ったし、勝てば嬉しく、負ければ悔しい。 何より、体を動かすことが本当に心地よく、楽しかった。 アイオロスも表情を和らげ、微笑んだ。 「そうだな。楽しかったな」 「でも、兄さんは勝利の気分は味わえなかったけどな」 「ぐっ、それを言うか」 くそ、来年こそは必ず勝利してみせる! とか何とか、瞬が聞いたら、「もう結構です」と断りそうなことを宣言していた。
ピイィィ〜〜 次の競技が始まるようだ。 よく晴れた、高い高い秋空に、笛の音が吸い込まれていく。 そして、後を追うように、歓声が響いた。
本宅60,000HIT☆記念作品相当作。いや、申告者がなかったもので、その時、「もし、なかったら」とリクしてくれた方がいたので、ある意味、救済かも。リク内容は『アイオリアとアイオロスのほのぼのお話し』でしたが、案の定、ほのぼのというより、ただの馬鹿話になってしまったかと。 『運動会』というギリギリ、季節ネタでもありますね。『蝶々の何とか』というのは本当に、昔々の運動会で使われていたそうです。詩的というか、面白いっスよね。 学校だけでなく、地域の運動会なんてのもあって、プログラムだけは毎年、入ってくるけど、仕事もあって、全然、行ったことないですね。何気なく、今年のプログラムを見ていたら、『愛のボール運び』なる種目が!? スプーン運びか何かか??? どんな競技だか、見てみたかった^^
2008.10.19.
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