『聖闘士星矢・星影篇〜邂逅』 お礼SS No.16


 懐かしき聖域の情景──アイオロスにとって、赤子を抱いて、此処を逃げ出したのは昨日のことのように思い出せるが、しかし、あの頃とは完全に同じではないのはやはり、十三年以上という時間が経過しているからだろう。聖域だけでなく、そこに在る人々の上にも、同じだけの歳月が流れていったのだ。
 アイオロスはある意味、自分を置き去りにした、その時間を噛みしめながら、ブラリと聖域内を歩いていた。別に、目的などない。疾うに死んだはずの自分が、今こうして、此処に存在《あ》る不可思議さを思いながら。
 そうして、行きつくのは同じ聖闘士の宿命を負った唯一の弟のこと。
「アイオリア……お前は此処で、俺がいない間もずっと、独りで……」
 だが、その弟は今、此処にはいない。聖域にはいない。この世の何処にも──……。
 アイオロスは唇を噛みしめ、危うく込み上げそうになる涙を振り払った。
 こんなことでは駄目だ。独り、厳しい逆境の中、戦い続け、生きた獅子座のアイオリア。
 その兄として、懐けない限りではないか。
 アイオロスは気持ちを切りかえ、歩き出す。

「やってるな」
 闘技場では、聖闘士候補生が訓練の真只中。聖戦は終わっても、神々の戦いが終わったというだけのこと。世界の各地では聖闘士の力はまだ必要とされている。次代の者も鍛えねばならない。
 陽光が弾け、指導をしている者に目が行く。光の源は硬質の仮面。女聖闘士だ。中々、厳しいが、的確な指示を飛ばしている。
「白銀聖闘士か。確か、イーグルだったかな」
 その時、視線を感じたのか、小宇宙を察知したのか、相手が振り向いた。表情は隠されているが、小宇宙が揺れ、微かな動揺を感じた。
 指導者の意識が逸れたことに、候補生たちも気付いた。つられるように視線をこちらに向け、
「あ、アイオリアさん!」
「本当だ。アイオリアさんだっ」
「アイオリア様、やっと戻られたんですね」
「コラ、お前たち!」
 止めるのも聞かずに、候補生たちが走ってくる。そして、アイオロスを取り囲む。
 アイオリアさん、アイオリア様と、嬉しそうに群がってくるが、対応に困る。彼らが自分を弟だと思い込んでいるのは仕方がない。甦った直後は黄金聖闘士の仲間たちですらが、兄弟のどちらか判別しかねたほどだ。
「いや、俺は……」
「お前たち、いい加減にしないか。大体、彼はアイオリアじゃないよ」
 追いついた指導者の女聖闘士があっさりと訂正してくれた。
「よく小宇宙を見な。確かに似ているが、アイオリアじゃない。済まないね、射手座のアイオロス」
「えぇっ。アイオロス様なんですか」
「スゴーい。アテナをお助けした英雄様にお会いできるなんて。でも、アイオリア様にそっくり」
「魔鈴さん、本当にアイオロス様なんですか。アイオリアさんと二人で、僕たちを担いでるんじゃないですか」
「バカ。何で、そんなことをしなきゃなんないのさ。ホレ、戻って。まだ、訓練の途中だよ」
 追い立てられ、闘技場に戻っていく候補生たちは、しかし、聖域の英雄と直に会えたことに興奮している様子だった。
「本当に済まなかったね、サジタリアス。それじゃ」
「あ……」
 呼び止めようとしたアイオロスは言葉を飲み込んだ。彼女の背中が自分を拒んでいるような気がしたからだ。

 訓練が再開され、暫くアイオロスはその様子を見ていた。そのためか、候補生たちも更に熱が入っているようだ。
 自分をアイオリアだと思い込んでいた候補生たちの様子から察すると、アイオリアは彼らには慕われていたようだ。“逆賊の弟”と呼ばれていたはずの弟が……。
「……決して、独りではなかったということか」
 少しだけ救われるような思いを胸に、闘技場を後にした。
 だが、指導者の女聖闘士──魔鈴の目が追っていたことにまでは気付かなかった。





『聖闘士星矢・星影篇〜視線』 お礼SS No.20

 視線を感じる……。
 いや、甦ってからこの方、アイオロスは衆目を集めている。嘗ての“逆賊”にして、今は“英雄”として──人の目に曝され続けている。
 最初こそは気になったが、見られるだけのことならば、案外に直ぐに順応してしまうものだ。意識の外に締め出してしまえば済むだけのことだ。慣れ、ともいえる。
 だが、その状況は全く別のことを想起させる。弟の、アイオリアのことを……。

 “逆賊の弟”──十三年もの長き時を、アイオリアは聖域中から、そう呼ばれ続けた。
 無論、言葉の暴力だけではない。多勢に無勢のまま、手加減ナシに殴られ、足蹴にされ……それでも、抵抗もせず、勿論、反撃一つしなかったという。
 黄金聖闘士たちの影ながらの支えがあったにしても、よくも耐えたものだ。そればかりか、聖闘士としても立派に成長してくれた。
 今となっては誰にも謗られることのない、獅子座の黄金聖闘士アイオリア……。

「不毛だな」
 弟のことはもう考えても仕方がないことだった。最早、神々ですら、手の届かない処にいってしまった。……いや、消えてしまった。
 だが、聖域の者たちの反応もまた様々だった。『十二宮の戦い』以後、全てが明らかになったため、“逆賊の弟”と蔑み、打擲したことへの報復を恐れる者が多かったそうだ。
 無論、黄金聖闘士であるアイオリアが己よりも力で劣る者を力で捻じ伏せたり、叩きのめしたりするはずがなかった。寧ろ、ミロなどの方が怒っていたと聞く。
 とにかく、それでも尚、報復を恐れるのはある種の本能に近いかもしれないが、腹立たしく感じるのも確かだった。アイオロス自身の行動の結果、弟をそんな境遇に叩き込んだのだと承知していても──……。

 そして、彼らは今、アイオロスを窺う。十三年間、“逆賊”と貶めた相手を、“英雄”と奉る。どこまで本気なのか、それもまた、己を守る本能なのかもしれないが。
 それだけではない。『あの獅子座のアイオリアの兄』と呼ばれるようになったのも、同じ理由だろうか。甦った兄が、亡き弟の無念を晴らそうと代わりに報復する可能性に怯えてもいる。
 だが、『力ある者は弱き者を守る』ものだとアイオリアに教えたのは他でもないアイオロスだ。万に一つでも、起こるはずのないことだった。
 ただ、人は己の物差しで人を計るもの。理屈ではないのだ。

 だから、アイオロスもクドクド説明したりもしない。解る者が解っていてくれれば、それ以上を望んだりもしない。纏わりつくだけの視線など、切り捨てるように意識から弾き飛ばして済ませた。
 ところが、中には弾き飛ばせない、締め出せない場合もある。

 視線を、感じる。怯えではない。恐れでもない。ただの興味とも違う。
「……誰だ?」
 周囲を見回すが、視線の主は特定できない。最近、こんなことが良くある。気のせいか、とも思ったが、どうも違う。確かに、誰かが見ている。
 ……悪意などではないようだし、まるで覚えのない感触でもないのだが──まだ答えを見つけ出すことはできなかった。





『聖闘士星矢・星影篇〜面影』 お礼SS No.21


 気が付けば、つい、その姿を追ってしまう。それはもう無意識の行為で──いつも相手が視線を感じ、周囲を見回すことで我に返る。
 己の諦めの悪さを思い知らされる。況してや、今、向こうで困惑気味の男は、彼ではないのに! どんなに似ていても──姿、顔貌ばかりか、その小宇宙までがどこまでも、そっくりだったとしても、彼ではないのだ。
 あの輝かしい存在は、遂に聖域に戻らなかった。遠くへと消えてしまった。神たるアテナでさえ、呼び戻すことは叶わなかった。

 最後に会った時のことを思い出す。

『それじゃな──』

 何でもないように、いつもと同じように、また明日に会えるのが当たり前だと信じていた。互いに聖闘士たる身であれば、何の保障もなかったものを……。

 あの時の彼の声を、表情を、言葉を、後姿を胸に抱いていこうと決めたのに──上書きされてしまいかねない、あの存在を無視できない。
 似ている…、兄なのだから、それも当然だとしても、余りにも似すぎていて。けれど、ただ、それだけのことのはずで──解かっているのに、どうしても、切り離せない。

 それは聖闘士として、強い黄金の小宇宙に焦がれるからか、それとも……。





『聖闘士星矢・星影篇〜獅子誕』 お礼SS No.24


 太陽の季節が廻《めぐ》ってきた。暑い暑い、この季節が。
 そして、太陽の守護の下に、誕生《うま》れた弟を思い返す季節が……。

 森の中の人知れぬ静かな慰霊の地。忙しい合間にも、暇を見つけては訪《おとな》っていたが、今日は特別だ。
「アイオリア…。済まんな、中々来てやれなくて」
 アイオロスは小さな石の前に座り、携えてきたワイン・ボトルを供えた。
 今日はアイオリアの誕生日だった。祝うべき相手は既にこの世の者ではないため、女神は慰霊祭でも行おうかと言ってくれたが、アイオロスは断った。
 自分たち兄弟に関しては、聖域には多くのことがあった。正直、思い出したくもないと思っている者も実は数多いこともアイオロスは知っているのだ。
 心から悼んでくれる者だけが胸の中で、弟を思ってくれれば、十分だった。

 弟の死を受け容れるには時間がかかった。それでも、苦しく悲しいことに違いはない。
 苦難の中でも見事な聖闘士に成長し、立派な男となった弟をこの目で見たのは『嘆きの壁』の前での生死を越えた再会の時だけだ。

「いつの間にか、二十一になったはずだったか」
 アイオリアが生きていたら……。一緒にこのワインを楽しむこともできた。
 色々な話をして、共に本気で鍛錬に励み、誰よりも信じ、援け合える聖闘士同士として、女神を奉じ──……。

 だが、最早、それは夢見ることさえ叶わないことだ。弟はいない。この世のどころか、あの世にも、全ての世界から、消えた。
「……お前も、こんな風に俺の年を数えたのか?」
 二つ並んだ一方の石に手を触れる。まだ、感じる。弟が遺した小宇宙が、まだ、この墓石からは感じることができる。それは嘗て、一度命を落としたアイオロスのために、アイオリアが供えたものだから……。

 ガサリ、と背後で草が鳴った。振り返らなくても、伝える小宇宙で誰かは判っていた。
「リアか。来ていたのか」
「あ、あぁ。ミロから、今日はアイオリアの誕生日だったんだって、聞いてな」
 アイオロスに弟の死を、本当の意味で受け容れさせたのは、この当代の獅子の黄金聖闘士が現れたためだ。
「一寸、墓参りしたかっただけだ。直ぐに戻るよ」
 アイオロスの傍らに膝を落としたリアステッドは暫し黙祷を捧げると、立ち上がった。
 そして、邪魔をするつもりはないと、無言のまま戻っていく。

 草を食む足音が遠ざかっていく。だが、
「リア、有難う。それから、君の誕生日も過ぎてたな。おめでとう」
「……無理に言わなくてもいいんだぞ」
「そんなことないよ。さすがに同じ日だったりしたら、困るけどな。アテナは君の誕生日を聖域で祝うつもりでいたんだぞ」
「あぁ、聖域に来てくれなんて言われたけど、断ったよ。大体、未だに俺を認めてない奴らも大勢いるだろう」
 その通りだが、その融和目的でもあったのだろう。ところが、リアステッドには妥協するつもりが皆無だった。獅子座の黄金聖衣はアイオリアの記憶をも彼に伝えているらしく、聖域に対し、相当に批判的だった。
「獅子宮の結界修復をしたら、直ぐに帰るから。それじゃな」
 それを挨拶代わりに、リアステッドは今度こそ、静かな慰霊地を後にした。

 その気配が消えても、アイオロスは動こうとはしなかった。今日は特別だ。一日、此処にいるつもりだった。
 此処のことはリアステッドしか知らない。彼は誰にも言わないだろう。だから、日が替わるまで、弟と静かに語り合おう。
 たとえ、言葉は返らなくても──……。



 『星矢拍手三部作第四弾』 『星影篇』シリーズでした。
 『星影篇』設定に於けるアイオロスと魔鈴。盲点をつく感想を貰ったので、ちょい考えてみました。続きは…???
 +αな『星影篇』に於ける獅子誕。ど、どこまで暗い!? でも、本編はローの一人称表現なので、珍しい三人称になると、ローのことも客観的に見られますね。
 にしても、『星影篇』だとロス兄ちゃんが嘘のように真面目で、別人のよーだ^^;;;

2008.08.23.

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