『聖闘士星矢・超限定クリスマス?篇』 お礼SS No.36


 サガは頭痛を覚え、こみかめの辺りを押さえたものだ。この親友の時に突飛な言動には慣れていると思ったが、まだまだだったようだ。
「クリスマスだから、何だと言うんだ。世の中がクリスマス・ムード一色だからといって、聖域に関係あるまいっ」
 寧ろ、世の中が浮かれる季節、様々な問題も起こりうる。聖域の立場としては警戒態勢に入らなければならないはずではないか。
 だが、次期教皇とも目される親友はブーブー文句を垂れやがった。
「何だよ、サガのケチ。減るもんじゃないだろう」
「言うに事欠いて、ケチとは何だっ! そういう態度ならば、絶対に休暇などやらんっ」
「ケチ! ケチケチケーチッッ!! 一日くらい、いいだろうがっ。普段真面目にやってんだから」
「どの口が、んな科白《こと》を言うかっ。アイオリアはともかく、お前のどこが真面目だ!」
 冷静なサガをして、プッツン切れさせるのが可能なのはこの親友アイオロスか、双子の弟くらいなものだが、これで、サガの執務室に近付く者は殆ど皆無となった。

 唯一、呆れつつも、平然と入っていったのは──、
「兄さん、いい加減、サガに迷惑かけるのは止めろよ」
「リア?」
「アイオリア? 何か用か」
 スパッと見事なまでに切り替えたサガはニッコリと迷惑な親友の弟を迎える。あぁ、この馬鹿な親友もあの阿呆な弟も、彼くらい素直で真面目だったら、どんなにか楽だろう、とか思いながら;;;
「用なら、山ほど。これがミロとカミュからの上申書。デスマスクとアフロディーテとアルデバランからの報告書。任務中のシュラとシャカが小宇宙の呼びかけにもテレパシーにも応答がないから、取り次げと言ってきた。それと、シオン様とムウが喧しいから、喧嘩も程々にしろ、だと。白銀聖闘士の何人かが何やら、嘆願書を出してきている。是非とも、目を通して頂きたい、とのことだ。後は神官たちから頼まれた──」
 次から次へと、用件が山積みになっていく。
「以上。あ、これは俺の報告書。で、まだ喧嘩を続けるのか」
 言外に、そんな暇はないだろうと言ってくる。さすがに二人とも青くなった。これでは休みどころではない。
「全く…。兄さん、自分が仕事を溜めるのは勝手だけど、サガまで巻き込むなよ」
「なっ…。リア、俺はお前とクリスマスをゆっくり過ごしたくて──」
「こんな有様で、無理に休み取っても、気になって、楽しめるわけないだろう。俺も手伝うから、きちんと片付けろよ。……じゃないと、クリスマスどころか、年末年始もなくなるぞ」
 ぐうの音も出ず、情けない顔で、しょぼくれる親友の姿に、サガは安堵しつつも、アイオリアを感心したように見返す。いつの間にやら、兄の操縦が無茶苦茶巧くなった。これもまた、経験か。

「サガ、本当に済まない。邪魔なら、別の室《へや》に連れていくが──」
「いや、そこまでしなくてもいい」
 実際、同室の方が確認したいことがあった時など、早くできる。にしても、弟にここまで言われるのは、さすがに気の毒なような気がした。思いっ切し自業自得だが;;;
「仕方がないな。アイオロス、今からでも頑張れば、一日とはいわないが、半日なら、二人で休んでも構わないぞ」
「サガ、そんな甘……」
「本当かっ!? サガ、男に二言はないなっ」
 途端に元気になるアイオロス。耳聡いというか、現金なものだ。
「──きっちり、仕事をしたら、だぞ。勘違いするな」
「解った解った。よーし、やるぞーっ☆」
 猛烈な勢いで仕事に取りかかるアイオロスに、サガだけでなくアイオリアも「溜める前に最初からやれよ」と内心思うのだった。

 冬の最中に、光溢れる聖誕祭《クリスマス》──聖域では一部限定、かもしれない。





『聖闘士星矢・お正月篇』 お礼SS No.37


 ついつい零れた大きな溜息に、助手席のアイオリアが振り向いた。
「もう少し御辛抱を。城戸邸まで、後僅かですから……」
「有難う、アイオリア。大丈夫です。疲れたといっても、こう顔の筋肉が強張っている感じで──笑顔ばかりでいるのも拷問ね」
「総帥の笑顔を望む者は多いのでしょうね」
 慰めか、或いは褒め言葉なのか──貴方はどうなの、と口を突きかけたが、運転手の存在で思い留まる。
 誰もが笑顔を望むのはグラード財団総帥たる立場故だ。今一つのアテナとしての立場もまた、沙織に、泰然とした笑顔を求める。
 その認識は年若い少女に過ぎない沙織には重いものだ。

 新年だというのに──暗くなりがちな気持ちを切り替え、アイオリアに話しかける。
「それより、アイオリア。ごめんなさいね。アイオロスと二人で、新年を祝いたかったでしょうに」
 新年早々の護衛役を引き当てた獅子座の黄金聖闘士は苦笑を綯い交ぜにする。
「お気遣いには及びません。……正直、こちらのパーティに参列している方が気楽と言いますか」
 アテナの護衛は勿論、気楽に務められるものではないが、イベント好きで何かと大騒ぎする兄と過ごすのも結構、大変★ だったりする。
 これには沙織もまた苦笑するよりない。沙織の命の恩人でもある、聖域の英雄アイオロスの兄馬鹿弟激愛溺愛振りは、疾うに女神沙織の知るところでもあった。
「総帥。間もなく、到着します」
 運転手の声に前方を見遣ると、邸が迫っていた。

☆       ★       ☆       ★       ☆

「沙織さん、ホラ、ここ入って」
 星矢の言葉に、だが、沙織は目を瞬かせた。凡そ、洋風な作りの城戸邸には似つかわしくない、小振りな四角い卓──但し、すっぽりと布団が被せられている。正しく、それは『炬燵《コタツ》』であった。
「ホラ、沙織さんてば。あったかいよ」
「え、えぇ……」
 沙織は恐る恐る、星矢と同じように座り、足を布団の中に入れた。ジワリとした暖かさに、疲れていた足もジンジンと疼き、気持ち好かった。足だけでなく、心までが仄かに温んでいくようだ。
「全く、お嬢様をこのような市井の者のような──」
「何言ってんだよ、辰巳。おコタにテレビに、モチにミカン。日本の正月には付き物だろう」
「辰巳。騒ぐのは止めなさい。初めてですけど、とても気持ちがいいわ」
「そ、そうですか? お嬢様がそう仰るのなら」
「ホーラ、見ろ。それより、辰巳。早く食事の用意頼むぜ」
「調子に乗るなっ。お前も運べ!」
「えーっ。外に出たくないなぁ」
 怒れる辰巳に星矢が炬燵から追い出されたのは言うまでもない。

 少しの間、独りになった沙織はホウッと息をついた。
 外ではグラード財団総帥としての顔を保ち続けなければならないのは、如何に帝王学を学んだ沙織でも、容易なことではない。しかし、こんな一瞬があるのなら──……。


「新年おめでとう!!」
「今年もヨロシク☆」
 ジュースで乾杯☆
「沙織さん、オセチで新年会も良いモンでしょ」
「そうですね。とても美味しいわ」
 どちらかというと、パーティといえば和風より洋風が多い。世界を叉に掛ける天下のグラード財団だから、当然といえば当然か。
 自分の誕生日でさえ、盛大なパーティにされてしまう沙織には、こじんまりとした催しは殆ど経験がないだけに新鮮だ。
 それに何より──……、
「しかし、俺まで、此処にいて良いのか?」
「良いに決まってんじゃん。護衛《しごと》は終わったんだろう」
「それはまぁ……。だが、アテナの隣に座るというのは不敬では」
「真面目すぎるんだよ、アイオリアは。皆で入って、あったまりながら、騒ぐ。それがおコタの正しい楽しみ方だよ。ね、魔鈴さん」
「そうだね。心配しないでも聖域の連中には内緒にしておいてやるよ。ホレ、アイオリア。一杯やりなよ」
 室内だが、薄めのサングラスは確りしたままの魔鈴が何やら、急須(聖域でもアイオロスが使っている)にも似た漆器を取り上げた。どうやら、酒が入っているらしい。
「いや、俺は酒は──」
「強いくせに何言ってんのさ。それに、これは御利益のある御屠蘇《オトソ》だよ」
 『一年の邪気を祓い、齢を延ばす』──聖闘士には実に打って付けの御利益かもしれない。
 ともかく、少々強引にアイオリアの杯に魔鈴が御屠蘇を注いでいるのを視界の隅に捕らえると、心も騒ぐ。隣に座っているだけに、時折、足も触れる。アイオリアは恐縮しまくっていたが、沙織にすれば、心臓の鼓動も煩く跳ね上がる。
〈本当、出たくなくなるわね〉
 小さな炬燵の中にも小宇宙があるようだ。ジンワリとした細やかな幸せを味わいながら、沙織は重箱のお節料理をつついた。

☆オマケ☆

「なぁなぁ、魔鈴さん。俺もオトソ飲んでいい? 御利益御利益♪」
「御利益を最初から当てにしなさんな。でもまぁ、舐めるだけにしときなよ」
「やりい☆」
「そ、それじゃ、私も少し……」
「アテナ!? それは、お止めになった方が──」
 沙織の酒乱振り?には前に被害を被っている魔鈴が止めるが、
「いいじゃん、魔鈴さん。正月に少しくらい」
「あ゛…;;; こンのバカ弟子がッ」
「……アテナ?」
 日本の正月は陽気に廻ってきたようだ。





『聖闘士星矢・初夢篇』 お礼SS No.38


 『一年の計は元旦にあり』なる格言に倣えば、アイオロスにとって、この一年の始まりは最悪だった。何せ、最愛の弟と一緒に、大晦日から元日を、ゆーっくり過ごそうと思っていたのに、新年初っ端から計画はオジャン。
 弟は十一分の一の確率で、見事にアテナ護衛の役目を引き当ててしまい、哀れ自分とは日本と聖域にと、遠く引き離されてしまったのだ!?
 相手がアテナでは文句も言えないとはいえ、いつもなら、迷惑極まりないが、隣宮のミロのところにでも転がり込んで、愚痴を吐き出し、どうにか収まるのだ。
 ところが、生憎とミロは不在。カミュにくっ付いて、シベリアに逃亡^^ 見越して、聖域外に避難したかは不明だが、そんなわけで、休みではあるものの、アイオロスの新年はど〜んよりと真暗な落ち込みスタートを切ったわけだ。

 こんなアイオロスには誰も近付きたがらないが、十二宮も完全に無人というわけではなかった。そうして、取っ捕まったのがデスマスクだった。
 大晦日から、シュラ、アフロディーテと双魚宮で年越し酒盛りをしていたが、三人がかりで一日飲めば、色々と不足してくる。仕方なく、巨蟹宮へと下りていったのだが、案の定というか見事に捕獲され、愚痴の嵐を聞かされるハメになった★
〈あ〜ぁ、面倒臭ェ。シュラはいいよなぁ、こいつの上の宮だからよ。だーから、抜け道の使用を普段からOKにしてくれってんだ。ったく、困ったもんだぜ〉
 いつまでも続く愚痴は聞き流していたが、そういう態度にはエライ勘のいい相手でもある。
「デスマスク、聞いてるのか」
「あー、聞いてる聞いてる」
「真の籠もらん返事だな。俺の心が吹き荒ぶ寒風《かぜ》に、こんなにも震えているというのに…!」
 マジに寒ィよ、んな科白、と口の中で毒づきつつも、現状を打破し得るために知恵を絞る。そして!
「要するに、真暗な出だしを帳消しにできれば、良いんだろう? なら、良い初夢でも見れば、無問題だぜ」
「──初夢?」
「元日か二日の夜に見る夢が上夢なら、その年は良い年になるってわけさ。それも縁起物が出てきたら、尚良しときた」
 それが『一富士二鷹三茄子』ときて、更には『四扇五煙草六座頭』と続くが、
「まぁ、最初の三つで十分だな」
「フジヤマに舞う鷹、とかか? しかし、何故にナス……」
「細かいコト気にすんなよ。見たモン勝ちだぜ。っても、簡単には見られねぇだろうから、裏技を教えてやる。枕の下に、見たい縁起物の画を入れとくんだ。で、バッチリ見られりゃ、あんたの一年は超ハッピー決定だぜ」
「なるほど」
 とにかく、無茶苦茶落ち込んでいるため、この際、縋れるものなら藁にでも縋ろうという思いが強かったらしい。試してみる、とやっとのことで、デスマスクは解放されたのだった。
「見られるとは限らないねェけどな…、ま、後のことは知〜らねっと」
 悪夢でも見た日にゃ、更にどん底だろうが、そこまでは責任は持てない。

 翌日、タフな黄金聖闘士たちはこれでもかというほどに飲み明かし、解散。さすがに少しばかりフラつきながら、自宮に向かった。
「おはよう、デスマスク。爽やかな朝だなぁ」
 負けてないほどに爽やかな笑顔で迎えたアイオロスに、デスマスクは幾らか痛む頭を抑えた。ちょい響く。
「悪ィけど、ロス兄。今は巨蟹宮に戻って、寝たいんだ。話なら、後にしてくれよ」
「まぁ、そう言うな。お前さんには知恵を借りたから、結果報告をしておかなきゃと思ってな」
 結果報告とは何ぞや? と掻き乱される頭で考え、思い至る。そういえば、昨日とは打って変わった爽やかさ。
「あ〜、初夢のことか? その様子だと、上手いこと見られたわけか」
「うむ。中々に良い夢だった。美しい真白なフジヤマを背景に鷹が舞い降り、そして、リアがナスを──」
「……あ?」
 アイオリアが何だ、と口にしかけて、大体を察してしまう。
「あんた、まさか…。いや、もしかしなくても、アイオリアの写真とか枕の下に……」
 どこの女子中学生かと思える行為──いや、昨今では女子中学生でもやらんよーな気もするが、あっさり頷いてくれたりする。
「全く、凄い効き目だな! これで、素晴らしい一年が約束されたも同然☆ フ…、それにリアが任務で不在の時は、いつでも夢の中で会えるようになった♪」
「……………あっそ」
 この男は〜、どんだけ弟大好き、弟一番なんだか。知っていたつもりだが、本当には解ってはいなかったのかもしれない。つーか、当のアイオリアが聞いたら、多分、ドン引きするぞ。
「ま、良かったな。じゃあ、報告も受けたし、もう行くぜ」
「あぁ! シュラもアフロディーテもそんなか? 飲みすぎには注意しなきゃ、いかんぞ」
「へいへい」
 平和になったのだし、新年くらいは良いだろう。古来、聖誕祭から新年にかけては戦争行為が中止される習慣もあったほどだ──聖誕祭はともかく、どこの神様だって、新年くらいは今もゆっくりしたいはずだ。
「それにしても、アイオリアがナスを──何だったんだ」
 ナスの馬に乗って、颯爽と駆けてきたとか? 想像し、ブブッと吹き出しながら、十二宮の長い階段を下りていった。

 新たな年より悲喜交々な聖域。とまれ、今年も世の安寧のため──本当に大丈夫だろうか? ちょっとだけ、心配になったりした^^;;;





『聖闘士星矢・お正月篇始末記』 お礼SS No.40


「アテナ、そう心配せずとも、大丈夫ですよ」
「ですけど、魔鈴。熱が38.7度も出ているのですよ。幾ら、星矢でも……」
 どんなに言っても、星矢の枕元を離れようとはしない沙織に、魔鈴は根負け気味の溜息をつく。沙織自身、健康に恵まれ、38度を超える発熱など経験がないのか、軽くパニクッているようでもある。挙句に「まさか、インフルエンザでは!?」と蒼褪める。
 つーても、対する魔鈴の言い様も結構、無茶苦茶なものだったが。
「大丈夫です! インフルエンザのウィルス如き、小宇宙で撃滅できなくて、聖闘士と呼べますか」
「そんな──」
「アテナ。枕元で騒いでは星矢が良く休めませんよ。魔鈴も、他に言い様があるだろうが」
 氷を取ってきたアイオリアが入ってきて、やんわりと窘めたのに、二人の少女は些か罰の悪そうな顔をした。
「フン…。馬鹿は風邪ひかないんじゃなかったのかね。全く、鬼の霍乱とはこのことだ。明日は雪だな。こりゃ」
「アテナ。魔鈴の言うことは気になさいませんように。捻くれた、弟子への愛情表現ですから」
「誰が捻くれてるって──」
「それに、本当に星矢は心配ありません。風邪でもありませんから。この年頃にはよくあることです」
 抗議は見事に無視された。それに、沙織もアイオリアの言葉を解しかねて、問うような目を向けている。安心させるような微笑を浮かべたアイオリアが続ける。
「成長期には、時として、心と体とバランスが崩れることがあります。本人が気付かなくとも──そのために、小宇宙のコントロールが乱れて、体の不調に繋がることもあるわけです」

 正しく、精神力が小宇宙制御の鍵となるのだから、弱まれば、体に撥ね返ってくるのも仕方がない。況してや、成長期は体も完全には出来上がっていない。つまり、反動が大きい。
「小宇宙のコントロールは常に意識するべきなのに、こいつは勘でやってるとこがあるからね。その辺は師匠《わたし》の指導不足なのだろうけど」
 星矢の小宇宙を目覚めさせるのに魔鈴は酷く苦労をしたものだ。目覚めぬまま、潜在的に、まるで蓄えるように育み、鍛えられていっていたのだが──その過程をアイオリアも見てきたのだ。
「もう少し、意識的にコントロールできるようになれば、星矢は常に、セブンセンシズを体現できる可能性もあるんだがな」
 火事場の馬鹿力ではなく、真に、常に黄金聖闘士とも肩を並べられるだけの力を備えた聖闘士になる可能性──黄金聖闘士の一人であるアイオリアの言葉だけに、重みがあった。魔鈴は少しばかり、複雑な思いも抱えながら、うんうん唸っている弟子の顔を見たものだ。

「二人も星矢くらいの時には、こういうことがあったのですか」
 アテナの問いに、二人の聖闘士は顔を見合わせた。
「えぇ、まぁ。そういうこともありました」
「アイオリアも?」
「私は幸いにして……」
 短い返答に、アイオリアの『この頃』はそれどころではなかったのだということに、遅ればせながら、気付いたらしい沙織が言葉を呑み込んだ。
 黄金聖闘士であることも隠していたアイオリアは降りかかる『火の粉』は全て、小宇宙のみでガードしなければならなかった。つまり、間違っても、制御できなくなるような事態に陥ったりしてはならなかったのだ。
「あんたは黄金聖闘士でも、小宇宙のコントロール能力はピカ一だもんね」
 魔鈴は雰囲気を変えるつもりで、殊更に明るく言ってみたが、効果があったのか、なかったのか。
 アイオリアもただ微笑し、赤みを帯びた星矢の額に軽く手を触れた。
 彼はヒーリング能力にも長けている。ただ、この場合、小宇宙の乱れの振幅を幾らか抑えてやっただけだ。制御はあくまでも、自らの意志で為さなければ、意味はないのだ。
 それでも、心なしか、星矢の顔から赤みが薄れたように見える。

 沙織がフウッと息を吐き出した。
「……ごめんなさい。みっともないわね。戦女神たる私が、こんなことも見抜けずに、大騒ぎして」
「そんなことは」
「でも、怖かったの。聖闘士だって、人ですもの。力があって、強くて、丈夫でも──やっぱり、人は人。一寸したことで、死んでしまうこともあるから」
「その通りです。そして、それで宜しいのです。人は、生きて…、いつかは死ぬものです。しかし、今の星矢の状態は生きているからこその、成長の証です。ですから、祝いこそすれ、不安に思われる必要はないのですよ」
「はい。もう、解りましたわ」
 沙織も漸く、笑みを取り戻したのに、内心、魔鈴は安堵する。さすがにアテナがいつまでも、心を沈んだままでいるのは良いことではない。
「では、アテナ。水枕を取り替えますので、お手伝い頂けますか」
「ちょ、一寸、アイオリア! アテナにそんなこと──」
「心配する必要はないが、少しばかり、熱さを和らげてやるくらいのことはしてもいいし、してやりたいだろう」
「その通りですね! それとも、魔鈴。弟子の世話は自分でしないと気が済みませんか」
「…………六年、十分どころか、二十分くらいしましたから、遠慮します」
 嬉々として、アテナ御手ずから、氷枕作りの作業に取りかかる。恐らく、初めてのことに違いないが、アイオリアと一緒に星矢の世話を焼いている姿を見るに、またしても──先刻とは違う意味で、妙に複雑な気分にさせられた。



 『星矢拍手三部作第六弾』 『年末年始』シリーズです。
 相変わらずの『暴走兄ちゃん』で一年の締め括りと『知られざる三角関係?(気付いてない当人約一名)』での一年スタート☆

 最後の38.7度はこの一月、ド久々に寝込んだ輝の最高体温。39度代も一回出たけど、多分、あれは熱が籠もって正確ではなかったのだと思う。

2009.02.11.

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