『星矢〜七に纏わる物語』 お礼SS No.30
実際にその目で見た光景はアイオロスの想像を全て超えていた。 聖域の存在は知っていた。聖闘士の存在も……。 父が、焦がれに焦がれた存在。狂うほどに求めた存在。 遂に望みを叶えられずに終わった世界に、今、アイオロスはいる。 此処が、これからのアイオロスの、そして、弟の在るべき場所だった。 聖闘士候補生として──……。 ただただ、修練と神学の講義やらに日々の時間を費やす。弟と一緒にいられる時間も限られていた。それは仕方がない。弟はまだ乳離れすらしていない赤ん坊だ。悔しいが、人の手を借りなければ、幼い自分では面倒を見られるわけがなかった。 それでも、アイオロスは他の大勢の候補生たちとは少し違った立場にあった。 それは、アイオロスが既に小宇宙に目覚めていたからだ。それも比類ない黄金の小宇宙に……。 つまり、彼は十二宮を守護る黄金聖闘士となる運命《さだめ》にあるのだ。 だが、目覚めてはいても、制御できるわけでもない。しかも、突然に得た大いなる力に、アイオロスは戸惑ってさえいた。 そのため、小宇宙の制御については教皇御自らより指導を受けていた。 『アイオロスよ。己が内の宇宙を確《しか》と見極めよ。その宇宙こそが聖闘士《われら》の力の源たる小宇宙《コスモ》じゃ。アテナの御許に集う聖闘士の力……。アテナの御為にこそ、揮う力じゃ』 地上を護る女神のために──神妙に頷きつつ、だが、内心では別のことを考えている。 アイオロスが力を、小宇宙の制御を学び、聖闘士として認められることを目指しているのはただ、弟のためだけだった。早く聖闘士になり、自分の全てを弟に渡すために……。 そう、赤ん坊に過ぎない弟にも、黄金の小宇宙が内在している。正しく、生まれながらの黄金聖闘士だ。勿論、赤ん坊が意識的に小宇宙を使うことはないが。 ともに黄金の小宇宙を抱え、黄金の宿星を持った兄弟……。 成長すれば、黄金聖衣を得て、並び立つ日が来ることを期待されている。 だが、そんな日が訪れることはない。 これは予感ではなく、単なる事実だ。 それが他ならぬ女神アテナとの“契約”なのだ。 恐らくは教皇すらも知らぬ、“契約”……決して、逃れることの叶わぬ、己が運命。 生れ落ちたその日の内に、命を落としかけた弟を救うために女神と交わした。 いつか、降臨する女神のために、自分は文字通り、この命を捧げると……。 契約が為された瞬間、アイオロスは小宇宙に目覚めた。 その小宇宙による無意識のヒーリングが弟を、アイオリアを救ったのだ。 父と母を亡くし、弟だけを抱きしめたアイオロスはその日、聖域に見出された。 聖闘士ならば、女神に従い、命をも捧げるのは当然のことかもしれないが、これは聖闘士の覚悟を示す言い回しに過ぎない。 だが、あの“契約”は違う。夢でも妄想でもなく、果たされた、未だ天界に御座すはずの女神との邂逅。女神は、彼方の時の果てに、何を見ているのだろう? いや…、そんなことすら、アイオロスにとっては、どうでもいいことだった。 期限付きの命の全てを、残される弟のために費う。それはある意味、女神への背信に等しいかもしれない。 それでも、アイオロスはもう決めてしまっていた。 弟が誕生れ、聖域に入り、数ヶ月──アイオロスは七歳になっていた。 修練に励み、多くを学ぶのは栄えある黄金聖闘士になるためとはいえ、栄光など何も望んではいない。 そう、その全ては弟のためのもの。弟に継がせるもの。 自身のものなど、微塵にもない。 この時、既に彼は自らの生には見切りをつけていたのだ。
『星矢〜七に纏わる物語II』 お礼SS No.31
この世には選ばれし者が在るという。 戦女神に、星の運命に選ばれし、たった八十八人の聖なる戦士たち……。 どれほどの小宇宙を有していようと、宿星がなければ、叶わぬ運命を、それでも、父は諦められなかった。己の叶わぬ夢を、我が子に託したのだ。 それも太陽の軌跡に連なる星々に──……。 愚かと言うべきだろうか。全ては星の定めし宿星が示すもの。承知していながら、何故、あれほどまでに──今となっては判らない。 黄金の小宇宙たる器を生み出すために、父は小宇宙《ちから》の強い娘を探し出しては子を生したのだ。 確かに、多少なりとも小宇宙の強い赤子が生まれたが、黄金の星は輝かなかった。 唯一つの目的のために、一体、どれだけの娘の心を踏み躙り、どれだけの子を捨てたのか。父にとって、碌な小宇宙も持たぬ子など、必要のない存在に過ぎず、見向きもしなかった。そう、俺も含めて……。 母親違いの兄や姉が何人いて、その後どうなったのかも、俺には知る術はなかった。 どうにもならぬ焦りの中、父は決して、犯してはならぬ禁を犯した。触れてはならぬはずの者にまで、手を伸ばしたのだ。それが俺たちの母だった。 一族でも稀に見るほどに強い力の持ち主で、聖域にも縁の深い聖地で、神託を受ける神子《みこ》だった。つまり、神に愛された純潔の乙女だったのだ。 そして、母は……、父の実の妹だったのだ。
俺たちは、実の兄妹の交わりによって生まれた、正しく禁忌の存在といえた。 父は二重の意味で、禁を犯したのだ。 それでなくとも、力を繋ぐために近親婚が多かった家で、濃すぎる血の交わりに、神は罰を与えたもうた。濃い血を受ける器は歪み、壊れた。 二人の子を神に奪われても尚、愚かなる罪を父は止めようとしなかった。そして、三人目に生まれたのが俺だった。 とにもかくにも、人の形を成して生まれた俺だが、父は落胆し、怒り狂った。俺が小宇宙の欠片すら、持っていなかったからだ。 実をいえば、小宇宙が目覚めていなかっただけだが──それもまた、神の、女神の思し召しだったのかもしれない。そのために、父は愚行を改めなかったのだから……。 一応、五体満足だった俺は父の屋敷で、使用人に育てられた。だから、屋敷の主人が実の父親だったなどと、想像したこともなかった。だが、物心が漸くついたような頃、俺は知ってしまった。 俺自身をも取り巻く、現実というものを……。 その後も、三人の弟妹たちが捨てられた。捨てられるために、生まれてきたのか? 生きることすら許されなかった弟妹たちの亡骸を、幼い身で、この手で埋葬した。ただ、悲しくて哀しくて、何より、父が憎かった。 だが、その父も…、もう狂っていたのかもしれない。どうにも叶わぬ夢を追い続け、他人を傷付けた挙句に、届かぬ夢に狂わされた。 そして、母も──実の兄に何度も犯され、望まぬ子を孕まされ、心は疾うに砕かれていた。俺が母の存在を知った時には、母は、俺を見てはくれなかった。滅多に会うこともなかったが、茫洋とした眼差しが俺を捉えることはなかったのだ。 そして、全てが終わる日が訪れた。 或いは、全てが始まるその日が──……。 父と母を同じくする禁忌の兄弟──七人目の最後の弟。そして、生き残った唯一の、俺の弟が生まれた日が……。 女神は、この日のために、俺の小宇宙を封じたのかもしれないとさえ、思う。
『星矢〜七に纏わる物語III』 お礼SS No.32
タスケテ…… 助けてくれ! 神でも、悪魔でも、何でもいい この子を、助けてくれ かわりに、僕の命をあげるから── ダカラ、オネガイ、タスケテ──…… その日は父にとって、輝かしい日になるはずだった。現に、あの時、俺は初めて、父が満足そうに笑っているのを見た。そして、それが最後に見た父の生きた姿でもあった。
人が体の奥底に秘めている神秘の力を小宇宙という。聖域に関わる家に生まれれば、幼い内より、耳にしていた。尤も、大した力を持たない出来損ないに、父が語ることなどなかったが。 父が我が子に求めたのは黄金の小宇宙。欲する余りに、禁忌まで犯し続けた。 そうして、漸くに得たのだ。 言葉ではとても語れぬような気配は、何も知らない幼い俺にも感じることができた。家全体がビリビリと震えているかのように、張り詰めていた。 そうでありながら、陽の光のように暖かな気配に誘われ、俺は決して近付くなと言い含められていた産室に来てしまった。 その気配の源を一目、見たかった。確かめたかった。ただただ、会いたかった──ちゃんと生まれたはずの弟か妹に……。どうしても! 父が存在も忘れたような俺に、黄金の子を会わせてくれるとは思えなかったから、こっそりと父がいない時を狙おうとしたが、一向に父は出てこない。それほどに喜ばしく、嬉しいのだろうと理解はしていても、納得するには苦い思いも湧いた。それでも、これまで、弔ってきた兄弟のことを思えば、無事の誕生が何より、俺も嬉しかったのだ。 まさか、全てを絶望に染めるような惨劇が待っているなどと、思いもよらず、胸を高鳴らせていた。
待って待って、さすがに焦れてくる頃、産室から悲鳴が上がった。続いて、父の怒声が。 俺は弾かれたように飛び出し、迷いながらも産室の扉を開いた。 視界に飛び込んできたのは鮮烈なる赤、赤、赤…。想像もしなかった光景に、足が竦んで、動けなくなる。 父が…、全てを己の思うままに──傲岸にして不遜なる、この家の絶対者たる父が鈍い音を立て、崩れ落ちるところだった。倒れた体は暫し、痙攣していたが、直ぐに動かなくなり、血溜りが広がっていった。 近くには母の世話をしていたはずの使用人も血塗れで、倒れていた。俺を育ててくれた、アイオロスという名を与えてくれた人までが。 余りのことに、酷く息苦しくなる。この産室で、立っているのは他に一人だけ……。悪寒に囚われ、体が震える。 全身に返り血を浴びて、立ち尽くしている母の凄惨な姿に、声も出ない。母の手には果物ナイフが!? あちこちにゴロゴロと転がっている赤いものは……リンゴ。けれど、まるで、目立たない。テーブルに残された剥きかけのリンゴは母のために剥かれたのだろうに! 「母さん……」 初めて、声をかけたが、やはり届いた様子はない。心は疾うに、ここにはない。 それでも、母の優れた神子《みこ》としての力は損なわれていなかった。そんな母にとって、この日、己が腹から生まれた子の強大なる黄金の小宇宙は──巨大さの余りに、ヒトナラザルモノと映ったのだ。黄金の小宇宙の何たるかすら、既に理解できなくなっていた母には、“化物”も同然──故に狂乱したと……。 後に、俺は教皇様より、そう教えられた。 勿論、この時は、そんなことは知らず、ただただ、必死に母に呼びかけた──……。せめて、ナイフを渡して貰おうと、そろそろと近付く。 けれど、不意に母は、壊れかけた操り人形のようなぎこちなさで、ナイフを持った手を上げ、首筋に!? 「──止めてっ」 「……ゴメン…、ね。…イ、…ロス」 耳を疑った。掠れてはいても、それは確かに俺の名で──それとも、そう聞こえたと、母に名を呼ばれたと思いたかっただけだろうか。 一瞬の驚愕と困惑。永遠にも等しい、その刹那、全てが終わる。 鮮血が、噴き上がった。
『星矢拍手三部作第七弾』 『サイト開設七周年記念』で始めた『七に纏わる物語』の前編になります。もう結構、経ってるから、早く続き書かんとね。 『星影篇』で、チロッと触れた『アイオリア誕生時の謎』他、ロス兄ちゃんが無茶苦茶、シリアスだったりと違うカラーが楽しめます? それにしても、纏めてみると、やっぱしエグいな;;;
2009.03.17. |