『聖闘士星矢〜年末年始編』 お礼SS No.73

「サガ、先日の任務の報告を──」
 入るなり、アイオリアは絶句した。サガの姿が見えない。書類の山に、見事なまでに埋もれている。
「え…、っと。サガ。大丈夫か?」
「大丈夫だ、と言いたいところだが、これでは身動きが取れん」
 アイオリアは書類の山を崩さないようにと、そーっと近付いた。
「済まない。兄さんがあのザマで……」
「いや、それはいい。しかし、分からんもんだ」
「え?」
「いてもいなくても同じだと思っていたが、実際、いきなり抜けられて、ここまで執務が滞るとは思わなかった」
「本当にな」
 それでも、年末には決済が集中し、サガのデスクはこの有様だ。世界平和のために年中無休な聖域であっても、年が明ければ、暫くは事務も少なくなるはずなので、もう一頑張りといったところだ。

「で、アイオロスの様子はどうだ」
「……質の悪い風邪のようだ。まだ床に伏したままでな」
「あのアイオロスが未だ打ち勝てぬとはな。手強い敵のようだな」
「全くだ」
 小宇宙によって、体調管理も万全のはずの聖闘士だが、それでも時には調子を崩すことはあるのだ。アイオロスですらがぶっ倒れたのは丁度、世間がクリスマスに沸いている頃だった。
 『クリスマスの予定が〜TT』とか泣いていたアイオロスだったが、どうやら、年末年始の予定も狂いっ放しのようである。
「まぁ、たまには静かな寝正月もいいだろうさ。アイオロスが騒いでいないだけでも、気が静まる」
 仕事が増えるよりも、その方がマシとは……余程、日頃から兄が煩いのかが解かるというものだ。いっつも、兄に振り回されている身としては苦笑で返すしかない。
「では、サガ。あー、無理はしないようにな」
「アイオリアこそ、アイオロスの世話は頼むぞ」
「あぁ。兄さんのことは心配しないでくれ」
 そうして、「良い年を」と、二人はこの年最後の顔合わせを済ませた。

「兄さん、何か食いたいものはあるか?」
「…………年越し、蕎麦……」
「無理なんじゃ」
 兄は突っ伏したまま、殆ど呻くような声で、答えた。
「気分だけでも、年越しを味わいたい……」
「解かった解かった。量は少なめにね。他にも消化にいいものを作るから」
「………………リア」
「何だ? 他にも何か──」
「ゴメンな。予定、全部、吹っ飛んだし」
「気にするな。何処にも行かずに、此処で過ごすのも悪くはない」
 全く以って、偽らざる本心だった。元々、聖戦前は独りで過ごすことに慣れていただけに、兄に引きずり回されるのは中々、大変なことだった。
 勿論、兄と行動を共にすること自体が嫌だというわけではない。
「それじゃ、年越し蕎麦も作るから、大人しく、寝ていてくれ」
 「うー」とか「あー」とかいう声が上がった。
 幼い頃に調子が悪くなったアイオリアを兄は勿論、良く面倒は見てくれたが、その逆は初めてだった。
「本ト、悪くないよな」
 兄の体調不良を喜ぶわけではないが──これもまた平和の証かと思えば、確かに悪いことではなかった。





『聖闘士星矢〜期間限定 Valentin編』 お礼SS No.74

 閉店間際に現れた、その客は金髪碧眼の、絵に描いたようなイケメン外国人だった。それが真剣な表情で飛び込んできたのだ。女性店員たちは少しばかり、胸を高鳴らせたものだ。
 英語で話しかけられたら、どうしよう、とか悩んでいたが、
「この『焼酎ボンボンチョコ』セットをお願いします」
 真剣にショーケースを睨んでいたが、顔を上げた途端に満面の笑みを浮かべ、紡ぎ出された流暢な日本語と言葉の意味に、店員たちは一寸だけ引いた。

 イケメンなお兄さんは綺麗に包装された品物を受け取ると、ルンルンと踊り出しそうな足取りで、出て行った。

「……ねぇ、あれって、自分のために買ったのかしら」
「ど、どうかしら。格好いいし、モテそうなのにね。貰える当てがないとか?」
「それとも、今、流行の友チョコかしら」
「なら、いいけど。まさか、本命とかじゃないわよね」
 ヒソヒソと、暫くは噂話で盛り上がったものだった。

 正しく、それは“本命”のためのものだった。
 明日はバレンタイン・デイ。しかし、彼──アイオロスは本命に贈るべきチョコを作れなかったのだ。年末年始に寝込んだためもあってか、とにかく、回復後の一ヶ月余りは目が回るほどに忙しく、とてもチョコ作りをする暇がなかったのだ。
「ったく、サガの陰謀じゃないだろうぁ」
 ……だとしたら、あの例の叛逆に比べたら、随分と可愛いものだ。
 ともかく、チョコは用意しないわけにはいかない。というわけで、任務で日本を訪れた序でに、既製品チョコを買いに走ったアイオロスだった。
「ま、今回は大人の味で勝負☆ というのもいいだろう」
 買ったのは『焼酎ボンボンチョコ』セット。ウィスキーならぬ芋焼酎やら麦焼酎やらのボンボンチョコだ。既製品でも、大きなチョコにメッセージを書いたりもできるが、
「ふ…、愛の言葉は自分で記してこそ、意味があるものだ。来年は凝ったものを作ってやるぞ」
 仕方がないが、酒にも強いアイオリアなら、きっと喜んでくれるに違いない。

「さーて、早いトコ、帰るか」
 楽しい想像にルンルンと踊りながら、アイオロスは遥か彼方の聖域へと文字通り、飛んで帰ったのだった。





『聖闘士星矢〜期間限定 White Day編』 お礼SS No.78

 三月上旬のある日、アイオリアがどうしたわけか、大量のキャンディや菓子を買い込んだらしい…、との噂が聖域に流れた。
 聞きつけた兄のアイオロスは、一気に上機嫌になったものだ。ルンルン気分を隠そうともせず、満面笑みで、執務室を訪れる者を心底、気味悪がらせていた。
 アイオロスがルンルンと舞い上がっている理由──ずっと同じ部屋で付き合わなければならないサガには察しがついている。
 アテナによって、輸入された日本の風習のせいだ。ただ、アイオリアは興味ないだろうと思っていた。つい先日、任務で日本に行っているので、その時にでも誰かに吹き込まれたのだろう。でなければ、大量に飴を買うとは……何か、彼の風習とは微妙にズレている。
 万年兄バカ男は自分への『お返し』だと信じて、疑ってもいない。おめでたい奴だが、今更、つつく気にもならない。アイオリアには確認してみたい気もするが……。
 まぁ、3月14日を過ぎれば、全て明らかになるだろう。

 3月14日、東洋の島国、日本では『ホワイトディ』と認知されているお祝い?の日(注・別に休みではないが)だ。お菓子産業に踊らされていようと何だろうと、若者たちが恋愛の成就を願う思いは強い。
 その余波がまさか、遠くギリシャの聖域にまで及ぶとは想像だにしなかったことである。恋愛イベントなぞ、全く縁遠かっただけに、反動も大きかったらしい。何せ、年若い者が多く占めることもあり、余波というよりかは大波の直撃を受けてしまった。で、其処彼処で、若者たちが盛り上がっている次第。
 眉を顰める者がいなかったわけではないが、何せ、女神様からして、情報発信源でもあったわけで、当日はソワソワしていたりもしたのだ。
 奇妙なまでの自信をはち切れんばかりに膨らませていたのは勿論、アイオロスだった。空回りすることが多い割りには何故に、そう自信たっぷりなのか不可思議の限りだが、その自信は大方の予想通りに、プシュ〜ウ☆ と音を立てて、萎んだのだ。

「魔鈴」
「ん? 何だい、アイオリア」
「あぁ、これなんだが」
「──アメ? 何なの、これ」
 その遣り取りを遠巻きに観察していた連中は大仰に驚きつつも、ある程度は納得していた。
「何と、相手は魔鈴かっ」
「然もありなん、というところか」
「まぁ、他には考えられんか」
「うむ、順当だな」
 ……暇な奴らだ。

 とにかく、情報は瞬く間に聖域中を駆け巡り、十二宮階段も駆け上がり、教皇宮にまで達した。
「ぬ…ぬわあぁぁぁにいぃぃぃぃぃっっっっっっ!!!???」
 絶望の絶叫が木霊し、一陣の風が十二宮を駆け抜けていった;;;
 後には舞い上がる書類と、嘆息するサガが取り残されていた。

「で、何?」
 魔鈴も日本人であるが、聖域暮らしが長いせいか、例のイベントとも結びつかないらしい。
「あぁ、候補生たちに、こいつを配りたいんだが、いいかな」
「何で、また」
「いや、今日はそういう日なんだろう? 日本では飴や菓子を配る日だって、星矢に聞いたぞ」
「──あぁ、そういうこと」
 日本と今日、3月14日とくれば、さすがに魔鈴でも合点がいった。しかし、星矢はどういう説明をしたのやら。
「候補生たちは普段は中々、こういうものは手に入れられないからな。年に一度のことだし、構わないだろう?」
「……あんた、それで、大量に買い込んだっての? 候補生たちにねぇ」
 日本のイベントの実態とは随分と掛け離れているようだが、それもアイオリアらしいといえば、微笑ましくもある。
「……魔鈴? 駄目か」
「え? あぁ、うん。構わないよ。そうだね。たまには良いわよね」
 それこそ、『飴と鞭は使いよう』ともいうことだし。
「ありがとう、魔鈴。おーし、皆──!」
 暫くして、獅子座の黄金聖闘士の周囲にはいつもとは異なる歓声が上がった。
 苦笑しつつ、魔鈴は先刻、渡された飴を口の中に放り込んだ。

 と、そこに疾風が到着☆ 魔鈴は射手座の黄金聖闘士が、ぜーはー荒い息をついている珍しい光景に、仮面の下で目を瞬かせた。
「な、何やってるんだ。リア」
「あれ、兄さん? 執務中だろう。また、サボりかっ」
「い、いや、違うっ。サボってるわけじゃー」
 休憩時間を待たずに飛び出してきたのだから、完全にサボりだ、という認識があるためか、シドロモドロになってしまう。それに、魔鈴が本命と聞いて、飛んできたのに、弟ときたら、候補生たちに飴やら菓子やらを配っている。……ホワイトディというよりかはハロウィンのような;;;
「で、何やってるの??」
 兄の質問に、弟は日本で星矢に聞いたのだと答えたが、やっぱりズレてる。
「リア、それは大切な相手に贈るものなんだぞ?」
 それも、一月前のチョコのお返しに。ボンボンやったのに、忘れちゃったの? とチョイ涙目。だが、弟の返事は兄の思惑を遥かに超えていた。
「大切な者じゃないか。次代を担う候補生たちは聖域にとっても何よりの宝だろう」
「そっ、それはまぁ」
「問題ないじゃないか」
「………………うん」
 駄目だ。どうして、解って貰えないんだろう。兄ちゃんは…、兄ちゃんはこんなに、お前を大事に思ってるのにTT
「あ、兄さん」
「うー?」
「ホラ、余ってるから、やるよ」
 ポンと放られたのは小さな飴一つ。本当に小さな……。だが、何故か、凍てつくようだった心が急速に溶け、温かくなっていく。
「サンキュー、リア」
 ボンボンのお返しではないのかもしれないが──いや、そんなことはどうでもいいとさえ、思った。



 『星矢拍手』第11弾。いやぁ、続いてるもんですねぇ。
 そろそろ、尽きてきた感じのバレンタイン・ネタはイイ感じに、斜めに傾いたような話が降ってきました。そして、更にズレまくりなホワイトディ拍手でした。

2010.04.05.

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