『八周年記念拍手I〜聖闘士星矢・星影篇』 お礼SS No.61
地上の覇権を争い、戦い続けてきたアテナ、ポセイドン、そして、ハーデス……。 三神の御許、永き時代に渡り、繰り広げられた聖戦……。 だが、今のところ、最後の聖戦が集結した後、三神の許にある聖域、海界、冥界は和平を結び、世の平安のために動くことになった。 それから、八年──仮初のものと思われていた協調は今も保たれている。 勿論、神話の時代より果てしなく続いてきた戦いを思えば、たった八年ほどの平穏なぞ、信じるには値せぬと言う者は今も多い。いや、八年経った今だからこそ、気を引き締めるべきだと言うのだ。 未だ、教皇の座にあるシオンや黄金聖闘士たちも、そういう声を抑えるのに苦慮している。そして、中にはアテナには聖域に常に留まって頂くようにするべきだと進言する者もいるのだ。 そのアテナ──城戸沙織は聖域の女神というだけでなく、もう一つの顔を持っている。いうまでもなく、グラード財団総帥である。 元より、注目されてはいたが、既に二十歳も超えた麗しい妙齢の総帥は色々な意味で、更なる注目を浴びるようになっていた。 そして、次なる後継者問題も財団内では取り沙汰されるようになっていた。城戸沙織は独身だ。城戸家の継承も含め、当然、結婚話が毎日のように舞い込んでくるのは珍しいことではなくなった。 ただ、聖域の女神でもある沙織には──結婚など、望めるものではないと……。いや、血の繋がらない祖父から、己の運命を聞かされた時から、もう決めていたのかもしれない。 そんな事情《こと》など露知らぬ者は、財団のため、城戸家のため、何より、沙織のためと信じ、見合い写真などを持ち込んだりしていたのだ。
この日、沙織はグラード財団ニューヨーク支局を訪れていた。そして、客を迎えていた。 「それが、ミアイ写真というものですか」 「まぁ、そういうものよ。結婚する気なんかないと言っても、ちっとも聞いてくれないのよ。次から次へと──でも、本当のことを言うわけにもいきませんし」 「貴方が、聖域の女神、アテナであると?」 笑いながら、何冊かの見合い写真を開いていた男に、沙織は自ら、紅茶を淹れたカップを出した。 「有難うございます、総帥」 「貴方は、今でも、そう呼んで下さいますね」 「そう望んでおられると、思いますので。で、ミアイをなさるのですか?」 「勘弁して下さい、リアステッド。貴方までが……。真面目な話、私に拘る必要もないのですよ。私はおじい様の本当の孫ではありませんでしたし……。おじい様の血筋なら、何人も残っていますし」 「それって、星矢たちのことですか。今から、総帥候補として鍛え直すのは中々の難事業だと思えますが」 苦笑しながら、一口、カップに口をつけた、リアステッドと呼ばれた男はこれでも、聖闘士だ。それも最高位の黄金聖闘士の一人なのだ。聖域に常駐することのない獅子座の黄金聖闘士……。 「それで、リアステッド・ロー。わざわざ、貴方から会いたいとは珍しい」 「報告したいことがありまして……。近く、職を辞そうかと思っています」 思わぬ言葉だった。目を瞬かせて、リアステッドを見つめる。 「職を…、FBIを辞めると言うのですか? 何故」 「頃合、ということですかね。そろそろ、色々と誤魔化しきれなくなってきたといいますか」 そんなリアステッドの顔を改めて、見返す。初めて会った頃から、殆ど変わりのない顔だ。出会いから八年──もう三十代も後半のはずだが、そうは見えない。 それもこれも、小宇宙に目覚めたためだ。それも黄金の小宇宙に──黄金聖闘士ともなると、総じて、寿命が長い。掠り傷など、意識しないでも治してしまうほどに、自然治癒力も高い。逆にいえば、細胞の老化が遅いということでもある。 FBI捜査官であるリアステッドは無論、定期的に検診も受けなければならない。 現場に出る捜査官たちには鍛錬を怠らない者も多く、実年齢よりも若い体を維持している者も珍しくはない。だが、程度はある、ということだ。 体の秘密、小宇宙の秘密──まさか、現役のFBI捜査官があの聖闘士であるなどとは勿論のこと、僅かでも疑問を持たれるわけにはいかないのだ。 彼の相棒だけが唯一、その事実を知ってはいるが、いつまでもフォローしきれるものでもなかった。 「ですけど、本当に、それで良いのですか」 「良いも悪いも……。頃合ですから」 苦笑を滲ませるリアステッドが本心から納得しているとは思えないが、それもまた、運命というものなのかもしれない。その一言で片付けるには余りにも、重いが。 「……御免なさい、リアステッド」 「そう、お気になさらずに。獅子座の銘を預かった時から、いつか、こういう時を迎えなければならないことは承知していました」 少しだけ、遠い目をして、また紅茶を啜るのに、言葉もなく顔を伏せた。 しかし、受け容れなければならないことでもある。己自身の未来を重ねつつ、沙織は顔を上げる。 「……それで、リアステッド。その後はどうなさるのですか。その…、聖域に来て下さるのですか」 「そうするべきだと、思われますか」 「それは…、そうして頂けると心強いのですが」 「──アイオロスに聞いていますが、聖域でも、色々と騒がしいようですね」 「鎮めきれないのは私の力不足なのです」 「相変わらず、妙な連中ですね。アテナを絶対視するわりには、そのアテナの意に逆らうような真似を平気でする」 「……貴方も、相変わらずですね。聖域に対しては手厳しい」 「聖域に、ではないのですがね。まぁ、私がいれば、風当たりはもっと強くなりそうですがね。いや、全部、私に向くようになって、凌ぎやすいかな」 「そんな、リアステッド……!」 言葉を飲み込む。それでも、彼が既に、聖域に来る意思を固めているのは察せられた。 『戦わない』と宣言し、守り続けてきた聖闘士。聖域の在り方を否定さえする聖闘士。 そんな外の意識を持った者が今の聖域には必要だと、八年前に説得したのは沙織自身だった。そして、力を貸して欲しいと! 聖闘士として、何事かをなすことは余り、なかった。偶然に左右された事件に巻き込まれるような形で、幾度か……それでも、十分に力は示してきたほどだ。 だが、聖闘士にあるまじき姿勢は未だ、聖域には受け容れられているとは言い難い。 それでも、彼が聖域に留まるようになれば、次なる変革が齎され、聖域は新たな道へと踏み出すことも叶う──沙織は何故か、強く信じていた。信じるに足ると思っていた。 「何れは聖域にも参ります。ですが、その前に…、今少し時間を頂きたいのです」 少し、世界を回ってみたいと──彼は告げたのだ。 他の聖闘士たちが任務で世界中を飛び回っている間、この獅子座の黄金聖闘士はこの国のFBI捜査官としての務めを果たしていたのだ。只人として……。 聖域に入る前に、より外の感覚を鋭くしておきたい、ということなのかもしれない。 「……余り、待たせないで頂きたいのですけれど」 「うわぁ。最強の殺し文句ですね。麗しの美女に、そんな科白《こと》を言われては聞かないわけにいきませんね」 冗談めかしてはいたが、それはある種の誓約であったのかもしれない。 後の聖域にとって、大きな転換を迎えるための決断がなされた瞬間でもあった。
『八周年記念拍手III〜聖闘士星矢』 お礼SS No.63
「ハァ……」 溜息──聖戦も終わり、聖闘士たちも復活を果たし、八日が過ぎた。 未だ床に伏している者たちは多いが、黄金聖闘士たちは既に起き出しており、執務に就いている者さえいた。 双子座のサガは自身の犯した罪の前に、復活して尚、断罪を求めたが、女神が許すはずもない。 「貴方自身の思いのために、世界のために、尽くして下さい。それが貴方への罰です」 女神の言葉を受け、サガは一心に自身を捧げると決めた。そうして、復活後、早くから床を抜け出し、働いている。 「もっと、肩の力を抜けよ」 と共に甦った親友が笑顔で言ってくれたが──だからこそ、僅かでも手を抜くことなどできなかった。苦笑つきで、呆れられたようだが……。 他の者たちも起き出してはいても、宮に留まっている中、自然、サガは十二宮を行き来することが多くなった。 人馬宮や獅子宮、白羊宮を訪ねる時は幾らか緊張もしたが──この日、獅子宮で、獅子座のアイオリアが物憂げに溜息などをつくのを目にすれば、嫌でも気になるもので。よくよく見れば、顔色も優れない。 「どうした、アイオリア。まだ本調子ではないのか」 何しろ、一度は死んだ身だ。だが、仮にそうだとしても、我慢強いアイオリアが認めるはずがない。 「いや、大丈夫だ。心配ない」 そう答えつつも、小さく嘆息するのだ。益々、気になってしまう。 自分のせいで、彼には本当に苦労させてしまった。光り輝くようになった聖域にあってまで、何に思い煩っているのか? 「アイオリア、心配事でもあるのか? 私でよければ、相談に乗るぞ」 獅子の碧眼が薄く細められたのに、ハッと我に返る。 何を……今更、アイオリアに私がどんな力になれるというのかっ!? 散々、苦しめてきた張本人が──お為ごかしにも程がある。 そうだ。私はただ、人を思い遣っている優しき己に酔いたいだけなのかもしれない。自分勝手さを押し隠し、偽善者ぶる。全く変わっていないではないかっ。 青褪めるサガはアイオリアが黙り込んでいるのも、自分に呆れながらも怒っているからだと考えていた。 案の定、アイオリアが「サガ」と酷く掠れた低い声で呼びかけるのに、今度こそ、罵られるのだろうと覚悟したほどだった。 「……何だ、アイオリア」 覚悟を決め、どんな言葉も受け止めると待つが、アイオリアは中々、口を開かない。 「どうした、アイオリア」 「…………サガ、その…な。あの…、アレは」 「アレ?」 「だから! アレは本当に、俺の兄なのかっ」 「………………へ?」 謹厳実直な男には、そぐわない反応が漏れる。 「アレ…とはアイオロスのことか?」 「本当に、アレが兄アイオロスなのか? 実は別人の魂だったりしないかっ」 「いや、アイオリア……。何故、そんな」 アイオリアが思い悩んでいたのが、アイオロスのことだったとは──意外とはいえないが、それにしても、方向性がズレまくりではないか? 「俺の記憶にある兄は、あんなに能天気野郎ではなかったような……。何かというと、獅子宮まで押しかけてきて──昔はあんなに付き纏ったりはしなかったように思うのだが」 うまく言葉に纏められないらしい。にしても、何と言えば良いのか。 昔っから、お前の兄は『ああ』だったぞ、とか。お前は幼かったから、今とは感覚が違う……というか、兄を美化してしまっているのだ、とか。結構、能天気だったとか。変わらず、弟一直線だったとか。 見事なくらいに、昔のまんまだとか──……。 大人に成長した弟のお前に比べて、黄金聖闘士とはいえ、少年時代で、時が止まってしまった兄の方は今も少年の感性のままなのだろう。とか……。 「おーい。リア〜☆ 体慣らしに一緒にランニングしないかー」 「うっ、に、兄さん?」 アタフタとし始めるアイオリア──何故か、疑問形。とサガの前に現れたのは無論のこと、射手座のアイオロスだった。 「お、サガ。来てたのか。お前も一緒に走るか」 「い、いや。私は執務があるから……」 「まーた、力入れ過ぎなんだから。少しは柔らかくなれよ」 柔らかすぎる奴には言われたくない気もするが──言ったところで、聞いちゃいないだろうな。 案の定、アイオロスは弟一直線だ。 「じゃ、行こうか、リア」 「ちょっ、兄さん? 俺は行くとは──」 「なぁに、言ってんだ。いつまでも怠けていると、元の調子に戻るには倍以上の時間がかかるものだぞ」 「そりゃ、解ってるけど…、わぁっ!?」 抵抗空しく、無理矢理、引きずられていく。 あの強引さで、復活から八日、動けるようになった途端に兄は弟を振り回していると見える。 「……今少し、再会をじっくりと味わえばいいものを」 尤も、自らを省みるに、双子の弟との再会の余韻を味わうどころではない。それに比べれば、アイオリアの悩みなど、中々、可愛いものかもしれない。 結局のところ、兄の多大なる弟への愛情が原因なのだから! 「それを楽しむのも、良いだろうさ」 これもまた、一つの幸せの姿《かたち》には違いないだろうから……。
『八周年記念拍手IX〜聖闘士星矢・祝☆蠍座誕』 お礼SS No.69
「アイオリア、いる?」 「何だ、お揃いだな」 星矢たち青銅メンバー(ただし、一輝は除く^^;)が揃っているのは小宇宙で判っていた。しかも、全員が何かしら、大きな袋を抱えている。 「随分と大荷物だな、どうしたんだ」 「うん。あー、なぁ、ミロは天蠍宮にいるのか」 「ミロか。あいつは執務中だから、今は教皇宮だ」 「じゃ、天蠍宮は無人なんだな。よし、今の内だ」 「うん、早いトコ、準備しよう」 勝手に話を進めている星矢や瞬に、アイオリアは戸惑う。 「おい、何をする気なんだ。妙な悪戯じゃないだろうな」 「嫌だな、アイオリア。俺たち、そんなガキじゃないぜ」 「実はサプライズ・パーティを仕掛けようかと思って」 その言葉にアイオリアは納得した。もう直ぐ、ミロの誕生日なのだ。聖域主催の月一誕生会とは別に、星矢たちがミロを祝いたいということだろう。 ただ、紫龍は少しばかり、不安そうだ。 「でも、勝手に天蠍宮に入って、ミロが怒らないか」 「大丈夫だ。あいつは意外と大らかだな。それにイベント好きだから、絶対に喜ぶぞ」 主催する側に回る方が多いが、祝われるのも好きなのだ。 「なぁ、アイオリアも暇なら、一緒に行かないか」 「別に暇ってわけじゃないが……」 「でも、今日は非番なんだろ」 「まぁな。……そうだな。俺もあいつには世話になったからな。よし、行くか」 「よぉし☆ んじゃ、目指すは第八宮、天蠍宮だ」 「あの…、カミュも教皇宮ですか?」 氷河が師匠を気にかけるのは、いつものことだ。できれば、カミュも巻き込みたいのかもしれない。 「いや、カミュは宝瓶宮にいるはずだぞ。呼ぶか?」 嬉しそうな氷河に、アイオリアも笑う。 友人の誕生日を、ただ祝える──それが、とても幸せなことだと感じながら……。
『八周年記念拍手』纏め『星矢』シリーズです。『八絡み』ネタで進めてきました。 『星影篇』はチロッと未来編な八年後。「アレ」よばわりの『兄馬鹿伝説始まり』の章、復活八日後。丁度、誕生月なミロの天蠍宮が第八宮。結構、色々とネタはありました♪
2009.12.20. |