一番の…


 暑い日は続いているが、時に緩み始めたこの頃。戦女神《アテナ》は未だ、お悩みの御様子だった。勿論、命題は──アイオリアへのプレゼント選びだった。
「つーか、もう過ぎてるよな。あいつの誕生日」
「ま、少しくらい、遅れてもアリでしょうが」「とはいえ、そろそろ、獅子座の季節も終わるぞ」
「あー、次の宮に移ったら、メンドいことになりそうな気が……」
 次は乙女座の季節──アテナ沙織その人も主役の一人だが、問題は今一人の黄金聖闘士か。普段は誕生日なぞ、気にもかけぬが、アイオリアが関わると、気紛れを起こすから、周囲は堪らない。
 顔を突き合わせている黄金聖闘士有志たちは誰からともなく、溜息をついた。早いところ、アテナのお悩みも収まってほしいものだ。

「アイオリアが一番、喜ぶもの、だろう? まぁ、喜ぶことなら、なくもないけどなぁ」
 何気なく言うミロに他の者が体ごと迫る。
「ミロ、当てがあるのなら、言ってください。この際、一寸した無理は通しますよ」
 代表者がムウでなければ、こんなにも説得力はないだろう。道理すら、引っ込まずに通ってしまいそうだ。
 ミロも一つ、うーんと唸ったものだ。
「一寸したっつうか、かなりの無理のような気もするけどな。要するに、アイオロスだよ」
「アイオロス…、をあげるんですか?」
 冗談か否か、判断に困るところだ。いや、考えようによっては似たようなものかもしれない。
「だからさ、兄弟水入らずで過ごさせてやればいいんだよ。小旅行に行かせてやるとか」
「しかし、ミロ。水入らずなら、結構、時間を作ってるだろう。アイオロスが」
 カミュが遠い目をするのも仕方がないか。ムウも相槌を打つ。
「執務の合間に無理矢理するから、時々、アイオリアが怒ってますけどね」
「最近じゃ、煩がっているような気もするしな」
 今となっては、どっちが兄で弟だか、判然としない有様だ。苦労人の弟の方が実は精神年齢が高いだろう、というのが周囲の評価だったりする。
「執務中やら鍛錬中、候補生の指導中にまで、ちょっかい出すからだって。そうはいっても、アイオリアがロス兄を嫌ってるわけじゃないのも確かだろ。概ね、尊敬してるっつーかさ」
「概ね、ね」
 微妙な表現だったが、この上なく正しい気もする。
「いつもみたいな無理矢理休みじゃなくてさ、正式にアテナから下された休暇なら、何の遠慮も必要ないだろ」
「しかし、黄金聖闘士が二人、休暇を取るというのは……任務で聖域を離れるのとは違うからな。アイオロスはともかく、アイオリアが承諾するかな」
「アテナの絶対命令ってことにすれば」
「尚、断りそうな気がするのは私だけですかね」
 肩を竦めるムウに、ミロは軽快に笑う。
「大丈夫大丈夫。実際、聖戦が終わって、もう数年。影響を受けて、騒いでいた連中も大分、鎮静化してきただろう。海界や冥界とは、まぁまぁな関係を保ってるし、そろそろ、聖闘士の福利向上にも目を向けてもいい機会だと思わないか☆」
 何つーか、あの兄弟のことは手始めで、見事向上の暁には自分も休暇を取ろう♪ とゆー魂胆ありあり満々だ。
 それはさておくとしても、『アイオリアが一番、喜ぶプレゼント』という条件はクリアしていると思われる。

「んじゃ、案として、アテナに申し上げようか」
「その前に、シオンとサガにはお伺いを立てておいた方が良くないですか」
「いやぁ。アテナが直談判する方が絶対、効き目があるって。おまけにアイオリアへのプレゼントなんだぜ。ダブル効果、間違いないって」
「確かに、そうかもしれませんね」
 アイオリア絡みとなると、鬼の教皇や教皇補佐も少しばかり、判断基準が甘くなるのは既に自明だった。
 てなわけで、黄金聖闘士有志一同発案の『アイオリアへのちょい遅れ気味なプレゼント計画』はアテナへと伝えられることとなった。無論、重大なる役目を負ったのは発案者たるミロだった。
 女神様は聞いたその日の内に、教皇宮でシオンとサガに、射手座獅子座兄弟休暇申請を諮った。二人は当然ながら、最初は驚き、腕組をして、少しばかり考え込んでいたが、
「まぁ、良いのではありませんか」
 案外、あっさりとシオンが賛意を示した。以前、自分も視察と称した誕生日プレゼント相応の長い休暇を弟子たちと過ごしたからかもしれない。
「サガはどう思う?」
「そうですね。アイオリアがいいと言えば、構わないかと」
「フム、決めるのはアイオリアか」
 ひょっとしたら、そんなプレゼントはいらないとか言うかもしれない?
「……期待しとらんか、サガ?」
「いえいえ。無論、私とて、アイオリアが喜ぶことを願っております」
 それは紛うことなくも偽りなき思いだった。
 あの兄弟──殊にアイオリアには言われなき苦しみを長く与え続けたのだ。この程度のことで、罪滅ぼしになるとは思ってはいないが。

「有難う、二人とも。では、できるだけ長く、休みをあげられるように調整しましょう」
 女神様の満面の笑顔は二人も目を瞠るほどに美しかった。


☆          ★          ☆          ★          ☆


 アイオリアが断るかもしれない──理由は様々だろうが、真面目な男のことだから、十分に考えられた。となれば、やはり、周囲を固めておく必要がある。
 遠慮せずに、休暇を楽しんでもらうためには二人が抜けても、聖域の務めは万全であることを示しておかなければならないのだ。
 当然、二人がいない間の穴埋めには他の黄金聖闘士が当たることとなる。特に、アイオロスの肩代わりをするのは殆どサガだといってもいい。尤も、いつものことだと、苦笑混じりに評されるところかもしれないが。
 知らない間に外堀どころか、内堀までも完全に埋められている──そんな状況で、射手座のアイオロス、獅子座のアイオリアの黄金兄弟は教皇宮に揃って、呼び出された。
「……兄さん、また何か、やったんじゃないのか」
「そっ、そんなことないぞっ。全然、覚えは…っ、な…、い?」
 最後が思いっきり、自信なさそうなのに、アイオリアは嘆息する。
 だが、教皇の間に上がってみれば、何故か、アテナがいた。
「……いつ、聖域《こちら》に?」
「お忍び…、なのですか」
 兄弟が驚くのも無理はない。彼らの知る女神スケジュール上では今は聖域にはいないはずだったのだ。しかし、二人が本当に驚くのはこの後だった。
「──今、何と? 何と仰せられましたか」
「休暇を、我らに???」
「嫌ね。ちゃんと聞いているではありませんか。貴方方が不在の間のバックアップ態勢は既に万全ですからね。気兼ねなく、羽を伸ばしてきてください」
 反論する間も隙もなかったほどだ。シオンとサガの承認まで受けて、何から何まで調ってから明かされたのでは、それも当然か。

 しかし、突然、「明日から休んで良いわよ♪」などと言われても、計画の立てようもない。
「ま、どうせ、兄さんは立てた計画なんて、すっかり忘れて、行き当たりバッタリになるのがオチだろうけどな」
 嘆息混じりに言う弟に、兄は胸を反らした。
「それが旅の醍醐味って奴だろうが。つーわけで、明日の夜明けに出発な」
「はいはい」
 あっさりと了承する弟に、アイオロスは僅かに意外さを覚えて、見遣った。聖域ぐるみのお膳立てがこうも完璧だと、文句一つなく、その気になるのだから……。
 普段の俺の苦労って、何だろう…、とかシミジミと考えてみたくなるアイオロスだった。



 ともかく、悩んでいる場合ではない。普段よりは長い休暇ではあるが、一週間ほどだ。九月頭の女神降誕祭には帰ってこなければならないのだから。
 それでも、行き当たりバッタリ──気の向くままの旅路をゆったりと楽しもうということに落ち着いた。結局のところ、兄弟揃って過ごせるのなら、何処であろうとも構わない──ミロの読みも完璧だったようだ。
 尤も、行き当たりバッタリといっても、多少の当ては持つものだ。

「さて、リア。何処に行きたい?」
「珍しいな。兄さんが俺の意見を聞くなんて」
 いつもは好き勝手に決めては振り回すか、引きずっていくというのに;;;
「そりゃまぁ、お前の誕生日プレゼントなんだしな」
 どうやら、サガやムウ辺りに釘を刺されたらしい。
「そうだな…。ネメアが良いな」
 その地名は二人にとっては特別なものだった。彼らが生まれた地であるから……離れて久しく、今は女神の御許、世界の平安のために生きる戦士といえども、心の奥底に持つ拠所も必要だった。
 正直、六年ほどを過ごしたアイオロスにとっては大して良い思い出もない地だ。アイオリアに至っては生まれた直後に聖域に入ったので、彼の地で過ごした記憶などもあるはずがない。
 それでも、懐かしい響きを感じるのは気のせいではないだろう。
「それじゃ、行くか。──久し振りに、墓参りをするのも悪くはない」
 誰の? とは問わなかった。

 黄金の兄弟たちは次第に強くなる煌めく朝陽の中、一躍、駆けだした。



 本年の『アイオリア誕生祝い』作品であります。っても、もう獅子座の季節は終わってますけど、辛うじて、八月内ということで、御容赦を^^
 リア誕は毎年、どーも暗めな話が多いので、今年は何とか、少しでも明るめな話にしようと……それがコレ? てな感じかもしれませんけど。
 故郷がネメアというのは、まぁ、俺設定の最たるものですね。あんまり深い意味はないです。

2011.08.30.

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