信頼《きずな》故に 『十二宮の戦い』──聖闘士同士の戦いは今ではそう呼ばれる。多くの犠牲を払ったが、真なるアテナが聖域に帰還し、かくあるべき姿に復された。 人々は歓喜に湧いたが、喜んでばかりではいられないということをアテナに近しい者たちほど、よく知っていた。 そも、十三年前のアテナ降臨──それこそが次なる聖戦の到来を示すものだったからだ。十三年を経て、愈々、その時は迫っているはずだった。
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聖域にも近いスニオン岬。その岬近くに建つソロ家の屋敷で、アテナ沙織が襲われた。 無論、アテナとしてではなく、グラード財団総帥として、パーティに参列していたのだが、何れの者が沙織を攫おうとしたのか? 陰ながら、護衛役を務めていた獅子座の黄金聖闘士の前には殆どの者は無力に等しく、撃退され、事無きを得た。しかし、豪商ソロ家ならば、警備は厳重だ。にも拘らず、沙織は攫われた。屋敷の外まで、連れ出されてしまったのだ。犯人が只者とは考えにくかった。 だが、身元を明らかにすることは出来なかった。獅子座のアイオリアは十分に手加減をしたが、事を果たせぬと覚悟した賊は自決してしまったのだ。 「手応えはなかった。小宇宙も大したものではなかった。だが、グラード財団総帥を狙ったとは考えにくい。単独犯ではな」 それが当事者であるアイオリアの見解だった。小宇宙の感知能力に関しては黄金聖闘士でも群を抜いているアイオリアの言葉は信じるに値する。それだけに混乱もする。
グラード財団総帥ではなく、聖域の女神を狙ったものだとしたら──余程、問題だ。聖域を知り、関わる何処《いずこ》かの神の手の者ということになる。 愈々、聖戦が動き出そうとしているのか!? アテナを独りにはできない。黄金聖闘士も半減し、聖域の護りすら、完全とはいえない状況だが、何よりもアテナの御身こそが大事。 黄金聖闘士が交替で、警護につくことになり、今は牡牛座のアルデバランが日本に赴いている。 聖域に残る黄金聖闘士は牡羊座のムウ。獅子座のアイオリア。乙女座のシャカ。蠍座のミロの四人だった。そのうちの三人が十二宮第一宮・白羊宮に集まっていた。 「シャカは?」 「瞑想に入った。処女宮の修復も殆ど終えたようだからな。結界の強化をするつもりなんだろう」 「そりゃ、必要なことだが、本ト、あいつってばマイ・ペースだよなぁ」 「優先順位をきっちり、つけているのでしょう。アテナのことは我々に任せておけば大丈夫だと──あれでも、信じてくれているのですよ」 「あれでも、ね」 「ま、あいつが宮から、自発的に出てくることの方が問題だ。何事が起きるのか、とな」 「ハハ、そりゃ、言えてる」 細やかな笑いくらいは許されるだろうか。状況としては笑っていられる場合ではない。何しろ、アテナが攫われかけたのだから! 「で? 海界に動きが見られるというのは本当なのか」 アイオリアが少しばかり、疑わしそうな顔をする。いや、疑いたい、というところだろう。 海界とは即ち、女神アテナにも匹敵する海皇ポセイドンに通じる動きがある恐れもある、ということに他ならない。地上の覇権をもかけ、争う大神ゼウスの兄にして、アテナの伯父たる海神の力は強大だ。 「アテナによって、封印されているのではないのか」 「封印の効力は永遠に続くものではありませんからね」 いつかは破られ、封印されていた神も目覚めてしまう。そうでなければ、聖戦が幾度と起こるはずがない。 となれば、 「何にせよ、備えを強化しなければならんな。十二宮の修復も完全に終わらせなければ」 「できるだけ、人手を回しましょう」 「結界も合わせて、布き直すか。アテナにも一度、戻って頂かなければ」 「そうですね。アルデバランに伝えましょう」 だが、アテナが聖域に戻るのは暫く、後になってしまうが、彼らが知るはずもない。 「しかし、十二宮の修復もまだ、完全ではないしな。何れかを優先すれば、何れかが疎かになってしまう」 「残った白銀、青銅聖闘士たちは作業から外しましょう」 「魔鈴やシャイナもか? 二人は作業の指揮を執っているんだぞ」 「いえ。二人は残しましょう。その方が効率も良い」 ムウとアイオリアの会話をミロは少しばかり、呆けたように見比べていたが、やがて重い溜息をつき、二人の注意を引いた。 「どうした、ミロ」 「黙っていないで、貴方も意見を出して下さい」 「いや、でも…。つーか、そういうの、ちょい苦手っていうか。あんまり、考えたことなかったからな。はっきり言って、教皇…、いや、サガに任せっきりでさ」 余りにもキッパリと言い切るのに、二人が沈黙する。それこそ、呆れされたと思い、ミロは慌てて、付け加える。 「で、でも、アイオリアだって、そうだったろう?」 引き合いに出された形のアイオリアだが、軽く眉を顰めただけで、こう答えた。「…………考えることなど、俺には許されていなかったからな。俺が考えていたのは、常に一つのことだけだった」 それが如何なることなのかは、クドクド語るまでもなかった。兄アイオロスに関わることだろう。 「でもさ、その割りには今はよく……。ムウともちゃんと議論してるし」 「議論というほど、大袈裟なことじゃないだろう。今、目の前にあることに対処する。それだけだ」 「それだけって……。そらま、そうだけど」 「ミロ、苦手などと言って、逃げられては困りますよ。無い物ねだりをしても始まりません。サガはいない。……カミュやアフロディーテたちも。残った私たちが考えるしかないのです。貴方も含めて」 亡き親友の名を出され、ミロは僅かに気色ばんだが、一瞬の反発など、直ぐに溶けて消える。 激するどころか、悄然と萎んでしまったので、二人の黄金聖闘士にして、幼馴染たちは顔を見合わせた。 そう…、色々あって、一人は離れ離れになり──一人は同じ聖域にいてさえ、表面的には疎遠を装わなければならなかった。それでも、元々は幼馴染の三人だ。互いの気性はよく知っている。 「ミロ?」 「……本当に、何を考えていたのかな。あいつらは」 ずっと考えていたことだった。 カミュだけではない、「あいつら」とは命を落とした同胞たち──年長の黄金聖闘士たちのことを言っているのだとは直ぐに察せられた。 「サガは…、俺が教皇と信じていたあの男は、世界に平安をと、そのための礎にならんためにと、よく語っていた。俺は…、それを疑ったことはなかった。時には厳しい命を下すことはあったが、それも平安を護るためには痛みが必要なのだと──俺も、それを信じ、従った。……思えば、あれがもう一人のサガだったのかな」 「私は直接にはあの男とは見《まみ》えていませんから、解りかねます」 ムウが静かに答える。アイオリアは黙したままだ。シャカとの千日戦争のためとはいえ、幻朧魔皇拳まで食らってしまった経緯を思い出したくもないのかもしれない。 ミロはガシガシと髪を掻き回した。自然、溜息が零れる。 「あの教皇がサガだったってこと、デスマスクたちは気付いてたんだろう? 知ってたんだよな、あいつらは。なんで……」 「彼らには彼らの思いがあったのでしょう。そして、考えが。だから、従った。……従わされた。従わざるを得なかった。如何様にも言い表すことはできる。その全てが正しく、全てが間違っているのかもしれません」 「よく解らない。解らんよ、ムウ。お前の言ってること……。正しいのはアテナじゃないのか。何故、あいつらはアテナに弓を引いたんだっ!?」 「弓を引いたのはサガ一人でしょう。三人は、聖域の秩序を維持するために、サガを支えたのでしょう」 「同じことじゃないかっ。知っていて──!」 「知っていることが、罪か」 それまで、黙って聞いていたアイオリアが口を挟む。 何を言うのか、察したムウが顔色を変える。だが、止めようとまではしなかった。 「知っていることが罪なのか? ならば──その罪は、俺のものでもある」 「何だと?」 思わぬ言葉にミロは目を剥く。その意味するところは明白だ。 「俺も知っていた。教皇が、シオン様ではないことを。サガであることを、十三年前のあの時から…、知っていた」 「アイオリア……」 「知っていて、従った。……兄を、信じたかった。それでも、兄を疑い、信じきることもできず、……サガの言葉を受け容れた」 苦しげに、それでも、その真実から逃げることなく、獅子座の黄金聖闘士は告げる。 ミロには、責めることは無論、どんな言葉もかけることができなかった。 言葉を発したのはムウだった。 「お止めなさい、アイオリア。貴方に罪があるのなら、私も同様」 「ムウ。まさか、お前も?」 「当然でしょう。師であるはずの人が師ではないことなど、百も承知。ですが、私は刃向かうことまではできなかった。だから、逃げ出した。敵わぬことをも知っていたから、聖域を出たのですよ」 ムウの余りにも直截な言葉に、今度はアイオリアが激しく反応する。 「止せ、ムウ。そんな言い方を」 「ならば、貴方も自分を責めるのはお止しなさい。……私たちは共に幼かった。幼い身に、黄金聖衣は重すぎたのです。それを知らずに、ただ、誉れだけを纏っていた。幼さ故の無知。そして、無知故の報いを受けているのですよ」 内心はともかく、温和な口調を崩さないムウにしては乱暴な口振りになっている。 叫ぶように止めたのはミロだった。 「止めろ、二人とも! ……悪かった。幼さ故の無知など、俺の莫迦な、無知さ加減に比べられるものじゃない。お前たちが苦しんでいたことにも気付かず、正義を為していると信じきっていたんだ」 そして、小さく「済まん」と付け加えた。その程度では謝罪にすらならないことも百も承知だったが……。 暫し、三人の間にも沈黙が漂う。 ポツリと沈黙を破ったのもミロだ。居た堪れなくて仕方ないのだ。 「あいつらも色々、悩んだのかな。考えて、考えて──苦しんで、それでも、今はサガに従うことが聖域を護ることだと……考えたのかな」 冷静に考えてみる。 あの頃、ミロたちは幼かったが、少しだけ年長の彼ら──デスマスク、シュラ、アフロディーテ。彼らの三人に許された選択肢も決して、多くはなかったはずだ。 彼らが力を合わせれば、偽教皇の正体を明らかにすることも可能だったかもしれないと。もしかしたら、倒すことも──……。 だが、その後は? サガの強さは半端なものではなかった。『神のような男』とまで称されたほどに。無論、三人とて、無傷《ただ》では済まなかっただろう。下手をすれば、サガに傷すら負わせられずに、返り討ちにあったかもしれなかった。 その後の聖域は? 残されるのは十歳にもならない幼い黄金聖闘士たちだけ。サガがいてもいなくても、三人が消えれば、黄金聖闘士とはいえ、幼すぎるミロたちに中核たることを求められただろう。 サガがいれば、何れは手駒として…、いなければ、神官たちに担ぎ上げられ、勢力抗争にまで発展したかもしれない。 三人は…、それを防ぐために? 幼すぎる聖闘士たちを護るために? いつか、聖域が消えた真なるアテナを迎える日を信じ──聖域が負う傷を最小限に留めるために、自らが全ての痛みを背負ったのかもしれない。 無論、これは全て想像でしかない。 だが、信じたい。信じてみたい。……いや、信じるべきだと三人は思った。 夫々に──……。己が中に残る思い出の中の彼らは……。 その彼らが命を賭して、護ったものを永らえた者たちは受け止め、護らねばならない。 互いに口にするまでもなく、目を合わせるだけで湧き上がる思いを確かめ合う。
思いは思いとして、現実はいつも、迫っている。 「さて、話を進めましょう」 「そうだな。時間は惜しい」 「お、俺も俺なりに考えるよ」 大真面目に意気込むミロに、他の二人は苦笑する。
それでも、まだ手を携えていける仲間がいるのなら──どんな難局も乗り越えられるに違いない。 何より、今は“彼ら”が待ち望んだ女神がいるのだから……。
水形座さんへの15000キリリク作品でございます。リク内容は『十二宮の戦い後、散っていった黄金聖闘士を想うアイオリア、ミロ、ムウ様』というものでした。『やっぱりこのトリオが好きだっ☆ できれば散った面々も回想などで出してもらえると嬉しいです(←贅沢者)』…と。で、できたのがこんなん★ 回想シーンにまでは及ばなかったのですが、面々を思うことで、前に進む活力に繋げる、それが出来るのが彼らなのだと、思います♪ 沙織さん誘拐未遂の犯人は当然、原作ではあの格好で丸分かりのはずですが、アイオリアときたら──ゴニョゴニョ★ なので、今回は不明という方向で進めました。三人が話している時も、まだ沙織さんは敵陣特攻はかましていないのじゃ^^;;;
2009.09.25. |