呪縛の祈り


 光の軌跡が鋭くも鮮やかに、深淵をすら穿つ。黄金の戦士の拳が振り抜かれる度に、漆黒の闇すらが眩く染め上げられる。
 黄金の戦士──黄金の獅子の咆哮にも似た空気を切り裂く音が、まるで妙なる楽の如く響くのは何故だ。
「……アイオリア。まだ、何か言いたいことがあるのか」
 鍛え抜かれた戦士が戦う様は美しくさえあるが、俺にできることじゃない。求められても困る。
「──俺は、戦う気はないんだ。それでもいいと、アテナも言った」
 闇の中で、アイオリアがこちらを向く。少しだけ困ったように苦笑する。

『力は、戦うためだけのものではない』
『我々の力は、世界を救うためのもの』
『我らを守護する宿星《ほし》より与えられたもの』
『力を……揮うことは、星の力を、小宇宙を理解すること』
『そのためには、己が力の極限を知ることも必要……』

 アイオリアの右腕が俺に向かって、突き出される。その腕が光って見えた。
 その瞬間、アイオリアを中心に四方八方へと弾け飛ぶ光が──まるで、流星みたいだ。
 正しく、星の力、か? 余りの美しさに、動けない俺を数多の光は貫いた。


「──!?」
 目覚めた瞬間、息が止まるような衝撃を覚えた。夢の中ではあったが、確かにアイオリアの、黄金の獅子の小宇宙を感じたような気がしたのだ。
 そして、既に馴染んだ気配を傍らに感じる。
「ったく、またかよ」
 少し寝汗を掻いている。起き上がると、そこには獅子座の黄金聖衣が鎮座ましましていた。
「っとに、お前は──」
 文句を言おうとして、今日は一応、特別かと思い直す。
「城戸総帥が来られるんだったな」
 俺の仕事にも関わってくることだ。一つ溜息をつくと、ベッドから飛び下りた。
 シャワーを浴びる間も、朝食を済ませ、身支度を調えている間も、レオは大人しく、そこにいる。時折、チラと目をやるが、珍しく静かなもんだ。
「……ったく、何だって、あんな夢を見せた」
 夢にアイオリアが、先代に当たる獅子座の黄金聖闘士が出てくることはよくあるが、あんな風に言葉を発することは殆どない。
 あれは、アイオリアの魂じゃない。彼の魂は消滅したのだから──レオが持つ記憶をなぞった姿でしかないはずなのに、何故……。
「お前、俺に戦えとか言いたいんじゃないだろうな」
 聖衣は『聖なる鎧』なのだから、当然の望みかもしれないが、そこまで妥協してやるつもりなどない。
「おい、大人しくしていろよ」
 出かける際、言い置いて、ドアを閉める。しかし、何かあれば、スッ飛んでくるに決まっている。
「……何か、妙な胸騒ぎがするんだけどな」
 見上げれば、いつもの太陽がビル群の間に顔を覗かせている。何事もない、いつもの日常であればいいが……。希望が叶うかどうか、全く自信がなかった。


 ペラム・ベイ・パークはブロンクス北東部の広範囲を占めるニューヨーク市最大の公園《パーク》だ。今日はここで、チャリティ・イベントが催されるため、普段より人出が多い。
 ソロ家及びグラード財団主催によるイベントは例の長雨による被害者救済のため、定期的に行われている。今回は特に規模が大きく、大公園を借り切っての開催となった。
 少々、陸上交通の便は悪く、グラード財団がバスの特別便を多く出している。その分、渋滞も心配されているが、ニューヨーク市と協力し、上手く捌いているようだ。それにパークの東側が海に開けているのも幸いだ。船便によって、緩和されている。
 今回、主催者が拘ったのがこの海で、企画当初は交通の便の良いセントラル・パークが候補に上がったらしい。
 だが、これは水害・海難災害のためのチャリティだ。『海も川も決して、恐ろしいものではない』とのアピールも含め、海に面したペラム・ベイ・パークに白羽の矢が立ったわけだ。
 まぁ、ソロ家は海商だから、海への思い入れも強いのだろう──つーのは表向きか。まさか、現当主のジュリアン・ソロがなぁ……。
「──リア」
 知った声と馴染んだ小宇宙に振り向くと、アイオロスとムウが揃って、歩いてくる。
「お久し振りです、リアステッド。お一人ですか」
「今はな。相棒はそこらを見回ってるだろう。お祭り好きだからな」
 とはいえ、俺たちもチャリティを楽しみに来ているわけじゃない。歴とした仕事だ。
「アテナに会うか?」
 今なら、時間も取れるぞ、と囁かれたが、俺は肩を竦めた。
「仕事で借り出された一介のFBI捜査官《Gメン》が、こんなところで、グラード財団総帥に会うのも妙な話だろう。まーた、相棒に色々と突かれるのも面倒だからな」
 我が相棒は妙に勘が鋭かったりもする。そうでなくとも、総帥側近のアイオロスと親しくしているのを揶揄半分で時々、詮索される。
 まさか、最初にグラード財団に押しかけた目的の一つだった『聖闘士』──その最高最強の聖闘士・黄金聖闘士がアイオロスであり、ムウであり、んでもって、未だに信じられんが、俺だったりするなんて、間違っても知られるわけにはいかないのだ。
「そうか。それじゃ、ロー捜査官、警備は宜しく」
「了解了解」
「あぁ、そうだ。アテナについて、星矢も来ているのですよ。貴方に会いたがっていましたから、後で時間ができたら、顔を出してあげて下さい」
「星矢が? そうか。中々、会えんからな」
 普段、俺はN.Y.で、星矢は日本だ。基本、月一でしか聖域も訪れない俺とでは会う機会などあるわけがない。ともかく、会うのはグラード財団支局ビルでの方がいいかな、と思いつつ、二人と別れた。

 世界屈指の財団と豪商が主催する大公園での大きなイベントとなると、色々と問題も多い。開催地がアメリカとなると、ソロ、城戸両家との軋轢を狙う者も現れる可能性もある。
 だから、FBIもかなり警備には力を入れている。ニューヨーク市警は勿論、CIA辺りも、それなりに動いている。さすがに軍は出張ってはいないが──いや、気付かれないだけで、人は出しているかもしれない。脅迫状の一つや二つも、こういうイベントにはある程度は付き物だからな。
 適当に回ってきた相棒と合流する。
「おーい、リア」
「……デカい声で、しかも、リアって呼ぶな」
「まだ、んなこと言ってんのか。名前くらいで、小さい奴だな」
「るっせい! あんたも一度、女名になってみろ!!」
 傍から見ると、とてもGメンなどとは思えんだろう言い合いをしながら、俺たちは所定の位置に向かった。そろそろ、イベントが始まる。



 正午、既にイベント開始から二時間は経ち、特設ステージで、主催者たちの挨拶が行われる時間だった。若く美しい青年と少女を一目見ようと、多くの人々が集まっている。
 勿論、TVカメラも入っている。ステージは遠く、直に二人を見ることはできないが、あちこちにモニターが設置され、ジュリアン・ソロと共に城戸沙織総帥がステージに立つ様が映し出されている。
 まるで、一幅の絵画の如く、実に美しく輝かしいばかりだ。一部マスコミが二人のロマンスをぶち上げたりするのも当然といえば、当然かもしれない。しかし、その実態は;;;
「……伯父と姪、なんだよねぇ」
 うわぁ、それでロマンスとかって、エラくヤバい世界に突入かましそうだ。尤も、ギリシャ神話に人間の道徳観を求めるのが無茶苦茶、間違っている気もするが。
 ともかくだ。ジュリアン・ソロは海皇ポセイドンの器なのだそうだから、純然たるアテナそのものである城戸総帥とは完全に同列には語れないのかもしれない。中々、複雑だな。
 ジュリアン・ソロにも海皇になっていた時の記憶はないらしいからな。

 その時、視線を感じ、モニターから目を離す。辺りを見回すが、殆ど全ての人の目はモニターに向けられている。そんな中では、異なる行為も逆に目立つ。元々、目立つ奴だと思ったが。
 スッキリとした面立ちの整った青年……十人中十人が足を止め、振り向くような繊細な雰囲気の青年だった。
 だが、俺の意識をより引いたのは、全身から醸し出される印象に覚えがあったからだ。それは……小宇宙、なのか? 聖域で何度か、会ったことのある男に似た……。
「……カノン?」
「あぁ…。いきなり、その名前が出るとは正直、面白くありませんね。仕方がないといえば、仕方ないのですが」
「何方です?」
 カノンは双子座の黄金聖闘士でありながら、海皇に従う海将軍《ジェネラル》でもある男だ。彼を知っているのだから、当然『あちら側の世界の住人』ということか。
「それほど、警戒しないで頂きたい。貴方と、ここで見《まみ》えたのは偶然。しかし、噂の新たなるレオに、こんなところで会えるとは僥倖というものでしょう」
 噂ねぇ。どんな尾鰭がついて、海界まで漂っていったのか、些か気になるところだ。
「で、貴方は?」
「申し遅れました。私はソレント。ポセイドン様に仕える海将軍の一人……。海魔女《セイレーン》のソレントと申します」
 綺麗な顔をして、海闘士《マリーナ》──しかも、七人の海将軍の一人なのか。で、セイレン? 七人の中でも、一、二の実力者だってことぐらいは俺も知っている。
 にしても、そんな相手に多少の興味を持たれていたとはね。しかも、礼儀正しいじゃないか。となれば、こちらも相応に。
「あー、リアステッド・ローです。どういうわけか、一応、レオを拝命しています。……一応、ですけどね」
 クスリと綺麗な顔の青年は笑った。
「本当に噂通り、面白いお人のようだ」
 さて、そんなに面白いかね。本トにどんな噂だよ。
「そう、気になさることはないでしょう。風変わりなお人と聞いていましたのでね」
「至極、常識人のつもりなんですが」
 一般的常識人=聖域の非常識人《かわりもの》扱いなのは納得いかないことも多いが。
 ステージ方向が湧いた。ジュリアン・ソロが挨拶を始めたのだ。若き貴公子が熱く熱く語る。水害によって、傷付いた人々のために……。海皇の憑代だった時の記憶はなくても、残る思いがあるのだろう。
 続いて、アテナ──城戸総帥がマイクを握る。
 その時、だった。

──ノ、モノ……
──ワレ、ラガ……チヨ…、デテ……

 声? 雑踏の騒《ざわめ》きとも違う奇妙な響きに、辺りを見回す。
「どうかしましたか」
 ソレントが尋ねてくる。ということは彼には聞こえていないのか。

──ユル…ヌ……
──イキョ……モノ……
──ワ……ハ、マツロ…ヌ……

 次第にハッキリとしてくる“声”に、ソレントも顔色を変える。聞こえてきたのか。

──イキョウノ、モノヨ……!

 腹の底に響くような地鳴りに、地も震え出す。人々も悲鳴を上げる。

──ワレラガダイチヲ、オカスナカレ!!

 目を灼くほどの閃光! そして、凄まじい風が吹き荒れ、チャリティを楽しんでいた人々を地に転がす。俺とソレントは辛うじて、堪えたが、ただ、それだけだったともいえる。

──イキョウノモノドモ、ワレラガダイチヲケガスナカレ!

 今や、明らかとなった“声”の主は──大地より出でて、太陽すら隠し、ペラム・ベイ・パークを覆い隠すように上空に漂っている。
「……見える、か?」
「あぁ、見える。恐らく、この地に封じられていた魔物の類だろう」
「魔物? そんなレベルのモンか? あれが」
 俺にはカミにも匹敵する存在に見える。いや、そりゃあ、普通の魔物とやらとさえ、遭遇したことのない俺の直感など、当てにならんかもしれんが。
「失礼。ジュリアン様に避難して頂かなければ! 貴方もアテナの許に行かれるか」
 少しだけ考えたが、城戸総帥には俺なんかより頼りになる奴が何人もついている。それに、今の俺はFBI捜査官として、此処にいるのだ。
 口早に告げると、納得したらしく、海皇の海闘士は特設ステージに向かって、人外の速さで駆けていった。

 地揺れや風に気を取られていた群衆もそろそろ、上空の異変に気付き始め、新たな悲鳴が上がる。その時だった。
「落ち着いて下さい。大丈夫です。誘導に従い、避難を行って下さい。落ち着くことが第一です。必ず、皆さんを安全な場所にお連れ致します」
 響き渡ったのは城戸総帥の声だ。マイクが生きている。
 確りとした諭すような言葉に、パニック寸前だった人々の動きも落ち着いたものになった。上空の正体不明の影に、譬えようのない恐怖を覚えているはずだが、整然と移動を始めた。
 ホッとして、モニターを見る。
「城戸総帥……」
 まだ特設ステージにいるのだ。ジュリアン・ソロの姿は見えない。既にソレントが退避させたのか。
 だが、俺も人々の誘導に向かった。

 人々の反応を見ると、アレが見えている人と見えていない人がいるようだった。だが、時間が経つにつれ、明らかに見える者が増えていっている。
 上空を見上げれば、アレが巨大化し、影も色濃くなっているように映る。そして、あの“声”も……。

──イネ、イキョウノ、モノドモ……

 遂に影が動き出した!
「イキョウノ、モノ? 何のことだ。異教か?」
 言葉だけでは何のことか、サッパリだ。だが、次第に風が強まっていく。歩くことさえ、難しくなってくる。それでも、最後の一人まで避難させるために、喉を嗄らす。
「リアッ!!」
 相棒が風に逆らって、近寄ってきた。
「海へ、港へ向かわせろ。船が待っている!」
「風が強いんだぞ。波は大丈夫なのかっ」
「それが妙なことに、海上は全く荒れていないそうだ」
 妙だが、幸いというべきか。陸上はこの有様で、交通網は麻痺状態らしい。
 後で判ったが、海が静かなのは海皇の力故だった。城戸総帥──アテナが海への避難経路を確保するために、頼んだのだそうだ。船なら、一度に多くの人を運べる。
「ところで、リア。お前、アレ、視えてるか」
「あぁ、一応な。最初はボンヤリとしか見えなかったが、段々、デカくなってないか」
「どんな姿に見えてる?」
 最初は揺らめく影のようだったが、次第に輪郭もハッキリしてきている。
「どんなって、一応…、巨人か? あー、でも、近くに熊みたいな影も見えるな」
「……鹿やネズミも見えるか」
 さすがに黙り込み、相棒の顔をマジマジと見つめた。
「何だよ。まさか、心当たりがあるのか」
 『X−FILE』ファンで、怪奇物好きで、そっちに詳しい相棒が実は結構、視る質だというのは、俺が聖域に関わるようになる前から、知っていた。
「あぁ、風の精霊《ガ=オー》かもしれない」
「……何だ、それは」
「ネイティブアメリカンが信仰していた精霊だ。この辺一帯に暮らしていたイロコイ族のな」
 ネイティブアメリカンの精霊信仰は聞いたことがある。精霊──グレート・スピリットなどと呼ばれるが、ネイティブアメリカンにとってはもう、神のようなもんだろう。
「風の精霊《ガ=オー》は東西南北・四方の風を司る精霊をも従えるというんだが、それらが小鹿やネズミやら、熊の姿を取るそうだ」
 大きな影の周囲に纏わりついているのが、ソレか。一つの大きな塊ではなかったのか。「──だが、何だって、ネイティブアメリカンのカミサマが復活して、暴れてんだ」
「さぁな。ネイティブアメリカンは移民に追われた民だ。信仰する精霊もキリスト教の神に追われたともいえる。ひょっとしなくても、怒って当然じゃないか。風の精霊《ガ=オー》は大地をも治める『大いなる魂《ワカンタンカ》』と同一視される精霊だ。大地を汚されたとな」
 キリスト教──異教の神。その民は彼らから大地を奪い、蹂躙したと。そればかりか、大地も、空も水も汚されたのだと。
 だが、何故、それが今、復活したんだ? いや、待てよ。ここには今、他にも神がいる。異境ギリシャの戦女神と海皇が!!
「おい、リア!?」
「ジャックは誘導を続けてくれっ!」
 まだ少なくはない人混みに飛び込み、特設ステージを目指す。ジャックは追ってはこなかった。

 城戸総帥の小宇宙は全く動いていない。こういう時は便利だと思う。
 上空を振り仰ぐと、ゆっくりと影が動いている。ステージの方へと。まるで、光に惹かれる虫のようだ──などと評しては、『偉大なる魂』に失礼だろうか。
 視界の隅を閃光が奔り抜け、思わず足を止める。
「アイオロス、ムウ!」
 二人が、黄金聖闘士として、精霊に向かっていく。まだ、人も多いというのに!
「……黄金聖衣を使わせるほどの相手なのか」
 一つ唸り、また駆け出す。俺は──戦えない黄金聖闘士だ。だが、城戸総帥を、アテナを放っておくわけにはいかない。
「リアステッドさんっ!!」
 いきなり上から呼びかけられ、戸惑う。だが、次の瞬間、顔見知りの少年が傍らに降り立った。『アテナの聖闘士』の代表格ともされるペガサスの青銅聖闘士が。
「星矢か。来ていたんだったな」
「あぁ、久し振り! なんて、言ってられない状況だけど」
「君もアレと戦うつもりか」
「まさか! あんなの、青銅聖闘士の俺じゃ、太刀打ちできないよ」
 冥王とすら渡り合った割には謙遜するなぁ。
「皆の避難の誘導と救助をしてるんだ。リアステッドさんは──聖衣を着けないのか」
「俺が出張ったところで、役に立つとも思えんからな」
 獅子座の黄金聖衣《レオ》はアパートにいる。喚《よ》べば、直ぐに飛んでくるだろうが……いや、この騒ぎでは下手をしたら、勝手にやってくるかもしれない。
「そんなこと……」
「星矢。何してるっ! 手が足りないんだぞっ!!」
 見覚えのない──いや、『銀河戦争』に参加していたか? 青銅聖闘士が駆け抜け様に叫んでいく。
「そ、それじゃ!」
 慌てて、星矢もスッ飛んでいく。
 上空の精霊らしい影は明らかにステージ方向に向かっている。そちらは、さすがに人影がなくなっていた。
 再び全速力で、駆け出した。



 障害物は殆どなく、意外とスピードも上げられたが、途中、どこぞのTVクルーがまだ頑張って取材しているのに遭遇した。
 つい、舌打ちしてしまう。そりゃ、特ダネ間違いナシなのは解るが──危険の方が遥かに大きいだろうに。俺は方向転換をせざるを得なかった。
「御覧戴けますか。とても、信じがたい光景です」
「おいっ、何やってんだっ! 早く逃げろっ!!」
「ちょ…、邪魔しないでくれ」
「FBIだ。ここらは封鎖だ。早く立ち退いてくれっ」
「横暴な!」
「命は惜しいだろうがっ」
「おいっ、見ろっ。あれっ!!」
 クルーの一人の叫びに、俺も振り向いた。そして、絶句する。アイオロスとムウが…!
 黄金煌く聖衣を纏い、戦う二人が見える。それは俺だけじゃなく、周囲の連中にも!?
「おい、撮れっ! あれは聖闘士だぞ」
「しかも、青銅聖闘士じゃない。眩く輝く翼ある聖衣。銀河戦争《ギャラクシアン・ウォーズ》の勝者に贈られるはずだった射手座の黄金聖衣じゃないのか」
 マズいマズい、大いにマズい!! 普通の人間の目にも曝されているというだけで、あの二人でさえもが梃子摺らされているのが判る。

 そして、その映像は電波に乗ってしまい、TVに映し出されてしまったのだ。そう、聖域でも、その映像にシオン教皇以下、唸ったという。
「これは援軍を送るべきでは?」
 双子座のサガが伺いを立てたが、教皇は首を横に振ったそうだ。
「アテナは…、居合わせた者たちで何とかすると、既に命じられている。勝手は許されん」
「ですが!!」
「アイオロスとムウを信じよ。他に星矢たちもおる。それに、ニューヨークにはレオもおるだろう」
「リアステッドですか。しかし、彼は……」
「色々言われておるのは承知しておる。だが、それでも、彼はレオなのだぞ」
「──ハ」
 複雑な思いを噛み締めつつ、黄金聖闘士たちは待機に入ったという。

 その瞬間、TVの画像が乱れた。
 より強い風が巻き起こり、俺たちは吹っ飛ばされた。高価な機材も倒れ、転がる。これで、とりあえずは映像も途切れただろう。しかし、他にもマスコミは来ている。
 色々と後始末が大変だろうな、とアイオロスたちを気の毒に思う。尤も、それもこの事態を何とか乗り切ってからの話だ。
「機材など放って、逃げろっ!!」
 さすがにTVクルーもワタワタと駆けていく。あ、データを持っていかれるのは不味いかもしれないが、今はそれどころじゃない。
 それより、城戸総帥だ。ステージ方向を見る。まだ少し遠い。
 上空では精霊とアイオロスたちの鬩《せめ》ぎ合いが続く。どうやら、風を支配する精霊相手では決め手がないようだ。
 いや、ジャックの読みが正しいとはまだ決まったわけじゃないか。
 とにかく、走る。ステージが向こうに見えてきた。城戸総帥は──一人なのかっ!? まさか、青銅聖闘士の一人も付いていないとは思わなかった。
「くうっ」
「しまった…!」
 アイオロスとムウの苦悶の声が届く。実体があるのか、よく判らなかった影に二人が絡み付かれるように囚われている。そして、そのまま、影はステージへとの距離を確実に詰めていく。
「くそっ」
 二人が何とか抜け出そうと身を捩るが、影はまるで泥のように取り込みつつある。
「──城戸総帥っ!」
 走る。だが、このまま俺が行ったところで──一介のFBI捜査官のリアステッド・ローが、神にも等しい精霊の前に出たところで!!

「アテナ!?」
 聖域でも悲鳴が上がっていた。
「教皇! 今からでも!!」
「ム…」
「アテナ!」
「アテナ、お逃げ下さいっっ」
「沙織さん!!」
 アイオロスとムウの悲愴な訴えが、星矢たちの叫びが追い縋ってくる。
 慌てて、飛んできたんだろうが、駄目だ、彼でも間に合わない。
 間に合うとしたら──俺が!

──レオ……!

 アパートにいるはずの、俺のものだという聖衣を思い浮かべる。
「来てくれっ、レオっ!!」
 この日、俺は初めて、自分の意志で、聖衣を喚んだ。

バチッ!!

 何をどうすればいいか、そんなことは判らない。だが、この一瞬さえ凌げれば、アイオロスとムウが必ず何とかしてくれる。星矢たちも二人に手を貸して、必ず!!
 獅子宮の結界を強化する時の感覚を思い出す。いや、それ以前の碌に力を扱えなかった頃のことを──暴走させかねないほどの最大限の力を傾け、両の手に持ってくるようにだけ意識する。
 バチバチッと、眼前で影が蠢き、揺らいでいる。
 俺の発する小宇宙は辛うじて、影の動きを止めさせた。

「──リアステッド・ロー!」
「ッ! 名前を呼ばんで下さい。それもフルネームで」
「ご、御免なさい。でも、来てくれたのですね」
「来ないわけにはいかんでしょう!」
 持てる限りの力を一気に叩きつける。精霊だろう影が更に揺らぐ。その隙を付くように、アイオロスとムウが小宇宙を内から全開に発すると、その戒めから脱する。
 そうして、どうにか上空へと追い返すことに成功する。
 入れ替わるように二人の黄金聖闘士が傍らに降り立つ。
「リア!」
「助かりました」
 実はこの時、三人の黄金聖闘士が聖域にのみ向けられていた放送に映し出されていたことに、一杯一杯の俺たちは気付いていなかった。勿論、全世界向けの放送は聖域からの要請で全て止められていたそうだが。
「リアステッド! あいつ……」
「やはり、出てきてくれたか」
 とりあえず、聖域にも安堵の息が流れたが、しかし、事態は一向に解決されたわけではない。

「アイオロス、あれは精霊だぞ」
「精霊?」
「ネイティブアメリカンが信仰する精霊だ。ジャックが言うにはな。ガ=オーとかいう風を司る精霊らしい」
「精霊信仰ですね。それはもう、神にも等しいということですね」
 場が何ともいえない空気に支配される。ジャックの見立てを信じれば、の話だが、意外とすんなりと受け容れられている。
「……私を狙った理由《わけ》が解りました。侵略せし者と見られているのですね」
「それは……」
「私が、アテナが異境の地の神であることは間違いないことです」
「しかし、ギリシャの神々がこの地を侵したわけでは──」
「それは関係ありません。彼《か》の精霊が目覚める切っ掛けとなった。それだけのことでしょう」
 皆が黙り込む。それでは、アテナがいる限り、あの精霊は暴れ続けるんじゃないか。

 その精霊がまたゆっくりと動き始める。
「ムウ、行くぞ。リア──」
「オ、俺は戦えんぞ」
 『戦わない宣言』なんぞ、関係ない。星矢以上に、あんなモン、俺なんかが相手にできるはずがない。
「解っている。ただ、アテナを頼む」
「──ッ」
 それが、聖闘士にとて、どれほど重要な言葉であるのか──その程度のことは俺にも理解《わか》っている。
 黄金聖闘士たちは再び、光の速さで目の前から消えた。しかし、最強の黄金聖闘士とはいえ、果たして勝算はあるのか? 次の瞬間には精霊たる影の周囲に閃光が奔った。
「……だが、手があるのか」
「難しいでしょうね」
 静かに城戸総帥が告げる。
「あの精霊は…、ある意味では“狂える精霊”なのです」
「狂える精霊?」
 何とも、おどろおどろしい響きだな。
「……人の願いや祈り、降り積もった想いが注がれ続ける。それが神です」
 自らも神である城戸総帥の言葉には、十分過ぎる重みがある。説得力というものか。
「降り積もった想いを受けすぎて、縛られてしまうこともあるのです」
 そして、神でありながら、その想いに雁字搦めにされて、振り回されてしまうことすらもある、と。
「そう…、祈り、願い。人々の想いこそが、神を神たる存在たらしめるのです」
 信仰されなくなった、忘れられた神はいつしか力を失う。この精霊も、忘れられた神…、眠りに付いた存在だったともいえるだろう。
「それが目覚めされられた?」
「私もジュリアンも、最近、頻繁にこの地を訪れていましたから。…そのためでしょう」
 俺は唾を呑み込んだ。
 異境の神の存在を感じ、再び目覚めた精霊《カミ》は侵略者を追い払おうとしているだけなのかもしれない。嘗て、移民に追われ、虐げられた民たちの切なる願いそのままに!

──大いなる精霊よ、我らを救いたまえ……
──悪逆なる侵略者どもを、討ち払いたまえ……!

 その狙いはアテナ──城戸総帥。
「退避を……」
「私は此処を動きません。ジュリアンは海を鎮めるためにも、避難経路を確保するためにも、港に行って貰わねばなりませんから」
 あぁ、そう言うと思った。この上、アテナまでが動けば、精霊は追ってくるだろう。とりあえず、このペラム・ベイ・パークは広い。被害を拡大しないためにも動けないのだ。
「いっそ、海に出てしまえば」
「本当に追ってくるかは解りません。見境なく、移民の末裔《すえ》たちに襲いかからないとも言い切れないのです」
 あぁ…、俺たちも『彼らを追った』移民の末裔なんだな。
「では、どうすれば…!」
 アイオロスたちも苦戦している。“風の精霊”の巻き起こす風のためだ。風を操ることができるアイオロスでさえ、思うように動けずにいる。
 様々な象を持つ“四方の風”もまた、時として、彼らを襲う。全てを切り裂く風、薙ぎ払う風、凍てつく風──黄金聖闘士にとっても脅威なのは確かだ。
 それほどの存在を、倒せるのか? いや、そもそも、倒すことなぞ、赦されるものなのか? 護るべき民を護れず、悲しい眠りについただろう精霊を、無理矢理、起こされた精霊を、侵略者の末裔たる俺たちが倒すなんて!?

「──アテナ」
「気持ちは解ります。リアステッド・ロー。私も同じ思いです」
「せめて…、元のような眠りにつかせることはできないのですか」
 難しいのは百も承知だ。神とて、決して万能ではない。それも解っている。
 それでも、神でありながら、人でもあろうとしている少女なら、何とか打開できるのではないかと期待してしまう。
 城戸総帥は縋るような俺の視線を受け止め、精霊を見上げた。
「……神はある意味、人の想いによって、創られるものです。御存知ですか。我らの太陽神を」
「え? アポ…、いや、ヘリオス神でしたね」
「そうです。ですが、貴方が口にしかけたアポロンも今では太陽神と信じられています。元々は、そうではなかったのに」
 人の信じる思いが、神に姿を与えるのか。力をも与えるのか。
 城戸総帥、いや、アテナが再び視線を俺に転じた。真摯で強い、眼差しに引き込まれるようだ。
「貴方が信じて下さるのなら、私も私自身を信じましょう。──獅子座のリアステッド。力を、貸して下さいますね」
「……私に、できることでしたら」
 それしか、できないのだから、その程度でも──……。
「自分の力、か」
 ふと、今朝の夢でのアイオリアの言葉を思い出した。まるで、こうなることを予期していたみたいじゃないか。
 ……勿論、あれは本物のアイオリアじゃない。だが、それでも!
「それで、アテナ。何をすれば、良いのですか」


★        ☆        ★        ☆        ★


 人の思いが神を創るのなら、神の思いは世界を成すのだろうか?
 危険な賭け、かもしれないが、やるしかないのが現状でもある。アイオロスたちも時間と共に、更に不利になっていくのは目に見えている。
「失敗したら、まーた、聖域の連中にいいように言われるな」
 成功しても、掠り傷一つでも、アテナにつけたら、二度と聖域に足を踏み入れられないんじゃなかろうか。袋叩きにされるのは御免だなぁ。
 斜め前に立つ少女を見遣る。こんな状況でも、実に堂々としている。 なるほど、この少女は本当に戦女神なのだと、思わされる一瞬だ。
「──行きます」
 もう振り向くこともなく、一言だけを告げ、少女にして、戦女神は歩き出した。──精霊へと向かって。
『リア! どうしたっ』
『アテナはどうされたのです。何故、止めないのですかっ』
 即座に異変を察したアイオロスとムウの『声』が響く。だが、俺は応えなかった。ただ、アテナの一挙一動にだけ、意識を向ける。
『リアッ、リアステッド! 何をしているのだ。アテナお独りで、何を──』
 遠く聖域からの『声』も波のように押し寄せてくる。尤も、距離があるだけにキャッチしづらい。黄金聖衣を着けているお陰で、辛うじて、聞き分けられるが、正直、それどころではない。ただただ、アテナに集中する。

 俺が応えなかったことに、聖域は色めき立ったという。グラード財団専用の聖域向けTV回線だけは生きているので、アテナが独り、精霊に向かっていく様も──俺が黙って、見ているだけなのも、しっかり映ってしまっているわけだ。
「くそっ、あの男ッッ。怖気付いたかっ」
「アテナお独りで、敵の前に立たせるとは! やはり、黄金聖闘士とは名ばかりかっ」
 ミロたち黄金聖闘士はまだ、平静さを保っていたが、白銀聖闘士以下の連中の大方は元々、異端な俺を快くは思っていないので、それはもう言いたい放題だったらしい。
 全く、この辺の心理も俺には理解しかねる。アテナ大事な余りに、目が曇ってるんじゃないか? まだまだ幼くさえあるが、城戸沙織はアテナ──戦女神だろうに!
 未だに余所者視点の俺の方がよほど、城戸沙織を『そういう意味では』神として、見ているような気もする。
 まぁ、今はいい。問題は、あの精霊なのだから。アテナが対峙する“神”なる存在。
「アテナ! お下がり下さいッ」
 ムウが叫ぶが、アテナは手で制しただけで、凝と精霊を見上げた。そして、両の手を組み合わせ、憂えた眼差しをそっと閉ざした。

──どうか、鎮まってほしい……
──どうか……
──この大地を愛した古の精霊《カミ》よ……
──どうか……
──どうか……

 アテナの小宇宙が周囲に広がる。その慈愛の小宇宙が、祈りが──漣となって、古の精霊に降り注ぐ。
 そして、精霊が震え、動きが…、止まった。

「あれは!?」
 距離を取ったアイオロスたちが目にしたのは美しいアテナの小宇宙に包まれる巨大な影──呼応するかに精霊を幾重にも縛り上げるような昏く淡い輝きが浮き上がる。
 それこそが戒めの輝きか。嘗て、この大地に生きていた人々の切なる想いが、祈りが、呪縛と化して、彼らのカミたる精霊をも縛り上げてしまった。そして、長き眠りの果てに、精霊を目覚めさせた。
 彼らの祈りとはただただ、『征服者を討ち払い、奪われた大地を取り戻す』ことだろう。
 その戒めを、消すことができれば──……。
「アテナは…、あの戒めを浄化するおつもりなのか」
 アイオロスが唸り、攻撃も控える。様子を見る気になったのだろう。
 アテナの祈りは益々強まり、巨大な精霊をも包み込む。“風の精霊《ガ=オー》”の支配下にあるとされる“四方の風”らしき影も、その周囲に漂っている。やはり、幾らかの戒めに囚われながら……。
「沙織さん……」
 一帯の避難を完了させ、封鎖線を作っている星矢たち青銅聖闘士も息を詰め、見守っている。彼らは──アテナを案じてはいるが、信じてもいるんだろう。それが神にも力を与えると、本能的にでも識っているのかもしれない。

 それでも、如何なアテナの祈りでも軽く数百年分は降り積もった想いを、短時間で浄化するのは無理…、だろうとアテナ自身が言った。
 とはいえ、時間をかけてなど、悠長なことは言ってられない。
「ですから、リアステッド。貴方にお願いします。その戒めを、貴方が断ち切って下さい」
 これには絶句したものだ。
「いや、しかし…、そんな真似《こと》は、とても私には──」
 できるわけがない。できることなら、何でもするとは言ったが、『戦わない黄金聖闘士』の俺に、そんなこと!
 ところが、アテナたる城戸沙織は厳かに、そして、自信満々に仰せられた。
「できます。貴方が私を信じて下さるのなら──私も貴方を信じます。あなたはレオ、アテナ《わたし》の聖闘士の紛れもない一人なのですから」
 三段論法に巧いコト乗せられたような気がしないでもなかったが、今更『できません』と逃げられないのも確かだ。腹を決めるしかなかった。

 しかし、『断ち切る』といっても、どうすれば良いのか?
 ──答えは自分の中にあった。
 我知らず、湧き上がってくる情景は…、夢に現れたアイオリア……。
「──アイオリア」
 ゆっくりと小宇宙を高めつつ、思い浮かべる。
 闇に弾ける閃光。流星のような美しい輝き……。
「力を…、貸してくれ」
 あぁ…、力が戦うためだけのものじゃないのなら、救う力が俺にあるのなら!
 眩いアテナの小宇宙を浴びて、愈々、はっきりと精霊を縛る戒めの呪。嘗ての祈りの残滓……。
 そうだ。あれは祈りだったはずだ。それを断ち切るのは──酷いのかもしれない。だが、精霊が苦しんでいるのなら、許されようか。
「リアステッド!!」
 アテナの叫びに応じ、俺は前へと出た。アテナの前へ、そして、更に精霊との距離を詰める!
「アイオリア! 力を…ッ!!」
 思い描け! あの美しい光の軌跡の、十分の一でもいい。
 この手で、この拳で生み出せ!!

──ライトニング・プラズマ……!!

 夢の如く、閃光が、弾けた…。

☆        ★        ☆        ★        ☆


 それは不思議な感覚だった。自分の意志で為しているはずだが、どこまでも実感が薄かった。
 黄金聖闘士の光速拳。戦闘に際し、一瞬にして、敵を蹴散らし、撃ち据え、切り裂く獅子の咆哮。
 俺に使えるはずもない、使う気もなかった獅子座の黄金聖闘士の必殺技。
 もしかしたら、獅子座の黄金聖衣を介し、アイオリアに、この俺の体を使わせてやっている感覚さえした。
 勿論、アイオリアは既に亡い。魂の欠片までも遺さず、消滅した彼が俺に乗り移るなんてこともあるはずがない。
 それとも、黄金聖衣には可能なんだろうか。

『人の想いが神を創るのです』

 ふと、過ぎっていくアテナの言葉。
 あぁ、そうか。同じなんだな。アイオリアの想いもまた、死して尚、獅子座の黄金聖衣に宿っている。魂は確かに消えただろうが、想いだけは刻まれている。
 その想いが、この奇蹟を生んだのかもしれない。

 一瞬だった。光速の拳を振るったのも、そんなことを考えていたのも──だが、その刹那の瞬間に、俺もありったけの想いを乗せた。
 もしかしなくても、これこそが本日一番の信じがたい光景だったに違いない。
「……リア」
 幾らか自失したアイオロスの呟きは、俺とアイオリアと──どちらを呼んだものか。
 そして、聖域では殆どが俺の背後に、いや、俺を先代そのものと見たという。先代──つまり、アイオリアだと……。数多くの人間の口から、アイオリアの名が零れ、今尚、聖域が澱を抱えているのが解ろうというものだ。
 彼は死んだ。魂まで消えるほどに、その存在も失われたはずなのに!
 だが、その亡きはずの存在を、俺もまた、恃《たの》みにしている。
 そうして、精霊に放たれた光速拳は、精霊を切り裂く──のではなく、アテナの祈りによって、露にされた戒め、呪縛の輝きを断ち切らんと閃く!
 想いには想い、祈りには祈り──実体なき戒めは、だが、想いを成す小宇宙によってならば!
「──断ち切ってやるっっ!」
 全力全開の一撃を、この右腕に籠めて!!



「……で、本日の功労者は何故、あんなに落ち込んでいるのですか」
「あぁ…、どうでもいいようなことだよ」
「どうでもいいことあるか。……クッ、俺としたことが。状況に流されて、ひっ…、必殺技の名を叫ぶような真似をするとはっ」
 白けたような、何ともいいようのない空気に支配されたのはいうまでもない。悪いかっ。俺はやっぱり、常識人なんだよ! 本気で恥ずいぜ;;;
「何言ってんだよ、リアステッドさん。スゲェ格好良かったぜ☆ アイオリアにも負けてないって!」
「……あ、そ」
 ……前には、辛そうに彼の名を口にしていたが、若いからか、星矢自身の強さか。明るく言えるようになったな。
 すると、アテナ──城戸総帥がクスクスと笑った。
「とにかく、リアステッド・ロー。貴方のお陰で、精霊の戒めを解くことが叶いました。有難うございます」
「いっ、いえ。お役に立てたのなら、良かった」
 一つ咳払いをする。
 俺が呪縛を断ち切り、そして、アテナの祈りの小宇宙を受け、精霊は鎮まった。再び、眠りについたのだ。風は疾うに止み、雲も散り、青空が戻っている。嘘のように、本当に何事もなかったようだ。
 そこで、我に返る。状況が超常ではなく、日常となれば、『あちら側の世界の住人』だけでなく、他の連中も戻ってくるだろう。そう、勘のいい我が相棒とか……。
「レオ、戻れ」
 愚図って、中々いつもは帰ろうとしないのに、今日は大人しく、素直に外れると、飛んでいった。多分、アパートではなく、聖域に……。思いっきり、暴れたので、それなりに満足したんだろうか。

「それでは、私は本来の任務に戻りますので」
 忘れられている気もするが、あくまでも、俺はFBIの人間として、此処に来ているのだ。
「後で、支局の方に来てくれないか」
「解った。じゃ」
 駆け出しながら、アイオロスたちも色々と後始末が大変だろうな、と思い返す。何しろ、一瞬でも、全世界向けのTV放送に乗ってしまったのだから。
「ま、何とか、誤魔化すだろうさ」
 風は止んだが、傷跡は残されている。広い公園もすっかり荒れ放題だ。夢ではなかったという、いい証拠か。まぁ、カミサマが暴れていたにしちゃ、この程度で済んで、良かったというべきか。
「なぁ、アイオリア」
 目を閉ざせば、今も其処にいるような気さえする。
「……いるんだな」
 魂は消えても、彼の想いはこの世界の其処彼処に残されている。彼が愛した、この世界に……。そして、俺を導いてくれた。戦う力は、救う力にもなるのだと。
「ありがと、な」

「おーい。リア!」
 厄介なのが来た。またしても、デカい声で呼んだのは我が相棒だった。
 聖衣はなくとも、小宇宙を高めた余韻が燻《くすぶ》っている。勘の良い相棒が何か気付くかもしれない。
 全く、オーバーヒート気味のエンジンとか評したのはミロだったか。一度、熱せられると、中々、冷ませない。
「何とか、落ち着いたな。ガ=オーも消えたようだが」
「おぅ、みたいだな」
「みたいだな、ね。それより、お前さん、見たか? 黄金聖闘士」
「ゴ、ゴールド?」
 うわ、直球で来たなぁ。まぁ、『銀河戦争』と聖闘士のことで、グラード財団に乗り込んだような奴だからな。気付かないはずがないか。
「あれ、翼があったな。例の優勝賞品だった射手座の黄金聖衣だよな」
「そうかもしれんな?」
 う〜、どういう態度で出たら良いんだ?
「……あの聖闘士、アイオロス様ソックリだったぞ」
「そっ、そうか? 気付かなかった」
「一緒に戦っていた、もう一人の黄金聖闘士も前に会った──確か、ムウとかいったかな。よく似てた」
「え〜と……」
 不味い。こいつは誤魔化せないかもしれん。
「まぁ、似てる奴はいてもオカシくは──」
「後から出てきた三人目はお前に似てたな」
 冷汗だか脂汗だか、判らんが、全身が寒気を感じて、震えた。だが、俺は無理にでも笑った。
「ハッハハハ。そりゃ、凄い。ま、世の中には似てる奴は三人いるって、いうからな。アイオロスと俺と、もう一人いても不思議じゃないだろ」
 乾いた作り笑いで誤魔化す俺を相棒はジーッと眺めて、盛大に溜息をついた。
「その言い方だと、アイオロス様はサジタリアス確定だな」
「──い、いやっ。俺は知らんぞ」
「リア……」
 我が相棒はポンと俺の両肩に手を置き、滅多に見られない、やけに真剣な表情《カオ》で、こう続けた。
「お前、もっとアイオロス様に、小宇宙の使い方、ちゃんと教われよ」
「…………へ?」
 何? 今、小宇宙って言ったか?? ええっ〜???
「ダダ漏れだよ、お前。ピカピカ眩しいったら、ありゃしない。抑えないと、その内、俺以外の奴にも気付かれるぞ」
「ちょっ…、ジャック!?」
 ニヤリと笑い、相棒は離れていく。その背中に、俺は絶句するよりなかった。
 グルグルとジャックの言葉が回る。怪奇物好きで、視る質の──……。
「小宇宙も、視えるのか、あいつ!」
 一体、いつから──確かめるのが怖いが、尋かないわけにもいかない。俺は慌てて、相棒を追いかけた。


 そして、衝撃的事実を知ることになる。
 つまり、ジャックは疾うに俺と聖域の関わりを知っていた──それも初めて、俺がギリシャを訪ね、帰った直後に、支局に招かれ、城戸総帥…、いや、アテナとアイオロスから直接に!?
 戸惑う俺をフォローするために、こいつの質にも気付いた上でのアテナの判断だったそうだ。
 そんな前から、何故、俺に教えなかったのかと問えば、尤もらしく「お前さんの心構えを作るためだ」とか何とか言っていたが、嘘つけっ! こいつのことだ。面白がっていただけに決まってる!
 ったく、アイオロスまでが一緒になって、話を合わせていたなんて──正直、顔を合わせるのも恥ずかしい。
「ま、頑張れや。獅子座のリアステッドさん」
「〜〜〜〜〜〜●×▲ッッッ!!!」
 暫く、立ち直れそうにないTT でも、まぁ、心強い味方……には違いないか?

《了》


 というわけで、何とか仕上がりました。本宅70000キリリク作品完全版です。六月に間に合わんかったTT さて、『師弟なリアロー』は如何だったでしょうか。何せ、この話ではアイオリアは○○ですからね。
 ネイティブアメリカンの精霊に関わる話については、かなり前から、ネタだけはありました。ただ、うまいオチの着け方を決められずにいたところ、リク設定が良いヒントになりました☆
 ネイティブアメリカンの信仰などについては、やはり、ネット上の情報を参考にしました。特に精霊他については『神魔精妖名辞典』さまの豊富なデータベースを御覧下さい♪ ただ、『“風の精霊《ガ=オー》”=“大いなる魂《ワカンタンカ》”』という点は輝の創作です。より強大な相手!! という感じが出るかな、と。

2009.07.01


 えーと、本宅70000キリリク作品を半分?お届けします。一ヶ月、書いてなかったら、何だか、息切れが;;; 続きを『後編』として出すか、この後ろに、くっつけるかは書き上げてから決めよう^^
 今回のレイ・マリスさんのキリリクは『星影篇』に於ける『アイオリアとローの修行話』というものです。ちょっと、『前編』だけだと、リクに応えた感はないですね。『後編』で何とか、持っていきたいと思いますが、さて?

2009.06.12.

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