夏の思い出


夏──多くの人々が開放的になる季節。
それ故の危険もなくはないが、多くの楽しいことが待っているだろう季節。
しかし、同時に茹だるような暑さが待ち構えている季節でもあった。

「う゛あ゛〜。あぢひ〜。何で、こんなに蒸し暑いんだよー」
「そりゃ、日本の夏だからね。仕方がないよ、星矢」
「毎年《いつも》のことだ。諦めろ」
「そうだな。時には人間、諦めも肝心だ」
 兄弟にも等しい──まぁ、普段は忘れ果てているが、本当に異母兄弟らしい──青銅の仲間たちの言葉に、星矢はガバッと立ち上がった。
「聖闘士たるもの、何事も簡単に諦めていいはずがないっ!!」
 確かに聖闘士といえば、『諦めの悪さは天下一品』集団かもしれないが、こと気候が相手ではどうにもならない。
 諦めの悪い青銅聖闘士の少年はシャツ一枚になり、パタパタと団扇で扇いだ。

 その時、二つの強い小宇宙が近付くのが察せられた。ただ、ボヤく星矢が一番、反応が遅れ──とんだ格好を曝す羽目になる。
「全く、だらしないねぇ。何て、格好だい、星矢」
「ゲッ、魔鈴さんっ。何で、ここに!?」
「何でも何も、アテナの御用に決まってるだろう。このところ、冷暖房完備の部屋に籠もって、感覚を鈍らせすぎてるんじゃないのかい。丁度、夏休みだし、これは聖域に戻って、特訓した方がいいかねぇ」
「ま、魔鈴さんTT 勘弁してよー。夏休みの宿題、まだ半分も終わってないんだしさー」
 全く極々、フツーの中学生な泣き言を零す少年が、世界の平和のため、アテナのために、神々とさえ、タイマンを張る聖闘士なのだから、ギャップが凄まじい。
 ついつい嘆息する魔鈴の傍らで、もう一人の聖闘士が慰める。
「星矢、とにかく、もう少し小宇宙を上手く使えるように集中してみるんだ。小宇宙で暑さをガードするくらい、氷や水の聖闘士でなくても、できるもんだぞ」
「アイオリア……。でも、俺、そういうの、苦手で」
「俺もどちらかというと、苦手だ。でも、そんな俺でもできるんだから、お前でもできるさ」
 星矢にとっては兄とも慕うアイオリアの言葉に神妙そうに、だが、自信なさげに頷くが、格好が格好なので、どうにも真面目さに欠ける。
 軽く嘆息した魔鈴が促す。
「とりあえず、もうすぐ、アテナ…、沙織さんもいらっしゃるから、その格好は何とかしな」
「え? あ、う、うん」
 慌てて、星矢が母屋の方へと駆け戻っていこうとするが、途中で思い直したように、こちらを振り返った。
「アイオリア! 今回は何日、いるんだ」
「ん? 三日だな。明後日には帰る」
「じゃ、それまでに、また手合わせしようぜ。約束だぞ」
「解った解った」
 アイオリアの了解を貰った星矢は嬉しそうに、飛んでいった。
 苦笑するアイオリアに、瞬や氷河たちも寄ってくる。
「あの…、アイオリア。できたら、僕たちも」
「みんな、やる気十分だな。アテナの御用がない間なら、いつでも大歓迎だぞ」
「有り難うございます」
「アイオリアと手合わせするのは久しぶりだな」
 常に冷静さを崩さない紫龍までがどこか嬉しそうに呟く。彼に稽古を付けていたのは彼がまだ、聖衣を得る前、五老峰で老師の下、修業に励んでいた頃だ。老師が小宇宙はともかく、『動かない師匠』だったため、たまに訪れるアイオリアが実技には応じていたのだ。あれから、かなりの歳月が過ぎている。
 ともかく、彼らもアテナを迎えるために、着替えくらいはしようと、二人に礼をすると、星矢の後を追った。
 きっと、獅子座のアイオリアの来訪は他の青銅聖闘士たちの知るところともなり、更に手合わせを請われることだろう。元より、面倒見の良いアイオリアは聖域外の城戸邸でも人気があった。


☆        ★        ☆        ★        ☆


「……誰が苦手なんだって? よく言うよね。小宇宙のコントロールでは黄金聖闘士でも三指には入るだろう、あんたがさ」
 魔鈴の指摘に、アイオリアは苦笑するだけで済ませた。
 直進的で、正面突破を挑むような戦い方を好むとされるため、繊細な小宇宙の制御には向いていない──と周囲からは思われてがちだが、事実としては違う。
 置かれた立場故もあり、アイオリアは小宇宙の制御にかけては確かに、黄金聖闘士でもトップクラスの能力を有する。
 強大なる黄金聖闘士の小宇宙を完璧をも越えて、自在に操ることができるのだ。
「そうだと知ったら、あんたに上手いコントロールの仕方を教えてくれって、せがまれるかもしれないよ」
 聖域を離れ、日本にいるため、仮面を外しているが、代わりに顔を隠すように掛けている濃いサングラスの下で、面白がるように笑った彼女は星矢の師匠のはずだ。だが、その師匠は、「小宇宙は自らの内から感じ取るもの」と、特に制御について、指導したりはしなかった。
 理由は解っている。
「こればかりは自分なりの制御法を掴むよりないからな」
 その言葉に、魔鈴も肩を竦めた。

 小宇宙は個人個人で、その示し方が異なる。性質も、大きさも──一つとして、同じものはないのだ。
 なればこそ、制御法も変わってくる。無論、似たような方向性の小宇宙の持ち主はいるし、その場合の指針は近しいものとなろう。
 だが、全く異なる小宇宙であれば、下手な助言も指導も、却って、妨げとなりかねないのだ。

「それでも、星矢には仲間がいる。別の方向を向いていたとしても、何かを読み取ることはできるはずだ。それに気付きさえすれば、己の向かうべき道も見出せるだろう」
「……そこまで、目が利くかねぇ。あの馬鹿が」
 確かに、本能に依るところが多い星矢だが、実践からの帰納能力は恐ろしく高い。殊に命懸けの戦いであればあるほど、壁が高ければ高いほど、乗り越えた時の成長が著しかった。
「全く、あの落ち零れがねぇ」
 ……何かというと、修業をサボろうとしていた星矢は聖闘士候補生としては真面目でもなければ、熱心でもなかった。
 よもや、“アテナの聖闘士”と称される者たちの中でも、筆頭に揚げられる聖闘士へと成長するとは──師匠としては誇るべきところなのだろう。
「だが、星矢の気質の大らかさが今も変わらずにいてくれるのは奇跡のようなものだろうし、これからも変わらぬままでいてほしいとも思うな」
 実直すぎる物言いで語るアイオリアを、魔鈴もマジマジと見返す。星矢も彼を兄貴分だと見做し、慕ってもいる。顔を合わせる度に、稽古嫌いのくせに、手合わせをしたがる。そして、アイオリアも星矢を弟分と、可愛がっている。
 星矢の師匠で、アイオリアとも友人となる魔鈴ならば、少々、複雑になってもいいのかもしれないが、昔からのことだし、深く考えるほどのことでもないと思い直す。
 弟子とはいえ、既に独り立ちしており、互いに聖闘士同士という関係なのだ。そうそう、師匠面する必要もないはずなのだ。



「さて、俺たちも戻ろう。それにしても、今回は急に呼ばれたが、城戸家の総帥としてもお忙しい身なのだろうな。アテナは」
「まぁね。二足の草鞋とはいうけど、片方だけでも、大仕事だものね」
 魔鈴は苦笑し、適当に話を合わせる。
 実は、今回の随行にアイオリアが選ばれたのには理由《わけ》がある。それもアイオリアでなればならない重要な理由だった。
 だが、今はまだ、それを明かすわけにもいかない。その瞬間まで、サプライズは残しておかなければならないのだ。

 暑い暑い、夏の季節──それは太陽の季節。太陽を守護に持った獅子座の季節でもある。



 こんなん出ましたー、な『獅子誕2012』でざいます。今年は何とか、遅れずに絞り出せました。一日遅れのお祝い話はパッと見、誕生日とは関係なさそうですが、サプライズで勿論、日本の青銅聖闘士連中限定で開く獅子誕お祝い会ということになります。聖域でのお祭?もあるから、当日ではないかもしれませんがね^^
 一方で、何とか、弟とのお祝い旅行を毎年、望んでいる兄さんは今頃、涙に暮れているかもしれませんが♪

2012.08.17.

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