灯 火


世界が鮮やかな色を失って、もう、どれほどの時が過ぎたのだろう
微かに残る色も、輝く光のない世界では閉ざされた闇に沈むだけだったが…

「アイオリアー! やっと見付けたっ」
 自分の名を、こんなにも嬉しそうに呼ぶのは彼くらいなものだ。振り返りつつ、アイオリアは苦笑する。殆ど忘れかけていた温かい感情を、呼び覚ましてくれる。
「星矢か、どうした」
「今、暇? 時間あるなら、手合わせに付き合ってくれよ」
 纏わりつきながら、満面の笑顔で頼み込んでくる。アイオリアとしては問題はないが、一応は確認しておかなければならないこともある。
「魔鈴は良いと言っているのか」
「当ったり前だろ。駄目なんて、言うわけないじゃないか」
 彼女なら、そうかもしれないが……。とにかく、師匠の許可がなければ、アイオリアは候補生を見てやることはできないのだ。
「分かった。それじゃ、行こう」
 二人は闘技場でも人気のない外れの方に向かった。

 星矢が聖域に来てから、もう五年は経っているだろうか。小さかった体もそれなりに、成長している。当然、動きは鋭く早くなっている。といって、黄金聖闘士たる(星矢は知らないが)アイオリアを捉えられるわけもないが。それでも、
〈前に教えたことを、ちゃんと身に付けているな〉
 今はかなり、教えを我がものとするのが早くなった。正しく、乾いた大地が水を吸収するが如く。星矢はアイオリアの弟子ではないが、それでも、教えた相手の成長を見るのは楽しいものだ。
「今日こそ、ぜーッてェ、一発入れてやる」
 一度、溜めた星矢が飛びかかってくる。しかし、相変わらず真正面から……それでは!? と思いきや、小柄な体が横に飛んだ。
 無論、追いきれない動きではないが、相手が星矢だけに「まさか」とほんの僅かに反応が遅れた。
「でやーッ!!!」
 並みの相手ならば恐らくは一撃を加えられただろう渾身のパンチを、だが、アイオリアは躱した。
「うわっっ、とととーっ」
 これは入ると思っていたのだろう。空を切った勢いを止めきれず、踏鞴《たたら》を踏む。
 その背後に、即座にアイオリアの拳が飛んだ。寸止めではあったが。


☆        ★        ☆        ★        ☆


「チキショー。やっぱ、アイオリアは強いや」
「残念だったな。だが、狙いは良かった。驚いたぞ」
 一直線な動きしか知らないのかと思いきや──それ以外は男らしくない! とでも信じているかのような星矢をアイオリアは少し危ぶんでいた。
 いつか、聖衣を得れば、星矢も任務を与えられるようになるだろう。その時、一本気で、真直ぐすぎるのでは相手《テキ》に付けこまれる。
 どんな相手にでも対処できるような戦い方ができるようにならなくてはならない。残念ながら、黄金聖闘士でもなければ、力押しだけで勝てることはないのだ。その黄金聖闘士でさえ、戦い方を選ばねばならない時もあるのだから。
 そこまでは説明できないが、それでも、星矢のこの心の成長は嬉しかった。

「驚いた? なぁ、アイオリア。今ので、良かった?」
「勿論だ。一つ一つ、お前が学んでくれていることが嬉しいよ」
「そっかー。じゃあ、これ、プレゼントになるよな!」
 満面の笑顔での星矢の言葉にアイオリアは目を瞬かせた。
「プレゼント?」
「あぁ! アイオリア、昨日誕生日だったんだって? 魔鈴さんに聞いたよ」
 今度は目を瞠る。

 誕生日…。そう、確かに昨日はアイオリアの誕生日だった。
 だが、誰にも祝って貰えない、日……。

「昨日、ずーっと探してたのに、見つからなかったからさ。何処行ってんだよ。ひょっとして、任務だったのか」
「いや…。あぁ、まぁ。そんなもんかな」
 適当に誤魔化す。昨日は任務ではない。ただ、誕生日にまで、当たられたり、兄のことを蔑まれるのが嫌だったから、兄の墓の前で一日過ごしたのだ。
 誰も来ない、兄のためだけの慰霊の地で……。
 まさか、その間、星矢がずっと、探していてくれたとは。
「でも、もっと早く教えてくれればよかったのに。そしたら、ちゃんとしたプレゼント、用意したのにさ」
「…………気にしなくていいんだぞ。そんなこと」
 言葉に詰まってしまう。こんなにも大らかで、明るい祝いの言葉を貰えるなんて。
 ミロやカミュ、アルデバランでさえ、大きな声で言えないことなのに。ムウが祝ってくれても、いつだって、声だけで、表情までは見えないのに。
「どうしたの、アイオリア。やっぱり、こんなんじゃ、プレゼントにならないかな」
「そんなことはない! ……嬉しいよ、星矢」
 それも心からの言葉だ。すると、星矢はまた、見事なほどの笑顔を返してくれた。



 鍛錬を終え、魔鈴の家に戻る星矢にアイオリアも付き合う。というより、連れてくるように、魔鈴に言付かっているらしい。誕生会というほどではなくても、夕飯に招くと。
 魔鈴とは親しいが、家にまで押しかけたことはなかった。無論、食事を一緒《とも》にしたことさえ……。
 迷惑にならないようにと考えてのことだが、ひょっとしたら、今更なのかもしれない。自分と魔鈴が色々と噂されていることは、アイオリアとて疾うに知っている。多分、魔鈴もそうだろう。
 それでも、とても嬉しそうな星矢を見るだけで、噂など気にもならなくなる。

「そういえば、星矢の誕生日はいつなんだ」
 五年も経つのに、聞いたこともなかった。尤も、ミロたちの誕生日も知ってはいるが、細やかな祝いの宴に加わることはやはり、ない。
「俺? 十二月一日だよ」
「──……」
 絶句する。それがある人の誕生日を想起させたからだ。
「十二月一日…。射手座、か」
「え、何?」
「いや──」
 もう、年を重ねることのない兄、アイオロス……。兄の誕生日は十一月三十日。星矢の誕生日の前日だった。
「どうかした? アイオリア」
「何でもないよ。そうか。それじゃ、その時はプレゼントに、特別訓練メニューでも組んでやるかな」
「じょっ、冗談やめてよ! そんなの、魔鈴さんのだけで十分だよっっ!!」
「何だ、毎年、魔鈴に貰っているのか?」
 こんな風に笑えるなど、考えられなかった。
 それでも、今、この瞬間だけでも、世界は色を取り戻している。この明るく、前向きな少年のお陰で。

「ところで、ちゃんとしたプレゼントって、例えば、どんなものなんだ」
 聖域で、聖闘士候補生が手に入れられるものなど、数えるほどでしかないだろうに。
 聞かれて、星矢もそのことに気付いたらしい。
「えーーっとぉ、…………花、とか?」
 沈黙★ その次には顔を見合わせて、二人は大笑いした。

 向こうに、魔鈴の家が見えている。日の落ちた中に、揺れる灯火が、夏の暑さすら忘れさせるほどに、心に染み入った。



 『すこやか獅子祭れ!』2008年参加作品でございます。二年連続、今年もちゃんと参加できて、嬉しい^^ 主催者様、有難うございます☆
 さて、去年の『獅子誕』話は暗めだったので、今年はもっと明るく!! と思ったのですが、どーあっても、暗さが抜けきれない;;; しかも、何故か星矢やロス兄の誕生日まで絡んで……誰の誕生日話なんだ?
 兄を亡くして、散々な目に遭って、世界はモノトーンにしか見えなくて……辛うじて、色が残っているのは黄金聖闘士の仲間たちのお陰だけど、やっぱり暗闇も同然で。
 そんな中、別の光が輝くようになったら──星矢は前向きで、何せ、あの魔鈴さんのシゴキにも耐えているような子ですからね★ 十分、希望になり得たんじゃないかと♪

2008.08.16.

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