尊きもの


「なぁなぁ、ミロ。ちゃんと考えてくれよー」
 年長者の子供みたいな言い様に、蠍座のミロは激しく脱力したものだ。
 ここは聖域は十二宮、第八宮の天蠍宮。主たるミロは折角の非番を有意義に過ごすどころか、朝っぱらから闖入者によって、変更を余儀なくされていた。
 黄金聖闘士の一日の予定を狂わすような不届き者は何者かといえば、当然、同じ黄金聖闘士クラスでなければ、どだい、不可能事だ。
 子供のように、ミロを邪魔しているのは隣宮の主、射手座のアイオロスだった。
 そんな光景が日常と化している辺り、晩秋を通り越し、既に初冬の色濃い聖域も、どうやら、平穏そのものというところだった。
「あのなぁ、ロス兄。無茶言わんでくれって、何度、言ったら、解るんだよ」
「何が無茶だ。お前はリアへのあの美事なまでのプレゼントをアテナに決定させた勇者だろう。今回もできないはずはない!」
 リア──獅子座のアイオリアへのプレゼントとは、つまり、三ヶ月ほど前のこと。アテナがアイオリアへ贈った誕生プレゼントのことだ。アイオロスも絡んでいるのだが、この黄金兄弟に、一週間ほどの完全なる休暇旅行の機会を贈ったのだ。
 日頃は無理に(執務をサボったり、夜に自宮を空けたりと)時間を作ったりすると、怒るようなド真面目な弟も、その時ばかりは有り難く受け取り、二人は水入らずの小旅行を楽しんだ。その旅行の切っ掛けを作ったのが誰あろうミロだったのだ。
 なもので、今度は迫りくる自分の誕生日のプレゼントとして、またまたアテナの御慈悲たる旅行を戴きたいなーとか何とか、都合よく考えちゃったりしているアイオロスだった。んで、前回の提言者たるミロにまたまた、一肌脱いで貰おうと! 当然のように考えている様子なのだ。ミロにしてみれば、迷惑この上ない。
「あのさ、ロス兄。一年に一度、行ければいいじゃないか。まだ三ヶ月しか経ってないしさ。さすがに認められるわけないだろう」
「俺の誕生日にってところが味噌なんだけどなー」
「味噌も醤油もないっての」
 いつの間にやら、日本通になっている黄金聖闘士たちの会話は、どこか和風の香りがする。
 さておき、ミロとしてはいい加減に付き合いきれない。
「大体、アイオリアがウンと言うわけないだろう。そんなに自分の誕生日に拘るんなら、頑張って、来年の誕生日まで絶対長生きして、そん時に貰えば。その代わり、アイオリアの誕生日はサラッと流すことになるだろうけどな」
「酷い言い種だな。我ら聖闘士はいつ、命果てるともしれないってのに」
 現に一度、年若くして、命を散らしているアイオロスの言葉には重みがある──はずなのだが、ちぃとも心に響いてこないのは何故なんだろう? これも復活以後の日頃の行い故というところだろうか。
 しょっちゅう、駆け込み寺よろしく、どーでもえーようなことで、押し掛けられ、泣きつかれたり、喚かれたりしているミロは何だか、一寸だけ悲しくなってしまうのだった。


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「てなわけで、ロス兄が煩いんだが、何とかならないかな」
 どうにも諦めてくれないアイオロスに根負けし、少し考えてみるとか言いくるめて、追い返し、ともかく他の者に相談してみることにした。相手は無論のこと、智恵者といえる牡羊座のムウだったが、先刻までの自分と同じく、彼も厄介事がやってきたと言わんばかりの表情だった。やっぱり、何か悲しいぞ。
「何とかも何もないでしょう。貴方自身の言葉通り、到底、無理な話です」
「だよなぁ。なのに、どうしても、解ってくんないんだよなぁ」
 大きく嘆息すると、さすがのムウも少しばかり同情してくれたらしい。
「いっそ、アイオリアに言ってしまえば、どうですか。弟の口から最後通牒を突きつけられれば、兄馬鹿な誰かさんでも目が醒めるでしょう」
「それは一寸、可哀想な気が……」
「お優しいことですねぇ。無理難題を吹っかけられているというのに」
 呆れられてしまったが、ミロとしては黄金聖闘士の要たるアイオロスが使い物にならなくなるような事態は避けたいと、思っているに過ぎないのだ。
 ただ、黄金聖闘士は結構、付き合いはあっても、最後の頼みの綱は己独りのみ! という連中の集まりのようなものなので、他者への気遣いに長けているミロは珍しい部類だった。

「ふむ。要するに、アイオリアと出かけられればいいのでしょう」
「まぁ、そうだな。しかし、二人きりで小旅行というのは無理だよなぁ」
「二人きりではね。任務でなら、ともかくですけど」
「任務をプレゼントじゃ、ロス兄じゃなくても泣きたくなるかも」
 少しばかり、自分の誕生日のことを想像してしまった。そういうことが決して、なかったわけではないのだ。
「切羽詰まった戦闘前提の任務でなければ、どうです?」
 勿体付けたようなムウの言葉に、ミロは目を瞬かせる。
「戦闘なしの任務? んなもん──あ」
 そこで、ミロも気がついた。
「そういや、あるじゃん。戦闘なしだけど、かーなり重要な、アイオリアに任されることが決まってる任務が」
「相方も、一応は決まってますけどね」
「あー、そうだったよな。でも、サガに相談してみるか。とにかく、これ以上、押し掛けられるのは堪らんからな」
 「サンキュー、ムウ」と言い残し、一直線に、長い十二宮階段を最上部めがけて、駆け上がっていく世話好きな友人を、ムウは微笑とともに見送った。


「イーグルの代わりに、アイオロスを、アイオリアと同道する引率者にできないか、だと?」
 非番にも関わらず、教皇宮まで上がってきたミロが言い出した話が些か、唐突なものだったので、サガも戸惑いを隠せなかった。
「何故、いきなり、そんな話が出てくるのだ」
 サガが疑問に思うのもまた当然だ。ミロは少しばかり、適当に言い繕って、誤魔化せるだろうかと考えたが、直ぐに断念した。自分には不向きなことだ。
 一連の事情は簡潔に、正直に打ち明けることにした。場合によっては雷も覚悟したが──話し終わってみれば、教皇補佐はムウと同じように苦笑していた。
「全く、お前という奴は、どこまで、人が良いんだか……」
 それほど、自分をお人好しだとは思っていないミロには異論もあったが、この際、それはどうでも良いことだ。問題はアイオロスをアイオリアと同道する任務に押し込めるかということだ。それは聖闘士候補性たちを引き連れ、聖域外に出ての実地訓練を行うというものだ。
「アイオロスも教皇補佐だから、あんまし候補性たちと交わることはないだろう。だから、たまにはその成長ぶりを見せてやるのも良いと思うし、候補生たちには勿論、アイオリアだけでなく、射手座の黄金聖闘士の動きを見せてやることもできるから、絶対にプラスになるはずだ。あんなんでも、一応、黄金聖闘士筆頭の一人だからな」
「一応は余計だろう」
 今一人の筆頭がまた苦笑を漏らした。そして、腕組みをしつつ、暫し思案に耽ったが、
「早い内に、シオン様に相談をしてみよう。それから、イーグルにも内諾を取らなければな。既に決まっていたことで、彼女も準備を進めているはずだ」
「そっちは俺に任せてくれ」 それなりに、鷲座の白銀聖闘士とも親しいミロは請け負った。



「アイオリアは既に承知しておると思うが、未来の聖闘士を育てる上でも重要な役目だ。協力し、務めるように」
「承知つかまつりました」
 最初は驚いていたアイオリアだが、既に心中の態勢を整えたらしく、冷静に受け答えをしていた。既に魔鈴とも色々と訓練指導の要綱を練っていたのだが、相棒が意外と大雑把な兄となると変更も必要だろう。
 などと、弟が思案を巡らせている一方、その兄の方は未だ、困惑しているようだ。
「あのぉ、シオン様。質問がありまーす」
「何じゃ」
「何でまた、いきなり、そんな話が飛び出すのですか」
「何でも何もあるか」
 自分がミロに吹っかけた無理難題など、すっかり忘れているようだ。というか、仮にも任務であるためか、“楽しい水入らず小旅行(予定)”とやらと結びつかなかっただけかもしれない。
 案の定、一応、説明してやると、筆頭その一な射手座は顔を曇らせた。
「何じゃ、その不満そうな顔は」
「いや、だって、折角の誕生日プレゼントなんだし、もっと太っ腹に気前良くドーンと!」
 すると、半分以上は呆れて、嘆息する教皇シオンの前に控えていたサガが噴き上がりそうになる。
「調子に乗るな。大体な、戦士たる聖闘士が、それも筆頭の黄金聖闘士が誕生日誕生日と騒ぎすぎだぞ。示しがつかんだろうが」
「解ってないなぁ、サガ。明日もしれない聖闘士だからこそ、その一時を有意義に過ごしたいと願うもんじゃないか」
「十分、有意義じゃないか。聖域の明日を担う候補性たちの成長をその目で見られるし、導くことができるのだからな。これほど、気の利いたプレゼントはないと俺は思うぞ」
 アイオリアが口を挟むと一同は夫々の思いで、黙り込んだ。
「そ…、そーだなぁ、リア! 俺も最近は内勤ばかりだし、どれほど彼らが腕を上げたか、楽しみになってきたぞー」
 空々しいほどの同調振りに、シオンとサガは苦笑すら、乾いていく思いだった。やっぱし、アイオロスに対してはアイオリアが最強最終兵器だな、と。
「それでは、シオン様。その任務、謹んで、拝命いたします」
「うむ。しっかり頼むぞ」
 シオンが重々しく頷き、この年の射手座へのプレゼントは確定した。


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「それじゃ、兄さん。基本的なところはもう魔鈴と相談してきてあるけど、細かいところを詰めようか」
「ん? あぁ、そうだな」
 これもまた、執務ではあるだろうが、思えば、教皇補佐任にあるためか、アイオロスとサガが遠方の任務に出ることは他の者に比べると、かなり少ない。ましてや、黄金聖闘士が数人がかりで当たらなければならない緊急非常事態ということは滅多にない。
 当然、彼ら兄弟揃っての出陣も過去には数えるほどしかない。それに比べれば、緊迫感には欠けるだろうが、重要性という意味では計り知れないのかもしれない。
「でも、兄さんが来てくれたら、やはり、候補生たちは喜ぶと思うな」
「そうかぁ?」
「何だかんだ言っても、兄さんは聖域の英雄だからな」
「何だかんだってのが引っかかるな。……でも、それはちょっとばかり正確じゃないな」
「どういう意味だ?」
「彼らが俺を英雄として、見てくれているのだとしたら、お前の兄だから……ってことだ」
 アイオリアが目を瞬かせる様を、アイオロスは面白そうに見やった。
 任務でも何でもいい。こうして、ともに過ごせる上に、指導される側から、指導する側にと認められた弟を見ていられる──それはやはり、何よりも尊い贈り物なのだろう。



「何だかんだで、収まりましたね」
「あぁ。ロス兄が納得してくれて、良かったよ」
 ムウの守護宮は一番、下だ。階段を下っていく長い道中で、この天蠍宮に立ち寄り、少しだけ立ち話をしていく。
 多少なりとも骨折りをしたミロに、ムウが少しだけ意地悪い笑みを向けたてきた。
「でも、これで、あの人はまた次も貴方を当てにするようになるかもしれませんよ」
「いっ? それは勘弁してほしいなぁ」
 顔を顰めながらも、自分がそれほど嫌がっていないと思えた。
 確かに聖闘士は戦士だが、人であることも間違いない。当たり前の幸せを享受してもいいではないかと──そんな気分からだろうか。
「何はともあれ、お疲れ様」
「お? おぉ」
 幾分、面食らいながらも、階段を更に下りていくムウの後ろ姿を見送る。素直ではないが、一応は労ってくれたらしいと、少ししてから気付いた。
「……解りづらい奴だよなぁ」
 そして、あの兄弟たちに思いを巡らせる。かなり、解りやすい兄弟を。
 今頃は“楽しい小旅行”改め任務の計画を詰めていることだろう。きっと、喜びながら……。
 どんな旅……いやいや、任務になるのか、ある意味では楽しみなことだ。



 まぁ、何とか期日に間に合った『ロス誕2011』さま参加作品であります。獅子誕話を受けたような話になりました。でもって、何でか、語り部?がミロという、ロス誕なんだかどうなんだか、解りにくい話かも?
 でも、一応はまたしても、明るい話になったのは「さすがロス兄☆」てな感じかもしれません^^

2011.11.30.

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