勝利を我が手に?


 アテナの加護の下にある聖域にも、季節は訪れる。大いなるアテナの小宇宙に包まれているとはいえ、冬は確実に忍び寄っていた頃、
「ぬぁんだと〜〜〜!?」
 季節もへったくれもなく、年中無休で暑苦しい男の絶叫が木霊した。
「どーゆーことだ、ミロ!! リアが…、リアが日本に行っただとーっっ!?」
 掴みかからんばかりの勢いだったが、そこはそれ、ミロも対応には慣れたものだ。絶妙の距離を取り、事実をサラリと告げる。
「あぁ。何でも、星矢の誕生日が近いから、誕生会の準備を手伝うためだそうだ」
「たっ、誕生会だと〜〜!? その前に、俺の誕生会があるだろうがっ。つーか、明日だぞっ。ま、まさか、リアの奴、俺の誕生会に出ないつもりじゃ…!?」
 見る見る蒼くなる様にも、どこ吹く風。
「さぁ。さすがに、それはないんじゃないの。こんなんでも一応は兄貴なわけだし──いやいや、その気になれば、光速で戻ってこられるんだしさ」
 そんなことに、聖衣を使っていいのかどうか、悩むところだ。
 心の中で、親友に突っ込んだのはミロの隣で、黙って聞いていたカミュだったりする。

 ともかく、真青な顔で、何やらブツブツ呟いていたアイオロスはバンッと机を叩き、立ち上がった。弾みで未決裁の書類の山が雪崩を打った。……誰が片付けるんだろう?
「アイオロス?」
「行ってくる」
「はい??」
「リアの真意を確かめてくるっ」
 ドッピュ〜〜ン☆
 聖衣もなしに、光の如きスピードで、射手座の黄金聖闘士はスッ飛んでいった。

「ハハハ、やっぱし、こうなったか」
「やっぱしじゃないぞ、ミロ。黙っていればいいものを、わざわざ、波風を立てるなど」
 当然、カミュが窘《たしな》めるが、またしても、ミロはどこ吹く風だ。
「何れ、気付くだろ。寸前になって、バタバタされるより、早い内に片を付けてくれた方が良いじゃないか」
 一理あるような、ないような……カミュが盛大に溜息をついた時、背後にヒヤ〜とした気配が湧き上がった。“氷の魔術師”はここにいるのに妙なことだ。
 しかし、さすがに尋常ではない雰囲気なのに、二人は息を呑み、ゆっくりと振り向いた。
「うわぁ…」
「……サガ」
 予想通りの人物が予想以上の静けさを纏《まと》わせ、立っていた。
 ゆっくりと部屋を見回した双子の黄金聖闘士はシオンに会いにいっており、席を外していたのだ。こうなると、ミロがその隙を狙ったようにも見えるが。
「……ミロ、カミュ、アイオロスは?」
「えっとぉ〜」
「いや、それが」
「アイオロスは、どこに?」
 身の危険すら覚えるほどだったが、どう切り抜けるべきだろうか? カミュにすれば、巻き添えもいいところだったが、親友の狙いを看破できずに、共犯同様に思われても否定のしようもない。諦めるしかなかった。

 二人が脱走?したアイオロスの仕事を肩代わりするサガの手伝いをさせられたのは言うまでもない。とりあえず、最初の仕事は床に散らばった書類の山を拾い集めることだった。



 そして、今、アイオロスは『星の子学園』の前に立っていた。腕組みをし、親の敵でも見るかのように、建物を睨みつけて──大股で、入っていった。

「兄さん…。何で、日本にいるんだ。仕事は?」
 真面目な弟の当然の質問をアイオロスはスッパリ無視してのけた。
「聞きたいことがあるのは俺の方だ!」
「聞きたいこと?」
 ガシッと両肩を掴まれた弟は目をパチパチさせている。そんな二人を子どもたちが取り巻き、
「うわ〜、そっくりだ。アイオリアそっくりー」
「えー、アイオリアが二人いるよ」
「ねぇ、魔鈴お姉ちゃん。誰、その人」
「わかった。きっと、ふたごっていうんだ」
「学校の友だちにいるぜ。そっくりの兄弟なんだよ」
 幼いなりの知識を持ち寄り、興味津々に語り合っている。実は七歳も違う兄弟なのだと、言うべきかどうか、傍にいた魔鈴も迷ったものだ。何の予備知識もない子どもたちに双子扱いされる七歳差の兄弟は、さて、兄が子どもっぽいのか、弟が大人びているのか……。

「リア、お前…、兄ちゃんの誕生日、すっぽかすつもりなのか!?」
「……へ?」
「だって、日本に来たのも星矢の誕生日を祝うためなんだろう」
「ちょ…、兄さん?」
 アイオリアが困惑気味に呼ぶが、アイオロスは聞いちゃいない。
「兄ちゃんの誕生日はお祝いしてくれないのかっ? 日本で星矢やイーグルと仲良く、過ごすつもりなのかーーっ!!??」
「ちょっと、あんた」
 つい、聖域の英雄様に対するにはぞんざいな態度になってしまった魔鈴を責めることはできまい。ま、それも当然、悲嘆にくれるアイオロスの耳には入っていないようだが。
「どうしてだ、リアッ! もう兄ちゃんのこと、嫌いになったのか? 何でだ、リアッ。十三年、放っぽってたからかっ」
 ──そんな今更なことに突っ込まれてもなー
「最近、仕事に精出して、構ってやれなかったからかっ」
 ──そんなの当たり前だ。いや、寧ろ、そうしてくれ
「だから、怒って、付き合い悪かったのかー」
 ──少し弟離れしてくれ
「それなら、改めるから。兄ちゃんはちゃんと、お前のこと、気にかけてるぞ」
 ──かけすぎだってば;;;
 延々……。心中での突っ込みしかしようもなく、とにかく、アイオロスは大いなる兄の愛とやらについて、熱弁を振るった。
 そして、十分後、
「だから、リア!! 聖域に帰って、兄ちゃんの誕生日を──!!」
「勿論、そのつもりだよ。最初っから」
「……へ?」
 見るのも飽きたか、周りには魔鈴も子供たちもいなくなっていた。兄弟には構わず、星矢の誕生会の準備に戻っている。
「あのさ、兄さん。出ないなんて、一言も言ってないだろう」
「えっとぉ〜、そうだっけ?」
「そうだよ。勝手に決め付けて、ずーっと喋りっ放しで……」
「で、でも、ミロが」
「ミロが何だって? 日本に行くとは言ったが、出ないなんて、あいつにも言ってないぞ」
「そ、そういえば、俺も……聞いてないかも」
 アイオリアが深く深く嘆息する。
「少し冷静になって、考えれば、解りそうなもんだけどな。大体、日本まで、飛んでこなくても、確かめようもあったろうに。あ、サガには何て?」
「いや…、会ってない」
 弟の言葉で、やっと思い出した恐怖の相棒が、どんなにか怒り狂っているだろうか、と遅まきながらに、思いついたようで、自然と声も小さくなる。
 もう一つ、溜息が漏れた。
「今年の射手座の祝いは、お流れかなぁ」
「ちょっ…、リアッ」
「もしかして、去年のが最後だったのかも……」
「アイオリアーッッ。恐ろしいことを言うなっっ」
 絶叫しようと、状況が変わるはずもない。
「早く聖域に帰って、平謝りするしかないんじゃないか、兄さん」
「う…、一緒に帰ってくれないか? リア」
 本気で怯えて、どうするんだよ。それなら、飛び出してこなきゃいいものを──と呆れもするが、自分が関わるからこそ、こうなるのだと思えば、窘める言葉も浮かばないアイオリアだ。
 弟を悩ませ、呆れさせても、サガにこっ酷く説教されても、振る舞いを改めようとしないのだから、どうしようもない。少しくらいは努力する素振りを見せても良かろうに。

「アイオリア、大仕事は殆ど済んだから、とりあえず、戻れば?」
 英雄様が余りに項垂れているのを見兼ねたのか、魔鈴が口添えしてくれた。大きな荷物運びにアイオリアを呼んだのが解かる。
「そっ、そうか、イーグル!! 連れてっても、いいかっ?」
 本気で弟を当てにしているらしく、喜色満面で喜んでいるのを笑っていいものやら、悩むところだ。
「月が変わったら、ちゃんとアイオリアを日本に寄越してくれるのならね。この子たちも楽しみにしているんだから、約束して欲しいもんだね」
 どうやら、『星の子学園』のチビッ子たちにもアイオリアは懐かれたらしい。妙に子ども受けがいいようだ。それはともかく、
「うむ! 約束する。それじゃ、リア! 行くぞ!!」
「──わっ、兄さん!?」
 反論も許さず、アイオロスはガッシリと腕を掴み、庭へと連れ出していった。

「あー。アイオリアー、行っちゃうの?」
「アイオリアお兄ちゃーん」
 気付いた子供たちが後を追いかけ、外に出た時には──既に二人の金髪兄弟の姿は消えていた。
「あれ〜???」
「もう、いないよ」
「大丈夫だよ。星矢の誕生日になったら、帰ってくるよ。約束したからね」
 魔鈴が宥めると、子供たちは納得したのか、家の中に戻り、残る飾り付けや描きかけの絵を完成させようと、奮闘していた。



 月が替わった翌々日、星矢の誕生日に約束通り、アイオリアは『星の子学園』に現れた。ただ、そこかしこに傷を作っていて、子供たちを驚かせたものだ。
 魔鈴は大体の事情を察したので、特に尋ねたりはしなかった。昨日の射手座の祝いは無事に執り行われたのかどうか、甚だ疑問だ。まぁ、一部が無事でなかっただけで、宴は催されただろうが。
 多分、兄の射手座の黄金聖闘士は弟以上に傷だらけだったに違いないが、それでも、弟が一緒だったのだから、幸せだったことも疑いない。
「……それにしても、苦労するね」
「別に苦労だなんて、思ってないさ」
 耳打ちに、大真面目な顔で、アイオリアが答える。
 独り冷たい世界に震えながら、心の中でのみしか、祝うことを許されなかった兄の誕生日を盛大に祝えるようになったのだ。アイオリアが喜んでいないはずがないのだ。
 それを肝心のアイオロスが気付いておらず、空回りしているのが妙に可笑しかった。
「ま、案外、それを楽しんでるのかしれないけどね」
 外野が余計な心配をしてやる必要もないのかもしれない。

「ゴメンなさい。遅くなって──」
「あ、沙織お姉ちゃん」
「沙織さん。来てくれたんだー」
 星矢が驚いた顔で迎える。時差の関係もあるし、一日違いの聖域での射手座の宴に出ていたはずなので、来るのは無理だと思っていたのだ。
「えぇ。いつも、頑張って下さる貴方の誕生日ですもの。あ、プレゼントも用意しましたよ。貴方個人にというより、この星の子学園にですけど。その方が喜ぶと思って」
 お菓子や絵本や玩具の入った大きな箱を抱えていたのは──あちこちに包帯を巻いていたアイオロスだった^^;;;



 やっとのことで、『ロス誕2010』さま参加作品上がりました☆ ハァ、こんな短編なのに、エライ時間がかかってしまいました。つか、拍手以外の作品自体、実に○ヶ月(とても書けない;;;)振りという恐ろしさ★
 さすがに誕生日話も尽きてきたかなー、と思ってましたが、何だかんだで、ネタが湧いてきました。凄いぞ、兄ちゃん♪ 相変わらず、どこまでも兄馬鹿ですが。
 しかし、半分くらいは星矢誕みたいですけど^^;

2010.12.12.

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他、黄金聖闘士と女神様などが登場☆