賢者への贈り物


「そういや、アイオリア。聖戦が終わってから、人馬宮に泊まったりはしていないのか」
 さり気なさを装うにも、その問いは些か、唐突過ぎた。思い切り、胡乱な目が向けられるのに、ミロはやっぱ、俺には無理だと内心で尻込みする。
「何だ、いきなり」
 執務の合間の唐突な話題に、アイオリアが訝しむのも無理はない。居合わせたムウまでが執務の手を止め、こちらを窺ってくる。
「いや、急に思いついたというか。ホラ、昔はお前、人馬宮に寝泊りしていただろう」
「何時の話だ、というくらいに昔だな。獅子座を正式に拝命する前だぞ」
 もっと正確にいうなら、例の『アイオロスの謀叛』改め『サガの叛乱』までは確かに、人馬宮がアイオリアの住む『家』だった。勿論、触れは出されぬまでも獅子座も拝命しており、日中は獅子宮に在ることの方が多かったが。
 それもまた、唐突なまでに終わりを迎えた……。

 三人は揃って、首を振る。忘れるつもりはないが、今更、思い出しても楽しいものではない。
 早くに立ち直ったのはミロだった。殊更に明るい声を上げる。
「まぁ、何だかんだあったが、アイオロスも戻ってきたわけだし、久々に兄弟水入らずで、昔みたいに──ってわけにもいかないか。うん」
 いい大人なんだしなぁ。
「何を独りで、納得しているんだ」
「いやいや。でも、昔出来なかったことが出来るかもしれん。今後の聖域のことを聖闘士として語り合うとか。お前が正しく立派な聖闘士に成長した様を見れば、アイオロスもきっと喜ぶぞ」
 おぉ、これは中々、それっぽい文句じゃないか。情に篤いアイオリアのこと。きっと絆されるに違いない──と思ったが、
「今後を話し合うなら、執務の時にでも話せるだろう」
「……いや、まぁ、そうだけど」
 て、手強いな、さすがに。
「人馬宮に泊まれば、獅子宮を空けることになる。それは許されないんだぞ」
「でもさ。朝までに戻っていれば──」
「あぁ。そうやって、抜け出している奴も結構、いるな。全く、シオン様が目溢しして下さるのを良いことに」
 黄金聖闘士一の生真面目さともいわれる獅子座の黄金聖闘士は苦々しく顔を歪めた。
「でも、皆もやってることだし、一度くらい……」
「皆ではない。ムウやシャカやサガは犯してはいないぞ。一緒くたにするな」
「……ハイ」
「全く」
 引き合いに出されたムウもボソリと呟くのが聞こえた。
「とにかく、黄金聖闘士が揃いも揃って御法度破りでは他の者への示しがつかない。我々は聖闘士として、範を垂れねばならないはずだぞ」
「そりゃまぁ、そうだけど。……でもなぁ、アイオリア。一度くらい、兄貴と執務など関係なく話したいとか、黄金聖闘士としてでなく、家族として、ゆっくり過ごしたいとは思わないのか」
 情に訴えてみると、表情が微かに動いた。これはもう一息か、と思ったのも束の間、酷く冷静な声が返る。
「何を言う。我々は兄弟である前に、女神の聖闘士だ。アテナのため、世の平安を護るために尽くすことこそが本分……。兄もそれを見事に実証してみせたのを忘れているぞ」
 十三年前の決断。身を呈し、命をも擲ち、アテナを護った射手座の黄金聖闘士──それは唯一の弟を苦境に落とすことも承知の上での厳しい決断でもあった。
 アテナのために成し遂げた強靭な意志と覚悟の深さは正しく聖闘士の鑑と、改めて評されている。
「その兄が、そんな私情《こと》に揺るがされるはずがない」
 あの弟溺愛兄馬鹿振りの前には、かなりピントがズレていると思うぞ、とまではミロには言えなかった。傍らで、ムウが苦笑するのを苦々しく思うだけだ。

「何だか、色々と大変ですねぇ」
「察しているのなら、援護してくれよ」
 アイオリアが席を外すと、また苦笑しながら、ムウが話を振った。
「アイオロスに何か頼まれたのですか」
「まぁな」
 蠍座のミロが何故に、唐突な話題を持ち出したかといえば、話は少しだけ遡る。


☆        ★        ☆        ★        ☆


 この十数年、忘れられていた一日が再び、特別な日となった。十一月三十日──射手座のアイオロスの誕生日である。

 誕生パーティは当然、予定されている。それに先立ち、幹事役のミロがプレゼントの希望を取る。何せ、個人的に彼に誕生日プレゼントを! と虎視眈々と?狙っている者は多く、収拾がつかなくなりそうだからだ。アイオロスも同じ物を沢山、貰っても困るだけだろう。
 しかし、我らが英雄殿は「気持ちだけで十分だ」と、実に爽やかな笑顔で答えたものだった。
「全く、兄弟揃って、物に執着しないよなぁ」
 半ば以上は呆れているミロの言葉に、アイオロスは何だか嬉しそうだ。「そうか、リアもか」とか呟いている。
「何もないってことはないだろう。物じゃなくても、願い事とか──」
「それなら、あるぞ。アテナの御許、平安が永く続きますように、と」
 内心で、「…………そこまで、同じこと、ゆーなっての」と突っ込む。口にしたら最後、弟一直線な兄馬鹿モードに移行すること疑いない。
「そうだなぁ。願い事なら、もう一つ。人馬宮でも獅子宮でもいいから、お泊りして、リアと一晩、語り明かしたいなぁ」
 いや、既に遅かったと、判明;;; 移行してるし……やっぱ、そーゆーこと?
 聞くんじゃなかったと、心底からの溜息をつく。『お泊り』って、子供じゃあるまいし。まぁ、十四歳で一度、落命したのだから、中身は結構、若いというか幼いところもあったりするわけだが。
 一見、何の変哲もない簡単そうな願い事だが、その実、これほどの無理難題もないだろう。最大の障害が、アイオロスの当の弟アイオリアだったりするのだから!

 十二宮の守護者たる黄金聖闘士は基本的には守護すべき自宮に在らねばならない。執務・任務・訓練・指導以外で宮を離れるには厳密には教皇の許可がいる。勿論、黄金聖闘士にも私事はあり、緩やかになってはいるが、それでも、夜間は必ず自宮で『待機すべし』との原則は厳然として存在する。
 尤も、今では朝の定められた起床時間に自宮にいれば、構いなし、とお目溢しもされるので、案外に十二宮でも夜間の人の出入りは多い。
 ところが、中には頑ななまでに、その原則に従う者もいる。弟子持ちのムウや浮世離れしているシャカ。誰よりも己を律するサガ。そして、上に何とかが付くほどに真面目なアイオリアだった。
 アイオリアが幾ら兄の宮とはいえ、自宮を空けて、他宮に『お泊り』するなんて、考えられないし、黄金聖闘士筆頭格たる兄の御法度破りを許すとも思えない。
 だからこそ、簡単に見えて、とても叶いそうにない願い事なわけだ。

 ミロはゆっくりと後退りをする。「幼馴染の誼で何とかしてくれ」とか訳の解らん理由で、難題を吹っかけられる前に退散すべきだった。
 幸い、半分トリップしているらしいアイオロスは今、どんな脳内妄想劇場が展開されているのか、何とも幸せそうな顔で宙を見ている。今ならば!
 いや、さすがは英雄殿。やはり、甘かったようだ。神速の素早さで距離を詰められ、ガッシリと両肩を掴まれる。
「ミロ。何処に行くのかなぁ」
「え、いや、あの、その;;;」
「俺の願い事を叶えてくれるんじゃないのかな? だから、聞いたんだろう」
 でも、出来ることと出来ないことがあるんだよ! とキッパリ言えたら、どんなにかっ★ 尤も、言ったところで、聞こえない振りをされることも疑いなかった。

 無理矢理、哀れなる子羊……もとい、蠍座の協力を得て、射手座のアイオロスは細やかにして、大いなる願い事《やぼう》を叶えるべく、大作戦に移った次第☆


「アイオロスも大人気ない」
「でもな、ムウ。アイオロスの気持ちも解る。せめて、誕生日に一晩くらい……今は平和な時だし、俺たちが全員、十二宮に詰めていれば、いいじゃないか」
「それはまぁ……」
 ムウは師匠たる教皇シオンが理由をつけては一番下の白羊宮にまで、やってくるのを思い返した。サガの狂乱を鎮めることも出来ず、幼い弟子を残して、逝ってしまったことを、シオンなりに悔やんでいるのだろう。
「何か、いい手はないものかな」
「下手な小細工はせずに、今の科白をそのまま、アイオリアに言ったら、どうです?」
 寧ろ、一本気な獅子にはその方が有効だと思える。
 腕を組んで、「う〜ん」と考え込むミロにムウは微笑した。時に『情に脆い』とも評される蠍座。あの聖域の混乱期にも、こうやって、友人たちのことを考え、骨を折っていたのだろう。
 こんな風に、あの苦しかった頃のことを思い返せる日がくるとは……。暫しの平安かもしれないが、確かに今は何も考えずに享受してもいいのかもしれない。
 今度、シオンが白羊宮にきたら、少しは優しく応じてあげよう、とムウは決めた。


★        ☆        ★        ☆        ★


 白羊宮の師弟のことはともかく、射手座のアイオロスの野望達成への道程は険しいようだ。
 ミロにしても、黄金聖闘士としての執務以外に、月一誕生会今回の幹事役まで負っている。回を重ねるごとに、一定の形式も整い、準備する方も慣れてきてはいるが、今回の主役は特別だ。しかも、甦り後初めての誕生日──盛大に、記念になるように特別趣向を凝らして、祝ってやろう、と色々と意見も出ている。
 勿論、その全てを容れられるはずもなく、調整も幹事役が中心に果たさなければならない。
 射手座の前は蠍座のミロが誕生会の主役だったが、同じ十一月内ということもあり、自分の誕生会が開かれる前から、ミロはアイオロスのための準備を始めていたくらいなのだ。
 全く、本当に何て、いい奴☆
 そんな忙しいミロに、無理難題を吹っかけるアイオロスもどうかと思うが^^;;;
 尤も、アイオロスにしても、ミロにばかり押し付けているわけではない。自力で何とかしようという気もないわけでもなかった。

 アテナ・城戸沙織が聖域に帰ってきた。アイオロスの誕生日の三日前だった。このまま、骨休めも兼ねて、聖域に留まるという。
「私などのために、申し訳ありません」
「何を言っているの。貴方の誕生日を祝えるなんて、聖域にとっても、素晴らしいことだわ。私が休む口実にもなりますものね」
 対外的にはグラード財団総帥として、休養となるだけだが。財団総帥としての実務と聖域の女神──両立させるのは中々、大変なことだった。
 そして、今回もまた、沙織の護衛も兼ねて、日本の青銅聖闘士達がくっ付いてきていた。
「アイオロス! 久し振りっ」
「やぁ、星矢。夏以来だな」
「うん、前ん時はアイオリアの誕生会だったもんな」
 彼らは日本で学校にも通っているらしい。月一黄金誕生会にも必ず参加するというわけではなかった。今回は十数年振りに復活した射手座誕生会ということで、星矢だけでなく、他の青銅聖闘士達も同道したという。それと、
「実はさ。俺ももう直ぐ誕生日なんだ」
「ホゥ、いつだ」
 そういえば、星矢も射手座だったな、と己が黄金聖衣を幾度も纏ったということを思い出す。
「それがさ、十二月一日なんだよ」
「というと」
「そう! アイオロスの誕生日の次の日なんだ。もうビックリだろう」
「確かにな」
「貴方と一緒に、星矢も祝ってあげたいのですが……構わないかしら」
 沙織の言葉に、否を唱える必要もない。
「勿論です。祝い事は多い方が嬉しいものですからね。しかし、一日違いとはな。星矢は良いのか。当日じゃなくても」
「いいって。騒いでる内に、十二時過ぎたら、俺の誕生日だよ」
「余り感心しないな。夜更かしなんて」
「今時、十二時過ぎまで起きてたって、夜更かししたことにはなんないよ」
「いーや。成長期は確り、睡眠を取らんといかん」
「まぁ、その辺はアイオリアに目を光らせて貰えば大丈夫でしょう」
 いきなり弟の名前が出たことに、アイオロスは戸惑う。
「は? あの、アテナ。それはどういう」
「あぁ、俺、聖域にいる間はアイオリアんトコに泊めて貰うことになったから」
 爆弾発言?に、アイオロスは押し黙ったが、内心では「な〜にぃ!?」と絶叫していた。
 気持ちを鎮め、漸く問い質す。
「…………どういうことだ。師匠の、イーグルの処に泊まるのではないのか」
「そのつもりだったけど、前来た時も魔鈴さん家《ち》に泊まったし」
 修行時代にも過ごした、星矢自身の家にも等しい。だから、聖域に来れば、何も考えずに当たり前のように魔鈴の元に行った。
 だが、前回帰る時、次からはもう泊めない、と言い渡されたのだという。
「俺ももう一人前の聖闘士からって、認めてくれたんだ。あの魔鈴さんが。それに……一応、男だしさ。魔鈴さんもお年頃だろ? 幾ら弟子だからって、やっぱり一つ屋根の下はマズいだろうって、シャイナさん辺りに言われたのかもね」
 ヘヘッと星矢は頭を掻きながら、笑った。とにかくも、厳しい師匠が『一人前』と認めてくれたのは嬉しいらしい。
「それで、何で、アイオリアの処に?」
「だって、他に泊めてくれそうな奴いねぇもん。俺が聖域にいた頃ってさ、東洋人への風当たりが本当に酷かったんだ。普通に、何の偏見も持たずに接してくれたのはアイオリアくらいだったんだよ」
 まだ、アイオリアが獅子座の黄金聖闘士だと明かしておらず、十二宮に留まっていなかったからこそでもあった。
 それはいい。さすがは我が弟! と褒めてやりたい。しかし、だからといって、星矢がアイオリアの処に、獅子宮に泊まるというのは! いやいや、それも普段ならば、ちょーっと羨ましいが、構わない。
 だが今回は! 聖域にいる間──つまり、少なくとも、アイオロスと聖矢の誕生会が終わるまでということになるではないかっ!? それでは『せめて誕生日にアイオリアと二人でお泊り大作戦☆』が頓挫してしまう。

「それって、もう決まっているのか」
「決まってるって? あぁ、アイオリアのOK貰ってるかってことか。それなら、前に帰る時にもう貰った」
 ぬわんだとーっ!! そんな大事なことを、何故にアイオリアはこの兄に言わなかったのだーーっ!? しかも、何ヶ月も前にとはっっっっ。
 独り、内心では頭を抱えて、悶々と悩むアイオロスをよそに、星矢は続ける。
「アイオリアんトコに泊まるの、久し振りだから、楽しみだな。また、手合わせとかもして貰わなきゃな」
「…………また?」
「うん。修行時代も時々、世話になったよ。魔鈴さんに叩き出された時とか」
 もういい。それ以上、聞かされると、理性のネジが吹き飛びそうだった。さすがに、女神沙織の前で、兄馬鹿モードに移行することは避けたい。それくらいの分別はまだあった。
 因みに、普段、聖域にいることの少ない星矢は全く知らなかった。目の前の英雄が、弟アイオリアに対して、周囲が引くほどの兄馬鹿振りを発揮するということを。
 とても想像できないせいでもあったが。知っていれば、楽しい(注・アイオロス主観)過去を明かしたりはしなかっただろう。


☆        ★        ☆        ★        ☆


「星矢を泊めることが何か問題なのか」
 弟は、実に不思議そうに見返してきたものだ。
 その日の執務を終え、教皇宮を辞したアイオロスは自宮たる人馬宮に寄りもせず、一直線に獅子宮まで突っ走っていった。
 既に星矢は獅子宮に腰を落ち着けていた。寛いで、夕飯を待っているのを幸い、その支度をしている弟を捕まえて、「何故、そんな約束をした」とか「どうして、言わなかった」とか問い質したのだ。
 だが、首を傾げるばかりの弟は兄が何を問題にしているのか、理解していない様子だった。
「カミュや老師の処も、問題なのか」
 そういえば、降りてくる途中で、宝瓶宮には氷河が、天秤宮には紫龍と瞬がいるのには気付いた。一輝の小宇宙は十二宮から感じられないので、誰かの世話になることを嫌って、何処ぞで野宿でもしているのかもしれない。
 それはともかく、
「大体、黄金聖闘士が、自宮を勝手に空けるほどの問題ではないだろう」
 アイオロスは詰まる。何だか、『兄ちゃんの大いなる野望』に釘を刺しているみたいだ。ミロの奴、何か、余計なことを言って、拗らしたわけではないだろうな。とか、どうしようもない八当たり思考にまで走る。ミロが聞いたら、泣くぞ。

 いやいや、最早、ミロを当てにはしていられない。ここは正念場だ。
「それはしょっちゅう、そんな真似をするのは感心しないがな、だがな、アイオリア!」
「な、何だよ」
 庖丁を握っていた手を危うく滑らせかける。七歳で、独りになったアイオリアは身の回りのことは何でも、それなりに熟す。勿論、素晴らしくも大雑把な作業だったりするが、少なくとも、食えない物を作ったりすることはなかった。味より栄養、という面は無きにしも非ずだが、酷い味の余りに食欲減退するようなこともない程度だった。
 いや、話が逸れた。庖丁を置き、見返してくる弟の肩を、アイオロスは掴む。
「時には夜を徹して、仲間達と忌憚なく意見を交わしたりすることも必要だ。騒ぎすぎるのは問題だが、適当に酒を入れれば、普段は言わないことも口にしたりもする。場合によっては会議の時以上に、活発な論議になるかもしれん」
「そりゃ、まぁ……」
 お、少しは気持ちが動いている。もう一押しか。
「だからな、アイオリア。俺達も、時には昔みたいに、二人で過ごすのも悪くないんじゃないか。朝まで聖域の未来を語り合ったり」
「……? 聖域の未来を、語り合う?」
「あぁ! お前がどんな考えを持っているのか、じっくり聞いてみたいな」
「今後の聖域のことを聖闘士として語り合う……か」
「そうそう」
「ミロに言われたんだよな。それ」
「え?」
「立派な聖闘士に成長した様を見せれば、アイオロスもきっと喜ぶぞ、ともね」
 しまった! 同じような論法をミロが使っているとは迂闊だった。
「あ、あのな。アイオリア」
「何を企んでいるんだよ、兄さん」
「企むだなんて、俺はただ! ただ…、一日でもいいから、お前と話を」
「話だったら──」
「二人で、だ。誰にも邪魔されないで、お前と二人だけで……」
 日中はとにかく、人に囲まれている兄弟だ。たとえ、二人で話していても、直ぐに誰かが寄ってくる。更に会話が弾み、議論の際は有用な案にまで発展することもあるので、聖闘士としてのアイオロスは歓迎もしているが、個人として、一人の兄としてはいつも淋しさを感じてもいた。
 最高の聖闘士たる黄金聖闘士は聖闘士として、範を垂れねばならない。それは解っている。女神のために、命まで擲ったのだ。聖闘士にとって、何が大事かも──それでも、もう一度、生きることを許されたのなら、今度は女神のためだけでなく、共に黄金聖闘士の宿星を負う弟のためにも、命を投げ出すだけではない、途を選びたい。そして、弟と共に、女神のために尽くすのだ。
 それらの思いを口にするのは難しかった。アイオロスにできることといえば、ただ、思いを小宇宙に乗せることだけだった。

「……解ったよ、兄さん」
 暫しの沈黙の後、アイオリアが口を開いた。
「俺だって、別に兄さんと二人で過ごすのが嫌なわけじゃない」
「アイオリア」
 顔を輝かせるアイオロスだったが、
「でも、星矢がいる間は勘弁してくれ。もう約束したことだからな」
 約束破りはさせないでくれ、と笑う弟に、アイオロスは顔を引き攣らせながらも、それ以上、何も言えなくなってしまった。真面目な弟がここまで譲歩したのだ。さすがに「今度の誕生日に」とは望みすぎにも思えた。この辺も実は、弟第一の兄馬鹿なのだろうが。
「そうだ、兄さん。夕飯食っていくか」
「……いや、着替えもしないで来たから、人馬宮に戻るよ」
「兄さん?」
 だが、アイオロスは片手を上げて、フラフラと出て行った。
 追いかけようか迷ったアイオリアだが、吹き零れそうになった鍋に取り付くのを優先した。

 バタバタと足音がしたが、半ば傷心のアイオロスは気付けなかった。リビングを抜ける時、星矢が声をかけてくるが。
「アイオロス、帰っちゃうのか」
「あぁ」
 笑顔が引き攣っていなければいいが──しかし、間が悪かっただけで、弟を慕ってくれている少年に当たるのは幾ら何でも大人気がなさ過ぎる。
 獅子宮を後にしたアイオロスは盛大な溜息をついた。どうやら、計画は半分成就、半分失敗というところだろうか。
 ところが、思いもかけず、計画は進展を見せた。



「星矢が?」
「あぁ、今夜からロドリオ村に泊まるって」
「何でまた」
 アイオロスは茫然と、アイオリアに説明を求めた。
「行方不明だった聖矢の姉がロドリオ村の世話になっていたのは知っているだろう? その星華さんももう日本に戻っているが、今日、お礼の挨拶に行って、色々と手伝いをすることにしたらしい」
「それで、向こうに泊まる、と?」
「一々、此処から通わなくてもいいだろうってね。しかし、義理堅くて、星矢らしいよな」
 少しばかり嬉しそうに笑う弟に、では、獅子宮はアイオリアだけになるのか、と漠然と思う。
 だが、次の弟の言葉は予想もできなかった。
「でさ、兄さん。明日、泊まりに行ってもいいかな」
「え? 明日??」
「あぁ。誰も邪魔しにはこないから、色々、話そう。それから……十二時を過ぎたら、まずは二人で兄さんの誕生日祝いだ」
 アイオロスは目を瞠り、アイオリアを見返す。
「それで拘っていたんだな。しかし、兄さんも結構、安上がりだな。そんなものが誕生日プレゼントとは」
「安上がりとは何だ。ミロの奴、どんな言い方をしたんだ」
 どうやら、ミロに問い質したらしい、とこれ又八当たり的な物言いに走る。
「煩わせておいて、そんな言い方はないだろう。プレゼント、取り上げるよ」
「そっ、それは……!?」
 情けない顔をしているのだろう。アイオリアがまた笑った。
「冗談だよ。星矢にも言われたよ。もう少し、兄貴を大切にしろって」
「星矢が?」
 どうやら、昨日、星矢は二人の兄弟の会話を聞いていたらしい。そうでなくとも、あの小宇宙を広げた時に、星矢も何かを感じ取ったのかもしれない。
「全く、あの星矢にそんな説教をされるとはな。大体、俺が兄さんを大切にしていないみたいじゃないか」
 ある意味では、そうだ、と思わなくもないが、とりあえず、今までのことなど、どうでも良かった。明日の晩、弟が人馬宮に来てくれる。そして、二人だけで語り合い、日が変われば、この兄の誕生した日を祝ってくれる。これほど、喜ばしいことがあるだろうか。いや、ないっ!!
 ただ、朝を迎える前には獅子宮に帰ってしまうのだろう。それだけは残念だが、望みすぎてはキリがない。だが、ここでもまた思いもかけない言葉が!

「アテナとシオン様に願い出てみたんだ。一日だけ、人馬宮からの出仕をお許し下さい、と」
「で、お二人は何と」
「それが……」
「だ、駄目だったのか?」
 言葉を濁らせるのに、シュンと項垂れる。すると、慌てて、アイオリアが手を振った。
「いや、そうじゃくて──。実は次の日は休みを頂いたんだ」
 休み? 休みだって、今、休みと言ったのか! このアイオロスの誕生日を夜の騒ぎまではずっと、兄弟二人きりで過ごせるのかっ!? あぁ、アテナよ。このアイオロス、一生ついていきます!!

 聖闘士が女神に従うのも当然のこと。しかし、それを改めて、認識するのが弟絡みである辺りが、射手座のアイオロスだったりする。
「有り難いことだよな。兄さん。今日はちゃんと、お二人にお礼申し上げてくれよ。尤も、シオン様には代わりに、普段は兄も時間通りに出仕させなさい、とも言われたけどね」
 軽く睨まれたが何のその。アイオロスは大いなる神の恩寵?に、ジィ〜ンと浸りきっていた。
「星矢にも礼を言わないとな。あぁ、兄さん。一日は休みじゃないけど、ちゃんと聖矢のためだけの誕生会も開いてやりたいんだ。獅子宮でも人馬宮でもいいけど」
「そうだな。やはり、その日に祝って貰った方が嬉しいものだからな」
 望みが叶って、鷹揚な気分になっているアイオロスは大きく頷いた。ミロやムウが聞いていたら、脱力すること疑いなかった。

一年に一日だけの特別な日…。
祝えよ、祝え。共に祝おう。
天翔ける伝説の賢者《ケイロン》の翼持てし者を。



 てなわけで? 『ロス誕2007』さま参加作品仕上がりました☆ うわっ、〆切が延びたとはいえ、ギリギリやなぁ。いっつも、これか。
 さて、弟の『獅子誕』話が割りと暗めだったので、兄ちゃんの方は思い切り、明るくなるようにしました。意識しないでも、普通に明るくなるのが不思議だ。さすがロス兄ちゃん☆ Web拍手で上げたものの拡大バージョンです。
 タイトルは彼の名作『賢者の贈り物』から? まぁ、射手座=ケイロンが賢者だったから……決して、アイオロス本人が、とは強く言えないところが、うちの射手座だったりする^^;
 影で泣いているかもしれない同じ十一月生まれの蠍座君にも愛の手を♪

2007.12.18.

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