前  夜

「正気ですか。そんな命令」
 誤解のしようもない真正直な台詞に、マスター・P・レイヤー中尉は苦笑するよりなかった。
 笑われたことに、当のアニタ・ジュリアン軍曹が顔を顰《しか》めたので、すぐに表情を改め、咳払いをする。
「軍曹、率直さは君の美徳だとは思うが……」
「何でも、はっきり言えば、いいってもんじゃないですよね、隊長」
 まるで、レイヤーの言葉を引き取るように、しかし、どことなく茶化した口調で口を挟んだのはのは指揮下のモビルスーツ・パイロットの一人、マクシミリアン・バーガー少尉だった。
 小隊所属の三人のパイロットの中では、最も社交的で開けっ広げでもあるが、ありすぎといえなくもない。傍からは漫才かジャレているようにしか見えないが。
 当然、今回も流れは同じだ。小隊の紅一点ソナーオペーレータはきつい眼差しでマイクを睨む。少なくとも、士官に向けるものではない。その態度も口調もだが、この辺に小所帯の部隊の在り様が見える。
「なら、まともな命令だとでも言うの、マイク。オーストラリア到着直後の、初めての作戦だというのに、よりにもよって、民間人を同行させろだなんて」
「ん〜、まぁ、確かにマトモではないかなぁ。な、レオン」
 いきなり、水を向けられた今一人のパイロットのレオン・リーフェイ少尉は肩を竦めるに留めた。賢明な判断だったろう。



 オーストラリアに到着したばかりの特殊遊撃MS小隊『ホワイト・ディンゴ』だが、早々に任務が舞い込んできた。
 反攻作戦の初手であるアリス・スプリングス攻略に先立ち、その侵攻ルートを脅かすレインボー・バレーの敵防衛拠点を潰す──非常に重要な任務だ。
 この作戦そのものは特段、おかしなものではない。問題は付随した命令だった。
 結成以来、十分な訓練を重ねてきた『ホワイト・ディンゴ』にはオーストラリア以前、実戦経験もある。しかし、砂漠などの乾燥地帯が多いオーストラリアの戦場では用心に用心が必要だ。
 そんな状況下で、特に緊張を強いられるだろう熱砂の大陸での初陣に於いて、『民間人の帯同』命令が加わったのだ。誰もが最初は「マジか?」と耳を疑ったに違いない。
 レイヤー隊長でさえ、司令官から伝えられた際には態度に出してしまったほどだ。


「でもさ、民間人っても、これまでも民間軍事会社《PMSC》にくっ付いて、結構、危険地帯の地質調査をしてきてるみたいじゃないか」
 マイクの手には回ってきたファイルがある。しかし、アニタが納得する様子などない。
 同行させる民間人とは地質学者のオリヴィア・グラント博士。若いながらも、その分野《すじ》では著名らしい。そして、中々に行動的なようだ。
「だから、何? PMSCが本当に危険な戦闘区域まで出張るわけがないじゃない」
「そ、そりゃまぁ、そうだけど」
 正規軍に比べれば、貧弱な武器しか持たないため、間違っても砲弾の飛び交う戦場に足を踏み入ることはない。どちらかといえば、比較的、強力な自衛団のようなもので、戦争の影響で政情不安定な都市部周辺の警戒や無法地帯を行動しなければならない際の護衛に雇ったりする。
 ともかく、その程度の経験が実戦に同行するのに役に立つなどとは考えられない、というのがアニタの見解のようだ。
「隊長、大体が地質調査なんて、今現在、やらなければならないことなんですか」
 その質問には正直、門外漢のレイヤーには、いや、他の二人にしても明確に答えられそうにもない。
「重要作戦に臨む部隊に、それもこのオーストラリアでの初めての任務に伴わせてまで、急がなければならないほどのものなのですか」
「まぁ…、上はそう判断したからこその、命令なんだろうな」
 溜息交じりで答えるよりない。レイヤーに命令を伝えたのはスタンリー・ホーキンス大佐だが、決定を下したのは更に上も上──ジャブローの参謀本部だろう。或いは気が早くも既に戦後を見越した、連邦政府の意向なのかもしれないが。
 何れにせよ、実動部隊の指揮官如きには決定権も拒否権もあるはずがない。つまるところ、「やるしかない」わけだ。


★        ☆        ★        ☆        ★


「そんなに怒るなよ、アニタ。最初っから一緒に連れてくってのが分かってりゃ、対処のしようもあるだろう」
 一応は慰め顔のマイクだが、だからこそ、アニタには腹立たしいのかもしれない。
「本ト、お気楽に言ってくれるわよね。余計なお荷物を背負わされる、こっちの身にもなってほしいわ」
「余計なお荷物って、さすがに言い過ぎじゃ」
「余計以外の何物でもないでしょ。そのお客様はオアシスに乗るに決まってるんだから。それとも、何? あんたの愛しのジャクリーンちゃんに乗せてくれるっての? 私はそれでもいいわよ」
「そーなったら、ちょっと嬉しいかもだけどー、無茶言うなよ」
 説明するまでもなく、「ジャクリーンちゃん」とはマイクのGMのパーソナルネームだ。つまり、「GMに乗せられるわけ?」と、揶揄しているようなものだった。
 もっとも、「嬉しいかも」などとこれまた余計な一言にアニタが目を吊り上げたものだが。その地質学者が若いだけでなく、中々美人の女性だったりするのだ。
「何が無茶よ。オアシスに同乗させるのだって、無謀でしょうが」
 オアシスは情報支援車輌で、確かに車長以外にも支援要員のための席もある。とはいえ、小隊の編成ではこの一名を埋めることは考えられていなかった。
 搭乗者が一名増えるということは総重量が増えるということでもある。たかだか、数十キロ単位でも当然、余分なエネルギーを食うわけで、搭載燃料も更に必要となる。それだけで、また総重量も嵩むのに、作戦可能稼働時間は短くなるのだから、堪らない。おまけに、重いということは動きが鈍くなることでもある。
 況してや、それが訓練も受けていないような民間人なのだ。
「それでなくても、オアシスは機動力も防御力も弱いってのに……。もう、本ットにやってられないわよ。こんな、机上の命令」
 果てしなく、機嫌が悪くなっていくようだ。
「アニタ、気持ちは解るけど…、いや! うん、悪かった。その分、俺たちが頑張るからさ。オアシスも絶対、護るからっ。なっ、レオン」
「もちろん、全力は尽くす」
 本作戦はともかく、付随命令については殆ど、意見らしい意見も感想も何も口にしなかったレオンが頷く。言葉少なだが、その分、重みがあるように聞こえるのは何故だろうか。
 ともかく、夫々に思うところはあれど、付随命令も含めた本任務に対する心構えはできたと見える。何より、作戦を遂行成功させなければ、グラント博士の出番もないのだから、その点は然程、意識しても仕方がないと思うよりはない。作戦中も同乗するアニタは別にしても。

「悪い悪い、遅くなった。ん? どうかしたのかい」
 そこに遅れて、入室してきたボブ・ロック整備士長が微妙な空気を感じたらしく、レイヤー隊長を見る。
「いえ、何でも。待ってたよ、ボブ。座ってくれ」
 戻ってきたグラント博士のファイルは傍らに退け、レイヤーはモニターに当該地域の地図を映し出した。
「では、本題に入るぞ」
 作戦のブリーフィングが始まる。



「ビオ、そんな顔しないで」
「で、でも、博士。やっぱり、私…、心配で」
 見た目は幼いが、十分に助手の務めを果たしてくれているビオが自分よりも余程、蒼褪めているので、オリヴィアは無理にでも笑ってみせるしかなかった。
 オリヴィアがトリントン基地に到着した直後、先に基地で待っていたビオは安堵のためもあってか、気軽に基地の様子の撮影などをしてしまった──それも連邦軍の最重要機密でもあるだろう、最新鋭モビルスーツをともなれば、咎められても仕方がなかった。
 データの消去だけでなく、身体検査まで受けた──女性士官だったとはいえ──ビオには怖い体験であり、今更ながらに今現在、自分がいるところを認識したようだ。
 そして、これから、自分たちが、何よりも敬愛する博士が何処に行こうとしているのかということも。
「やっと、本格的な調査を進められるわ。これこそが本当の第一歩なのよ」
「それは解ってますけど……」
 近くオリヴィアは実戦部隊と共に戦場に赴く。戦うためではない。戦闘後に、その地域の土壌サンプルを採取するためだった。
 これまでにも、民間軍事会社に依頼し、各地のサンプル採取に努めてきたが、行ける地は限られているため、思うように捗らなかった。
 オーストラリアは『コロニー落とし』の影響で、激戦区とはいえない奇妙な状況下にあり、だからこそ、土壌採取なども細々と続けられてきたのだが、戦況に変化が生じつつあった。ヨーロッパ方面での連邦軍による大規模な反攻作戦が成功し、ミリタリー・バランスが崩れたのだ。
 このオーストラリアでも連邦軍の攻勢が始まろうとしており、それに伴い、政府から地質学者たちに、土壌サンプル採取と調査が依頼された。オリヴィアの他にも依頼された者はいたはずだが、さすがに未だ戦いが終わったわけでもなく──寧ろ、激化するだろう状況下ではほぼ全員が及び腰になり、断ったという。
 何の躊躇もなく、引き受けたのはオリヴィアだけといってもよかった。

 コロニー落としの被災地であるシドニー生まれのシドニー育ちの若き女性博士は当時、たまたま生まれ故郷を離れていたために自分以外の全てを失ってしまった。だからこそ、生き残った自分が必ず復興させるのだという強い思いを抱えていた。
 無論、『グラウンド・ゼロ』とも呼ばれる嘗てのシドニーの地に、新しき都市を蘇らせるには果てしなく、長い時間がかかるだろう。それどころか、コロニー落着の余波により、他の都市や大地にも深刻な影響は出ているのだ。
 水量が減り、乾燥地帯は更に乾燥し、砂漠化が進み、何れは幾つもの町が砂に呑み込まれるだろうと見られている。
 戦争なぞ、している場合ではないというのがオリヴィアの偽りなき思いだ。戦いに明け暮れようとしている連邦もジオンも変わることなどない。
 それでも、やはり、コロニーを落としたのがジオンであるのもまた事実だ。他方の連邦軍による『地質調査は後の復興のため』というのがお題目だったとしても、渡りに船というものだった。


☆        ★        ☆        ★        ☆


「では、解散。明日に備えて、しっかりと休んでくれ」
 隊長の言葉に、三人の隊員は立ち上がり、敬礼を施す。
 明日は明日で、出撃前にもう一度、ブリーフィングは行われるが、それは新たな情報などを確認するためのものだ。基本的な作戦行動は既に固められていた。
「いよいよだなー、腕が鳴るぜ」
「あんまり、意気込み過ぎない方がいいわよ。すぐ、調子に乗るのがマイクの悪い癖なんだから」
「随分な言い方だな。乗るんじゃなくて、調子を上げてんの」
「物は言いようね」
「まだ怒ってるのか? アニタこそ、その調子で、学者先生に突っかかるなよな」
 止せばいいのに、話をまた『お客様』に戻したりするから、アニタの機嫌は更に傾斜するよりない。
「どーせ、お近づきになりたいなー、とか。どーしよーもないこと思ってるんでしょ」
「エラい、悪意ある言い方だなぁ。この先、暫くは一緒に行動しそうなんだし、角突き合わせるより、仲良くできた方がいいじゃないか」
「ハイハイ。頑張って、あんたが代表で仲良くしてね。精々、嫌われないようにしなさいな」
 などと、相変わらずな会話を続けながら、出ていく二人の後にレオンが続く。
「隊長、お先に失礼します」
「あぁ。……明日はよろしく頼む」
 ファイルを揃え、メモリーカード類を纏めながら、応じると、レオンは会釈で済ませ、出ていった。装備の確認を済ませたボブも整備場《ハンガー》へと戻っていく。
 残ったレイヤーは独り言ちる。
「グラント博士か。……さて、仲良くできるものなのかな」
 軍人には反感を抱いていそうなのはもう承知している。それでも、連邦政府の依頼を受け、その軍に伴ってまで、危険な役目を引き受けたのには何らかの強い思いがあるようだ。
 オーストラリアの現状と消滅したシドニーに対して、随分と強い思い入れが感じられたのは彼女もまた、オーストラリア人だからだろうとはファイルの記載プロフィールからも読み取れる。

 故郷に対する思いならば、レイヤーとて、決して──……。
 だからこそ、戦うのだ。解放のために。来るべき未来を取り戻すために。
 この作戦こそが、その第一歩なのだと。
「……意気込みすぎるのは、いかんな」
 アニタの言葉を思い出し、苦笑しながら、モニターを消すと、当の博士に明日の出撃を伝えるために、ブリーフィング室を後にした。


 先を行く二人はまだ、楽しそうに?話し込んでいる。相性が良いというものなのだろう。
 聞くともなく、後に続きながら、レオンは話題の地質学者のことに少しだけ思いを巡らす。
「全く、ホワイト・ディンゴ《うち》に来るなんて、偶然なのかな」
 他にも行動部隊は幾つもあるだろうに、何故、自分が所属する『ホワイト・ディンゴ』なのか? 単なる偶然か。はたまた、必然として選ばれているのか?
 何事もなければ、構うことはないが、不特定要素が増えるのは今一つの任務を思えば、やはり、歓迎できないことだ。
「上の連絡も、悪いのかもしれないな」
 人知れず、嘆息するが、どの道、考えても始まらないのも確かなようだ。今は明日の作戦のことにこそ、気に留めるべきだった。



「独りで行くわけじゃないんだから、大丈夫よ」
 連邦政府も、外部の専門家への依頼ともなれば、その身の安全はある程度、保障してくれている。もちろん、戦場に『絶対』があるはずもなく、オリヴィアは『万一の際の賠償は上限を定めた』誓約書に署名していた。それほどの覚悟を持って、臨んでいる。
「でも…、一緒に行くモビルスーツ小隊の隊長って、あの時の怖い中尉さんなんですよね」
 身を縮めるようにして、窺ってくる。少し怯えているのかもしれない。
 夜に至り、オリヴィアの元に現れたレイヤー中尉は意外なことを言った。「明日、出撃する」と。何の関係もない者に、それこそ、機密にもなり得る出撃情報を明かすわけがない。
 つまり、オリヴィアを採取ポイントに連れていく実戦部隊の隊長が、レイヤーであるというわけだが、到着するなり、ある意味では揉めた相手が今後、オリヴィアを預かり、行動を共にする部隊の指揮官などとは予想できるはずもなかった。
 何れにしても、ビオにすれば、撮影データの消去や身体検査まで受けた印象ばかりが強く、命じた中尉も近付きたくない相手だろう。

 あの時はオリヴィアもかなり頭に来て、かなり強硬に反論してしまったが、元より冷静になれば、中尉の取った対処が間違っていたわけではないことは理解していた。感情はともかくとして。
 軍であれ、民間であれ、『機密漏洩』には鋭敏になるものだ。相手が軍人というだけで、どうしても、反感が先に立つ態度になってしまったが、あの件に関しては民間軍事会社の車輌をあっさりと通してしまった軍の警備の方が問題で、叱責を受けたのだと、検査をした女性士官が教えてくれた。
 ついでにいえば、二人の身元も連邦の依頼も確かなことなので、身体検査も形式的なものだったのだ。

 そして、去り際の「誇りに思っている」というレイヤー中尉の言葉と、先刻、作戦を伝えにきた時の対応が思い返される。
 自らの職務に対し、真摯に取り組んでいるような感触に、とにかくも「この人に命を預けるのだ」という心構えだけは作ることができた。
「大丈夫よ、ビオ。さっき、話もしたけど、ああいうことがなければ、怖いことなんてないのよ」
「だといいんですけど……。でも、本当は迷惑だとか思われてるんじゃないかなって、それも心配で」
 その点についてはオリヴィアも考えないでもなかった。というより、絶対に「お荷物」だとか面倒がられているに決まっているが、彼らの心情なぞ、知ったことではなかった。
「だとしても、彼らは命令には従うしかないのよ。私を連れていかないわけにもいかないし、護らなければならないの」
 オリヴィアにとって、重要なのは簡単に行くことの叶わない土地の土壌サンプルを一つでも多く、集めることなのだ。
「だから、ビオ。採取したサンプルを保存するための準備は完璧に整えておいてね」
「は、はいっ。解りました、博士」
 蒼白だった顔に幾らか赤みが差している。為すべきことを夫々に果たすだけなのは民間人も軍人もないのかもしれないとふと、思った。

 オーストラリア方面軍による大反攻作戦が今こそ、始まろうとしていた。

《了》



 いよいよ、始まりました!! な、『ガンダムA』版『コロニーの落ちた地で』 やはり、これはお祝い話を書かなければ! と挑戦。もう随分と書いてなかったとはいえ、それなりに固めてきた輝版キャラを一旦、忘れて、『エピソード3』までを読んでの、印象からの外伝キャラクタ―たちです。
 っても、登場も台詞もまだ少ないレオンとマイクは自分のイメージを引きずってますけどね。
 何より、掴みようもないのはオリヴィアとビオだけど──まぁ、今んとこですね。オリヴィアさんは一見、アニタにも負けないくらい気が強そうだけど、無理してる可能性もあるかな?
 ここんとこ、またしても、軽くスランプ状態で、シブでも殆ど書いてなかったんだけど、久々に長めな話を書きました☆ また、何かしらの『コロ落ち』話が書けたらいいな♪

2017.11.13.

外伝讃歌

トップ 小説