共 闘


──全軍アムリッツァ星域に集結……

 その総司令部からの命令に、ヤン・ウェンリーは大いなる失望を味わわされた。さすがに最早、と期待していたイゼルローン要塞への完全撤退ではなく、転進集結。
 即ち、敵の猛攻に曝され、かなりの戦力減による明らかに不利な状況にもかかわらず、総司令部は…、いや、総司令官ロボス元帥は今一度の抗戦を試みるつもりなのだ。恐らくは「このまま、退き下がるわけにはいかない」という総司令官自身の矜持のために。
 辛くも、ここまで生き延びてきた将兵を、一人の司令官の思惑により、危地に、死地に赴かせようとしているのだ。
 失望から全身の力が抜けそうになる。何もかもを放り出してやりたくなるほど──だが、状況が許すはずもない。
 銀河帝国軍キルヒアイス提督の艦隊との戦闘は膠着している。容易にというより、迂闊に転進も後退もできない状況なのだ。追撃戦が始まってから、同盟軍艦隊では唯一、互角以上に渡り合っている第十三艦隊だが、決して、余裕があるわけでもなかった。
 とはいえ、膠着したまま留まれば、敵軍の最中《さなか》に取り残されてしまう。今は互角でも、敵に援軍が加勢すれば、殲滅させるのを待つのみとなるだろう。
「簡単に言ってくれるものだな」
 愚痴にも等しい呟きが漏れるが、ヤンは何とか、艦隊を後退させた。ただし、相手が悪すぎた。ローエングラム元帥の腹心とも呼ばれるキルヒアイス提督の将才は元帥にも匹敵するとされる。時間を優先したがために余計な出血を強いられることになったのだ。



 疲れからも遣る瀬無い思いに囚われる。次第に入ってくる他の艦隊の状況を知るにつれ、誰もが寡黙にならざるを得なかった。
 有能で経験豊富な艦隊司令官たちが既に幾人も戦死か、重傷を負い、戦線離脱。指揮官を失った艦隊は当然の如く、大損害を被っていた。
 第十艦隊のウランフ提督戦死が確実だと伝えられ、目に見えて、ヤンは蒼褪めた。「そうか」と短く呟くのみで、艦隊再編作業に戻ったが。

 総司令部への撤退具申を考え、真っ先に連絡を取ったのがウランフだった。勇将と市民の人気も高いが、柔軟さも併せ持っていた。彼ばかりでなく、多くの将兵を失ったのに、まだ戦うのかと、暗然となる。
 それに、遺された第十艦隊については別の意味でも気にかかる。
「……第十艦隊の現状は何か判明《わか》っているのかい」
「三、四割ほどは脱出してきたらしいとは。詳細はまだですが」
 副官フレデリカ・グリーンヒル中尉の説明も当然、曖昧なものだ。アムリッツァに集結するまで、全ての艦隊の状況など、判然とはしないだろう。
 頷いたヤンは今度こそ、再編作業に集中しようとする。まだ戦わねばならないのなら、せめて、やれることはしておかなければならない。どれだけの艦艇が戦闘に耐えられるのか。人員は? 弾薬やらエネルギーやらは? ……干上がる寸前だった食糧、医薬品などなどは? 確認と再編は急務だ。
 それでも、思考の極一部は不安を伴い、別のことに気を取られていた。
〈アッテンボロー、無事でいてくれよ〉
 アスターテ会戦では同じ第二艦隊所属だった後輩、ダスティ・アッテンボロー大佐は第十三艦隊発足時に、第十艦隊に異動になった。
 アスターテでの損害は上級指揮官にも及んでおり、代わるべき人材の育成が急がれたためだ。中級指揮官として、ウランフ提督に鍛えられるべく、その麾下に配属となった。
 そのウランフ提督自身が如何に激戦であろうとも、麾下を逃がしながら、戦死するとは、やはり、戦場での生き死には解らないものだ。こんな状況では一中級指揮官の安否など、イゼルローンに帰還するまで、確かめようがないだろう。
 もっとも、それもヤン自身の帰還が叶えば、の話ではあるが。
 何に対してか、後輩の無事を祈りながら、再編作業にと没頭していった。

 帝国軍の追撃から逃れてきた同盟軍残存艦隊がアムリッツァ星域に集結した。まともに一箇艦隊に近い様相を保っているのは第十三艦隊だけだった。
 ヤンと連絡を取り、早々に撤退準備を進めていたはずのビュコック提督の第五艦隊でさえ、少なくない被害を出していた。ほとんど艦隊とは呼べない数しか戻らなかった艦隊もあり、この時点での犠牲でも目を覆うばかりだ。
 でありながら、総司令官にはやはり、退《ひ》くつもりはないのだ。
 ともかく、司令官を失った艦は全て、ヤンの指揮下に置くようにと総司令部から通達があった。そう、三分の一ほど──四千艦余りは戻った第十艦隊も……。
 敗残兵の統率だけはアスターテ以来の実績を認められたらしいが、第十三艦隊の司令部では歓迎した幕僚は皆無だった。
「簡単に預けると言われても困りますな。如何、扱われますか?」
 ムライ参謀長が溜息交じりに問うてくる。
 半箇艦隊には満たないが、四千艦余りとは無視できない数だが、損害を補えるなどと、単純に喜べるものでもなかった。
 元々、第十三艦隊はアスターテ会戦での第四・第六残存艦隊に更に新兵が加わったもので、『敗残兵と新兵の寄せ集め』などと揶揄されたものだ。イゼルローン要塞攻略時には半箇艦隊規模だったものが、帝国領侵攻前には旧第二艦隊も増強され、一箇艦隊となった。短期間に訓練を重ねて、やっと一艦隊として、動けるようになったといってもいい。
 そこに、戦場で別の艦隊が加わってくるのだ。当然、訓練などしている暇などない。協調や連動が巧くいかなければ、双方が総崩れという末路が待っているのかもしれない。
 とはいえ、司令官を失った残存艦隊を、それもウランフ提督が文字通り、命懸けで脱出させた将兵を放り出すなどできるはずもない。
「とにかく、第十艦隊の司令官代行と話がしたい。副司令官かな」
 どう扱うかは相手を見てから、決めるしかない。このような事態になっても、ヤンを軽んじる者もいないわけではない。イゼルローン要塞攻略を成してさえ、まだ聞こえてくる。曰く「運がいいだけだ」と。司令官代行がそんな人物ではないことを祈るばかりだ。
 どうも、祈ってばかりだな、と失笑しかける。少なくとも、祈るべき神などは信じてもいなかったはずだ。
 グリーンヒル中尉が端末を操作し、答える。表情からすると、かなり深刻な状況のようだ。
「いえ、副司令官も戦死されています」
「では、分艦隊司令官の誰かかい」
「分艦隊司令官も戦死、もしくは重傷だそうです。幕僚の方々も……」
 ウランフ提督ともども──旗艦が沈んだのでは一人として、残ってはいないのもまた然りか。
「司令部も、高級指揮官も誰も残っていないのに、よくもまぁ、三分の一でも連れて戻れたものだな」
 艦隊戦では陸戦部隊の出番もないので、艦橋に上がってきていた薔薇の騎士連隊《ローゼン・リッター》のワルター・フォン・シェーンコップ准将が感嘆した。
 司令部が壊滅した状態では残存艦隊が四散しても不思議ではない。そんな最悪の事態を回避したのなら、何者であれ、司令官代行は余程の力量の持ち主と見ていい。
「それでは、誰が指揮を?」
「中級指揮官の一人、ダスティ・アッテンボロー大佐だそうです」
 ヤンには予想していても良かったのかもしれないが、考えが及ばなかったのは疲れのためだろうか? 何にせよ、その名が鼓膜を震わせ、脳に達しながらも、自身の記憶と結びつくのに数瞬を要した。
「……アッテンボロー? ────!? 無事なのかっ」
 呆けたような司令官が突然、強く反応するのに幕僚の誰もが目を丸くする。
 ヤンにとって、『ダスティ・アッテンボロー』という名は士官学校以来、親しく長い付き合いの後輩の名《もの》であり、司令官代行の名として聞くものではなかった。十二分に有能であるとは承知していても尚。
 驚き、夫々の表情で見返してくる幕僚たちの様子に、我に返ったヤンは失言を悟る。公務の場で、思いっきり私的な反応をしてしまったことに。
 咳払いをしつつ、自分を落ち着かせる。
「いや…、済まない。グリーンヒル中尉。アッテンボロー大佐を呼び出してくれ」
「──了解しました」
 命令は即座に実行された。


★        ☆        ★        ☆        ★


「アッテンボロー大佐、第十三艦隊旗艦ヒューベリオンより通信。艦隊司令官代行を出してくれとのことです」
「了解だ」
 ここまで、残存艦隊を引っ張ってきたダスティ・アッテンボロー大佐は通信パネルに近付きながら、やっと一息が付けると思う。もっとも、完全に気が抜ける状況ではないが。そして、思いつき、通信士の肩を叩く。
「全艦隊に向けて、この通信を流してくれ。もちろん、艦内放送にするようにとな」
 訝しげに見返す通信士に、ウィンクしてみせる。
「奇跡のヤン《ミラクル・ヤン》の声を聞けば、疲れも不安も吹っ飛ぶし、やる気も出るだろう」
「そ、そうですね」
 『奇跡のヤン』の名に喜色を浮かべた通信士が操作すると、通信パネルに士官学校の先輩が現れた。無事な姿に安堵しつつ、きっちりと敬礼する。
「ヤン提督。総司令部の命により、第十残存艦隊は指揮下に入ります」
『了解している。……よく、連れて帰ってくれたな』
「ウランフ提督たちのお陰です」
 僅かに声に翳りが帯びる。脱出のために先鋒を任されたアッテンボローが最後尾《しんがり》を務めた旗艦の撃沈を知ったのは一先ず、戦闘宙域を離脱し、残存艦隊を纏めて、しばらく経ってからだった。
 翳りを振り払い、手を下ろして、パネルを見直す。
「真っ黒い敵艦隊に撃ち減らされて、追い立てられはしましたが、提督たちの弔い合戦でもありますからね。士気は高いですよ」
『弔い合戦か。……余り煽らないでくれよ。とにかく、事ここに至っては優先すべきは生きて還ることだ。ウランフ提督もそう望んでいると思う』
「無論です。せっかく逃がしてくれたのに、即、後を追ったのでは、あの世とやらで提督に蹴り飛ばされるだけじゃ、済まないでしょうからね」
 小さなパネルの中で、ベレー帽を取った先輩は髪を掻き回した。
『全くお前さんは……。まぁ、いい。話を聞く分には、問題もないようだ。第十艦隊の指揮はそのまま、大佐に任せる』
「了解しました。提督、連動を気にしているのでしょう?」
『まぁね。艦隊運動のパターン情報を送るから、そちらのコンピュータにも入れておいてくれ。当座はそれで、凌げるだろう。それと、残っている艦艇の構成データを送ってくれ』
 などと、幾つかの確認や取り決めをしていく。
 それも一段落ついたところで、アッテンボローは悪童めいた笑みを浮かべた。僅かに口調も変え、
「まぁ、余り悲愴ぶっても、委縮するだけですよ。俺としてはここで、五勝目を挙げたいところですからね」
 多分、というか恐らくは話を聞いていた双方の将兵には意味不明な言葉に違いない。呆れた声で嘆息したのはヤンだけだ。こちらの口調も軟らかなものになる。
『アッテンボロー。シミュレーションと実戦を一緒にしては困るよ』
「もちろん、承知しておりますとも。でも、あの不滅の記録は未だに破られていないしょう? もう十年ばかり経つのに」
『それはそうだがね』
「提督と俺が組んでのシミュレーションは四戦四勝、負けなし。つまり、コンビネーションが良くて、験《ゲン》もあるってことでしょう? なら、これで五勝目は戴きですよ」
『……そう、願いたいものだね』
 そう…、願うのだ。別にアッテンボローも能天気に信じているわけではない。これは全艦隊放送を聞いている第十艦隊将兵に向けたものといってもいい。
 勇将と呼ばれた司令官も司令部をも失い、傷だらけで逃れてきた将兵を、更に戦いに真向かわせねばならない。しかも、司令官代行は中級指揮官としても、なりたての若造だ。放っておけば、絶望に染まってしまう。ならば、せめて、僅かなりとも光明を見せなければならない。利用できるものといえば、『奇跡のヤン』との付き合いくらいなものなのだ。
 またパネルの中で髪を掻く先輩は、後輩の『計算』を見抜いているだろうか、と考えながらも、そろそろ、時間だと察する。アッテンボローは「では」と敬礼する。
『あぁ、アッテンボロー』
「はい?」
『イゼルローンで会おう』
「──了解《わか》りました。イゼルローンで!」
 こんな科白で、乗ってくれるとは──やはり、こちらの思惑なぞ、お見通しのようだ。
 そして、二つの艦隊を結ぶ通信は終了した。

「聞いたか、皆? ミラクル・ヤンがイゼルローンで会おうだとさ。全員で、会いに行くぞーっ!!」
 全艦隊放送を終える前のアッテンボローの檄に、奮い立たされた第十艦隊将兵は「おおっ」と唱和したという。


★        ☆        ★        ☆        ★


「全く、羨ましい性格だな。あの前向きさは見習いたいところだがね」
 パネルから離れ、ベレー帽を被り直しながら戻るヤンに、幕僚たちが──ヤン提督のことなら、大方のことは知っている^^ 副官だけを除いてだが、虚を衝かれたような顔をしていた。
 代表するかに、シェーンコップが尋ねる。
「随分と親しそうでしたな。お知り合いですか」
「腐れ縁って奴だよ。士官学校の後輩でね」
「ほう。シミュレーションとはその頃の話ですか。何期、下で?」
「二期だが」
「それで、大佐の中級指揮官とは中々、大したものですな」
 素直に感心したらしいシェーンコップに、ヤンは「そうだね」と短く答えただけだ。
 アッテンボローが自分などとは違い、将来を嘱望されているのは事実だ。反骨精神が旺盛すぎて、眉を顰める上官も多いが、期待も十二分にされている。
 だが、中級指揮官としての配属が、今回の侵攻作戦が初めてだと知られれば、幕僚たちも不安に思うかもしれなかった。ヤン自身と同じような理由で、所属艦隊が敗北を重ねる中、まだしも、功績を立てたために、昇進してきた感が強いのだ。まぁ、言わぬが花だろう。
 事実として、司令部を失った残存艦隊をきっちり、引き連れて戻っただけでも、アッテンボローの手腕は量れるはずで、今はそれで十分だ。
「とにかく、第十艦隊のことはアッテンボロー大佐に任せる。内情を碌に知らない我々より、有効に動かせる」
 そして、グリーンヒル中尉に艦隊運動のパターン情報を送るように指示するが、「既に送りました」とのこと。
 仕事の早い副官に頷き、逆に第十艦隊からも艦隊の構成データが送られてきているとの報告も受け、確認を始めた。指揮は任せるにしても、どの程度、動けるかを予測するために全容は把握しておかなければならないのだ。



 戦いは決した──総司令官のある種の意地によって、始められた抗戦は何一つ実を結ぶことなく、さらに多くの同盟軍将兵がアムリッツァの虚空に散った。
 それらの死は本当に必要なものなのか? 正しく無駄死に、犬死にではないのか?
 ここまで、大きな損害を出せば、誰もが自問することになるが、現実の砲火の前では余りの劣勢故に、そこまで考えに及ぶ者もいなかった。
 第十艦隊を撤退させた黒い艦隊の猛攻を受け、第八艦隊が壊滅。司令官のアップルトン提督も戦死した。第五艦隊、第十三艦隊も、次第に被害に浸食されつつある。
 ここに至り、遂に総司令官は撤退を決意した。遅きに失した感でもあったが、戦線を維持できなくなりつつあるのは明らかだったのだ。これ以上、留まれば、本当に全滅してしまいかねない。局地的に善戦しているように見えても、崩れる時は一気に崩れる。
 最も損害の少ない第十三艦隊が殿を引き受けた。スクリーン上で危ぶむビュコック提督に、ヤンは疲れを滲ませながらも微笑を返した。「自滅も玉砕も趣味ではありませんから」と。
 何れかの艦隊が敵を押し留めなければ、味方は壊走することになる。イゼルローン回廊に入る前に、背後から撃ち滅ぼされるのがオチだ。正しく、時間との勝負だった。
 しかし、厳しくはあっても、狙い目もあった。重厚な帝国軍の陣容で、唯一薄い艦隊がある。あの、黒い艦隊だ。『黒色槍騎兵艦隊』という名はまだ然程、周知されていないが、第八艦隊を粉砕した直後の僅かな隙をつき、打撃を与え、その戦力を半減させている。
 その黒い艦隊の背後に他艦隊の防御陣が布《し》かれようとする動きに、ヤンは潮時と判じた。
 味方の半数は既にイゼルローン回廊に入っている。今から追撃されても、追いつかれる前に、残りも回廊に逃げ込めるだろう。
「よし、全艦、逃げるぞ。アッテンボロー大佐に連絡」
 即座に、スクリーン上に若々しい第十艦隊司令官代行の姿が映し出される。
「アッテンボロー、また先鋒を頼む。目標は──」
『あの、真っ黒い艦隊ですね。任せてください。──ちゃんと、ついてきてくださいよ』
「もちろんだよ」
『また…、司令官が追ってこないなんてのはゴメンですからね』
 飄々としているが、案外、本気で案じているのかもしれない。前《さき》の撤退戦で、殿に残ったウランフ提督は戦死しているのだから。そして、ヤンも当然、最後尾に留まるだろうと。
「心配するな。帰ったら、ユリアンに美味い紅茶を淹れてもらうから、相伴させてやろう」
『えぇー。奢ってもらえるなら、酒の方がいいなぁ』
 激戦の最中の会話とは全く思えない。お道化ながらも、敬礼した若い大佐はスクリーンから消えた。そして、第十艦隊の最後の突撃が開始された。

「よーし、全艦全速前進! 狙うはあの黒色艦隊だ。ウランフ提督たちの敵討ちが果たせるぞ!」
 再び全艦隊放送が響き渡り、「おおっっ」と雄叫びが上がる。
「だが、後ろが閊《つか》えるからな。間違っても止まるなよ。脇目も振らず、ひたすら目の前の敵だけを撃滅しろ!!」
 声だけで、姿は見えないのを承知でアッテンボローは腕を振り上げる。そして、前方に向けて、指し示す。
「第十艦隊、突撃せよっっ《ゴー・アタックッッ》!!」
 これが『第十艦隊』にとっては最後の命令となるだろう。

「中々、豪胆な指揮ぶりではないですか。言うだけのことはありますな。我が軍にもまだまだ、有望な若手指揮官がいるということですか」
 物知り顔で言うシェーンコップだが、陸戦部隊の指揮官が艦隊指揮官を評するなど、普通なら、笑ってもいいだろう。
 それほどに第十艦隊の突破力は凄まじかった。とても、司令官を失い、敗走してきた艦隊とは思えない。
「……あいつ、また煽ってるな」
 亡き司令官の敵討ちを掲げて、味方を鼓舞しているに違いない。だが、短期決戦のこの場合、最も有効な手段であることも疑いなかった。
「我々も続くぞ。第十艦隊が撃ち漏らした外側の艦艇に攻撃を集中させろ」
 戦場で初めて合流した二つの艦隊の連動は、この上なく果たされたといえた。
 第十艦隊が開けた穴に、第十三艦隊も突入し、穴を広げるように黒い艦隊に出血を強いた。
 既に相当数の被害を受けていた黒い艦隊には、その勢いを止めることはできなかった。

 そして、全軍に於いては未だ優勢を誇る銀河帝国軍の獰猛なる咢《あぎと》から逃れ、遁走していった。



 イゼルローン要塞に戻るには大回りをした上で、どの道、回廊入口に向かわなければならない。その入口に待ち伏せなどがあれば、万事休すだが、敵の指揮官ローエングラム元帥には既に無意味な戦いだろう。相応の結果を出し、侵攻した叛乱軍を叩き出したのだから……。
 一応の警戒をしながらも、危険宙域を縫うように回廊へと戻っていく。
『ちゃんと、無事ですね。良かった』
「当たり前だよ。自滅も玉砕も趣味じゃないって、知ってるだろう」
『そうでしたね。ハイネセンに戻ったら、俺の方が奢りますよ』
 土産《サケ》を持っていくと笑った後輩の第十艦隊司令官代行との通信を終えると、一気に疲れを覚えるようになる。
 司令官を失った第十艦隊はどうなるだろう? 司令官のみならず、副司令官も分艦隊司令官もいない。残っているのはアッテンボローら、中級指揮官のみで、艦艇数も半減以下……。
 また、自分の艦隊に組み込まれる可能性が高い。となれば、アッテンボローも指揮下に招けるかもしれないが、第十艦隊の名も失われることになるのか。
 他の艦隊とて、被害甚大。今回の参戦した中で、他に艦隊と未だ呼べるのは第五艦隊くらいのようだ。

 こうなることは解っていたはずだ。いや、さすがにヤンですら、想像を絶するほどの被害となった。本当に止められなかったのか。止めるために、もっと何かできなかったのか。最大限の尽力をしたのだろうかと、考えてしまう。……だが、
「…………一人の人間の思惟だけが突出するのは…、危険なことだな」
 その考え方が尖鋭化して、かつて、人類はルドルフ・フォン・ゴールデンバウムという男を、絶対不可侵なる皇帝へと押し上げてしまったのだ。
 一先ず、戦いは終わった。指揮下に犠牲を出したのは辛いことだが、全滅は免れた。
 今は早くハイネセンに帰りたいものだ。被保護者のユリアン・ミンツが淹れる紅茶を楽しみにして……。

《了》



 目標は格好いいアッテンボロー☆
 OPやEDにはいるのに、まだ声優さんの発表もないアッちゃん。明かされてる面子から判断するに、やっぱり、アムリッツァ辺りには出るんじゃないかと予想。つーか、せめて、その辺で出てくれないとー! 原作通りだと、いるはずなのに、三巻まで出ないことになってしまうTT いや、ちゃんと、イゼルローン駐留艦隊発足時からいるはずなんだよ! 外伝ではっ☆
 でも、アスターテで第二艦隊にいたかは実は不明なんだよね。『石黒版』も『道原漫画』も、最近の新漫画もいるけど、原作に記載はない。その前の『レグニッツア』時には砲撃士官だったんだけど。まぁ、いたと思いたいね。旗艦でなくても。

2018.04.12.

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