如魚得水《うおのみずをえたるがことし》 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大将──ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥麾下の艦隊司令官の一人であり、屈指の猛将と称される。戦いに於いては敵味方から『猪突猛進』と幾分の揶揄が籠められながらも評されるが、その破壊力は凄まじいの一言に尽きる。 数ある提督たちの中でも、誰もが認める剛の将であった。 その為人《ひととなり》といえば、戦い方に反して冷静にして温和──などということは全くなく激烈な戦法そのままに、ある意味では解りやすい一直線な性格だった。 曲がったことが大嫌い……というか、曲がりようもなく、裏表もあるはずもない愚直さまでもが部下たちからは愛されているといっても過言ではなかった。
そのビッテンフェルトと肩を並べる将帥たちも少壮で、指揮官としての姿勢は様々であるが、『ローエングラム元帥に認められた』のが唯一の共通点といえる。この元帥府に属することこそが、有能さの証であると囁かれていたものが今では声高に語られるようになっていた。 彼らも互いを認め合い、些細な衝突や議論を戦わせることはあっても、深刻な確執などは表出していない。 だが、唯一人、その埒外にある将官がいた。同僚であるには違いないのだろうが、僚友と呼ぶのに躊躇われる人物だ。誰とも交わることもなく、孤高を保つ人物が……。 いや、恐らくは孤高であろうなどとしているわけでもないのだろう。ローエングラム元帥の影にひっそりと佇みながらも、決して、存在感が希薄でもない灰色の男、パウル・フォン・オーベルシュタイン総参謀長。怜悧かつ冷徹と評されるように、恐ろしく切れる参謀だと、その才を疑う者は皆無だが、その名を耳にして眉を顰める者もまた多い。 それこそ、どんな作戦でも──『ヴェスターランドの虐殺』を巡る判断の如く、眉一つ動かさずに、献策できる為人を畏れるが故。余りにも冷厳すぎるためだった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
「クソッ、オーベルシュタインの野郎ッッ!!」 口汚く罵りながら、ズンズンと歩いていく猛将を、誰もが避ける。怒りに震える背を敬礼で見送りながら、また正面からぶつかって、撥ね返されたのかと溜息をつく。その後を幕僚たちが慌てて、追っていった。 とにかく、相性が最悪なのだそうだ。猛将ビッテンフェルト提督と冷厳たるオーベルシュタイン総参謀長とは。もっとも、先方は吼える提督なぞ、歯牙にもかけていないのが明らかだが。 別にビッテンフェルト提督個人を蔑ろにしているわけではなく、誰に対しても同じ態度なのだ。 それでも、あしらわれていると感じるのが余計、怒りに油を注がれるようでもあった。 「あーっ。クソッ、ムカつくっっ」 子供のように叫んだくらいで、怒りが収まる様子もない。顔を見合わせた幕僚の中から、最も(というより、ほとんど唯一)温和と目されるオイゲンが声をかける。他の者では話している内に、上官に引きずられるのが目に見えているという自覚があるためだ。 「閣下。お気持ちはお察しますが、とりあえず、場所を変えませんか。そろそろ、昼時ですし」 何しろ、ここは元帥府だ。他の提督と幕僚たちのみならず、関わる多くの軍人が行き交っている。もちろん、参謀部の人間も……。
あの総参謀長が参謀たちに敬愛されているとの話は全く全然、絶無なまでに聞かないが、それでも、情実ではなく実力をもって、公正に評価し、引き上げる上官ではあるので、相応の敬意は払われているのだ。大声で、悪口雑言を聞かされれば、面白くないと感じる部下も決して皆無ではないだろう。 「そうだな。あんな奴のせいで、いつまでもクサクサしていても仕方がない。気分を変えるか」 一同は気分転換を兼ね、外に食事に出ることに決めた。 そうして、エントランスまで来たところで、足を止めたビッテンフェルトの顔が再び歪んだ。丁度、元帥府に入ってきた人物を見たためだったのだが、上官の反応に視線を辿った部下たちも程度に差はあれ、好意的な表情を選んだ者はいなかったのだ。
艦隊司令官の大将を筆頭とした一団に気付いたアントン・フェルナー准将が道を譲るように避けながらも、敬礼を施した。通り過ぎるのを待っているのだろうが、ビッテンフェルトは鼻を鳴らし、返礼しようとはしなかった。そればかりか、 「フン…、元帥閣下も何を考えておられるのか。薄汚い変節者を何の咎めもせずに、麾下に加えるとは」 「か、閣下」 さすがに言い過ぎだと、オイゲンが慌てて、首を振る。 「変節者」と罵ったのは元々はフェルナーが『リップシュタット戦役』では、その盟主たるブラウンシュヴァイク公の配下だったからだ。 ファーレンハイト提督や元帥の首席副官となったシュトライト少将のように、かつては敵手でありながら、降った者もローエングラム元帥に赦され、望まれ、配下に加わった者も少なくはない。全てを一緒くたにしてしまうような言い方は窘《たしな》めるべきだと感じたのだろう。 もちろん、夫々に事情もあることぐらい、ビッテンフェルトとても理解はしていた。『門閥貴族連合』なぞ、滅びて当然だが、その指揮下にいた下級貴族や平民まで根絶やしにしようなどと考えるはずもない。 だが、このフェルナーは平民ではあるが、その対象には当たらないとビッテンフェルトは信じて、疑わなかった。何しろ、現実の武力闘争としての『リップシュタット戦役』を引き起こしたのが誰あろう、このアントン・フェルナー──当時は大佐だったからだ。 ビッテンフェルトが敬愛してやまない、光輝そのものたる存在、唯一の上官にして、既に主君とも心酔するラインハルト・フォン・ローエングラム元帥閣下の暗殺を企んだ、赦し難い男なのだ。
一見して、そんな大それたことをするようには見えない。均整のとれた体の持ち主とはいえ、然程の荒事向きとも窺えないが、陸戦部隊の出身ではあるらしい。詳しい経歴なぞ、知りたくもないし、知ろうともしなかったが。 確かなのはブラウンシュヴァイク公の命令ではなかったとはいえ、ローエングラム元帥や姉のグリューネワルト伯爵夫人を標的として襲撃し、失敗するや、「主君を見限ったから部下にしてくれ」などという理解不能な申し出を当の暗殺対象者にしたということだ。 そんなフザケた奴は見せしめに銃殺でも、縛り首にでもしてやればいいものを! と後に内乱勃発の経緯を聞いたビッテンフェルトは憤慨したものだ。 しかも、そのフザケた転向者は(その当時から)どうにも気に食わないオーベルシュタインの下に配属された。ここで使えない部下なぞ、即座に切り捨てる総参謀長に、逆にあっさりと見限られれば、ビッテンフェルトもこれほど腹は立てずに済んだだろう。 だが、それこそ、腹立たしくも、陸戦部隊出のくせに、参謀部でも相応に能力を示したそうなのだ。以降の『リップシュタット戦役』での作戦立案にも関わっていたと知り、頭に血が上ったのはその作戦とやらにビッテンフェルトの艦隊──『黒色槍騎兵艦隊《シュワルツ・ランツェンレイター》』も従事していたと判明したためだ。 曰くのありすぎる変節者にして転向者だが、功があると認められ、戦役後には准将への昇進まで果たし、当初は白眼視されていたはずの参謀部でも、すっかり地位を固めていた。 オーベルシュタイン総参謀長は公然と部下を称揚したりはしないが、殊に重要な懸案を任せているといい、それだけで、この男を認めているということに他ならないのだ。 オーベルシュタインは不愉快な奴だが、ビッテンフェルトをはじめとした艦隊指揮官たちには不向きな政争担当として、必要な存在だとは認めざるを得ない。 だが、このフェルナーには憎々しさを覚える。どれほど、有能だったとしても、ローエングラム元帥御自身が赦したとしても、暗殺未遂という罪は、ビッテンフェルトにはとてもではないが、看過できないものだった。 堪えていても、全身から怒りが立ち昇っていくのを、幕僚たちはハラハラしながら、見守っていた。激発でもしようものなら、全員で止めなければならない。さすがに元帥府のエントランスで、所属も異なる士官を殴りつけるような真似はしないと、は……思いたい。つーか、願うばかりだ;;; ☆ ★ ☆ ★ ☆
だが、その矛先であろうフェルナー准将は大して顔色も変えず、淡い色合いの瞳を細めただけだった。平静そのものの態度が、その上官を連想させるのも不愉快の源泉だ。 ビッテンフェルトが怒りを露にすれば、大抵の者は縮こまる。無論、ビッテンフェルトとて、居丈高に人を脅しつける趣味はない。結果として、そうなってしまうだけのことだ。 元より、彼を畏れも怯えたりもしない相手もいるが、同格の提督たち以上だ。将官とはいえ、明らかに下位の者でありながら、平然と見返される状況に、ビッテンフェルトも周囲の幕僚たちも慣れていなかったのだ。 手にしたファイル・ケースを持ち直し、向けられるフェルナーの淡緑《うすみどり》色の視線は挑戦的ですらあり、燻る怒りをより掻き立てた。拳が固められるのを察したオイゲンらがさり気なく脇を固める。いざとなれば、即座に腕にしがみつけるように。 「この…、恥知らずがっ……っ」 「て、提督っ。いけません!」 結局、本気で止める羽目となる。オイゲンらはかなり大真面目に全身で上官を押し留めていたが、ドタバタと騒ぐ一団を、標的のはずの参謀部の准将は醒めきった様子で眺めるだけだ。 部下に阻まれ、手が届かないかわりに、怒号を放つ。 「貴様! 元帥閣下のお命を狙っておきながら、よくも何もなかったような顔をしていられるな!?」 「──まぁ、実際、大したことでもありませんでしたので。襲撃といっても、邸の前まで行っただけでしたし」 漸く口を開いたかと思えば、とんでもない科白を吐き出した。ビッテンフェルトたちだけでなく、エントランスに居合わせ、成り行きを見守っていた軍人たちの全てが凍結したほどに。 フェルナーが元『貴族連合』所属だったことは周知されているが、まさか、元帥閣下襲撃実行犯などとは然程、知られていなかったのだ。 「きっ、きっ、貴様ーッッ」 「給料分の仕事はしておこうかという程度で、それほど、真面目にやっていたわけでもありませんでしたし。小官の進言を一顧だにしなかったような相手なぞ、その前に見限ってもよかったのですが……、小官も随分と親切なものだと思いますがね」 「なっ、何が親切かっ」 確かに親切で、宇宙艦隊司令長官の邸宅を襲撃するなぞ、まともな神経とは考えられない。参謀部で『ワイヤーロープの如き神経の持ち主』などと噂されているのは他部署にも流れてきているが、この場の誰もが納得したほどだ。 その挙句、投降の上の「部下にしてくれ」発言だ。全くもって、その神経を疑うが、受け入れたのはローエングラム元帥閣下自身なので、フェルナーを批判すれば、元帥の判断を否定することにもなりかねない。故に、誰もが白眼視するだけで、口にしようとはしなかった。 今日ただ今までは、だが。
「そろそろ、宜しいでしょうか。小官も暇ではないものでして」 まるで、『黒色槍騎兵艦隊』が暇だと揶揄《からか》っているようなものだ。実際、次の戦いが迫っている時期でもないので、忙殺されているわけではない。もちろん、そんな時期だからこそ、やらねばならない仕事もあるにせよ。 ともかく、暴言にも等しい揶揄に蒼くなった周囲に数瞬、遅れて、猛将の顔が真っ赤に染まった。これ以上は数人掛かりでさえ、抑えきれない! 指揮する艦隊と同様の突進力で、幕僚たちを振り払い、その司令官は目前の不遜な准将に掴みかかった。いや、掴みかかろうとしたが、寸前でヒラリと躱《かわ》され、踏鞴《たたら》を踏む。その動きには全く無駄がないと見た者も幾人かはいたが、ほとんど逆上しかかっているビッテンフェルトは気付けなかった。 彼が上級指揮官でなれば、足くらい引っかけられていたかもしれないが、場所も場所なので、さすがに気遣われたのかもしれない。だとしても、感謝できるはずもないが。 「貴様っ」 真正面から向き合い、今一度、足を踏み出そうとした瞬間だった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
「──何をしている。フェルナー准将」 水どころか、氷水でも差されたような冷たい声音が、割って入る。反射的に双方が見返せば、一人の将官がゆっくりと歩み寄ってくる。無論、居合わせた軍人は道を開けるように離れていく。 当事者の一方が即座に敬礼した相手は、その上官。オーベルシュタイン総参謀長に他ならない。 ほとんど表情もなく、それ以上に冷たいといわれる氷のような眼差しはビッテンフェルトを見ることもなく、部下に向けられる。 「いつまでも、戻らぬかと思えば、よもや油を売っているとはな」 「そんなもの、売ってはおりませんが。喧嘩なら、売られたのかもしれませんがね」 肩を竦め、軽口を叩くフェルナーに、再び周囲が硬直する。確かに噂には聞いていた。この『貴族連合』からの転向者は冷厳なオーベルシュタインに対しても、全く臆することはないのだと。そればかりか、猛将の呼び声も高いビッテンフェルトまで巻き込み、言い返すような真似までするなどと、後のことなど想像したくもないではないか。 もっとも、上官は部下のささやかな反論なぞ、聞いてもいなかった。 「元帥閣下がお待ちだ。卿が持ってくるデータがなければ、話が進まぬと承知していようが、遊んでいる暇などあるまい」 「ハッ」 今一度、敬礼すると、チラリと視線がビッテンフェルトを捕えた。ほんの一瞬だが、一応はその敬礼を向けたので、「遊びは終わり」というつもりだろう。 連れ立って、離れていく総参謀長とその部下を、呆気に取られて、見送りかけたが、我に返り、叫ぶ。 「待てっ、オーベルシュタイン…! 総参謀長」 今や、階級では上位者なのだが、どうしても、反感が滲んだ呼びかけになってしまう。辛うじて、取ってつけたような役職を後追いさせたが、呼ばれた当人はやはり全く気にも留めていないようだ。 「……何か?」 無視することがなかったのは非常に珍しい。 「大事な情報を、そんな恥知らずな転向者に扱わせているのか。どこかに流されでもしたら、どうするつもりなのだ」 「どこか、とは?」 「それは…! 門閥貴族の、残党どもやら……。そいつは元々、貴族連合側の人間だろうが」 「組織立って、動ける残党はない。無用な心配だ」 「分かるものか!」 「ほぅ、卿はケスラーの働きを否定するか」 醒めた言い方でも、言葉は鋭かった。その内容にしても──ビッテンフェルトは詰まった。 憲兵総監と帝都防衛司令官を兼ねるウルリッヒ・ケスラーが当然、貴族残党についても探索を指揮している。 「そっ、そういうわけでは──! いや、確かに本国側はそうだろう。だが、フェザーンに逃れたままの奴らもいるではないか。そいつが奴らに通じていないと明言できるのか。一度、裏切ったような輩、また裏切るかもしれんだろうが。所詮、勝ち馬に乗っただけではないか」 元帥閣下を勝ち馬呼ばわりとは、聞いていた連中が焦ったほどだが、怒り狂っているビッテンフェルトは自分が何を口走ったのかも解っていないのは明らかだ。しかし、どんな怒りも完璧に受け流されてしまう。 「杞憂だ。勝ち馬が勝ち続けている限り、降りることもあるまい。その程度の計算はできる男だ」 「──幾らなんでも、随分な言い方ですね」 色々な意味で随分な言い様に、ビッテンフェルト以下、言葉を失う中、評された当人だけが失笑した。 「小官とて、忠誠心を捧げるに足る御方ならば、何処までも従いますとも」 「…………」 「あ、全く信用していませんね」 「戯言はいい。……ビッテンフェルト提督」 いきなり水を向けられ、「な、何だっ」と必要以上の大声で答えていた。 「この男が再び裏切りに走るような状況など、作るべきではない。また、そうさせぬためにこそ、我らがおり、元帥閣下の力となればよい。そうではないか」 「詭弁ではないのか」 「かもしれぬ。だが、真理というものだ」 そんな言い方をされても、容易に首肯できるわけもなかった。 別に、フェルナーだけに限った話ではないのだろう。だが、確かに、ローエングラム元帥が常勝街道を走り続ける限り、背く者が現れる可能性は低いに違いない。 にしても、衆人環視の中、現在の直属の上官から、そんな喩えの代表格にされるなぞ、『貴族連合』からの転向者が内包する危険性を浮き彫りにした感が余りにも強く残る。 当の本人には大して堪えた様子もなく、やはり肩を竦めるだけなのに、居合わせた者たちは『異分子』という存在を実感するのだった。 その上、トドメともいうべき言葉が続く。 「ともあれ、万一、この男が元帥閣下の覇道の障りになるのであれば、その時は私が処断する」 そのためにも、配下に置いて、監視しているのだと言わんばかりだ。 心中を吹き荒ぶ荒風《あらし》に、ここに居合わせた偶然を誰もが不幸不運と呪いたくなった。
「さて、もう良いか。これ以上、元帥閣下をお待たせすることはできぬ。行くぞ」 後の言葉はもちろん、『異分子』な部下に向けたものだ。散々、『潜在的に危険人物』だと広めたも同然だというのに、平然と、背中に従わせて去っていく総参謀長もまた、見送る者たちにとっては部下以上の『異分子』だった。
凍り付いていた人々も、やがて、一人、また一人と無理矢理にでも動き出し、散っていく。 「………………何なのだ、あいつらは」 とりあえず、元帥府を出て、真っ蒼な空の下、解放感を求めて、深呼吸をした途端に唸り声も出る。 「何なんだ、あの寒々しい関係は。上官と部下《あいつら》の間には信頼はないのか」 誰にも答えようがない。 確かに、オーベルシュタイン総参謀長の言葉を聞いている限り、あの転向者の准将を信頼して、使っているとは受け取れない。 「ですが、今ではフェルナー准将が参謀部でも重要な地位を占めているのは確かです。決して、信頼していないわけではないと思うのですが」 「あぁ、腹立たしいことに、奴が使えるのは間違いない。だが、それと信頼とは別だろう」 能力的に『使える』から、使っているだけ、という印象が余りにも強すぎる。 上官と部下とが信頼し合う──殊に『黒色槍騎兵艦隊』は司令官《うえ》から末端《した》まで、信頼を軸とした繋がりが強いのだ。ビッテンフェルトにはとてもではないが、理解できない関係だった。 「もし…、もしもだぞ。俺が卿らを監視した上、信頼できねば、切り捨て、処断するなどと言ったら、どうする?」 「──いや、そんなことはあり得ないでしょう」 「だから、“もしも”だ」 即答したものの、改めて問われ、顔を見合わせる幕僚たち。代表するかに、ハルバーシュタットが口を開く。 「その“もしも”が、絶対にないでしょうとしか。ですので、そのような事態なぞ、どうにも想像ができないと申しますか」 「……まぁ、そりゃ、そうだな。馬鹿な喩えをしたもんだ」 結局のところ、やはり理解のしようもないとしか言いようもない。理解するべきでもないのかもしれない。 「解らん方がいい。解る必要もないってことだな」 明るいオレンジ色の髪をかき乱し、盛大に息をつく。 「あー、もういいっ。あんな奴らのことで、頭悩ますなんざ、時間の無駄だ、無駄! それより、飯に行くぞ」 「ハ、ハイッ」 さっさと歩き出す司令官を、その幕僚たちが追う。
そう…、理解する、必要などない。
無視し、考えないようにするという姿勢に慣れても、時折、この二人が揃っている姿を見れば、ふと蘇る疑問もある。 幾許かの戦いの時を経て、世界が変わり、元帥閣下が皇帝陛下となられ、体制も一新された。 そんな中、あの上官は軍務尚書という重責を担うようになったが、やはり誰もが一線も二線も引く。それでも、臆せずに従う不遜な男を、その上官もまた部下として使い続けた。軍務省内で、官房と調査局の長を兼任させてまで……。 今では「軍務尚書の腹心の部下は誰か?」と問えば、誰もが一つの名を挙げるだろう。 であっても尚、軍務尚書は信頼はしていないのだろうか。傍近くに置くのは監視するためだけなのか? 部下の方はどうだ。いつかは裏切るかもしれない──と疑われたままと承知で、不敵な笑みを絶やさず、二つの職責を務めているのか。 あの二人の間には本当に、得るものも返すものも、何もないのだろうか。 瞬間、湧く疑問を、また考えないようにする。答えなど、出せるはずもないし、仮に答えがあるのだとしても、恐らくはビッテンフェルトの思考からは掛け離れた条理とやらの下にあるに違いないのだ。 しこりのように残る疑問が解けることは遂になかった。 ビッテンフェルトが主君と奉じた絶対的な存在が、皇帝ラインハルト陛下が崩御された忘れようもない日と同じく、冷厳たる軍務尚書も天上《ヴァルハラ》へと旅立ったのだ。 まるで、先導するかの如く、崩御の数時間前に……。
いよいよ、『新銀英伝』放送開始につき、お祝いも兼ねて♪ いやぁ、十何年ぶりに書きましたが、イベントでは小説枠があれば、必ずチェックしてきました。 新アニメだというので、旧作となる『石黒監督版』(とか最近は呼ぶらしい)を外伝も含めて、見直しました。何せ、長大ですからねぇ。随分、かかりました。持っている同人誌なんかも改めて、読んでみたり☆ 帝国側のお気にキャラは大抵、波が来て、見直し、読み直しする都度、変わるんですが……今回は何と、『アントン・フェルナー』!? 「え、それ、誰?」とか言わんよーに!! なくらいに登場の少ない人ですが、まぁ、ラインハルトを狙ったのに失敗したのに、当人に「部下にして」とか願い出たりと、曰くありありな人。その後はあのオーベルシュタインなとの関わりが深いのもあって、……はい。出番が少ないからこそ、あれこれ、話を考える余地もあるとでもいいますかね。 尚書閣下と官房長の関係についてもまだ謎。軍務省ファンの多くの方々は『表立ってもそうでなくても、信頼関係にある』と見てますが、そうじゃないかも、もっとドライかも、という喧嘩売ってるような展開が今回の話。原作6巻第五章の一文、「忠告する義理は彼にはなかった」からの発想。「そっか、(この時点では)義理なんてないんだー」とちょい笑えました。
数少ない登場と言動から、自分なりにフェルナーのキャラを掴むのが難しい。だもんで、 ビッテンフェルト視点で進めるとか、何それ^^なことに。まだ、本人の視点に立っては書けないな。 じゃあ、ビッテンフェルトのことは解ってるのか? となると、こんな感じじゃないの? レベルですがね。とりあえず、ラインハルト至上主義の彼にはオーベルシュタインに比べれば、取るに足らないその部下でも、『暗殺未遂』という一点のみで、赦せないんじゃないかな、と思う次第。 だから、 その『フェルナーがラインハルトを襲撃した』ことについては一寸した解釈もあるのですが、それだけは書くつもり☆ それと、階級については最初のトクマ・ノベルズ版準拠です。『石黒監督版』もそうだったけど、『新銀英伝』ではどうなるかな。……つか、出るよね? そこまで、話が進むのかな?? 2018.04.03. |