傷 跡 ふみ


−プロローグ−



「… ア イ シ テ イ ル …」

 滑り込んできた思惟にミライは弾かれるように目が覚めた。
 誰…? ブライト…? それとも…?
 半身を起こし、自分が身に何も着けていないことに気がついた。
 昨日、私は…。
 隣に寝ているはずのブライトを探した。さして広くない部屋には人の気配は無く、ベッドサイドに紙片が置かれているだけだった。

   『ミライへ
          呼び出しがあったので司令部に出頭する
                                     ブライト』

 昨夜、初めて彼と体を交わした。そのことに後悔はない。恥じる気も無い。
 ただし、彼と心を交わしたのかと問われると、…自信は無かった。
 彼を引き止めていたかった。──現実に。自分の傍に。
 いつの頃からだろうか、お互いのことを意識し始めたのは。
 それが分からないほど、傍にいた。本当に意識もしないくらい自然に。
 出会ったのは偶然。あのサイド7の脱出行の中で、いくつかの偶然が重なり、指揮官と操舵手という立場になった。そして…気が付くと、2人で艦を率いていた。
 彼を信頼していた。彼に信頼されていると思っていた。だから、何も言わずとも、彼の気持ちが理解《わか》ると思っていた。何も言わずとも、彼に私のことを全て理解ってもらえていると思っていた。
 まだ子供だった。私たちは、相手の全てを理解して、受け入れることの出来る『大人』には成りきっていなかった。

 お互いの気持ちの齟齬が明らかになったのは、サイド6で私の親が決めた許婚―カムラン―に会った時だった。
 サイド6でカムランに再会した時、確りと抱きしめていてほしかった。抱きしめ、決して放さないと言ってほしかった。──ミライは俺ものだと。
 しかし、不器用なブライトは私に自分の気持ちを伝える術を知らず、ただ自分の気持ちと立場を私が理解していると思っているだけで……抱きしめてはくれなかった。
 そして、私はそんな彼に苛立ちと、不満しか持てなかった。
 だから、私は『大人』として、男として守ってくれる存在を求めた。──スレッガー・ロゥを。
 私たちは、相手の気持ちも立場も理解しようとせず、ただ相手に自分の気持ちだけを受け止めてもらえることを願っている我儘な子供に過ぎなかった。

 しかし、私がスレッガーに惹かれていることを知ったブライトは、戦いの最中、私をスレッガーの許に行かせてくれた。──自分では出来ない行為《こと》をしたスレッガーを讃えるために。

「僕は、いつまでも君を待っているよ。」

 ──彼自身の本当の気持ちを言葉に添えて。
 そう言って、私をスレッガーの許に行かせてくれた。
 この瞬間、私はブライトに本当に恋をしたのかもしれない。
 彼はスレッガーの戦死後も、変わらず私を見守り続けてくれた。──その言葉の通りに。
 私は、いつまでも彼が私のことを待ち続けてくれるのだと思っていた。本当にいつまでも。
 私は気付かなかった。彼が本当はどれほど辛く、苦しく、そして、淋しかったのかということを。
 そのことに、彼女に出会うまで私は気付けなかった。


 彼女―クスコ・アル―は、栗毛色の髪が美しい、灰色の瞳が印象的な女性だった。
 その瞳は、寂しさを湛え、この世の全ての破滅を望んでいた。
 ブライトは、そんな彼女に惹かれた。
 そして、彼女も…。
 連邦軍の戦艦の艦長とジオン軍のスパイだったというのに。
 その恋の終焉は、悲劇しか用意されていないと分かっていたはずなのに。
 互いの瞳の中に、同じ孤独と破滅の願いを見つけてしまった二人は、惹かれあい、求め合った。
 そう…まるで悲劇を求めるように。

 ……そして、約束されていた悲劇は起こった。
 ブライトは、自らの手で彼女を撃った。
 そうさせたのは私。あの時、私さえ出て行かなければ…。
 私はブライトを失いたくなかった。失うわけにはいかなかった。ホワイト・ベースの一員として。操舵手として。彼の副官として。…いえ、違う。私は女として、彼を彼女に渡したくなかった。
 彼に癒されない傷を負わせてしまった。──その心と体に。
 彼は、彼女を撃った自分自身を決して赦さないだろう。自分を責め続けるのだろう。
 それでも、構わない。彼は生きていてくれているから。現実《ここ》にいてくれているから。
 いつの日か、傍に私がいることを思い出してくれることを待てるから。

『ボクハ、イツマデモ、キミヲ、マッテイルヨ。』

 あの時、あの戦いの最中、ブライトはどのような気持ちで私にそう言ったのだろうか。
 隣に残る微かな温かさに触れてみる。
「私は、あなたをいつまでも待っているわ。」
 そう囁いて…少しだけ泣いた。


その日、後に一年戦争と呼ばれるジオンと連邦の戦いは、地球連邦軍の勝利で終わり、
護るべき艦を失い任務を終えたホワイト・ベースの乗組員は、
避難先のコンペイトウから地球に帰還することが決定した。



 ふみさんよりの頂き物小説スタート☆ なんと、ふみさんの初小説チャレンジ作品! でびう♪ですよ、デビュー作!! 口説いて、うちでのUPに漕ぎつけましたよ。
 背景が解らない人には解らないかも? 例の『ブライトとクスコ・アルの幻の恋愛話』を前提としています。もっと言うなら、輝の既刊作『ANOTHERS』の続編という形です。まぁ、読んでなくても、『前提』だけ押さえとけば、解ると思いますけどね^^
 とにかく、皆さん、お楽しみ☆に♪

2004.10.14.

トップ あずまや