ある指輪の物語 りんだ ここはジャブローにある士官用官舎のとある一室。 この部屋を三人の男女が訪ねてきた。尉官クラス用とはいえ、官舎の部屋は狭い。六畳程の広さのメインルームには小さな流しと電気コンロが兼ね備えてあり、四人がけの食卓テーブルと二人がけのソファーが置かれている。右手にある扉は寝室へつながっており、四畳半程の広さにシングルベットとライティングテーブルが置かれている。どの尉官用官舎もほぼ同じ造りで、置いてある備品もほぼ同じものである。 が、一社独占契約を避けるために数社が備品を納品しているため、部屋により備品のメーカーは異なる。これにより、尉官たちは部屋がアタりだのハズれだのと一喜一憂するのであるが、食器類や棚、電子レンジやTVなど基本的な生活用品が兼ね備えてあるため、これでほぼ日常生活には支障なく、個人が買い足す必要はない。というよりも、買い足してしまうと置き場がないという空間的な問題に直面することとなる。 これは、その狭い部屋で起こったミステリーである。
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「ねえねえ、何これ〜?」 「おうマサキ、これか。これは知り合いの軍医がアフリカから持ち帰ったものをもらったものなんだが、ある部族に代々伝わっていたものだそうで、部族の者が狩りに行くときに被った狩人の神の仮面だそうだ。射撃手と吟遊詩人を守護するらしい」 「でも、なんで吟遊詩人もなの???」 「さあ。狩人だからじゃないか?」 クリスティーヌが眉をひそめて、部屋を見渡す傍らで、レオンは頭を抱えていた。
「あらレオン、具合が悪いの?」 「ある意味、頭痛がするね」 「ある意味、ね」 なんとなく意味のわかったような表情を浮かべるクリスティーヌ。そんな二人の様子に気にも留めず、マサキは部屋に溢れている……というより無造作に積み重ねてある珍品奇品に目を輝かせるばかりだった。 「わ〜、何これ。やっだ〜。趣味わる〜」 透明なクリスタルで出来た頭蓋骨を手にして、キャッキャッとはしゃぐマサキの傍らでは金糸に赤のキモノを着たおかっぱ髪の日本人形が無表情で空を見つめている。 「趣味が悪いと言うか……」 クリスティーヌが大きな青いガラス玉のネックレスを指でなぞった。 「これは凄いぞ。あのタイタニック号と共に海に沈んだネックレスだ。タイタニック号の捜索が行われた時に実は発見され、密かに引き上げられていたらしくて…」 次々と披露される自慢の一品を、ちょっと引き気味に、しかし、特務で鍛えられた辛抱強さで聞き流すクリスを生贄にして、レオンは飲み物を探しに冷蔵庫を漁ることにした。 「何にもないなあ……あるのは缶ジュースくらいか」 「見て見て、この指輪☆ きれい」 レオンが缶ジュースに手を伸ばしかけたその瞬間《とき》、背後にいるクリスティーヌの気配が強張った。 「クリス、どうしっ…」 「いけない、マサキ!」 クリスの只ならぬ気配にレオンは慌てて、振り向いた。レオンに寒気が走った。テーブルが邪魔をして、何が起こっているのか彼からは見えなかったが、彼の心の目は確かに視た。 マサキと重なるようにして、浮かび上がる泣き腫らした女性の姿が。 『 悲し、悲しい。なぜ彼を殺したの? 憎い、憎いわ。彼を殺したお前が憎い 』 それは一瞬の出来事。 マサキがスノーの首めがけて、両腕を伸ばした。 クリスがすばやく駆け寄り、マサキの指から無理やり指輪を抜き取る。 そのクリスをものすごい強さで突き飛ばすマサキ。マサキは無表情のまま傍にあったナイフを手に取り、突き飛ばされ、バランスを崩したクリスティーヌに襲い掛かった。 すんでのところでクリスはかわすが、棚にぶつかり、彼女は床に転がった。 ニヤリと笑ったマサキはそのままクリスに馬乗りになり、心臓めがけて、ナイフを突いた。
数分後。 「っつー…」 「ごめんごめんごめん」 マサキはソファーにグッタリと凭れかかり、胸を押さえるクリスティーヌにひたすら謝っていた。 彼らの傍らには、ナイフを弄んで、苦笑するレオンと、青い壷を大事そうに抱えるスノーがあった。
「大丈夫、これくらい。それにあなたに非はないわ」 「しっかしまあ、おっどろいた」 「驚いたのはこちらの方だ。ナイフがオモチャだったからいいようなものの」 レオンは手にしたナイフの刃を慎重に押すと、刃が押されて柄の中に収まった。 「このナイフがまたスゴいんだよ。これは伝説のマジシャン、プリンセス・テンテンが大脱出超魔術の時に使ったナイフでね」 「随分とまぁオーソドックスな仕掛けだが、刃は本物じゃないか」 「あせったわよ。ダメだと思った」 「見ていた俺もダメだと思った。クリス、顔色が悪いな。刃は引っ込んだとはいえ、柄を強打されたんだろ?」 「あれ、痛そ……」 「うわ〜、ごめんなさい、ごめんなさい」 ひたすら謝り続けるマサキである。 「しかし、一体何が起こったんだよ?」 青い壷を抱えたまま、スノーがクリスとマサキに戸惑った様子で問いかけた。 「指輪さ」 「指輪がどうかしたのか?」 「クリスにもわかったのか?」 レオンは少々不思議に思った。彼が“見聞きした”姿と声を彼女も視たというのだろうか、と。 「わかったというか……イヤな感じがした。ねっとりとした気配というか…狂気、かな。冷気も感じたわ」 「レオンが丁度、冷蔵庫を開けたからだろ、それ」 クリスの短剣より鋭い視線とレオンの大きな溜息を受けて、たじろぐスノーに、マサキが追い討ちをかけ、て問い詰めた。 「ってかさ、この大変な時にあんたは一体、何を大事そうに抱えているのよ!」 人差し指が今にもスノーの目に突き刺さりそうな勢いである。 「だって、クリスがお前に突き飛ばされて、これを倒しそうになったから、壊されないように避難を…」 「クリスを助けようとか、私を止めようとか、思わなかったの!!!」 「いや、なんか派手にジャレているなと」 一同、沈黙。 「レオン、マサキ、飲みにいこ。レオンはもちろん奢ってくれるわよね?」 「俺が?」 「あなた、事情がわかっていたのに見ていただけでしょ?」 「了解。気が済むまで、飲んでいいよ」 「レオン、私も半分持つから」 「いいさ。君は気にするな。(というか、足を痛めている俺にあの乱戦をどうしろと?)」 盛大な溜息をつきながら、去ってゆく同僚《とも》を憮然と見送るしかないスノーだった。 「暴れるのはいいけど、部屋片付けていけよ」 これは、ジャブローにある士官用官舎のとある一室で起きた出来事である。 すっかり、その存在を忘れられたその指輪はまだ、かの部屋のソファーの下で復讐を夢見て、次の主を待っている。 ………。 かもしれない。
おわり^^; オマケ by 輝
スイッチでも入ったのか、クリスはやたらと飲んだ。今月は一寸苦しくなるかもしれない。やっぱり、マサキに半分、持ってもらおうか。 しかも、飲んでも、態度が殆ど全く変わらないところが凄い。これこそ、ザルならぬワッカという奴か。 「で、どーだったの、レオン。あの部屋は」 「どうって……できれば、もう近付きたくないね。よくあんな所にいて、平然としていられるよな。あいつは」 「鈍感を通り越して、特異体質よね。私なんか、一寸憑かれただけで、もうダルくて……」 そんなマサキは余り酒も進んでいない。 「あいつの場合、何というか、ああいう代物にやたらと好かれているような感じがするんだよな。憑かれているというより、殆ど共生しているようなものだよ」 「共生って……」 実をいえば、今日、スノーの官舎を訪ねたのはそろそろ、ヤバいことになりそうだったからだ。本当はかーなり気が進まなかったが、二人に無理矢理引きずっていかれた;;; だから、何度も言うが、俺は御祓師でも降霊師でもないってのに。 「あんなモンまで持ってるなんてね。マジに呪いよ。アレ」 「さすがに俺も焦った。というか、下手に手を出せないよ。あんなモノ」 「じゃ、どーすんの? レオンだけが頼りなのに」 「頼られても、出来ることと出来ないことがあるの。それに、寧ろ、放っておいた方が良いかもしれない」 「どうして」 「いや、物騒なモノは皆纏めて、あいつに引き取って貰ってた方が被害が少ないかもしれないだろう。何だか、悪さをしなくなってるみたいだから」 「私、さっき、危うくクリスをヤッちゃうところだったんだけど;;;」 マサキが体を震わせると、クリスもグラスに伸ばした手を止めた。やはり、思い返すと、怖さが先に立つのだろうな。 「君が手を出したから、怒ったみたいだな」 「そんなぁ〜〜★」 「でも、呪いの代物がやたら集まったら、呪いの相乗効果とかにならない? ジャブローで、『怨霊大暴れ』なんてなったら、物笑いの種どころじゃないわよ」 そうなったら、連邦に怨みつらみのある皆さんも大集合、なんてことにもなりかねない。さすがにそれは困る。だが、 「可能性がないわけじゃないが、そうなる前に、あいつが飽きると思うよ。多分ね」 それで、いきなり一斉大放出されるのも困るが、折を見て、ちょこちょこ『対処』していくしかない。だーから、御祓いは専門外だっていうのに……。 「二人とも、それなりに感じやすいんだから、あの部屋には出入禁止だよ。あいつに近寄るのも控えた方が良いかもな」 二人のグラスにビールを注いでやりながら、忠告すると、神妙な顔で頷いた後、一気飲みをしてくれた。『あの感触』を酒で忘れたいらしい。 それができない俺は、嘆息するしかない。 「……ったく、無料奉仕《ただばたらき》になるな」 御祓いは専門外だが──実際問題、そうも言っていられなかった。 壺
40000到達記念第二弾で、りんださんよりの頂き物です。もう一目瞭然ですが、入江さんの頂き物の続きみたいなもので、『呪いのアイテム第二弾』です。 第一弾に大受けしたりんださんが刺激されたか、突然送ってきました★ 見事、シリーズ化の運び。次の第三弾は誰が書く!? 2007.09.11. |