施条の軌道《らせんのみち》


 負傷したユキは今、機能を停止させ、再生槽に入っている。本格的な治療──彼女はセクサロイドだが、有紀学の意識では人間と変わらない──はディスティニー帰還後となる。
「有紀君、後は私が見てるから、戻った方がいいわよ」
 同期でもある同僚のルイ・フォート・ドレイクに促される。医療車輌を監督するのは勿論、医療セクサロイドであるユキの役目だが、当のユキが負傷した上はルイが代わって、ディスティニーにまで取り仕切るのだ。
 尤も、コンピュータも監視しているので、ルイがやることは殆どないだろうが。
「解った。じゃあ、後は宜しく」
 とりあえず、ユキも落ち着いているのに胸を撫で下ろし、学は指令車輌へと戻っていく。
 幾つかのドアを抜け、指令車輌へと続くドアに手をかけた時、中から声が漏れ聞こえてきた。学が所属するシリウス小隊の先輩達──デイビッド・ヤングとブルース・J・スピードのものだ。
「そう、突っ張らかるな。結局、お前も学のことが心配なんだろう」
「そんなんじゃねぇよ」
 思わず、手を引っ込めようとしたが、遅かった。ドアが開いた瞬間、苛立つように吐き出されたのは、
「足手纏いになられちゃ、堪らんだけだ」
 冷たい声だった。正に冷水を浴びせ掛けられたような思いを味わった。
 立ち尽くす学に、デイビッドが気付く。
「おい…」
 その視線を追い、学を認めたブルースは、だが、さして動揺も見せずに、目をパネルへと戻した。何の弁解もない。そもそも、必要を感じていないかのようだ。
「よう、学。ユキの様子はどうだ」
 重苦しい雰囲気を払うように、デイビッドが明るく尋ねてくる。意識的なのは明らかだ。
「は、はい。大分、落ち着いているようです」
「そっか。そりゃ良かった」
 陽気なデイビッドがいなければ、本当に気詰まりで仕方がなかっただろう。学は彼に感謝しつつ、自席に座りながら、チラッと背中合わせに座るブルースを見遣る。

 また、俺が無茶をしたから、怒っているんだろうか。
 二人の逃亡犯を追いつめたものの、その一人が負傷した仲間を足手纏いだと刺殺し、ユキを人質に取ったのだ。その上、ユキに怪我まで負わせてしまったのだから、たとえ、逃亡犯を射殺し、ユキを助けたとしても、ブルースが怒るのも仕方ないのかもしれない。
 だが、あの時は彼も責めるような素振りは見せなかったものを……。

 そこで、学は想起する。あの瞬間を──引鉄を引いたあの一瞬だ。一人の、機械化人とはいえ、一つの命を奪ったあの瞬間を……。
 手が汗ばんでくる。震えることがないのはその相手が死刑囚の逃亡犯だったからだろうか。
 だが、それでも、確かに人を殺したのだ。仲間を助けるために、そうするしかなかった。
〈本当に、そうだったのか?〉
 ふと湧き上がる疑問に返る答えなどはない。それでも、学は自問せずにはいられなかった。
 ユキを助けるために、あの男を殺すしかなかったのだろうか?
 それまで、学は銃を撃つこと自体を拒んできていた。撃つことのできない父の形見の銃のみを腰に下げていた学に、制式銃を与えたのはブルースだった。

『撃てない銃は気休め以下だ』

 シリウス小隊の戦闘パート要員で、SDFでも屈指とされる名スナイパーでもある彼にすれば、撃てもしない銃を持つ学はただの馬鹿にしか見えなかったのだろう。
 それでも尚、学は『使わない』ことを己に課していたのだ。『人を救う仕事に、銃など必要ない』と言いながら…。
 だが、この日、学はその誓いを破ったのだ。そればかりか、

『後悔してるか』
『──いいえ』

 駆けつけたブルースに問われ、ユキを救えた安堵からか、そう答えたのは学自身だ。だが、今の学はその時の自分自身に戸惑いすら感じる。本当に、欠片も後悔していないのか?
 内心で葛藤する学は背後から、冴えた視線が向けられていることに気付けなかった。



 シリウス小隊の“ビッグ・ワン”は帰路、何事もなく、惑星ディスティニーへと帰還した。
 ルイが早々にユキを医療部へと送っていき、他の者はシステムの最終チェックを済ませる。後は整備班に引き渡すだけだ。
 席を立つデイビッドに続き、学は“ビッグ・ワン”から降車する。が、
「解った。お前のいいようにしてくれ」
「ありがとうございます」
 背後で、ブルースが小隊隊長のシュワンヘルト・バルジと何やら話し込んでいるのに気を引かれた。
「おい、学。どうした」
「い、いえ」
 学は小走りでデイビッドに並ぶと、躊躇いながらも、尋ねる。
「隊長とブルース。何の相談をしてるんでしょうね」
「さぁなぁ。気になるかい?」
「そりゃ……」
 デイビッドの口調に面白がるように響きを感じ、学は口籠もり、別の質問をする。
「デイビッド。あの時、ブルースと何を話していたんですか」
 「あの時」が何時のことだかは解る。学が丁度、指令車輌に足を踏み入れたところに発した『足手纏いになられちゃ、堪らんだけだ』というブルースの言葉が、学を示しているのも疑いようがない。
 デイビッドは苦笑し、肩を竦めた。
「あんまり気にするな。今に始まったことじゃないだろう」
「だから、余計に気になるんです。俺、そんなにブルースには目障りな奴ですか」
「お前が、じゃなくて、お前の危なっかしい行動が心配で、気が気じゃないんだろ」
「え?」
 思いもかけない言葉を聞いたと思う。

 心配、だって? あのブルースが俺を心配している?
 あんなに敵意剥き出しで、キツく当たってくるブルースが。俺に対してはいつも無愛想で、笑顔の一つも見せたことすら──記憶を奪われた時以外は──ないっていうのに。

「まさか」
 つい口を突くのも仕方がないのは解る。その上で、デイビッドが笑う。
「んじゃ、賭けるか?」
 慣れた手付きで、エーブル・コインを弾く。
 デイビッドはブルースとは訓練学校以来の付き合いだという。それだけ、彼のこともよく知っているだろう。そのデイビッドが持ちかけてきた賭けなぞ、勿論、乗ったりはしなかった。

「有紀」
 不意にいつもの突き放したような声が背後からかかる。振り向けば、バルジ隊長とブルースが歩み寄ってくる。声の主は無論、ブルース以外の何者でもない。
「報告書を提出したら、シミュレーション・ルームに来い」
「え…、今日ですか」
「そうだ。余り遅れるなよ」
 言うだけ言って、ブルースは先を歩いていく。茫然と見送る学はバルジを見返す。
「お前の訓練メニューに関してはブルースに一任してある」
「でも、シミュレーションは全てクリアしたはずで……」
「それでは不足だと、指導教官としてブルースは感じているんだろう」
 バルジが真正面から、学本人に指摘してくるのは珍しい。直接的指導に関しては当人が言うように、ブルースに任せていた。手厳しい言い様だと感じるのは甘さだろうか。
「有紀。確かにお前も、それなりの経験を積んできてはいる。だが、我々の任務を考えれば、訓練はこれで十分ということはない。況してや、お前が“新入り”だということも厳然たる事実には違いない」
 まだまだ経験不足なのだと、バルジは言いたいのだろう。少しばかり任務を熟《こな》したところで、先輩達と同じように判断し、動けるなどとは思い上がりも甚だしいのだ。
 些か項垂れる学にバルジもまた苦笑する。
「そんな顔をするな。だから、いつまでも“新入り”と呼ばれるんだぞ」
 といっても、最近はブルースも「有紀」と呼ぶようにはなってきている。それも進歩の表れなのだと、肝心の学は気付いていないのだ。何しろ、以前は「おい」だの「お前」だのと、まともに呼びもしなかったのだから。
「そう肩肘を張ることもないが、まぁ、見返してやる、くらいの気持ちで臨めばいい。訓練はしすぎるということもないんだからな」
 バルジはポンと学の肩を叩くと、疾うに姿のない二人の部下を追っていった。

 学は一人、立ち尽くしたまま、“ビッグ・ワン”を振り返る。
 シリウス小隊専用車輌“ビッグ・ワン” かつては父、有紀渉も指揮した車輌に──全く同じ車体ではないものの──今、学も乗り込んでいる。そして、シリウス小隊隊員としての任務に就いている。当然、日々の鍛錬も要求される過酷な任務だ。
「しすぎることはない、か」
 確かにその通りなのだ。訓練は積めば積んだだけ、身につくはずだ。現に今までのブルースの監督下で行われたシミュレーションにより、確実に学の動きは素早く鋭くなっている。
 だが、冴え冴えとしたブルースの淡い紫色の瞳を思い起こすと、その隔意に身震いがする。
 色素が薄いせいか、余計に冷たく映るあの瞳の前で、何度、言葉を呑み込んだだろう。

『足手纏いになられちゃ、堪らんだけだ』

 未だに、ブルースを俺を認めてはいないのだ。SDFの隊員として、同じシリウス小隊の一員として──背中を預け合えるような仲間として、認められていない。
「……畜生」

何が足りないのだろう。
何が余計なのだろう。

 真正面から尋ねても、彼は答えはすまい。ただ、冷ややかな淡紫の視線を送りつけてくるだけだ。
 空想の視線を締め出すように目を閉じ、頭を振る。爪が掌に食い込まんばかりに、強く拳を握り込む。
 尋ねる必要はない。答が知りたければ、シミュレーション・ルームに行けばいい。そして、彼が突きつけてくるだろう要求に応えてやればいいのだ。
 そうすることで、彼が望むもの、その答も明らかになるはずだ。恐らくは……。
 そうとなれば、くよくよとしている場合ではない。今日の出場に関する報告書を早く仕上げ、シミュレーション・ルームに向かうのだ。そして、答を“聞き出し”てやるのだ。
 そのために、学は駆け出していた。

(2)



 勢いとは恐ろしい。リアル・ハマリな『銀河鉄道物語』小説第1弾、結構アッサリとUPしたな。
 当然、メインはデスラー総統……もとい、ブルース・J・スピードです。ただし、視点はとりあえず、『銀鉄』主人公な有紀学。こいつ^^との関係発展を目指してみますか。
 課題としては『ブルースが「学」と名前で呼ぶか?』──^^; アニメではいきなり呼ぶようになった印象がどうしても拭いきれないからなぁ。っても、まだまだ、無理そうだな★

2004.04.05.

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