施条の軌道《らせんのみち》
2 バタバタと慌しい足音が近付いてくる。シリウス小隊隊長公室の前で立ち止まったかと思うと、ドアが開ききるのを待つのももどかしげに、飛び込んできたのはルイだった。居合わせた三人の男が顔を上げる。 「どうした、ルイ」 部屋の主たるバルジ隊長が代表して、尋ねる。 息を弾ませながら、デスクに歩み寄るルイは、デスクの前に立つブルースとデイビッドの間に強引に割り込み、バンッとデスクに手をつき、座っているバルジに迫る。 「隊長! 有紀君を止めて下さい」 「あぁ? 学がどうしたんだ」 先の任務に関する報告書チェックの手を止め、脇から問うたのはデイビッドだ。今一人のブルースは関心なさそうに、携帯端末のモニタに目を戻した。そんなブルースに敢えて、尋ねる。 「あいつ、まだ例のシミュレーション、やってるのか」 「さぁな。一日中、続けろとは言ってないが」 本当に無関心なのか、冷淡すぎる物言いに、ルイの顔も険しくなる。 「何で、ここにいるんです。ブルースは有紀君の指導教官じゃないんですか」 「手取り足取り、面倒が必要な赤ん坊じゃあるまい」 「そんな! でも、あれ、かなり痛みが──」 「所詮、シミュレーションだ。死にはせん」 “けんもほろろ”とはこのことか。 ルイは肩を震わせ、隊長に向き直る。しかし、ブルースに一任すると言ったバルジも口出しをするつもりはなかった。 次にデイビッドは──無論、関与するはずもなく、肩を竦める。 男どもが当てになりそうもないと察したルイは一同を一睨みし、入ってきた時同様、勢いよく飛び出していった。
部下であり、後輩である女性に睨まれてしまったシリウス小隊の男どもは約一名を除き、夫々の表情で嘆息する。 「怖ェ怖ェ。でもよぉ、ブルース。本トに放っておいていいのか」 「どこまで頑張れるか、むしろ、見物さ」 「確かに、あれはそうそう続けられない代物だよなぁ。けど、今はユキも寝てるわけだし、万一の時、ヤバくないか」 「だから、所詮はシミュレーションに万一などない」 素気ないにも程があると、デイビッドは溜息をつくばかりだ。幾分、疲れた面持ちで隊長を見遣ると、こちらは苦笑するばかりだ。 「にしても、何時間、続けているんだ。あれを」 「ま、根性だけはありますよね」 「根性だけで、SDF隊員が務まるか」 「身も蓋もねぇ言い方だな。けどよ、とか何とか言いながら、あのシミュレーションをやらせてるってことは、お前も学にはそれなりに期待してるわけじゃねぇの」 「……いつまでも、青すぎる甘ちゃんではこちらが堪らない。それだけだ」 微妙な間がどのような心境を語っているのか──付き合いの長いデイビッドには、素直に口にできない友人の不器用さにも笑いを抑えられなくなる。 その気配を感じて、顔を上げたブルースに睨まれ、あさっての方を向いて、誤魔化す。 同様に、影で苦笑を漏らしたバルジは両手を顎の下で組んで、ブルースを見上げる。 「幾ら有紀がガムシャラな負けず嫌いでも、そうは続けられないはずだ。どんな発破をかけたんだ」 「別に……」 一度は言葉を濁したが、思い直したのか、 「どうせなら、“コスモ・ドラグーン”の担い手になってみろ、と」 「────」 二人は表情の選択に困ったようにブルースを見つめる。 「そりゃまた、随分な煽り方で」 「では、有紀隊長のことも話したのか」 「俺は有紀渉隊長を直には知りませんから、事実だけは少し…」 「事実だけ、か」 感に堪えないようにバルジが呟く。 「んじゃ、何か。実は学も“コスモ・ドラグーン”の使い手として認められるかもしれない、と。そう思ってるわけか?」 「知るか。それは奴の素養と努力次第だ」 如何にも煩そうだとの態度に終始する。手にしていた携帯端末からメモリーカードを抜き、バルジに差し出す。 「もう、宜しいですか」 「ん? そうだな。御苦労だった」 「では、失礼します」 きっちりと端正な挙手を施し、ブルースは部屋を出て行く。どういうわけか、デイビッドには目もくれなかった。 「何だよ、あいつ」 「幾分、気恥ずかしかったのだろう。お前に図星を刺されたから」 「え? あー、本当にそうなんですかね」 「だろうな。口ではどうこう言っても、やはり有紀が心配らしい」 「それじゃあ」 「様子を見に行ったんだろう」 「本ッ当に、素直じゃないですよねぇ」 「そうだな」 手の中で弄ぶカードには報告書が入力されている。それもブルースのものだけではない。 だが、暫し当面の仕事も忘れ、バルジは記憶をなぞる。 「……デイビッドは“コスモ・ドラグーン”を何度、見たことがある?」 「一度だけですよ。去年の、例の、ブルースが射手として認められた任務の時だけ──でも、忘れられませんね」 「ん…。私も殆ど十年ぶりだったな。有紀隊長が何度か携行された時以来だ」 組んだ手を解き、背もたれに体を預けると椅子がキィと小さく鳴る。 「美しい銃だったな。十年を経ても変わることなく、磨き抜かれたような銃身で……」 「あれって、毎日、誰かがピッカピカに磨いたりしてるんですかね。意表をついて、総司令とか」 まさか、とバルジは吹き出した。ブルースもよく自分の銃を暇潰しに磨いているが、銀河鉄道管理局を統括するレイラ・ディスティニー総司令が保有する唯一丁の“コスモ・ドラグーン”──即ち“戦士の銃”を磨いている姿を想像し損ねたのは幸いなことだろう。 が、一頻り肩を震わせていたバルジは笑いを収め、 「適うならば、私もあの銃に選ばれたかった。残念ながら、力及ばなかったがな」 「“コスモ・ドラグーン”は選り好みが激しいですからねぇ。つれない高嶺の美女《はな》って感じで、又これがソソるってゆーか」 如何にもデイビッドらしい物言いに苦笑させられる。差し詰め、ブルースはそんな高嶺の美人さんに見初められた色男、というところか。
“戦士の銃”──“コスモ・ドラグーン”
この銀河宇宙にも数えるほどしか存在しないと云われる“戦士の銃”の一丁を銀河鉄道管理局は保有している。小口径の宇宙銃《コスモ・ガン》に於いて、最強の銃とも呼ばれる凄まじいパワーを誇リ、それだけに扱いが難しい。 管理局は特定の射手を定めず、厳正な選考の元、“担い手”たる資格保有者に、必要と判断された任務に於いてのみ貸与し、使用を許可している。 尤も、滅多に許可どころか、担い手も認められないので、SDF隊員でも管理局が伝説の“戦士の銃”を保有していることを知らない者も多いくらいだ。 バルジのように、かつての上官と現在の部下とに担い手が現れ、数度実物を見ているのも稀な方なのだ。 正直なところ、若くして、入隊数年で選ばれたブルースが羨ましい反面、妬ましくもあった。 勿論、彼が十二分に抜きん出た射撃の才を有しているのも確かだ。それだけでなく、とことんまで自分を高めようと、日々の鍛錬と訓練を怠らない彼も知っている。そんな部下を隊長としては頼もしく、誇らしくも感じている。 そして、今一人の部下に思いを馳せる。 「しかし、楽しみではあるな」 「果たして、学は綺麗な彼女に見初められるか否か──賭けます?」 そんなに嬉しそうに言うな★ 「賭けにならないんじゃないか。当代の数少ない担い手の一人が目をかけたわけだからな」 口では厳しい言葉の連発だが、ブルースは確かに有紀学の可能性に気付いている。 さり気なく躱す隊長だが、デイビッドは頓着しない。 「それじゃ、いつ頃、決まるかを賭け……」 「デイビッド、報告書を早く揃えてくれ。後はお前さんの担当分だけなんだぞ」 SDFシリウス小隊所属隊員はメイン・スタッフの他にも当然、存在する。デイビッドとブルースは夫々、担当部署に属する隊員たちの報告書を纏めて、隊長の元に提出し、検討も行っていたのだ。 デイビッドは慌てて、携帯端末を見直した。 (1) (3)
勢い失速しました。せめて、一月に一章、とは思ってたのにTT それに、一応、学視点でとかいっときながら、二章目で本人出てないでやんの^^;;; なので、ブルース以外の視点で、と改めさせて頂きます(爆 大笑いだな。 “戦士の銃”を銀鉄管理局が保有している、なんてのは勿論、オリ設定☆ 何でも、シリアル・ナンバー付きが4,5丁とナンバーなしも数丁あるとか。なら、一丁くらい、メー○ル→レイラのルートで流れていても、おかしくないかなー、と。 問題は年代ですが、『999』などとの正確な比較は不可能。現時点で唯一の比較対象となるのは『有紀蛍』くらいですが、どうも黒歴史っぽいしなぁ。 でも、某製作者が若い時に作ったのなら、10年以上前でもありえるかな、と。ありえるということにしておいてくれ、頼むからー、というのが真正直なところ。
ところで、最近、『銀鉄』の夢?見ました。ロブンテロルドーならぬ慰安旅行で、銀世界ではなく、どこぞのピーカンなお宿にお泊まり…。それくらいしか覚えてないけど、正直、そんな夢を見た自分に力が抜けた。「早く書け』というお告げ(何のだ?)だと受け取ることにしたけどね。 2004.06.13.
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