『韓流史劇〜朱蒙I』 お礼SS No.83

「玄菟《ヒョント》城で、武芸大会? 例年、一度は催されるものでしょう」
「今年は太守が力を入れていて、集まる人数も多いようだ」
 玄菟城は無論、漢がこの朝鮮を治めるために配した四郡の一つ、玄菟郡の中核たる城であり、その城下には漢からの移民も多い。また、被支配民たる朝鮮の民も然りだ。
 武芸大会はいわば、そんな民への息抜きのためにも開かれる。武芸大会とはいえ、参加する武芸者たちは正しく、命懸けで戦うのだ。これ以上の見物はない。
 しかし、彼らタムル軍──漢に滅ぼされた古朝鮮《コジョソン》の遺民を中心とした抵抗軍にとっては、見物だなどと言ってはいられない。息抜きをされるのは民だけでなく、彼らが戦うべき、玄菟城に属する漢軍の兵たちも同様だからだ。

「それで、その武芸大会がどうしたんです?」
 正直、今更ということでもあるが、わざわざ、彼らの将たる解慕漱《ヘモス》将軍がその話を持ち出してきたのか、理由が想像もつかなかった。
「武芸大会が開かれれば、多くの人間が玄菟城への立ち入りを許される。大した調べもなくな」
「では、玄菟城に潜入するのですか。何のために」
「無論、玄菟城に囚われている流民《るみん》たちを救い出すためだ」
 玄菟城の牢は特に大きく、囚われている流民の数も他とは比較にならない。

 流民……。古朝鮮滅亡後、安住の地を失い、追われ続ける流浪の民。彼らは漢に捕らえられれば、正しく死ぬまで、奴隷として漢の支配下に置かれてしまうのだ。
「では、どのように? 玄菟城には常駐の兵も多く、力押しは叶いますまい」
「兵力に差があることなど、いつものことだ。戦い様は幾らでもある。切っ掛けを作るために──観覧に座する太守を狙う」
 大胆な台詞に、一瞬、絶句する一同。
 普段、漢の民にすら姿を見せない太守も、この日は武芸者たちと大観衆の前に現れる。とはいえ、その座の近くには親衛隊が固められ、剣どころか、容易には矢も届かない高座に在るのだが。
「確か、最後に残る唯一人の勝者は、傍に召されて、褒美を賜るのでしたね」
 太守に近付けるのは、その一瞬のみといってもいいだろう。その唯一の機会に、刺し違えるくらいの覚悟があれば、仕留めることも可能かもしれないが──!
「最後の勝者から、刺客に変貌した瞬間、奴らの親衛隊の餌食になるだろう。近付きすぎるのは得策とは言えん」
 貴重な兵の、しかも、最後の勝者にもなり得るほどの者を使い捨てにはできない。
「ならば、どうするのですか」
「──手は打ってある。皆は武器と馬を揃えて、準備を進めておいてくれ」
 一同は力強く頷いた。苦境にある同胞たちを救うために、闘志も燃えるというものだ。

 だが、一つだけ、気になることがある。ヘモスの様子からすれば、太守を狙うのに、最後の勝者が関わってくるのは間違いないようだ。
「ところで、勝ち抜かねば、最後の勝者にはなりませんが……」
「そうですよ。勝ち残らなければ、作戦も成り立たなくなってしまうのではありませんか」
「まぁな。だが──」
 ヘモスは言いさしたが、一人の兵が進み出て、胸を張り、
「そ、それじゃ、俺が出ますよ。必ず勝ってみせます」
「馬鹿言え。お前程度の腕前で、勝ち抜けるか。ここは俺が──」
「なーにを言っている。自信過剰もいいところだな。俺に任せて貰おうか」
「ハハハッ、どいつもこいつも、解ってないな。俺の出番に決まっているだろうが」
 などと、我こそは! と手を上げる。民族存亡の戦いに命をも懸ける者たちだけに、自らの武術に対する自負は相当に強いようだ。
 とりあえず、言いたいことを言わせたヘモスはそんな部下たちを頼もしそうに笑ってみせたものだ。
「残念ながら、もう、大会に出る者は決まっている」
「え…、 決まってる?」
「あぁ。実は既に、玄菟城に向かっている」
「えぇっ? ……って、誰なんですか」
 皆、周囲を見回し、いない顔はないかを確かめる。しかし、これと思われるほどの腕前の持ち主は全員、確認できる。
 となると、一体、誰が?
「──それこそ、確実に全ての勝利を収められる奴だ」
 自信満々の笑顔で言い切るヘモスに、兵たちはまたも顔を見合わせた。





『韓流史劇〜朱蒙II』 お礼SS No.85

 武芸大会当日──『我こそは武芸《うで》に覚えあり!』という腕自慢たちが玄菟城に集まってきていた。そして、熾烈な戦いが繰り広げられ、多くの観衆を沸かせた。
 真剣で渡り合う武芸者たちは、時には流血し、時には死に繋がるような傷を負うことさえあったが、観衆は寧ろ、飛び散る鮮血に興奮し、酔ってさえいたのだ。
 そんな中で、歓喜に流されることなく、冷静な目をした集団が潜んでいた。無論、これから、騒動を起こして、流民を救おうと企むタムル軍の面々だった。
 その視線の先には、流れるような動きで槍を振るう一人の武芸者が……。頭上で、簡単に一纏めにしただけの、長いざんばら髪を振り乱し、戦う隻眼の武芸者だ。
「……あり得ん」
「全くだ…。とても、考えられん」
「それにしても──」
 隻眼の武芸者の一撃が相手を降した。
「強ェなぁ……」
 異口同音に、彼らは呟いた。
 一振りで、槍の血を払った武芸者は高座にある太守たちに一礼し、闘技台から下りた。

 どこからどう見ても、無頼の武芸者の一人でしかないが、勿論、その正体を彼らは知っている。
「将軍の言われる通り、確実に最後の一人になりそうだな」
「あぁ、心配はなさそうだ。にしても、腕が立つのは知っていたが、これほどとはな」
「全く、危なげないな。あの方が一国の太子などと、此処で見ている連中は誰一人、思うまい」
 そう、隻眼の武芸者の正体は誰あろう、半島北部の扶余《プヨ》国の太子、金蛙《クムワ》なのだ。
 扶余といえば、古朝鮮崩壊後の半島にある国の中では比較的、大きな国だ。現在のところ、中原の大国、漢とも表面的には友好を保っている。
 その次代の王となるべきはずの太子が武芸者などに身を窶《やつ》して、命懸けの武芸大会に参すること自体が『あり得ない』ことだ。その上、漢に抵抗するタムル軍に協力しているなどと──尤も、誰も想像もしないからこそ、成り立つ関係とも言えた。

「しかし、強いな。最初は所詮、お上品な王族の剣に過ぎんと思っていたが、とんでもないな」
「まともに戦えるのは将軍くらいなものだからな。どこで、あれだけ腕を磨いたんだか……。不思議なもんだ」
 扶余の兵は強い。周辺諸国は扶余とは事を構えないようにしている。漢ですらが国力の差からいえば、比べるまでもないものの、本気の扶余と戦えば、最終的には勝利し得るとしても、甚大な被害が予想されるため、余り強く出てこないほどだ。尤も、古朝鮮を滅亡へと導いた鉄騎軍──馬までが鉄の鎧で身を固めた騎馬隊──が後陣に控えているが故の余裕でもあるだろうが。
 それでも、全く戦がないわけではない。そうなれば、指揮をするのは当然、扶余の将軍たちだが、王族の者が将に立つこともある。彼らは決して、お飾りではなく、敵に対する威嚇にもなるのだ。
 しかし、将としての能力と、兵としての武芸の才はまた、別のものだ。クムワはヘモスと並び、タムル軍の別働隊を率いて、将としても優れているのを既に示しているが、武芸の腕前もまた、抜きん出ていることを今正に、証明しているようなものだった。
 尤も、それ以前に砦での手合わせでも、ヘモス以外は歯が立たないこともまた、疾うに明らかとなっているが。
 少しでも、案じることが馬鹿みたいに思えてくるくらいだった。

 そうして、幾つかの戦いを難なく、勝ち抜き、隻眼の武芸者は決勝の舞台に立っていた。





『韓流史劇〜朱蒙III』 お礼SS No.91

 実に見事な一戦だった。タムル軍の男たちさえもが状況を忘れて、見入ってしまっていた。
「……あれは本気なのか?」
「本気だろう。下手に手を抜いたら、却って、危険だ」
「それにしても、二人とも──」
 後は言葉が続かない。表現のしようがないほどに、凄まじくも華麗であり、苛烈な遣り取りだった。片や、剣を、片や、槍を自在に操り、攻めては防ぎ、防いでは攻める──! 裂帛の気合が遠く観覧席まで、押し寄せるかのようだった。

 この一戦は、武芸大会を開いた太守たちにとっては予定されたものではなかった。優勝者は既に、槍を振るう隻眼の武芸者と定まっているのだ。
 だが、褒美を与えようとした直前に、編み笠と覆面で顔の半分を隠した一人の武芸者が現れ、優勝者との対戦を望んだのだ。更には、興奮覚めやらぬ観衆の声にも押され、太守は対戦を許した。
 そして、繰り広げられる息を呑むほどの攻防に、誰もが酔わされていたのだ。何れ、一瞬にして、冷水をかけられるほどに冷まされるとも知らず。

「なぁ。二人とも、まさか楽しんでないだろうな」
「ハハハ、まさか──」
「いや。実は俺も、そうじゃないかと……」
 互いに本気全開で戦える相手が少ないためもあるが、一見、取り巻く観衆の興奮に中てられているようでもある。
 だが、二人はそれでも、冷静なのだ。動きには一分の隙もなく、互いの必殺ともいえる一撃を紙一重で躱《かわ》しつつ、次の攻撃に移る。
 その流れるが如き動きが一瞬にも満たぬ、ほんの刹那、止まったことに気付いたのはタムル軍の男たちだけだった。
 隻眼の武芸者が突き出した槍を剣で弾きつつ、逸らすが、槍は眼前を奔り抜け、編み笠を貫いた!
 その時、闘う二人の武芸者の視線が確実に絡み合った。

「──次だ」
「来るぞ」
 微かな変化に、唾を飲み込み、次へと備えるタムルの兵士たち……。
 そんな余人には気取られぬ間の後、編み笠を引き裂き、振り上げられた槍を、笠を飛ばされた武芸者の剣が一閃した。槍の尖端が吹き飛び、空高く舞い上がる。
 二人の武芸者、太守たち観衆──全ての視線がその切っ先を追った。中には編み笠の武芸者の勝ちだと、喝采を上げた者もいただろう。
 だが、次の瞬間、その舞台は武芸大会などからは掛け離れた全く別の舞台へと切り替わる。
 落ちてくる切っ先を、何と跳躍した笠を失った武芸者が蹴り飛ばした!
 一直線に鋭い軌跡を描き、鈍い色の刃は高座にある太守の傍らに座る高官を貫いたのだ。無論、即死だった。ガックリと頭を垂れる高官に、息を呑む太守。遠い観覧席の観衆にも当然、異変は直ぐに知れた。
「──敵だっっ」
「タムル軍だ!!」
 悲鳴に近い漢軍の兵士の声に、一気に観衆も恐慌に陥る。
「行くぞっ!!」
 タムル軍の男たちは隠し持っていた剣を引き抜き、二人の待つ舞台へと躍り出た。



 新境地★で、書いてみたくなって、書いてしまった韓流史劇『朱蒙』です。
 すっかり金蛙役のチョン・グァンリョルさんの追っかけ視聴してまして、もう大分、制覇した作品も^^ 『朱蒙』は最初に見始めたけど、長いもんで、実はまだ制覇してなかったりします;;;
 この拍手物は主役が出る前の親世代の話で、第一話の『玄菟城の戦い』絡み。一応、まだ続く予定。

2010.01.16.

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