こんな出会いも(後篇)


 光が三人を包んだかと思うと、瞬時に掻き消されてしまう。
「きっ、消えたっ? 何でっっ??」
 慌てて、その台に乗り、辺りを探ってみたが、何の変哲もない壁や床でしかない……ようだ。
 やはり、あの銃のようなものが『鍵』なんだろうか。だとしたら、何も持たない自分にはどうすることもできない。
 しかし、入ってきた入口が、真也が普通に知る出入口ではないのだとしたら――、
「ど…、どうやって、出ればいいのかな?」
 完全に取り残されてしまったと、途方に暮れるしかなかった。

 奥の方にも何かしらの空間があるようなので、調べるべきだろうか? いや、下手に動いて、何かあっては、それこそ取り返しがつかない。また、何処ぞに飛ばされるとも限らないのだ。
 結局、疲れるだけだと、真也は椅子に腰を下ろした。あの三人か、その仲間たちが帰ってくるのを待つしかない。
 息をつき、目を上げる。どうにもならないと思えば、妙に肝が据わってしまう。改めて、謎の部屋を見回せば、やはり興味深いものだ。再度、好奇心が疼き、スケッチブックを開く。さっき削った鉛筆を取り出し、デッサンを始めた。
 南国風な石造りの壁や装飾、柱の上の数々の獣……それはやはり、アレなのだろうか?

 随分と熱中していた。描き始めると、他のことを忘れていられるのは良い性分だ……が、
 ふと、何かの気配を感じた。誰かに見られているような……。
「誰か、いる?」
 立ち上がり、気配を辿ろうとするが、掴めるほどに確かなものではない。感じた瞬間には消えてしまう。掴もうとすると、スルリと手の内から消えてしまうのだ。
「おかしいな。やっぱり、気のせいかな」
 少し長めの髪を掻き回す。こんな奇妙な空間に、気は良さそうだが、謎の青年たちに連れ込まれ、挙句に置き去りにされてしまった。結構、頑張って、冷静でいるつもりだが、動揺していないわけもないのだ。

 気持ちを鎮めようとして、席に戻ろうとするが、視界の端で何かが光った……ような気がした。気を引かれて、そちらに向かうと、鮮やかなボックスに、これも彩り鮮やかな幾つかのシリンダーが置かれている。さっきの青年たちが持っていったのは、これなのか。
 その一つ一つに10までの番号が振られ、やはり獣のイラストが描かれている。ただ、1から6までは空になっていたが。
 いや、間近で見れば、何となく見覚えのあるような姿もある。これは獣というより、
「……やっぱり、恐竜?」
 瞬間、その一つがまたキラリと光った。黒みがかった灰色の8番のものだ。触って良いものかどうか、少し迷い、だが、何故か、誘われたような気もして、手に取った。
 すると、また光が……。しかも、一筋に延びて、あの三人が消えた台を示したのだ。
「あそこに行けって、こと?」
 光の指し示すまま、台に向かう。飛び乗り、振り向いた瞬間、スケブなどの荷物を置きっ放しなのに気付いた。
 が、遅かった。手の中のシリンダーが一層、強く輝き、視界を奪う。思わず、目を覆い、灰色のシリンダーも取り落としてしまった。
「――ッ」
 体が浮遊したような感覚を味わい、次には倒れてしまう。立っていたというより、やはり降りたようになって、足が着いても、上手くバランスを取れなかったのだ。
「何……あれ、ここは?」
 見覚えのない街角……。だが、遠くには知っている高層ビルも見えるので、慌てて、立ち上がると、マンホールがある。そういえば、あの空間に入り込んだ時もマンホールの上に立ったような。でも、改めても何の変哲もないものにしか見えない。条件が揃わない限り、開かないのだろう。
 ふと、空の手に気付き、体のあちこちも弄《まさぐ》る。どこにも持っていない。周囲も見回すが、何も転がってはいない。
 どうやら、あのシリンダーも向こうに落としてきたようだ。いや、困っている真也を見兼ねて、『あれ』が出口を開いてくれたのかもしれない。だが、間が悪かった。
「……荷物、忘れてきちゃったな」
 財布だけは探ったポケットに入れたままだったので、場所さえ分かれば、帰るのには困らない。デッサン用具しか入れてないので、記名はあるが、住所の判別《わか》るようなものもなかったはずだ。戻ってこない可能性が高い。
「折角、面白い絵が描けたのにな」
 諦めるしかないだろう。
 嘆息すると、とりあえず、知っていそうな大通りを探して、歩き始めた。

 随分と後になってから、忘れた荷物を取り戻すことが叶うのだが、無論、今の真也が知る由もなかった。


☆       ★       ☆       ★       ☆


「よっしゃー、勝ったーっっ☆」
 現れた敵はゾーリ魔だけだったが、数が多すぎて、それなりに手古摺った。とはいえ、途中からスピリットレンジャーの大先輩も参戦してくれたので、掃討完了したのだ。
「サンキューな、鉄砕。助かったぜ」
「ゾーリ魔如きのみに手古摺るとは、まだまだだな」
「うわっ、相変わらず、キッツいなー。でも、その方があんたらしいよな」
 先刻までのノホホン振りとは全く異なる態度に、笑いながら、肩を叩くと、変身を解いた鉄砕が訝しそうに見返してきた。
「らしいとは何だ」
「だって、さっきはさぁ。話振っても、ニコニコ笑ってるだけだったじゃん。ちょーっと、困り顔もしてたけど、そーゆーのは珍しいから、見物っちゃ、見物だったな」
「何を言っている? さっきなどと、何処で一緒だったと言うんだ」
「え? そりゃ、もちろん、スピリットベースだけど……鉄砕こそ、何言ってんだよ。一緒にいたろ、さっきまで」
 「ノッさんとウッチーと俺たち三人とさ」と続けたが、鉄砕は顔を顰《しか》めるだけだ。
「公園で、スケッチしてたじゃないか。で、掃除してた俺たちと会って――」
「知らんぞ。人違いだろう」
 すると、その三人が「嘘」と大書きした表情で、顔を見合わせた。
「え、えぇっ? 人違いだなんて」
「いや、されど、確かに雰囲気はかなり違ったでござるが、鉄砕殿にしか見えなかったでござる」
「あ、でもぉ、何か違和感あったんだよね。演技にしちゃ、余りにも態度が違いすぎたっていうか」
 一番、印象が違ったという釣り人扮装を直接には知らない分、ノブハルの感じた違和感は二人よりも強かったようだ。
「それじゃ、マジに別人だっていうのか?」
「そっ、それは不味くはないでござるか。スピリットベースに入れてしまったでござるよ」
「というか、置き去りにしたってことになるよね」
 入る時は三人と一緒だったが、イアンからの連絡で飛び出す時は違う。一緒でなくとも出られるはずだと、スピリットの鉄砕だと思い込んでいたからだ。さすがに冷汗が噴き出してくる。
 フゥ〜と鉄砕が深く溜息をついた。
「……迂闊すぎるな。何処の誰とも判らん奴をよくよく確かめもしないで、本拠地に入れた上に、たった独り残してきただと?」
 大体の経緯を察し、スウッと息を吸い込んだかと思うと、次には怒声が響き渡る。
「この馬鹿者どもがっ! さっさと戻らんかっっ!!」
 もし、その男が鉄砕の姿を装った“敵”だとしたら、正しく取り返しのつかないことだ。
 慌てて、三人がスッ飛んでいくのをイアンたち他の仲間が唖然と見送る。
「えっと、何の話?」
「鉄砕のそっくりさんがいるってことみたいだけど」
「でも、キングたち三人が三人とも間違えるほどのそっくりさんなんて、いるのかな」
「まぁ、世の中、それこそ三人は似た人間がいるってことだけどな」
 実をいえば、彼らがよく屯《たむろ》している『TIGER BOY』近辺には彼ら獣電戦隊と中々、面差しの似た劇団員が結構、いることを彼らは知らない――さておき、これは別の話☆
「ただのそっくりさんなら、笑い話で済むけど、マジに敵の偽装だったら、ヤバいよな」
「俺たちも戻ろう」
 イアンの指摘に蒼褪め、直ぐに三人の後を追った。
「……全く」
 そして、今一度、嘆息したスピリットレンジャーもゆっくりと、踵《きびす》を返した。



「うわっ、と。――鉄砕! じゃなくて、そのそっくりさん。いるかー」
 スピリットベースに入った三人は縺《もつ》れるように転送台から転がり降りる。キングの呼びかけは、ツッコミどころ満載のものだが、別人となると、名前も判らないので、他に呼びようもないわけだ。
 だが、返事はない。置き去りにされて、途方に暮れて、座り込んでいるだろうと思ったのに、影も形もない。奥にでも行ってしまったのかと思ったが、どうも気配がない。
「どう、キング。いた?」
「それがいないんだ。ドコ行っちまったんだ」
「まさか、真に敵の手の者であったなどということは」
 アタフタする三人の後から、残りの仲間たちも入ってくる。
「どうした。いないのか」
「うん……。ただ、スケブとかはあるんだけどね。何か、ここもスケッチしてるし」
 ノブハルが困惑気味にスケブを手に取った。
「何だぁ。マジにスパイだったりするのか」
「でも、それなら、置きっ放しで、いなくなってるのはオカシいんじゃない?」
「だよね。どっかに隠れてるんじゃない」
 などと、やり合っているところに、最後に鉄砕が追いついてきた。転送台に降り立ち――コツンと爪先が何かを蹴るのに気付く。
「ん? ……ッ、お前ら、こんなところに獣電池が転がっているぞ」
 鉄砕が眉間を寄せ、額に青筋を立てたのも仕方がない。何しろ、その獣電池は鉄砕の“相棒”のものだったからだ。
「しっかり、管理しろ。でないと、ブンパッキーを預けるのは止めるぞ」
 とんでもない脅し文句だ。鉄砕は決して、冗談は言わない。十大獣電竜の一体が戦線離脱の上に、滝に籠ったまま;;; ということも考えられないわけでもない。
「でも、変だなぁ。二個は俺が持ってるし、残りはチャージ・ボックスに置いたままのはずだったのに」
 ダイゴが済まなそうではあるが、頭を掻きながら、首を傾げるのに、眉を:顰《ひそ》め、鉄砕は拾った八地番獣電池を見つめた。チャージは殆ど完了しているが、ほんの僅かに解放されたような気配が残っている。
「…………そういうことか」
 “相棒”の獣電池を握りしめ、転送台を降りる。そのまま、ボックスに戻した。
「で、そいつはやはり、いないのか」
「みたいだな。荷物はあるんだけど」
「僕たちが出ていった直後に、飛び込んできたのかな。別の出口が開いて、偶然、出られたのかもしれないよ」
 単なる可能性としても、何となくありそうな気もしないでもない。
 が、そうではないことを鉄砕だけは悟っていた。もっとも、今、言う必要もないと感じた。

 ダイゴたちが何の疑いもなく信じ込むほどに、自分に良く似た容姿の男がいたことは間違いない。更には、取り残されて、困り果てただろう『彼』を恐らくは『ブンパッキーが手を貸して、外に出してやったのだろう』ということも……。
「何か響くものがあったのか、ブンパッキー」
 誰にも聞こえないほどの声で呟きながら、その『彼』が残しただろうスケッチブックを手に取る。パラパラと捲ると、優しいタッチの絵が目に飛び込んでくる。そして、最後のページまで来ると、裏表紙の内側に名が記されていた。
「……津古内、真也か」
 何者だろうか。少なくとも、ブンパッキーが興味を示すだけの『何か』を持つ者ではあるのだろう。
 それがいつか、何らかの意味を持つことはあるのかもしれない。

 スケブを閉じ、鉄砕は騒いでいるダイゴたちに向き直る。
「この荷物は纏めておけ。もしかしたら、また、この真也とやらと遭遇することがあるかもしれんからな。だが、これからは良く良く気をつけることだ」
 相手を確かめもせずに、重要拠点に入れるなぞ、言語道断だ。
「真也? あ、名前、書いてあったのか」
「でも、何で、そんなこと」
「かもしれん、というだけのことだ」
 言い置くと、鉄砕は直ぐに転送台に向かった。
「あれ。もう、行っちゃうのかよ、鉄砕」
「居座るつもりはない。お前たちの様子も見られたことだしな」
 もっと精進しろ、と最後に言うと、ダイゴたちの反応を確かめずに、光となって、スピリットベースを後にした。


 思わぬ『出会い』の結末は、暫しの時を経て、明かされることとなる。

中篇



 てなわけで、『こんな出会いも』完結であります☆ 『偶然の出会い』が重なり、未来の『仲間』たちに会ったというか、一番初めに気付いたのは、もしかしなくても、ブンパッキーだったという感じですかね。
 後篇を出すのにやたら、時間がかかったわりには、別段、特別仕立てでもない展開に収まりましたけど。

2016.05.15.
(Pixiv投稿:2015.02.05.)

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