スーツ 「いやぁ、中々、見事ですね。少……じゃなくて、ナタルさんのスーツ姿も」 「聞こえるぞ」 「大丈夫ですよ。ぐ……制服姿しか見たことなかったから、何か新鮮っていうか」 一応は褒め言葉なのだろう。俺は一つ溜息をつき、トノムラの口を止めるのは諦めた。 それでも、遠回しに窘《たしな》めてみる。 「お前、仕事を忘れてはいないだろうな」 「お仕事なら、解ってますよ、先輩。ちゃーんと、見張ってますって」 先輩、だと? わざとらしいこと、この上ない言い方だが、何だかんだいっても、周囲に気を配ってはいるか。ところが、 「鉄の女、とか言われてるけど、やっぱり格好で変わるもんですね。これで、下着姿とかだったら、悩殺ものに──ッテ」 言った傍から、これか。俺は無言で、拳をもって黙らせた。 反論らしいことを口走っていたが、今度は睨みつけて黙らせる。 俺とトノムラは一応、少尉の護衛役を仰せつかっている。そうは見えないとしても、それなりに腕には自信がある。 トノムラはデカい図体を生かしての力主体の攻撃が得意だ。小柄な俺は技主体──対照的な俺達は顔合わせから、幾度か手合わせもしている。今のところ、俺に分があった……。が、そんなことはこの際、どうでもいいか。 「何で、そんなに怒るんですかぁ。ちょっと、想像するくらい、いいじゃないですか。折角、ヘリオポリスに入ったってのに、何の楽しみもないんですから」 「だからって、上司をオカズにするな」 「……ノイマンさん。堅いっスね」 などと言いつつも、顔はニヤついている。俺としたことが些か下品な物言いをしてしまった。 チッ、後で覚えていろよ。訓練に託けて、叩きのめしてやる。
軍なる組織は元々は男性社会だ。今でこそ、女性将兵の比率は高まってきているが、まだまだ少数派だ。それでも、次第に前線への投入数も多くなっているが、それ故の問題も多発するようになった。 極限状態に於いて、身近な異性の存在による発生する問題は深刻なものだ。 後方にあってさえ、そういう固定観念的な目でしか女性将兵を見られない者は多い──いい証左といえた。 俺は……バジルールを昔から知っている。どれだけのものを、軍に在るために賭けてきたかを知っている。 だからだろうか。異性としてより、同僚として見る思いが強いのは……。そうすべきだと、恐らくは無意識にも、己に言い聞かせているような気がする。 それでも、不意に思い知らされる時がある。 着慣れないスーツを身に纏う彼女は紛れもなく、“女”なのだと……。 だが、一方ではこうも思う。任務のためには動きづらいスーツとて、文句一つ言わずに身につける。やはり、彼女は“軍人”なのだ、と。 そんな彼女が真直ぐに歩み寄ってくる。彼女を少々、下世話な話題にしていたトノムラが口を閉ざし、背筋を伸ばした。硬質な雰囲気だけで、こいつを黙らせるのだから、大したものだ。 ところが、バジルールは俺を見て、僅かに眉を顰めた。 「ノイマン」 「はい」 「もう少し、きっちりしないか。ちゃんと、スーツの前を止めろ。ネクタイも……何故、緩めているのだ」 「あぁ、これはわざとですよ」 「わざとだと? そういえば、サングラスはどうした。付き物なのだろうか?」 「……さすがに三人も揃うと、逆に目立ちますから」 コソッと耳打ちし、トノムラを見遣る。こちらはバッチリ決めている。それだけに、お見事なまでに怖いお兄さんに仕上がっている。 バジルールも何となく了解したようだ。頬を微かに引きつらせた。 「そ、そうだな。よし、時間だ。行くぞ」 気持ちを切り替えたらしい彼女は胸を張って、先へと進む。その姿勢のよさに、やはりカタギには見えん、と苦笑しつつも、安堵していた。 纏う物が何であれ、彼女は彼女なのだ、と──……。 前章11『メガネ』
リハビリ順調? 新年二発目は一応、一発目の続きのシチュということで☆ ただ直後ではなく、出先でナタルがちょいと離れた一瞬のことでした。 この更に後、某少年少女たちとニアミスをすることに☆
2007.01.14. |