BLUE IMPRESSIONS
序章 ここは南米はジャブロー。地球連邦軍総司令本部が置かれた地下基地である。 とあるオフィスにドヤドヤと数人の士官が戻ってきた。口々に愚痴りながら……。 「全く、気軽に言ってくれる。お偉方は」 「調整が大変ですよね」 オフィスで仕事をしていた別の士官が興味を覚えたか、腰を落ちつけた、その集団を率いる士官のデスクに歩み寄る。彼らが扱っているのは──、 「ノア少佐の懸案か? 上が何か良い案でも思いついたのか」 「あぁ、正に思いつきの名案て奴だな」 ファイルが放り出されたのは見ても構わない、という意思表示だろう。ページをめくり、つい笑いがもれた。 「ノア少佐をシャトル・スタッフに回す? 彼には経験ないだろう」 「言ったさ」 「それで?」 「シャトルなぞ、素人でも飛ばせる、だとさ」
「妥当なところとは思わんかね」 「とても、そうは思えません」とは口にはしない。 些か呆れて、言葉もなかっただけともいえるが。 「あの戦争で、小煩いスペース・ノイドどもが減ったのはいいが、残った連中が最近、また騒ぎ始めておる。全く、ニュータイプなぞは戦時中の方便にすぎんものを」 ニュータイプは『人の革新』──現実に『人類の革新』があるとしても、その主役が明らかに自分らが蔑んでいるスペースノイドとなるのが我慢ならんだけではないだろうか。 サイド3のジオン公国による『独立戦争』──地球連邦は単なる叛乱と断じながらも、今では『一年戦争』と呼ばれる戦いがともかくの終結をみて、すでに半年余りが経つ。 混乱の只中にあった地球圏も次第に復興が進み、日常が落ちついてくれば、人々の意識ももっと外へと向くようにもなる。ジオン・ダイクンが説いたニュータイプ論をザビ家は選民思想の如くに扱ったが、サイド3以外にも根づいてはいた。
『広大無辺な宇宙空間に適応した認識力をも拡大させた人々は 共感能力に優れ、より解りあえるようになる』 確かに、そのような能力の片鱗を見せたのが連邦軍においては『ニュータイプ部隊』と称された者たちだった。敵ジオン軍の攻撃に、その正規クルーのほとんどを失いながらも、訓練生や現地徴用兵だけで、敵の追撃を凌ぎ続け、果ては正規軍に組み入れられ、尋常ではない戦果を残した第十三独立部隊、即ちホワイト・ベース隊……。 今、彼らの身柄は連邦に管理され、自由などないに等しい。連邦が当初、彼らを『ニュータイプ部隊』と持て囃し、『悪逆なる侵略者どもに屈せず、抵抗した若者たち』とマスコミに曝したのは無論、他の問題から目を逸らせるためだったはずだ。 だが、あまりにセンセーショナルに扱ったので、人々の目が向きすぎた。アースノイドの好奇であろうと、スペースノイドの希望であろうとも……。それはいつしか、連邦のコントロールをも離れてしまったのだ。 彼らホワイト・ベースを『ニュータイプ部隊』などと定めたのは他ならぬ連邦軍だ。正確には一人の将軍が寄り合い所帯だった彼らを正規部隊として運用するために使った、正に方便だった。今の高官の皮肉通りに……。 だが、方便にしても、連邦軍所属の『ニュータイプ』たちが将兵として優秀だったのは間違いなかった。彼らが軍に残っている限り、いつかは自分たちを追い落とすやもしれない──と不安を募らせていたのだ。 そして、強烈な警戒心だけが表出する。今や、ホワイト・ベース所属だったクルー──特に主要クルーは元々が現地徴用兵に多く占められていたこともあり、かなりの者が退役したが、軍に残る者の人事に関しては一大プロジェクト並みの扱いとなり、参謀本部内に特別にチームが組まれ、その決定の全てに上層部の意思が関与した。 そうして、凡そ、ホワイト・ベースに関わった全てのクルーは、もちろん退役者も含め、情報局特務班による監視下にあるのが現状だった。『ニュータイプ部隊』という集団として、力を発揮した彼らでも、個としてしまえば、脅威も減ると考えたのだ。 そんな中で、最も扱いの難しいクルーとして、二人の進退が残されていた。一人は素人ながらに最新鋭モビル・スーツ・ガンダムを操ったパイロット、ニュータイプのエース、アムロ・レイ。 特に厳しい管理──監視を要するため、しかしながら、方針は明らかだった。宇宙に適応した能力ならば、その環境から遠ざけることが第一だと。結果、アムロ・レイは以後、モビル・スーツに触れることもなく、地球勤務を続けることとなる。 今一人が『ニュータイプ』をも指揮下に置いたホワイト・ベース艦長ブライト・ノア。 アムロ・レイがニュータイプという一種、理解しがたい能力を畏怖されたのとは逆に、彼は軍人にとっては明瞭で、判別しやすい指揮官としての能力を警戒されていた。それは戦時下でなくとも、実戦でなくとも、集団を管理し、扱うことに長けているとも考えられる。より現実的な意味で、恐れたともいえるだろう。 であれば、ブライト・ノアには多くの部下などは与えられない、と。現在、少佐であるが、常識的に考えれば、一少佐の人事に上層部が介入するなど信じがたいことだが、当人たちは至って、真面目で、当然と思っているのだ。 全くシャトル勤務の未経験者に、しかも、副操縦士を飛びこし、機長を任せるなどと! これが思いつきでなくて、何だというのか。 「シャトルなぞ、バスのようなものだ。航宙のほとんどはコンピュータ航法に預けられているはずではないか」 その心は『機長がド素人でも問題はない』と……。
「そいつは又……シャトル・スタッフが聞いたら、激怒するだろうなぁ」 地球と宇宙を繋ぐ小型航宙艇《シャトル》の運用では確かにコンピュータに任せられている部分が多い。だが、安全で気楽な任務だったのは戦前までの話だ。あの戦争により、航宙路も様変わりした。 宇宙空間を漂う戦いの遺物は恐るべき障害物となる。星系内の重力干渉で、時間を追うごとに漂流物が小さな重力ポイントに集まりだし、道が開けていくとしても、たかが半年ほどで劇的に変化するわけではない。しかも、シャトルなどの小型艇は気密性も低く、対応する乗員数も限られている。想像以上に苛酷で、危険な任務なのだ。 「大体、過剰反応なんだ。ノア少佐に指揮官としての能力や実績があるのは認めるさ。ニュータイプか否かなんてのは判別らんがね。しかしだ、所詮、相手は二〇歳のガキだぞ」 「十年後には三〇になる」 「二十年たっても、まだ四〇だろうが」 「だが、あの戦争で、今の中堅どころが軒並み失われたからな」 軍社会において、二〇代などはヒヨっ子、三〇代でも青二才。四〇代ともなれば、現在ならば中堅だが、二十年後には上の年代が少なくなるために、さらに重要視されていくはずだ。だからこそ、上層部の連中は少佐を恐れるのだろう。若い、有能な軍人の将来を──何れ、自分たちを追い落としかねない危険な存在としか捕らえられない。 挙句に「死んでこい」とでもいうような任務に回そうなどと、あまりにも……、呆れるほどに見え透いているのではないか。 閉じたフォイルを返し、揶揄するような笑みを向ける。 「随分とノア少佐に好意的じゃないか。意外だな」 「別に──。そりゃ、同情はするがね」 一度、口を噤むと、デスクのファイルを取り上げ、その表紙を叩いた。 「いや、むしろ、同情してもらいたいのはこっちだぜ。万一でも何かあってみろ。叩かれて、突き上げ食うのは誰だと思う」 「確かに、上が責任を取るわけないからなぁ」 それこそ、堪ったものではない。地位と責任が比例していないなどとは。 「しかし、事は決したわけだろう」 その通りだった。溜息も出ないが、自身の平穏な将来のためにもノア少佐には恙なくシャトル任務を熟してもらうよりない。上層部の暗い思惑などに構っていられない。陰ながら、援護する気にもなる。 「ともかく、訓練は施さなきゃならんか。特別養成コースでも作るか」 何しろ、未経験者がいきなり機長就任など前代未聞なのだ。おまけに、時間も有り余っているわけではない。何を何故に、そうも急ぐのか。というより、シャトル任務に関し、単に無知なだけなのだろうが、一月でどうにかしろ、などと宣ってくれたのだ。お偉方は! 無茶無理を通りこして、無謀に決まっているだろうがっ!! 尤も、その辺は運輸局の状況を理由に引き延ばしも可能だろう。問題はやはり、ノア少佐への訓練だ。 現在の連邦軍シャトル運行はここジャブローを拠点として、スケジュールも組まれているはずだ。これも当然、運輸局にお伺いを立てねばならない。教官役や相棒たる副操縦士の選抜からして難しい。他各部局の調整で、どこでも渋い顔をされるのが目に浮かぶようだ。 溜息のかわりに唸り声を上げたくなった。 「本っトに、思いつきだけで、決めやがって」 しかも、腹立たしいのは、お上がこれを『名案』だとか信じて疑わないことだ。お陰で、苦労するのは調整する方だということも、まるで考えに入れていないのだから。 とはいえ、悲しいことに任務には違いなかった。
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オイコラ、どこがブライト・メインだ? やたら、時間くったワリにはこれかい。オマケに短いときたもんだ。どーなってんだっ!? などなど、お叱りの声が聞こえてきそう。平身低頭、構成で躓いたんだもーん。『蜃楼』みたなイントロだから、何とか変えられないとか──でも、ダメでした^^; ともかく、スタートしました。御覧の通り、一年戦争直後が舞台です。シャトル絡み……といえば、当然、あの人も出てきます。(つーか、もしかしたら、こっちがメインではないかとゆー恐ろしいことも……) 気長に続きをお待ち下さい。 2002.10.10.
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