BLUE IMPRESSIONS
第一章 どこであろうと、歓迎などされないだろうとは承知していた。 そう、彼に、逢うまでは……。 「シャトル任務、ですか」 「不服かね」 「──とんでもない」 ブライト・ノア少佐は淡々と答える。 終戦後は指揮下にあったホワイト・ベース・クルーの進退のために走り回っていたが、半年も過ぎれば、事務処理も粗方終わり、大多数は希望に沿った新たな人生へと踏み出していった。もちろん、そうではない者もいた。ブライト自身も又、その一人で、今は当り障りのない事務などが与えられている。 そんな日々がいつまでも続くはずがないとは思っていたが──突然に受けた新任務の通達内容には戸惑った。
『不定期便シャトル機長に任命する』と……。 意外とは思ったが、別段、不服を覚えなかったのも事実だ。ただし、相手がそれを信じたかは怪しいところだ。 いや、むしろ、不服とするのは同僚となるべき──他のシャトル・スタッフたちだろう。ブライトは同席している運輸局の人事担当官を横目で窺った。全身不機嫌全開の気配を隠そうともしていない。厄介事を持ちこまれたとしか考えていないだろう。 戦時中に任官したブライトには当然、シャトル全般に関する知識も経験もない。そんなド素人をいきなり機長に据えるとは神経を疑うところだ。しかし、当事者の一人としては呆れてもいられない。 詳しい説明は終始、顰め面を崩さない運輸局人事官から受けることとなった。 〈針の筵だな〉 人事官は任務を果たすべく、至極淡々と説明してくれている。敵意はないだけに居心地の悪いこと、この上ない。とりあえず、マニュアルやらを渡され、何れはシミュレータ訓練にも入ると聞かされたものの、どうにも現実感が薄い。 だが、確かに手元にあるマニュアルの表紙を見つめ、ブライトはふとアムロを思い出した。思えば、彼もサイド7での初陣当初はマニュアル片手にガンダムを操っていたのだ。 尤も、戦時と平時、モビル・スーツとシャトルなぞを比べるなど、とんでもないのだろうが。 「正式な辞令の発令は10月頃となるはずだ」 「──10月?」 懐かしさを帯びつつある思いに耽っていたため、ブライトの反応が遅れた。それは少々、迂闊なものだった。 「二ヶ月も訓練期間の必要はないかね」 初めて、人事官が皮肉を匂わせた。とはいえ、まともに受け答えるほどのことでもなかった。 黙っているブライトに軽く眉をひそめた人事官は、だが、すぐにファイルに目を落とし、説明を続ける。 「副操縦士の選出は現在、進めている。訓練計画は数日中に通達する。それまでは現状のまま、だそうだ。……せめて、マニュアルくらいは精読しておいてほしいものだな」 付け加えた一言はシャトル業務を管轄下に置く運輸局の一員としての個人的意見だろうか。 「何か質問は」 「ありません」 二人は互いに敬礼した。
緑織りなすジャングルを眼下に青から蒼、群青へと移ろう空は次第に宇宙へと、その姿を変じていく。呼びこまれる夜は、この惑星《ほし》が宇宙に存在する証を確かに得られる刻なのかもしれない。 その群青の天蓋に些か気の早い星が一つ輝く。いや、ゆっくりと移動する光点は遠き星々の斥候ではありえない。むろん、流星ではなく、衛星にしてはその輝きを増している。 やがて、熱い空気を切り裂く轟音がジャングルの緑をも震わせる。光点の正体は大気圏を突破してきた小型航宙艇だった。地上と宇宙とを繋ぐシャトルが母港たるジャブローに降下してきたのだ。 ジャングルを切り拓き、敷設された滑走路を目指す。いよいよ、轟音は高まり、着陸のための通信がやり取りされている地上管制塔からも視認された。これらの施設はもちろん、戦前にはなかったものだ。 ジャブローが地球連邦軍総司令本部として、完全に機能を始めた当時、外敵の存在しないはずの地球連邦も全地球圏に漂い始める不穏な気配は感じとっていた。それは一年戦争中でさえ、ジオンを叛乱勢力としか認めなかったとはいえ、地上施設を置かずに地下に籠っていたことからも判る。 事実、ジャブローは幾度となく攻撃目標となったが、コロニー堕しは別としても、通常爆撃にも耐える厚い岩盤に守られたジャブローを叩く有効打をジオンは見出せなかった。核の使用を禁止した『南極条約』がなければ、或いは別の結末へと転んだかもしれないが……。 今、戦いは終わったとされ──まるで、完膚なきまでにジオンを殲滅せしめたかと誇示するが如く、地上に航空宇宙港が建設されたのだ。尤も、ジャブローの位置が戦時中末期にジオンに知られることとなったので、今さら隠すまでもないと判断したのかもしれないが。 「戦前はジャブロー近郊にシャトルが降りるなんてことは一切、なかったからな」 「降りたくても、降りられんかったのでしょう。航宙艦用ゲートはあったのにねぇ。そういや、ヘリやミデア、VTOLなんかは出入りしてたようだったなぁ。それと、後は川沿いからとか」 「戦時中の話か? お前さん、ジャブローにいたんだっけな」 「一月ばかりでしたがね」 最終アプローチに入ろうとしているシャトル・コックピット内の会話だ。むろん、ムダ話ばかりをしているわけではない。彼らの目はしっかりと計器類に向けられている。基本航法は管制塔とリンクした航法コンピュータが行っているが、着陸し、停止するまでは何が起こるか判らない。非常事態にも手動で対処できる態勢は取っている。 わずかに機種上げ姿勢のまま降下、ジャングルの緑が大きく揺らぐ。緑を飛び越し、滑走路上に踊り出た機体の後輪、次いで前輪が接地。ブレーキングの甲高い音が重なり響く。更なるけたたましさに驚いた鳥がバサバサと舞い上がった。 スピードが落ちるに従い、轟音も静まりいく。やがて、停止。ブレーキが解除され、再び移動を始め、タキシング・ウェイへと進入、エレベータに落ちついた。沈下を始めるエレベータの先にはむろん、巨大地下基地ジャブローへと通ずるゲートが待っている。 ここまでくれば、シャトル・スタッフの仕事は終わったも同然だった。機長が乗客への最終アナウンスを手短に済ませ、副操縦士共々、機器のチェックに入る。 ナンバーJC13シャトルの旅は一先ず、終わったのだ。
「まぁ、道中、何事もなく、何よりでしたね」 「そうだな。アクシデントといえば、コ・パイの急遽交代くらいなものだったからな」 「不安、でした?」 「全くなかったといえば、嘘になるさ。しかし……往路の頭だけだったな。それも」 機長が笑いかけると、バックアップで入っていた副操縦士も不敵ともいえる笑みを返した。 彼らはすでに機体を整備員に預け、航宙《フライト》の最後の任務に取りかかるべく、管制局に向かっていた。帰投報告と以後のスケジュール確認のためだ。 宇宙開拓黎明期に比べれば、装甲の耐久性は飛躍的に向上しているとはいえ、灼熱地獄を突き進んでくるのだ。装甲が傷まないはずがない。そのため、一度、宇宙に上がったシャトルは当分はあちこちのコロニーや月面都市、基地の間を忙しく飛び回ることになる。そして、大気圏突入の末、基地に帰投すれば、メンテナンスに時間を取られ、暫くフライトは入れられない。 ただし、代替機を要しての任務にあてがわれる可能性もなくはない。意外と人員が有り余っている、というほどでもないのだ。ともかく、戻ったばかりの機体整備は徹底的に念入りなほどに行われる。 さて、全シャトルの航宙スケジュールを管轄する管制局の、目指すオフィスの前に一人の士官が立っていた。彼らを見るや、駆け寄り、敬礼を施す。 「ロアン少佐、お帰りなさい」 「おう、ルリエ。どうだ? 調子は」 「もちろん、とっくに回復してますよ。本当にご迷惑をおかけして、申し訳ないことを」 どうやら、正規の副操縦士であるところの彼──ルリエ中尉が体調を崩したがために、交代劇が生じたらしい。長身を折り曲げ、深々と頭を下げる。 「気にするな。迷惑だなんて、思っとらんよ。しかし、ま、今後は健康管理もしっかり頼むよ」 「ハイ。スノーも済まなかったな」 「済まないも何も、バックアップは俺の任務だよ」 スノーと呼ばれた臨時副操縦士は屈託なく笑ってみせたものだ。 「とにかく、帰投報告が先だ。ルリエ、待っていてくれ」 急造コンビは当初の目的を果たすべく、入室していった。 そして、退出してくるのに然程の時間はかからなかった。……が、どことなく二人の様子がおかしい。特に後に従う副操縦士は髪をかき乱し、何やら考えている様子だ。 「どうかしたんですか?」 「いや──うん、まぁ……」 その相棒の問いに機長のロアン少佐は言葉を濁し、一時的な相棒に目を向けた。 「スノー、そちらを優先させていいぞ」 「しかし、任務はまだ終わっては──」 「報告書作りなんて、始終、顔を突き合わせていなけりゃ、できんものでもないさ。いいから、行ってこい。シュネーヴァイス中尉」 「──了解しました、キャプテン。終わったら、すぐに戻ります」 「そう急がなくてもいいぞ」 ルリエ中尉は話が見えず、目を丸くしていた。何より、通り名のスノーではなく、堅苦しい本名を階級付で呼ぶなど、初対面以来ではないか? 「……どうやら、あの話、本当かもしれないな」 驚いている間に離れていくシュネーヴァイス中尉──スノーを見送りながら、ポツリと呟く機長に部下であり、相棒でもある病み上がりの副操縦士は首を捻る。 「何なんです? 一体」 「人事課からのお呼出だ。帰投次第、出頭しろとな」 「何でまた」 「バックアップから外れることになりそうなんだよ。彼がさ」 「転属にでも……。いや、違うか。スノーだって志願して、スタッフに加わったんだし」 それとて、大して時間が経っているわけではない。とすると、 「スノーが専任になるってことですか? 初耳です」 「だろうな。私も──ま、それはいい。彼と組んだのは初めてだったが、確かに凄腕だ。初めての、どんな相手でも完璧に呼吸《イキ》を合わせられるという評価は誇張じゃないな」 だからこそ、数少ないパックアップ要員を務めているのだ。これはシャトル・スタッフの誰もができる任務ではない。スノーが専任となれば、そちらに穴があく。他の要員の負担が増大することになるだろう。 「まさか、シャトル班全体で増員するとか──」 「ではないらしい。とりあえず、増員は一名」 「スノーが組むことになる機長、ですか」 シャトル・スタッフの中でもピカ一のコンビネーション能力と技量を持ち合わせるスノーに白羽の矢が立った。それもバックアップ要員を欠員させてまでということからして、何やら不穏ではないか。 「……どんな奴なんですかね」 「さぁなぁ」 「! ……少佐、本当は何か知ってるんじゃないんですか?」 コンビを組み、任務中はずっと一緒に行動していれば、相棒がどんな性格かは解ってくるものだ。だが、一方ではその為人《ひととなり》を掴みきれない。 ロアン少佐に関すれば、少々、勿体つけたようなところがあるのは承知していたが、どういう基準で、どちらに動くかがさっぱりだった。 案の定、ロアン少佐は漆黒の瞳に悪戯っぽい光を浮かべ、笑ってみせただけだった。 「何にせよ、あのスノーと組めるってのは羨ましいもんだな」 「そりゃ、ないでしょ。キャプテン」 ルリエ中尉は機長がはぐらかしているのだと承知していても、一寸だけ傷ついた顔をした。
ロアン少佐は報告書作成のためにオフィスに入った。今回はルリエ中尉の出る幕はない。 別の仕事をしている間に、他の手隙のスタッフに確かめてみたが、そんな話を聞いた者はロアン少佐以外にはいないようだった。 「一体、どこで仕入れてきたんだか」 暫くジャブローを留守にして、つい先刻、帰ってきたばかりだとゆーのに、なぜ、どこで? 因みに根も葉もない噂、などでないのはスノーが戻ったところで、はっきりする。 「……まぁ、いいか。下手に突っこむと怖いからな、あの人も」 東洋系特有の鷹揚な笑顔は案外、“障らぬ神に祟りなし”という代物だ。自分の機長《ボス》も又、中々に謎な存在だと実感するルリエ中尉だった。 (0) (2)
やっとこ本章に入りやした。ハイ、ブライト・メインだっしょ? ちゃーんと、最初に登場してきたし……けど、その登場時間も短い^^; メインとゆーからにはあの人が先に出てきそうなのは回避したい! と結構、構成を練り直しましてねぇ。そしたら、全く考えてなかったシーンも湧いてきちゃいました。シャトルの降下シーン辺りなんだけど。で、あの人──スノーもきっちり登場。 のわりには影が薄い? てか、他のコンビの方が異様に存在感あるような?? すでに登場済みのオリ・キャラはとことん使いまくろうという輝。 ところで、今回の話を書くにあたり、前作『PARTNERS』と矛盾が。どうも、元を改訂しないとムリのようです。 2002.11.03.
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