星の涯て(後篇)


 ジャブローで慌しかったのは大地に降り立った初日くらいなものだった。ホワイト・ベースで地上を彷徨した果てに、漸く入港した時と同様、身体検査やらに時間を費やされた。
 それも何度も、何日もかけて──どんな規範があるのか、或いは規範を定めるためかは知れぬが、ニュータイプ検査などと囁かれていた。
 検査を受ける以外は本当にすることもなく、暇なものだ。今は敵襲の恐れもないはずだが、彼らは穴蔵を一歩たりとも出して貰えないのだ。
 青い空も地球に降下したその時しか見ていないのが寂しく、心までが晴れない日が続いた。 そのためか、変調を来す者も少なくはなかった。
 とはいえ、寝込むほどなのは一人だけだったが、

「確かに少し熱っぽいわね」
「……ゴメンなさい。セイラ」
 毎日、健康診断されているようなものなので、別にセイラが看る必要もないが、体調を持ち崩した友人を心配し、ついていた。他にもチビちゃんを連れたフラウやマサキが食事を持ってきたり、話相手になってくれている。
 それは他のクルーも同様だ。暇を持て余した身であるためもあるが、時々、集団で見舞いに押しかけてくる。ひっきりなしでないのは一応、疲れさせないように考えているのだろう。
 だが、特に顔を出さない者もいた。
「あの……ブライトは、どうしてる?」
 少し迷ったが、尋かないのも不自然だろう。
 セイラは肩を竦めた。
「検査と上との連絡業務以外はオフィスに閉じこもって、色々とやってるみたいよ」
 お客さん状態のWBクルーだが、指揮官のブライトにはそういった事務のための仮オフィスを与えられている。
 副官的立場のミライは寝込んでいなければ、それらの事務も任せきりにはできないのだが、
「一人で仕事してるの?」
「手伝って貰うほどじゃないってね。今まで、忙しかった分、休んでいればいいって言うのよ。でも、暇にも程があるわよね」
 WBでは忙しすぎた。時間に、状況に追い立てられていた。余計に、この環境の急変に戸惑う者も多くなるというわけだ。

 ともかく、艦を失っても、WBなる部隊組織はまだ残っている。これが他部隊であれば、次の部署への転属が決まるだけだが、ニュータイプ部隊への処遇は問題が山積みらしい。
 元々、現地徴用兵なども多いので、退役希望者も少なくはない。クルーは暇だが、責任者はその対応に追われているようだ。
 だが、実情をクルーが知る機会もなかった。その責任者が何も言わないのだ。時々、必要な書類の配布や記載後の回収の際、二言三言の会話はするが、その程度だ。多少の不安を感じ、尋ねようと思っても、ただ「心配するな」と言うだけなのだ。
 確かに難しいらしいとは解っても、彼らにできることは何もないのが現実でもある。任せるしかない……。
 でも、また彼が一人だけで、全てを背負い込もうとするのは──……。
「ミライ、おやめなさいな」
 ハッとして、目を上げると、セイラがその辺を片付けながら、
「サイド7からこっち、ずっと気の休まる日はなかったんだし、好い機会だと思って、ゆっくり寝ていればいいのよ」
「……うん」
 目を瞑り、次いで小さく頷いた。
 程なく、眠りに落ちた友人の様子をセイラは暫く見ていた。呼吸は落ち着いているし、安静にしていれば、心配はないだろう。静かに部屋を後にした。
 が、ドアの外で、軽く嘆息する。
 確かにWB以来、続いた激務は負担になっていよう。大体、ミライも責任感は強いし、苦労性でもあるので、戦争終結の安堵感から却って、調子を崩したのだろう。
 皆にはそう、思われているが、
〈どうやら、それだけじゃなさそうね〉
 理由があるとすれば──セイラは歩き出した。


★      ☆      ★      ☆      ★


 悪くない味だ。これだけの物を手に入れられるとはさすがに連邦軍参謀本部基地か、などと考えながら、ブライトは煙草を吹かしていた。
 煙草の品評に使っていたのは思考のほんの一部だ。大部分は書面やデスク・コンピュータのディスプレイに向けられている。
 それを更に割いたのはインターフォンのコール音だ。相手はセイラだった。
「──何か?」
『話があるんだけど、構わないかしら?』
「……どうぞ」
 入室してきたセイラは立ち込める煙に眉を顰《ひそ》めた。
「オフィスは禁煙じゃなくて」
「あぁ、そうだな」
 ディスプレイから視線を外さず、返したのは気のない言葉だ。煙草を消す素振りもない。
 セイラは密かに息をつき、それ以上は触れず、肝心の話を切り出した。
 無論、ミライの件だが、寝込んでいるのはブライトも知っていた。とりあえず、微熱程度とは聞き、キーを操作しながら、
「大事にするよう、君から伝えておいてくれ」
「随分と冷たいわね。見舞いもできないくらいに忙しいわけ?」
 険のある口調に漸く、視線が返る。その冷静な瞳に、嫌味が堪えていないのは一目瞭然だ。
「……一区切りついたら、顔を出すよ」
 そして、再び目を戻し、作業を再開する。
 穴があくほどに強く見据えていたが、黙っていても埒が開きそうにない。
「地球に下りる前の晩、ルナツーで、ミライと何かあったんじゃない? 展望室で話しているのをカイが見てるのよ」
 白煙を吐き出すブライトは黙したままだ。
「あの朝から、ミライの態度は変だったわ。今、体調を崩しているのも、勿論、溜まっていた疲れもあるんでしょうけど、心理的に抑圧する要因の方が強いと──」
「だとしたら、ミライに聞けばいいだろう」
 どこまでも冷淡な物言いに、セイラは息を呑んだ。
「何があったって? ミライはな、アルが死んだのは自分のせいだと言い出したんだよ。そんなはずないのにな。全部、俺のせいだってのにさ。でも、幾らそう言っても、彼女が納得しなかったら、それまでだろう。後は彼女自身の心の問題だ。俺に解るものでもないさ」
 煙草を揉み消し、感情の薄い声で一気に言うが、今度はセイラを見ようともしなかった。
 そんな態度に、不可解さを覚えたが、その正体は掴めない。瞬きすらせぬよう意識して、ブライトの反応を捉えようとした。
「本当に、それだけ? 他には何も?」
 半瞬の沈黙だけで肯定。動揺はない。
 やはり、解らない……。

 本当に、クスコ・アルの件以後のブライトは表情もなくなってきたし、その胸の裡を相手に読ませなくなった。
 あのア・バオア・クーからの脱出で、アムロの導きにクルーは一体《ひとつ》になれたと思った。輝くような“希望の時代《とき》”を視たと信じた。
 だが、既に立ち塞がる現実の高く厚い壁の前に、その輝きも薄れているように感じられてならない。特に矢面に立っているためもあるのか、ジャブローでのブライトは一層、口数も減り、荒んでいる観がある。
 彼の中ではもう、あの瞬間は叶うはずのない“夢”に過ぎないのだろうか?
 それでは余りにも虚しいだが、現実は現実として、彼らの前にある。せめて、一歩でも──いや、半歩でもいいから、進めれば、と願っても、それさえも儚く思え……。
 諦めにも等しい思いに皆が疲れてもいる。

 セイラはそんなことを考えながら、ブライトを暫く見つめていた。ブライトは既にセイラの存在を意識していない様子だ。まるで、疾うに出ていったものとでも思っているかのように……。
 別に無視されていると腹は立たなかった。ただ、ひたすらに、そんな姿が悲しくも痛くて仕方がない。
 サイド7脱出直後の、必死さの余りに一杯一杯だった頃はともかく、リュウの戦死後辺りからのブライトは指揮官として、十二分にクルーを慮るようになっていたものを。
 そして、友人達に対して、無力でしかない自分を再認識しただけとは……。
 それ以上は何も問わず、セイラはオフィスを辞した。

 セイラの気遣いはミライを心配しただけかもしれないが、ブライトにとっては全く余計なものだった。ただ、感情そのものが欠落し始めているようで、煩わしささえ感じなくなっていた。
 残っていくのは特定の感情だけか……。
「…………」
 ブライトは新しい煙草を咥え、火を灯した。


☆      ★      ☆      ★      ☆


 夢を見ている。これは夢……。
 夢の中で、ミライはそう認識していた。
 だから、行ってはいけないと思いながら、止まることもできなかった。
 その先に待ち構えている結果を知りながら、足は先を急ぐ。
 そして、その通りの結末を迎えるだけ……。
 何度も見た光景に痛みを覚える。そこにあるのはただ、悲哀や苦痛のみだから──それを自分は見ているしかないのだと解っていて……。
 悲しくて、苦しい。痛くて、辛い光景。
 彼を癒せる者など、いはしないのだ。この現世とやらには。

 ……場面が変わる。
 だから、縋ったのも自分だけだった。寂しさを埋めたくて、勝手な期待を寄せ、彼に縋った。
 けれど、期待は期待に過ぎない。
 全身に及ぶ優しい愛撫に奪われる思考の片隅が夢の中では目覚めている。
 そして、捉える。
 彼の冷めきった瞳を、凍えた心を……。
 それでも、ミライは微かな期待に縋りついた。
 男と女として結ばれれば、その瞬間から新たな想いも始まるのではないか、と……。

 ……それこそ、身勝手な思いだった。
 結ばれたのは体だけ。心は、どこまでも遠い。


 目が覚めた時も胸が閉めつけられるように苦しかった。あれは夢であって、夢ではないから。 
 身動《みじろ》いた弾みで流れた涙が、枕に落ちた。人は夢の中の情景のままに、泣けるものらしい。
 天井を見つめ、大きく息をつく。
 熱は元々、大して高くなかったが、横になっていたお陰か、引いているようだ。
 だが、やはり気分は晴れないままだ。
 いつまでも、囚われてはいけない。それは解りすぎるほどに解っている。しかし……、
 瞑目し、唇を噛みしめた時、控えめなノックがあった。起きているのかを確認するような。
「どなた?」
『………俺だ。入ってもいいか』
 微妙な間に続く声にミライは慌てて、目を擦った。涙の後を拭いて、「どうぞ」と答える。
 ドアが開くと廊下の灯りが射し込む。部屋の照度が落ちている中、逆光に浮かんだのはブライトだ。そのために表情は見えづらかった。
 ミライは枕許のコントローラーで照明《ライト》をつけた。体を起こそうとしたが、ベッド脇に置かれたままの椅子に座ったブライトに止められる。
 見上げると、視線が合った。漆黒の瞳には労わりが窺えたのはやはり、期待だろうか?
「……具合は、どうだ」
 口調は静かで優しい……と感じる。
「平気。皆が大袈裟なのよ。元々、大したことないのに」
「そうか……でも、この際だから、ゆっくり休んでいればいい。誰も文句は言わんさ」
「セイラにも同じこと言われたわ。けど、また業務を貴方に任せきりにしてしまって」
「それこそ、大した仕事じゃない。余計な気遣いしてると、治りが悪くなるぞ」
 二人は淡々と言葉を交していた。
 思えば、あれ以来、二人きりで会うのも話をするのも、これが初めてだった。
 余人の目を気にせずに済むからか、予想していたよりもずっと心穏やかに対せるのに、ミライは不思議な気分さえ感じていた。

 ……あの一夜をなかったことにはできない。自覚した苦しくも悲しい想いも捨てられはしない。心を縛れはしないのだ。それはブライトも、ミライ自身も同じこと……。
 今こうして、二人だけで顔を合わせたことで、そう気付かされた。
 だから、あの夜にも触れない──……。
 ブライトの考えはまだ、別かもしれないが、それでも、十分ほどは話していただろうか。
 余計な気を回すなと言いつつ、ブライトは業務の現況なども話してくれた。それは副官としては今でも認めてくれているからだろうと嬉しかった。
 存在の全てを拒絶されたわけではないと……。
「──それじゃ、大事にな」
「えぇ。有り難う……」
 立ち上がるブライトを目だけで追う。
 だが、ドアの前で立ち止まったブライトは、あの夜のミライのように踵《きびす》を返した。
 前屈みに伸ばされ、優しく前髪を払った手が頬を包む。
 その温もりに目を閉じ、手を重ねる。
 そして、またブライトを見上げる。
 見返す漆黒の瞳の“色”はミライにも解らない。
 ただ、そっと額に唇が押し当てられた。

 覚えている。全身が覚えている唇の感触に震える。
 体が、心が、歓喜の余りに震えを抑えられない。

 だが、至福の数瞬も、やがては終わりを迎える。
「……お休み、ミライ」
 擦り抜けていく手は追えない。今度こそ、出ていくブライトにミライは声もかけられなかった。
 触れられた額は熱く、疼くようだ。
 それでも、ミライにははっきりと解っていた。
 それが『別れのキス』なのは確かだと……。



 ……それは幻想だ。
 夢でさえなかった……。
 だが、毎夜のように、その“夢”に微睡《まどろ》む。
 それも何故か、地球に戻ってからなのだ。
 毎夜毎夜の“夢”での逢瀬……。
 愚かな願望が生み出す偽りの姿……。

 ──それでも、幸せだと信じるのだ……。

この先どうするか? 岐路に立たされている。
軍に残るか、軍を抜けるか。
与えられた選択は二つだけ……。
いいえ、私には二つも選択肢がある。
……けれど、彼には一つしかない。
彼は軍に残るしかない。

 彼女はいつも微笑みかけてくれる。
『──私は幸せだったわ。酷い人生だったけど、最後に貴方に逢えたから』
『でも、俺は、君を殺してしまった……』
 微かに彼女の表情《かお》が曇る。
『それは──私が望んだことよ』
『……!』

私はどうすれば良いのか?
何が最善なの?
けど、一緒に残ったとして、何ができるの?
私の存在は彼を苦しめるだけかもしれない。
今となっては二つもの罪で──……。

『だから、貴方に逢えたのを悔やんでもいない』
『……望みを叶えられたから──それ、で?』
『いいえ……酷いことをさせたわ。……そうよ、私は酷い女なの。
だってね、私は貴方を殺したくはなかった。それで傷付きたくもなかった。
なのに、その傷を貴方に負わせるなんて、狡いわよね』

私も辛い──それはとてつもなく狡い。
でも、悲しくて、苦しくて仕方がない。
好意は愛情ほどではないのかもしれない。
それでも、未だに縋りたい思いが残っている。
身勝手でも、何でも、抱え始めている狂おしいような想いも……。

『それに、これで本当に貴方が私だけのものになると分かっていたから……。
貴方を私に縛り付けられるって』
 差し伸べられる指が触れる一瞬も儚い。

だけど、きっと、これは伝わらない想いだ。
彼の心を手に入れられはしないだろうから。

 だが、体温を感じるのは何故だ?

サヨウナラ……

震える言葉にも、彼はどこまでも冷静だった。
凍えた心はやがては粉々に砕けてしまうのか。
それとも、疾うに彼は──……!?

『──こんなに狡くて酷い女なのに、こうして忘れないでいてくれて、嬉しいわ』
『忘れない。忘れやしないっ。でも……!』

確めるのも怖かった。
だから、逃げ出したかった?
結局は自分が可愛いだけ?

 それならば、何故、留まってくれなかった!?
 どうしても、捨てられなかったのか!!

 ……けれど、それは問うべきではない。
 己にも反ってくるのだから──……。

どんなに違うと言われても、私は自らの犯した罪を信じている。
……私の心も壊れてしまいそうだった。
でも、生きていかなければならない。

『──貴方は逢わなければ良かったって思っているの?
 ……それなら、もう会いに来ないわ』

──私も、貴方も……


『君と、一緒にいたい。俺が、君のところに──』
『ダメよ。まだ、貴方には務めが残されている』
『そんなこと……!』
『私には解るわ。だから、待っている。
務めを果たした貴方が帰ってくるのを、いつまでも……』

独りで生きていくしかないのだとしても、
私は、貴方を──……。

 務め──なんて、知らない。
 ただ、幸福な“夢”に溺れるだけ……。

たとえ、伝わることのない想いでも……


ただ、その“想い”に縋るばかり……


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 輝版『訣別−We are alone−』(『ANOTHERS』収録by舞☆麗斗さま)その後でした。つか、これはもう舞さんへのお礼作品で、かなり長いこと、舞さんしか読まれていなかったよーな代物です。
 内容はまぁ、この程度が限界でしょう。『黎明』の上を行ったかな? とは思っても、やはし直接的×××シーンなんて無理ですわ。
 結局、ブライトは立ち直れそうにないし、救いになる方向には考えられない輝……暗いっスねぇ。どーしょーもないほどに痛い。どーしても、クスコ・アルを忘れられそうにないブライトしか浮かんでこないものでして★
 一方のミライさんについても勝手やってて、殴られそ;;; ただ、↑の副題通り『我々は孤独』かな、と。(舞さんの感想に、想いの届かないジレンマを逆にミライさんが感じるのが新鮮、といったニュアンスのお言葉が印象的)
 因にラストは解釈次第。願望が見せている夢なのか、幽霊状態(爆)なのかは書いた本人もはっきり決めてません☆ 読者さん次第です。
 でも、『星波渺茫』『星の波』同様に《了》と記していないので、ここでも一応、『先のことは分からない』つーこと……かな? とても、そうは見えないと言われても仕方ないですがね。(本誌の対談ではリレーなんて話も出ましたが、実現してません)
 しっかし、あの一回だけで子供でもできたら、とんでもないっスね!? 更にその後が怖いよぉ。前回の舞さんの気持ちが漸く解ったとゆー曰くつきの作品でした。
 尚、コピー本では無題でしたが、今回のUPのためにない知恵絞りました。んで、『星の涯て』と。『星』の三部作つーことで♪

2005.09.06.

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